2011年12月31日土曜日

2011年 年の瀬に

今年は、日本が、災害に見舞われた年だった。

1月の宮崎県の鳥インフルエンザ、霧島山・新燃岳の噴火から始まり、
3月11日の東日本大震災。
4月の宮城県の震度6強の余震、6月は長野県松本市で震度5強の地震。
7月は新潟・福島で記録的な大雨が降り、
9月には、台風12号が紀伊半島で大規模な土砂災害をもたらし、 台風15号は首都圏で再び交通を麻痺させた。

特に東日本大震災の被害は、はかりしれない。
(12月29日現在、警察庁まとめ)
死   者…1万5844人(宮城9506人、岩手4667人、福島1605人)
行方不明…   3451人(宮城1861人、岩手1368人、福島218人)
合   計…1万9295人

その中でも、もっとも深刻なのは、福島第一原子力発電所の事故だろう。

住むところを失い、知人や家族とも離れ離れになり、生活の基盤を無くした人たち。
多くの人が、未だ、自分たちの家に戻ることができない状況が続いている。

政府と東京電力は12月21日、 福島第一原子力発電所の1号機から4号機の廃炉工程表を了承したが、廃炉完了までには30~40年要するということだ。

福島の子供たちは、いまだ、身近なところで被爆の脅威にさらされている。

原発問題を取り扱った作品で、Webで読むことができるものがあるので、以下紹介します。


漫画で、原発の安全性への疑問、放射能の恐ろしさが分かりやすく理解できます。
22ページの「放射能の恐ろしさは人間の注意力や忍耐の限度を超えたところにあるのです」
という部分が非常に説得力があります。


原発の安全性の嘘がよく分かる文章です。
「…人はすべて愚かであるということ、原子力発電所を完全に無事故で何百年も運転できるほど賢くはない…」という部分が非常に説得力があります。

2011年12月30日金曜日

東電原発事故調査・検証委員会 中間報告書に思う

12月26日 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 中間報告書が公表された。

この中では、今回の事故の対応をめぐる様々な問題点が指摘されている。以下、特に気になったところだけ取り上げてみた。

・福島県のオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)には、放射性物質を遮断する空気浄化フィルターが設置されておらず、事故の進展に伴う放射線量の上昇により、現地対策本部を現場から離れた福島県庁へ移転せざるを得ず、本来発揮すべきであった事故時の情報交換や対策の検討を行うための様々な設備が使用できなかった。
なお、 空気浄化フィルター の問題は2年前に総務省より勧告を受けていたが保安院は対応していなかった。

・1号機の全運転員が原子炉冷却を担う非常用復水器(IC)を作動させた経験がなく、非常用復水器が作動していると誤認し、炉心冷却が遅れた。

・緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)によって得られた今回の事故による放射性物質の拡散傾向の予測情報が、文部科学省、保安院 、原子力安全委員会、内閣官房の連携のまずさにより、活用されなかった。そのため、各市町村は有効な避難指示を出すことができず、避難経路・避難場所が、放射性物質の飛散した方向と重なるケースが多数発生した。
なお、文部科学省、保安院及び安全委員会によるSPEEDI 計算結果の公表がなされたのは、5月3日のこと。

・条約上の通報義務はないことから、汚染された水を、周辺諸国への事前説明をしないまま海洋放出し、周辺諸国に日本の対応に対する不信感を与えた。

・津波対策の基準を提示するのは保安院の役割だが、その努力がなされた形跡はなかった。

しかし、報告書で、今回の事故の原因の本質を突いていると思われたのは最後の「10 おわり」の部分だ。
今回の事故では、例えば非常に大きな津波が来るとか、長時間に及ぶ全交流電源の喪失ということは十分に確率が低いことと考えられ、想定外の事柄と扱われた。そのことを無責任と感じた国民は多いが、大事なことは、なぜ「想定外」ということが起こったかである。
原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。
それが端的に表れているのが「原子力は安全である。」という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するか、またそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。
「想定外」ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
今回の事故を通して、原子力が「人間が制御できない可能性がある技術であること」は、すでに明白な事実だろう。

また、人間が作った組織、国家というものは、都合の悪いところは隠蔽し、嘘をつき、国民も容易にだまされ(というより見たくない現実からは目を背け)、思考停止に陥るということも。

人間が制御できない可能性がある技術であるかぎり、今回の事故検証によって政府や東電が「想定外」に備えても、なお、「想定外」の事態は再び起こりうるのではないだろうか?

とすれば、報告書の結論は、原子力発電の廃止に向けた提言ということが妥当ではないかと思う。

今回の事故調査・検証により得られた教訓は、防災、災害時の対応 、危機管理、 社会一般の失敗事例等、様々な分野に有効活用してもらいたい。

しかし、報告書を反省材料として、原発を本格的に再稼動することには絶対に役立ててほしくないと思った。

2011年12月25日日曜日

聴くことの力/鷲田清一

もし、あなたが医者だとして、重症の患者から、「私はもうだめなのでしょうか?」と問われたら、次の5つの選択肢のうち、何を選んで答えるだろうか?

(1)「そんなこと言わないで、もっと頑張りなさいよ」と励ます。

(2)「そんなこと心配しないでいいんですよ」と答える。

(3)「どうしてそんな気持ちになるの」と聞き返す。

(4)「これだけ痛みがあると、そんな気にもなるね」と同情を示す。

(5)「もうだめなんだ…とそんな気がするんですね」と返す。

医師(精神科医を除く)・医学生、看護士・看護学生、精神科医にアンケートをとったところ、

医師(精神科医を除く)・医学生のほとんどが、(1)を、
看護士・看護学生の多くが、(3)を、
精神科医の多くは、(5)を選択したという。

(5)は、一見すると、患者の問いに対する何の回答にもなっていない。
しかし、患者に対する「あなたの言葉を確かに受けとめました」という重要な意思表示なのだという。

<聴く>という行為は、何もしないで耳をかたむけるという単純に受動的な行為ではない。
語る側からすれば、自分の言葉を受けとめてもらったという確かな出来事になる。

こうして、患者は、口を開きはじめ、得体の知れない不安の実体が何なのか、聞き手の胸を借りながら探しはじめる。

「聴くことの力」/鷲田清一は、そんな例をあげて、語る・諭すという他者に働きかける行為でもなく、論じる・主張するという他者を前にしての自己表出の行為でもない<聴く>という、他者の言葉を受けとる行為の意味を、哲学に結び付けて検討している。

私が面白いと思ったところは、昔、毎日新聞の「人生相談」のコーナーの回答者を、作家の宇野千代が担当していたときの回答の内容である。

宇野千代は、まず、相談者が発した相談の言葉を「…、と言うのですね」、「…、と言うのですね」としきりに執拗に反復するのだ。

これによって、相談者からすると、思いを決して発した言葉が、回答者によって漏れなく受けとめられ、送り返されることで、自分の言葉を確かにキャッチしてもらっているという安心が生まれるという。
(と、同時に自分が発した言葉を客観的に見つめることができるという長所もあるのではないか)

私が読んでいる読売新聞の人生相談のコーナー(ついつい読んでしまう)でも、上記のように、相談者の言葉を反復する回答者が多いような気がする。

不思議な話だが、質問者の文章には、すでに回答が隠れており、回答者が反復することで、それがますます明らかになっていくというケースが多いような気がする。

また、「聴くことの力」には、こんなことも書いてあった。

子供が、泣きながら、あるいは興奮した状態で帰ってくる。
親が「きょう、何をしてきたの?」と聞いてみる。
子供がとぎれとぎれに話した内容を、聴いた親が、
「そうか、…は、きょうは、 … …をしてきたんだね。大変だったね。」と、子供の言葉を反復して、物語としてまとめてあげる。
それだけで子供は満足し、心が落ち着く場合が多いという。

企業でも、コーチング、ホスピタリティという言葉をよく聞く昨今。

<話す>ことが、他者とのコミュニケーションの第一歩であることは間違いないが、それだけでは、より深いコミュニケーションをとることはできない。

<聴く>ことの重要性は、今後も、ますます高まっていくのだろう。

2011年12月24日土曜日

カフカの「断食芸人」 その2

「カフカの生涯」/池内紀を読んでいて、カフカが死の間際、短編「断食芸人」の校正をしていたことが分かったときは、複雑な思いがした。

カフカの死因は、喉頭結核という病気であったが、この病気は、咳が止まらず、喉が焼けるように痛む症状だったらしい。

そのため、カフカは、食べ物を呑み込むのも苦しく、話すこともままならない状態だったという。

粥にしても喉を通らず、スープも水もダメ。わずかに少しのビールやワインにレモンを絞り込んだものを飲むことができたが、その後、焼けつくような渇きがおとずれる。

水が飲めないカフカは、看護人が花瓶に挿したライラックの花を見ながら、話すのが禁じられていたので、小さな紙に書き留めた。

「おかしいね。このライラック、そうじゃない? 死につつ飲んでいる。まだたらふく飲んでいる。」

最後は、痛みをやわらげるアルコール注射も効かなくなり、モルヒネが投与された。

強いられた絶食状態の中で、彼はどんな思いで自分が書き上げた「断食芸人」を校正したのだろうか。

2011年12月23日金曜日

渋谷/藤原新也

「渋谷」を読んで、心を打たれるのは、やはり「母親に罵声のひとつも浴びせて君の名は」の話である。(タイトルのつけ方がうまい)

作者が、渋谷のセンター街で、母親に「うぜえんだよ!」と罵声を浴びせる少女をみかけ、勤め先のファッションマッサージまで後をつけ、客として少女の身の上話を聞くという、フィクションなのか、ノンフィクションなのか、微妙な感じの話だ。

作者は、少女の話を聞いたあと、君にそっくりな少女を知っているよ、と言う。

その少女 エミは、明らかに写真集「千年少女」に映っている被写体の一人の少女の話だ。

その子の生い立ち、写真集のモデルに応募した動機、写真を撮ったときの洋服を選んだときの話、写真集を撮ったあとの話…

とりわけ、エミが、母親が選んだ洋服とは正反対の印象の、真赤なタンクトップと薄いピンクのチェックのスカートを着るあたりの話がとてもいい。

エミの話は、話の重さからして、おそらく実話なのだろう。
そういう背景を知らなくても、「千年少女」は、とてもきれいな写真集だ。
しかし、知ってしまうと、また、特別な思いで、その子の写真を見てしまうのも事実だ。

2011年12月21日水曜日

釜石の奇跡

NHKニュースで、3.11の震災の際、岩手県釜石市の小中学生が、ほぼ全員無事に避難できたというニュースをやっていた。

もちろん、このような奇跡は偶然生まれたのではない。

http://www.t-toyoyama-j.ed.jp/photo/kamaishi.pdf

釜石市は、平成17年から津波防災教育を行ってきたということだが、その内容が徹底している。

それは、余裕のない授業スケジュールの中、特別な防災教育の時間を設けず、各単元で、無理なく防災の知識を学ぶことができるように工夫されているところだ。

http://www.ce.gunma-u.ac.jp/kamaishi_tool/cont-01/c01_0.html

ニュースで取り上げられていた小学生の男の子は、妹と2人だけで自宅にいたが、地震があった際、親の指示も待たず、自分たちの判断だけで避難を開始したという。
バックに飲み物まで詰めて避難していたのだから、脱帽である。

上記の男の子のように、子供たちが大人たちの指示を待たずに、以下の三原則に基づいて、自分で考え行動していたところが、すごい。

1.想定にとらわれない
 浸水想定区域外に指定された場所も危ういと考え、自らの判断で避難。

2.状況下において最善をつくす
 状況の変化を見逃さず、さらに安全な高台を目指した。
 結果として、それらの判断が命を救った。

3.率先避難者になる
 中学生が率先避難者となって小学生を導いた。

今回の震災においては、これら三原則が全て有効に機能したことになる。

結局、防災対策といっても、年に1回の訓練だけでは、付け焼刃に過ぎない。

子供たちが自発的に行動できるレベルまで防災教育を行っていた釜石市の事例は、災害にどう向き合うかという点で、多くのヒントを提供してくれていると感じた。

2011年12月17日土曜日

「昭和」という国家/司馬遼太郎が言いたかったこと

あれだけ多作な作家であったが、「昭和」(敗戦)という時代については、ついに一つの物語も残さなかった。

わずかに、「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」のあとがき、「草原の記」、「この国のかたち」、『「昭和」という国家』および「司馬遼太郎全講演」に、「昭和」について断片的に語られている。

『「昭和」という国家』で、司馬遼太郎は、 「昭和」 という時代について、こんなことを語っている。
「昭和というものを書く気もおこりません。書いたらですね、おそらく一年を待たずして私はおかしくなりそうですね。」 
「昭和という時代は、書いていて実に精神衛生に悪いところを持っています。」 
司馬遼太郎が物語として日本の歴史をさかのぼり、現代の方向に戻ることができたのは、「日露戦争」(「坂の上の雲」)の終結までだった。

司馬遼太郎が「日露戦争」以後の日本について書いている内容を簡単にまとめると、こんな感じだ。

・日露戦争後の賠償に対する不満から起きた「日比谷焼打事件」は、日本がロシアにぎりぎりのところで勝ったという実態を理解していない群集が起こした暴動である。

・その日露戦争に対する群集の誤認について、ジャーナリズムは本当の実態を何ら明らかにせず、国家も「日露戦史」を作成したが、総花的な中味のない検証しかできなかった。

・やがて、その誤認(リアリズムのなさ)が群集だけのものでなく、国家全体のものになってゆき、「日本は絶対負けない。日本は絶対正しい。」という客観性のない狂信的なものに変わっていった。

・明治時代を作り、支えた人たちは、江戸時代の各藩から集まった人たちで、生き方・考え方に多様性があった。しかし、大正時代に入ると、その江戸期の遺産はなくなり、ペーパーテストで出世する学歴社会となってゆく。第一次世界大戦の好景気もあり、たくさんの学校が設立され、秀才教育、偏差値教育が重視されるようになっていった。

・そういった教育を受けた秀才たちが、日本軍の中枢にあって、実態のない認識・考え・言葉に基づき、戦争を進めていった。

司馬遼太郎は、『「昭和」という国家』の最後のほうで、国際社会の中で、日本人がこれからどうすればよいかということについて、こんな言葉を残している。
これから世界の人間としてわれわれがつき合ってもらえるようになっていくには、まず真心ですね。
真心は日本人が大好きな言葉ですが、その真心を世界の人間に対して持たなければいけない。そして自分自身に対して持たなければいけない。
相手の国の文化なり、歴史なりをよく知って、相手の痛みをその国で生まれたかのごとくに感じることが大事ですね。
いろいろな 事情から、国家行動とか民族的な行動が出てくるものなのだと、社会の現象も出てくるものだと、いろいろ事情を自分の身につまされて感じる感覚ですね。
そういった 神経を持ったひとびとが、たくさん日本人のなかに出てくることによってしか、日本は生きていけないのではないか。
ほぼ、同じ内容が「二十一世紀に生きる君たちへ」にも書かれている。

考えようによっては、 「昭和」(敗戦)という時代について、 司馬遼太郎が一番言いたかったことは、これからの事だったのかもしれない。

2011年12月15日木曜日

大野雄二の音楽

松田優作の「遊戯シリーズ」など、80年代の角川映画を見ていると、大野雄二の音楽がバックで流れていることが多い。

ルパン三世の「愛のテーマ」も、ジャズっぽい音楽が子供ながらに心地よかった。

たまたま、アニメのエンディングテーマで耳に残る音楽があると、十中八九、大野雄二だった。

音楽を聴いているだけで80年代の気分になってしまうというのは、日本のミュージシャンでは、私にとっては、大野雄二だ。

アニメ「アンドロメダストーリーズ」も、竹宮恵子の絵と同様、その音楽が、いまだに印象に残っている。


2011年12月13日火曜日

断腸亭日乗/永井荷風

「断腸亭日乗」は、永井荷風が大正6年(1917年)9月16日から、死の前日の昭和34年(1959年)4月29日まで書き続けた日記だ。

ぱらぱらと適当なページを開いて読んでいると、面白い日記がたまに出てくる。

昭和11年(1936年)1月30日などは、住み込みの召使の下女が、手切金(ということはただの召使の関係ではない?)をとらずにいなくなったことに関し、三、四十年来、一人だけだったことを特筆している。(荷風はかなりケチだったみたいです)

また、荷風がそれまで付き合っていた女性16人(大半が芸者・女給)に関して、名前、馴れ初め、身受の時の金額などが、事細かに記されている。
(いずれ、公になることを想定して書いている日記に、こういう情報を平然と載せるあたり、やっぱり、荷風はちょっと変わっているような気がします)

十六まで書いて、「この外、臨時のもの挙ぐるに遑(いとま)あらず、」と記されているあたり、荷風のどうしようもない好色さと苦労がにじんでいて、読んでいて味わい深い。

2011年12月12日月曜日

カフカの一日

「カフカの生涯」(著者 池内紀)が、とても興味深い。
この中に、カフカの奇妙な一日の過ごし方が載っている。
朝八時より午後二時ないし二時半  労働者傷害保険協会勤務 
午後三時ないし三時半         昼食 
七時半まで                仮眠 
そのあと(約十分間)           体操 
そのあと一時間              散歩 
そのあと                  家族と食事 
夜十時半ないし十一時半より      執筆  
(しばしば夜明けまで) 
そのあと                  体操 
そのあと                  ベッド
カフカは二十年近くこの生活を続け、サラリーマンのかたわら、小説を書いた。

なぜ、こんな無理な生活をしたのだろうか。

カフカの母親は、息子が心配なあまり、カフカの文通相手の女性の手紙を盗み見、ひそかに、その女性に手紙を送って、書きもののせいで無理をしないように息子に注意してほしいと頼んだ。

「ぼくの書くものに価値がないとしたら、それはつまり、この自分がまるで無価値だということだ」

こんな言葉も、女性に対する手紙に書いていた。
ピュアな男である。

カフカは、結局、無理がたたって咽頭結核にかかってしまう。

しかし、彼が命を削って書いた小説たちは、今だにその魅力を失っていない。

2011年12月10日土曜日

夢帰行/市川森一

「夢帰行」は、かなり印象に残っているドラマ(市川森一脚本 NHK1990年放映)だ。

バブル崩壊で金に困った不動産会社の経営者(主人公の仲村トオル)と、その幼なじみである片腕の薬丸裕英と、浜田雅功(お笑い芸人)がグルになって、登記簿謄本を改ざんし、詐欺をはたらき、3億円をだまし取るが、ヤクザに追われて逃げ場を失い、故郷である三重県 伊賀上野へ逃避行する。

その逃避行の中で、物語は同時並行的に仲村トオル演じる主人公の過去を遡っていく。
そして、その中で、主人公の人生を左右する女性(麻生祐未)が、各回、姿形を変えて現れる。

①遠いけむり
主人公の少年時代。炭焼きを営む山を不動産業者に騙し取られ、家族を壊された女性が、炭焼きの窯に不動産業者の男を突き落とす。主人公の少年はその光景を見てしまう。

②風の行方
主人公の高校生時代。臨時の司書をつとめる女性と仲良くなり、学校卒業後は、女性の実家で漁師になることを約束するが、その約束を破ってしまう。

③見知らぬ戦場
主人公の大学生時代。学生運動さかんな時代、映画館のもぎりをしている女性を好きになる。しかし、彼女はベトナム戦争の脱走兵を保護する活動をしていた女性だった。主人公は女性のために、父親の仕送りを全て競馬に賭けてしまう。

④笛や太鼓に誘われて
主人公の会社員時代。薬丸裕英とともに、独立して不動産会社を設立。会社の命運がかかるような大規模な土地買収計画を進める中、買収に応じない神社の娘を好きになってしまう。しかし、薬丸演じる友人が地上げ屋を使って、その神社を焼いてしまう。

⑤昔、あるところに
主人公の現在。逃げ込んだモーテルで通報され、あやうく捕まりそうになるところで、同伴のホステスに助けられる。主人公は、故郷近くの山で炭焼きの窯を見つけ、女性とともに炭焼きを行う。

五回とも楽しみに見ていたが、あまりに面白かったせいで、実際に、その後、伊賀上野を旅してしまった(山に囲まれたのどかな街で花粉症が悪化してしまったことを覚えています)。

市川森一さんのご冥福を心からお祈りします。

2011年12月9日金曜日

スピンクス/鬼子母神/メディア/山岸涼子

山岸涼子の特徴のひとつは、自らを押さえつけ、束縛し、無力化しようとする存在との葛藤や戦いを描いている作品が多いことだ。

「スピンクス」は、魔女スピンクスの館に幽閉された男の子が、その魔力から逃れようとする物語だ。

歪んだ異常な世界の意味することが物語の終わりのほうで分かったとき、少女漫画が人間の内面世界をここまで描くことができるのだということに驚いたのを今でも覚えている。

「鬼子母神」は、夫に失望した母親の愛情と期待を一身に受け、そのプレッシャーに押しつぶされてしまった兄と、母親の鬼子母(愛しすぎて子供を食べてしまう母親)の一面を見抜いてしまった妹の苦悩を描いた作品だ。

この作品を読んだとき、藤原新也の「乳の海」を思った。
(「乳の海」も、母親にペットの「チワワ」同然に育てられてしまった青年が、何とかその呪縛から抜け出そうともがく様子を描いた作品です)

「メディア」は、ギリシャ神話の「王女メディアの子殺し」から題名をとりながらも、物語は、女が母親役にしがみついて起こってしまう子殺しの悲劇だ。

これらの作品の裏の主題は、父親の不在(あるいは存在感のなさ)。

ストーリーがとてもしっかりして、絵もきれいなのですが、よけい怖いです。

一番悲劇的という意味では、「鬼子母神」の兄かもしれないですね。

なぜなら、「スピンクス」の少年も、「メディア」の女の子も、このままではいけないことを自覚し、必死に戦うのですが、「鬼子母神」の兄は母親の愛情に飲み込まれてしまい、いまだ自分を取り戻せないからです。

2011年12月8日木曜日

女性対男性/丸谷才一

「Xmas」の『X』は、何を表しているのか?
男が女に問う。
女 「イエスが十字架にかかって死んだでしょう。だから、十文字のぶっちがえ(斜めに交差しているの意)である十字架はイエスを意味して、そこでXmas」 
男 「正解は、『X』は、キリストという意味の”クライスト”で、なぜ『X』が”クライスト”になるかというと、ギリシャ語のせいである。ギリシャ語で、キリストという名を書くと『X』が頭文字になってしまう。その頭文字をとって、キリストを代表させたわけ」 
男「ヨーロッパでは、クリスマスに何を食べるか知ってる?」 
女「知ってるわよ。七面鳥でしょう。決まってるじゃない」 
男「あれはアメリカ。ヨーロッパでは、アヒルを食べたり、鯉を食べたりする」 
女「どうして鯉なんか食べるのかしら?」 
男「それが、ギリシャ語と関係がある」…
という感じの、男と女のちょっぴり知性をきかせた会話のサンプル集が、「女性対男性」です。

1977年の本なので、今、読むと、言葉遣いが古臭くなっているのは否めないが、会話を面白くするゴシップねたが至るところに散りばめられているという点で、その価値は落ちていないと思う。

こういうユニークな本を書こうと思い立ったところが、小説家/批評家 丸谷才一の偉大なところである。

2011年12月7日水曜日

ランボーにまつわる話

その昔、サントリーのウイスキーのCMで、アルチュール・ランボーを題材に取り上げた幻想的なCMがあった。

そのCMにすっかり魅せられて、本屋に行って、ランボーの詩集を買い求めた人は多いのではないだろうか?

私の場合、新潮文庫の堀口大學訳の「ランボー詩集」だった。

それまで、詩なんかろくに興味もなかったが、「飢餓の祝祭」のような吐き捨てるような強烈な言葉は、中学生が読んでも、そのパワーが十分に感じられた。

その後、期間が空いたが、大学生の時代に、小林秀雄の「考えるヒント4」を読み、そこに収録されているランボーへの憧憬というのだろうか、独特の陶酔ぶりが伝わってくる文章と詩集を読んで、またランボー熱に冒された。

しかし、何といっても、ランボーの人生そのものが一片の詩のように美の創造と破壊そして謎に満ちているところが最大の魅力ではないだろうか?

ランボーは、詩人ヴェルレーヌに絶賛されながらも、二十歳で詩作を止め、ヨーロッパ、アフリカの諸国を巡りながら、教師、兵士、サーカス団の通訳、武器商人、隊商の頭、探検家などなど様々な職を転々とし、三十七歳の若さで死んだ。

個人的には、「俺は、夏の夜明けを抱いた。…」からはじまる、飾画(イリュミナション)の「夜明け」が、すごく好きです。



2011年12月4日日曜日

文字禍/中島 敦

たまにだが、普段書きなれたはずの漢字が思い出せないときがあり、ワープロで変換してみて、自分が忘れてしまった漢字は、こんな形はしていなかったはずだと頭の中で違和感が残るときがある。

中島 敦の「文字禍」を読んでいて、ふとそのことを思い出した。
「一つの文字を長く見詰めている中に、いつしかその文字が解体して、意味の無い一つ一つの線の交錯としか見えなくなって来る。
単なる線の集りが、なぜ、そういう音とそういう意味とを有(も)つことが出来るのか、どうしても解らなくなって来る。」
このように、意味のない単なる線の集合が、音と意味とを有することができるのは、文字の霊の存在があるからだというのが、この物語の主題だ。

 文字の霊は、必ずしも人々にとって良い事ばかりもたらす訳ではない。
文字を覚えてから今まで良く見えた空の鷲の姿が見えなくなった者、空の色が以前ほど碧くなくなったという者…近頃人々は物臆えが悪くなった。…人々は、もはや、書きとめて置かなければ、何一つ臆えることができない。…人々の頭は、もはや、働かなくなったのである。
獅子という字は、本物の獅子の影ではないのか。それで、獅子という字を覚えた猟師は、本物の獅子の代りに獅子の影を狙い、女という字を覚えた男は、本物の女の代りに女の影を抱くようになるのではないか。
今の時代で言えば、媒体は書物から、PC、スマートフォン、iPadなどの情報端末に変わったのかもしれないが、本質的には変わっていない。
「文字」を「情報」に置き換えてみたら、ますますそうかもしれない。

この作品が発表されたのは、昭和十七年二月。
日本軍が次々と東南アジアの国々を侵略していた年である。

そんな時代に背を向けて、どこかマイナーポエットな作品を書き続けた中島 敦は、この年の12月4日に、気管支喘息で亡くなっている。

三十三歳という短い人生だったが、その作品はどれも質が高い。

2011年11月27日日曜日

大人のための残酷物語/倉橋由美子

余計な心理描写のない感傷を排した小説は何かと問われたら、ハードボイルド小説と答えてしまいそうだが、倉橋由美子が書いた大人のための童話に比較したら、まだ甘ったるいカクテルのようなものかもしれない。

「大人のための残酷物語」は、アンデルセン童話、グリム童話、日本昔話など、有名な童話や昔話から題材を得て、作者曰く、「論理的で残酷な超現実の世界を必要にして十分な骨と筋肉だけの文章で書いてみよう」という試みから生まれたものです。

因果応報、勧善懲悪、自業自得の原理が支配する世界。

読んでいて残酷な話が多いが、なまじ中途半端な同情心やヒューマニズムより、残酷な真実を示されたほうが、精神衛生的には良いのかもしれません。

また、全体に共通しているのは、「大人のための」というだけあってエロチックな描写が多いことと、物語の最後に短い教訓がつけられていることだ。

思わず笑ってしまいそうな結末も、「教訓」を読むと素直に笑えない、かなり毒性が強い物語もある。そういう意味でも、「大人のための」といってもいいかもしれない。

作品の中には、谷崎潤一郎の「春琴抄」、中島敦の「名人伝」、カフカの「変身」も題材として取り上げられており、強烈なアレンジがほどこさているので、興味のある方は、原作と読み比べてみるのも面白いかもしれません。

2011年11月25日金曜日

SOLARIS / Stanislaw Lem

スタニスワフ・レムの「SOLARIS」は、SFといっても、だいぶ趣が違う作品だ。

赤と青の二つの太陽をまわりを回っている惑星ソラリス。

地球よりも直径が二割ほど大きいが、陸地はヨーロッパ大陸よりも面積が小さく、広大な海を持つ。酸素はなく、生命はないと思われていたが、その広大な海が、知性を持っているのではないかと思われる様々な現象が起こる。

その惑星ソラリスを観測するため、ソラリスの海の海面500mの中空にある観測ステーション。
ここが小説の舞台だ。

主人公は、心理学を専門とする実直な性格の科学者ケルビン。彼はその宇宙ステーションにすでに滞在している他の科学者二人と、人類以外の知性 ソラリスの海 と接触することになる。

しかも、その接触は、主人公が以前付き合っていて自殺してしまった恋人との再会(といっていいのか)という思いがけない形で行われる。

ソラリスの海が、ステーションにいる人間が寝ている間に、その意識に深く入り込み、その人が心の奥底で思っている記憶を実物どおりに複製してしまうのだ。

ソラリスの海が、何故そんなことをするのか、人類に対して何を伝えたいのかは一切わからないまま。

主人公は、科学者としての理性を持ちながらも、再び現れた恋人に深く思い悩まされることになるのだが、その過程は、恋愛小説のようでもあり、人間の尊厳という哲学的・道徳的な側面まで触れられている。

50年前の1961年に発表された作品だがその魅力は色褪せていない。

以下、余談です。

☆アンドレイ・タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」は、この原作をベースに、タルコフスキー独特の美しい映像で表現していて、また、別個の作品に仕上がっているような気がします。

★2002年にもジェームズ・キャメロン製作の映画「ソラリス」がありますが、こっちは、ちょっと恋愛的な部分にフォーカスを当て過ぎていて、原作の持つ深みが感じられなかった作品でした。

2011年11月23日水曜日

書行無常/藤原新也

藤原新也の書行無常展を見てきました。

銀座線 末広町を降りて、ちょっと裏通りを歩くと、3331 Arts Chiyoda という学校のような建物が会場だった。

建物に入ると、会場受付前には、右手にカフェ、左手に子供のおもちゃのバザーが行われているという何とも不思議な空間だった。

受付で、チケットを買おうとしたら、受付のテーブルで、藤原新也本人が「書行無常」の本に、ひたすらサインを書き込んでいた。

考えれば、初めて本人を見たのだ。
私のイメージよりも小柄な方で、一見すると優しそうな普通の初老のおじさんだった。

いきなり、本人を見て舞い上がってしまったせいで、展示物を逆の流れから見てしまった。

展示物は、1.中国、2.日本、3.印度、4.三陸円顔行脚、5.死ぬな生きろ、6.福島桜の順だったのだが、いきなり、6.から見てしまった。

展示物は、書籍「書行無常」に掲載されている書と写真でしたが、
大書された言葉と大きく引き伸ばされた写真を間近にみると、やはりパワーをもらったような気がします。

以下、印象に残ったもの。

6.は原発事故後の福島三春町の満開の桜。

5.青木ヶ原樹海に立てられた「死ぬな生きろ」と書かれた108つの卒塔婆と、大きく引き伸ばされた赤ちゃんのアップの写真。
(渋谷109の大型ビジョンに「死ぬな生きろ」を表示するあたりは、藤原さんは、やはりパフォーマーだなと感じるコーナーでした。)

4.見ていてこちらも微笑んでしまうような子供たちの円顔の絵。

3.「苦楽苦楽苦楽」の書がガンジス川に流れていく。

2.人間書道 晶エリーの髪で書かれた「男」、乾き亭げそ太郎の「断捨離」
  (振り返ると、このコーナーが一番好きでした)

1.上海万博 中国館前の「万世(バブル)一夜の夢の如し」
  会場展示の書は、何故か、バブルの振り仮名は黒い点に変わっていました。
  中国の雄大な風景に負けない藤原新也の「書」がすばらしい。

都合がつかなかったため、瀬戸内寂聴さんとのトークショーが見られなかったのは残念。

展示会は、今週日曜日までの開催です。

2011年11月21日月曜日

逃亡者の気持ち

映画「ターミネーター」シリーズよりも、何故かTVドラマとして放映されていた「サラ・コナー・クロニクルズ」が好きである。

サラ・コナーの機械から逃亡する生活を、映画より細かく描いているところが好きなのだろうなと自分では思っている。(続編はないのだろうな・・・)

だから、サラも物語に出てこない、逃げる個人にフォーカスを当てていない映画「ターミネーター4」に関しては、全く面白さを感じることができなかった。

彼女 サラ・コナーの生活は、常に機械に追われる恐怖から、緊張感が消えることがない。
隣人に笑顔を向けるときも、どこか警戒心が残る。

恋人と仲良くなっても、一定期間、その地に長居したら、いずれ消え去らなくてはならない。
いわば、非常時の生き方だ。

丸谷才一氏の小説「笹まくら」も、太平洋戦争時に徴兵忌避した主人公の逃亡生活を、主人公のその後の退屈な閉塞的な実生活と交互に描いていて、非常に面白い物語です。
(憲兵に尋問されているときに、砂絵を作るシーンとか、すごく好きです)

笹の葉が奏でるかさかさとする音に、やり切れない不安を感じる主人公。

逃亡者当人にとっては、紛れもなく不幸な生き方だと思うが、それでも逃亡者の生活には余人を引きつける不思議な魅力があると思う。

それは、緊張感に支配された生活と、束の間に訪れる幸せを味わうときの刹那な感じなのかもしれない。

2011年11月20日日曜日

カフカの「城」

カフカの作品の中で、最も長い長編です。

物語は、主人公のKが深い雪に覆われた村に到着する場面からはじまる。

居酒屋で寝ていたKは、「城」の執事の息子から、自分の身分をたずねられ、「城」のベェストベェスト伯爵からの依頼でやってきた測量士と名乗る。

しかし、クラムという「城」の高官から測量士に雇うとの手紙を受け取り、指定された上司である村長を訪ねてみると、Kを雇ったのは何かの手違いであり、村は測量士を必要としていないと告げられ、代わりに小学校の小使いの役割を与えられる。

彼のそばにいるのは、「城」から派遣されてきた「蛇」のように見分けのつかない、役に立たない二人の弟子だけ。

この物語では、主人公Kの素性や行動も明らかにおかしい。
測量士と名乗ってはいるが、村には測量の道具も何も持ってきていない。プライドが高そうにみえるのに、小学校の小使いという屈辱的な仕事を、わりと簡単に引き受けてしまうところも変だ。

また、自分に仕事を与えてくれた「城」の高官クラムの愛人フリーダと関係を持ってしまう。そのくせ、彼は村での就職をあきらめてはいないし、フリーダの世話役の居酒屋の女将に対しても、議論を戦わせる。
フリーダが嫌う姉妹の家を訪れ、親しげに長々と会話をする。

嫌味な小学校の教師に散々注意されたにもかかわらず、子供たちが登校するまで寝過ごし、だらしのない格好をみせてしまう。

二人の弟子に対しては、邪魔になると深い雪の残る建物の外に追い出し、ほとんど動物並みの扱いをする。

カフカの描く「城」や村は、「審判」でも出てくるような奇妙な制度・奇妙な役割をもった人々が多く登場するが、この「城」においては、それにもまして主人公Kがおかしい。
村のほとんどの人々に悪意を持たれているのも仕方がないような気がしてくる。

もし、この物語の目的が、主人公Kを罰することにあるのだとしたら、非常に納得できてしまう。
主人公Kが近づこうとしても、いっこうに辿り着かず、遠ざかっていく「城」は、Kにとって「赦し」「恩赦」のようなものなのかもしれない。

■以下、余談です。

※ミヒャエル・ハネケ監督の『Das Schloss(城)』は、原作にかなり忠実に作られた映画(テレビ映画らしい)です。主人公Kと、フリーダ役のスザンヌ・ロタールのイメージが、私的にはピッタリです。

♪ ORIGINAL LOVEの『カフカの「城」』は、ジャズっぽいアップテンポな歌で、聴いていて気持ちがいい歌です。

2011年11月19日土曜日

Modernism: A New Decade

スタイル・カウンシルの最後のアルバムは「Confesstions of A Pop Group」(1988年)だと、ずっと思っていた。

このアルバムは、ピアノをベースとしたA面と、ポップソングをベースとしたB面の2つから構成されている。(個人的にはA面の曲が好きです)

当時、おそらく、スタイル・カウンシルの音楽は、これから、ピアノをベースとしたジャズっぽいものを追求していくのだろうなと期待していたのだが、新作のアルバムは発表されず、いつのまにかバンドも解散。

その後、ポール・ウェラーがソロ活動をはじめ、最初のアルバム「Paul Weller」を発表したのは1992年のこと。このアルバムは、「Wild Wood」ほど明確に’脱ポップ’を意識した作りにはなっていないが、その予兆を感じさせる内容になっている。

しかし、その空白の4年の間に、実はレコード会社のポリドールに拒絶されてお蔵入りになってしまったアルバム「Modernism: A New Decade」(1989年、但し日本のみ2001年発表)があったのだ。

この音楽を聞いたとき、スタイル・カウンシルがその後目指していた音楽が、自分が想像していたイメージと全く違っていたことに、かなりショックを受けた記憶がある。

「これじゃレコード会社からNGが出るのもしょうがないかも」と冷たく思ったりもした。

でも、このアルバムは、個人的に嫌いな曲もあるが、今聞いても古臭い感じがしない曲が多い。
タイトルからして守りではなく攻めにいった野心的なアルバムであることを感じさせる。

もし、ポリドールが「Modernism: A New Decade」の販売を認め、それほど売れずとも、話題作になっていた場合(その可能性は十分ある)、スタイル・カウンシルは解散せず「Modernism」の路線を突き進んだのだろうか?

ポール・ウェラーが結果として、’90年代、スタイル・カウンシルが最後に描いた「新しい十年」とは正反対の方向に舵を切った音楽活動をしたことが、今思うと、とても面白い。

2011年11月16日水曜日

自然体

イギリスのロックバンド「スタイル・カウンシル(The Style Council)」が解散し、ボーカルのポール・ウェラーがソロ活動をはじめた時、かなり違和感を感じたのを覚えている。

ジャズやソウル、ファンクなどが融合した洗練されたポップから、突然、アコースティックで地味な曲調に変わったのが、スタイル・カウンシルのファンであった私には不満だった。

何故、こんな地味な曲ばかり作り続けるのだろうと疑問に思いながらCDを聞いていた。

その良さが分かりはじめたのは、8作目の「As Is Now」あたりからで(遅い!)、過去に買ってほとんど聞いていなかったCDを聞きなおしてみたら、じわじわと伝わってきた。

一度聞いて「買って失敗!」と思った5作目の「Heliocentric」などは、今は結構好きなアルバムです。

ソロになってからの彼の音楽は、なにより自然体なのだ。

気どりや気負いを感じさせないボーカル。

ドラム、ベース、ギターという最小限の楽器で演奏されている曲が多いけれど、聴いていて本人が楽しんで演奏しているのが伝わってくる。

ポール・ウェラーが五十を超えて今だ元気に音楽を続けていられるのは、まさにこの自然体にあると思う。

2011年11月13日日曜日

カフカの「審判」

一読して、どことなく村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の、世界の終わりの雰囲気に似ているなと思った。

不条理な法に支配された世界なのだが、細部に関しては奇妙に理路整然としており、主人公がその細部にとらわれ、少しつず現実的な考え方を失っていくところなんかは、よく似ていると思う。

無礼な監視人、主人公Kの職業すら把握していない予審判事、浮気っぽい廷丁の妻、目的を見失い弁護士に支配されているような被告人、ガラクタ置き場にいる苔刑吏、屋根裏にある裁判所事務局、裏口からの無罪の勝ち取り方をすすめる裁判所の画家、請願書を一向に書かない弁護士、裁判所とつながりがある僧、執行人と思しき男たちが、次々と主人公Kの前に現れる。

誰ひとりとしてその存在する意義は不明であり、彼らの真の目的もわからない。

結局、主人公Kは、高級裁判所にも行きつくことができず、裁判官にも会えないまま、なぜ自分が突然、訴訟に巻き込まれたのかも分からぬまま死んでいく。
(「世界の終わり…」では、主人公は最後は諦めて自分の死を迎えるが、不条理な死という点でも似ている)

カフカは、プラハ大学で法律を学んだというが、物語の後半で、裁判所とつながりがある僧が主人公Kに対して言った言葉は奇妙に説得力があるように感じた。

「…裁判所はあなたになにも求めはしないのだ。あなたが来れば迎え、行くならば去らせるだけだ」

2011年11月12日土曜日

マーロン・ブランドという男/夏の朝の成層圏

池澤夏樹の最初の長編「夏の朝の成層圏」は、遠洋マグロ漁船から誤って海に落ちた主人公が、南の島に漂着し、文明から離れた生活を体験するという作品だ。

単純な漂流記になっていないところが面白い小説で、主人公が殆ど無人島に近いこの南の島で別荘を持つアメリカ人の映画俳優と出会うところから物語は少しずつ変わっていく。

マイロン・キューナード。

アメリカ人にしては無口で、アルコール中毒の治療中。
「この島は裏返されたニューヨーク」と分析する鋭さもある反面、倣岸な印象もある。

名前も似ているし、読者は自然とマーロン・ブランドをイメージする。

マーロン・ブランドといえば、私にとっては「ゴッド・ファーザー」、「地獄の黙示録」である。
このフランシス・コッポラ監督の2大傑作の中でも、ものすごく存在感がある俳優だ。

「ゴッド・ファーザー」では、シチリア系マフィアのドン(首領) ヴィト・コルレオーネとして、父親の持つ威厳と愛情、首領としての深謀と非情を持つという複雑な男を魅力的に演じている。

私が「夏の朝の成層圏」でイメージするマイロンは、倣岸な肥満気味の丸坊主の中年男だが、部下や原住民からは神のように崇拝されている「地獄の黙示録」のカーツ大佐のイメージに近い。

実際に、マーロン・ブランドは1967年にタヒチ諸島の環礁テティアロアを所有していたらしい。
また、アマチュア無線家でもあったという。
(小説の中でも、無線機を使うマイロンが描かれています)

そんな妙にゴシップ的な部分も、「夏の朝の成層圏」の面白いところだと思う。
(池澤夏樹の作品では他、思い当たらない)

2011年11月10日木曜日

サラサーテの盤

夏目漱石のマイナーポエットな作品(不思議、不気味系)の雰囲気を引き継いだ弟子の一人に、内田百閒(ひゃっけん)がいて、その代表的な作品の一つに短編「サラサーテの盤」がある。

読んでいただくと分かるが、鈴木清順監督の映画「ツィゴイネルワイゼン」は、この短編の持つ不気味な雰囲気を実にうまく映像化している。

物語の隠喩的な役割として出てくるサラサーテ演奏のレコード「ツィゴイネルワイゼン」の中で、サラサーテが一瞬何かをつぶいている声が聞こえるのだが、それが何のか分からない。

(こういうレコードって昔はありましたよね。私が記憶しているのでは、岩崎宏美の「万華鏡」がそうでした)

役者も、最近亡くなった原田芳雄、藤田敏八、大谷直子、大楠道代、麿赤児、樹木希林と、名優が揃っている。

鈴木清順監督の映画の中では、一番好きな作品です。

鎌倉が舞台になっていて、この映画をみると藤田敏八が猫背で歩いていた「釈迦堂切通」とか、行きたくなってしまいます。

でも、サラサーテは何てつぶやいているんですかね…(3分36秒あたりです)

2011年11月9日水曜日

TPPに思う

T(盗るアメリカ)P(パクルアメリカ)P(ポシャル日本)  Shinya talk/藤原新也 より

を見たときは思わず笑ってしまったが、今日のニュースで報じられていたJAグループが中心になって開いたTPP(環太平洋連携協定)の反対集会の様子を見ると、参加している多くの人たちの思惑は上記の駄洒落の感覚に近いのではないだろうか。

しかし、素人目にみても、日本の農産物は海外の輸入物に比べたら、相当品質が高いような気がする。

少なくとも、ただ安い!ということだけで日本の農産物が売れなくなるということはないと思うのだが、考えが甘いのだろうか。

一方で、今の日本の農業は、後継者不足、耕作放棄などが止まらない状況で、閉塞感に覆われているのは事実だと思う。

TPPへの参加で原則関税が撤廃されるが、これは、日本に輸入される場合にだけに適用される話ではなく、当たり前の話であるが、日本から外国に輸出するときも同じ話である。

海外へ日本の高品質の農作物が輸出されことで商機が増え、今まで国内市場にだけ目を向けていた農業ビジネスが活発化するということは楽観的な考えなのだろうか。

日本は、これからも人口が減っていき、高齢化社会を向かえるのだ。
TPPは農業分野にとっても、ひとつのチャンスだと思うのだけれど。

よく、ピンチはチャンスといいます。

TPPは、日本の保護産業にとってピンチをもたらすものかもしれませんが、それを構造改革のチャンスととらえて対応したほうが、今後のことを考えると前向きな選択ではないでしょうか。

2011年11月7日月曜日

Night and Day

昔、Sister Qという3人組みの女の子が歌う「Night and Day」という歌が好きでCDまで買って聞いていたことがある。

原曲は、アメリカの作詞・作曲家であるコール・ポーターのスタンダードナンバーであることが分かったのは、ずいぶん後になってからである。
Night and day, why is it so
That this longing for you follows wherever I go 
In the roaring traffic's boom
In the silence of my lonely room 
I think of you
day and night 
夜も昼も、どうしてだろう
どこに行ってもあなたへの想いが離れない 
騒々しい往来のなかでも
ひとりきりの部屋の静けさのなかでも  
あなたのことを想っている
昼も夜も
歌詞もいいですね。
恋に落ちるとこんな感じですね…




2011年11月6日日曜日

カフカの「失踪者」

カフカの「失踪者」は、女中に誘惑され、その女中に子どもが出来てしまったことで、両親にドイツからアメリカへと放逐された十七歳のカール・ロスマンの放浪を描いた作品である。

ニューヨーク港に着いて船旅を終えたカールが、船室に傘を忘れてきてしまったことから、彼のアメリカでの第一歩が狂いはじめる。

運良く、アメリカで成功している上院議員の伯父に助けられたものの、ふとしたことから、その伯父を怒らせてしまい、絶縁を宣告され、さらに彼の運命は狂っていく。

カフカの小説を読んでいて、いつも驚くのは、まるで未来を予見していたかのように、現代につながるような情景を描いていることだが、それは、この作品の随所にも出てくる。

伯父が経営する代理業、仲介業務の会社は、何をやっているのかよく分からない所と、情報の伝達という点で、今のIT企業を彷彿とさせるし、無駄な会話もなく挨拶すら廃止された合理化された仕事の進め方は、生産性をとことん追及するメーカー系の工場のようだ。

カールが迷い込んだホテル・オクシデンタルの、求める食べ物が一向に手に入らない騒音と慌しさに満ちたビュッフェは、今のファーストフード店のようでもある。

とりわけ、印象に残っているのは、カールがイカれた三人組みに捕まり、召使いにさせられそうになっている部屋の隣に住んでいる学生だ。
昼間はモントリー・デパートの売り場で働いている学生で、夜はブラック珈琲を飲みながら、ベランダで夜中の二時ごろまで勉強している。
カールに対し、外に職を探しに行くより召使いのほうがいいとアドバイスする。

彼には将来の見込みも見通しもない。勉強も喜びはなく、ただ、しめくくりがつかないから続けているだけだと言っている。(こんな若者は、今の都会にも大勢いそうな気がする)

こんな、どうしようもない状況にカール青年は巻き込まれながら物語は進むのだが、まるで長い不思議な夢の途中で、ふっと目覚めてしまったように物語は突然終わる。

怪しげなオクラホマ劇場の技術労働者に採用され、アメリカの見知らぬ山岳地帯を通過する列車に乗ったまま、十七歳のカールは読者の前から突然失踪してしまう。

※ちなみに、日本の法律では、不在者が7年間生死不明の場合、利害関係人が家庭裁判所に請求することにより失踪宣告が出され不在者は死亡したものとみなされます。

2011年11月5日土曜日

加速度

その昔、母と姉が、さだまさしが好きで、何回かコンサートに付き合わされた。

さだまさしのコンサートというのは、ご存知の方もいると思うが、歌よりもMCで会場をわかせるという、一歩間違えば、「綾小路きみまろ」みたいなノリなのだ。
(興味がある人は、噺歌集という本を読むとよくわかると思います)

複数回、コンサートに足を運んだにもかかわらず、正直、ルックス的にも、「関白宣言」にも興味をもてなかったが、この「加速度」という歌はわりと印象に残っている曲です。

今聞くと終わりのほうが、ビートルズの「While My Guitar Gently Weeps」っぽい感じがします。



2011年11月4日金曜日

櫻の園

11月だというのに、いつまでも暖かいせいだろうか。
なぜか、桜のことを考えた。

毎年行っているお花見も、今年は震災のこともあって行けなかった。
また、毎年4月頃に見ている映画「櫻の園」も、その気になれなかった。

映画「櫻の園」は、吉田秋生の漫画を映画化したもので、毎年、創立記念日にチェーホフの「桜の園」を演じる女子高の演劇部を舞台に、その「桜の園」の公演日に起こる色々な出来事を描いた作品です。

この作品の魅力は、何といっても自然な感じで演じている色々なタイプの女の子たちだろう。

キスマークを上手くごまかす、ちゃっかりものの城丸。

部長でありながら、公演当日にパーマをかけたり、知世子を好きになってしまう由布子。

女主人を上手く演じられない、いつもは男役の知世子。

タバコを吸った友達といて補導されてしまい「桜の園」の中止騒ぎを起こしてしまうが、どこかクールな杉山。

後輩にも手厳しいリーダー格の麻紀と取り巻き的な真由美。

いつも仲良しの志摩子と敦子。

その他etc…

日本映画の中でも、好きな作品の一つです。

桜のひらひらと散っていく美しさとはかなさのイメージが、物語と彼女たちの自然な演技にぴったり、はまっている気がします。

実際にこれらを演じた女優さんたちと年齢も近いせいか、その後を知ると、なんか同級生の近況を知ったような気分になりました。

志水由布子:中島ひろ子…小栗康平監督の「眠る男」にも出演されていました。
杉山 紀子:つみきみほ…ちょっと鋭さがなくなっていますが、当時の面影が。
倉田知世子:白島靖代…ヤクルトの土橋と結婚したんですねー。
久保田麻紀:梶原阿貴…大人の女性っぽくなりましたね。
城丸香織:宮澤美保…バイクと書道が趣味とは意外!

2011年11月3日木曜日

川端康成の「掌の小説」

銀の池と緑の池、鼻血…。中学生の頃に読んだ短編「骨拾い」。

祖父の葬式に立ち会った少年の陰鬱な感情が何故か、ずっと記憶に残っていて、久々に「掌の小説」を読んでみた。

①ちょっとエロチックな情景を描いた「指輪」「滑り岩」「士族」

②差別された部落の少年少女との淫乱な思い出を描いた「二十年」

③少年少女ものの「男と女と荷車」「バッタと鈴虫」「雨傘」

④人の顔をじっと見る癖がついてしまった男と恋人の情景を描いた「日向」

⑤どこかユーモラスな雰囲気がある「帽子事件」「死顔の出来事」

122編の短編が収められているが、自分の好みで選ぶと上記の作品がいい。

やはり、川端康成は、①②のようなエロチックな風情を描いた作品が上手な気がします。

ただ、全体的にみて、歳月の傷みにさらされている作品が多いような気がします。
特にいわゆる新感覚派といわれるような詩的な感じをねらった作品は、正直、うーんという感じです。

私にとっての川端康成は、ノーベル文学賞の作家というより、
敗戦を受けて語った以下のような言葉を残した作家であることのほうが、はるかに存在感を感じます。

「私の生涯は『出発まで』もなく、そうしてすでに終わったと、今は感ぜられてならない。古の山河にひとり還ってゆくだけである。私はもう死んだ者として、あはれな日本の美しさのほかのことは、これから一行も書こうとは思わない。…」 

(「新しき幕明き」…共産主義的人間/林達夫)より

2011年11月2日水曜日

ヨーロッパ退屈日記

伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」は、作者が二十代後半、1965年当時に書いたエッセイだが、今読んでも面白い本だ。

文章にもったいぶったところがなく、洒落っ気に満ちていてテンポもよく、内容もある。

エッセイでありながら、私にとっては半分、実用書でもあった。

美味しいカクテル、おつまみのつくり方、スパゲッティを上手にフォークに巻きつけて食べる方法、強風の中でマッチが消えない方法、英語の発音などなど。

異能の人…。改めて、この人は才能があったんだなと、しみじみ思います。

2011年10月31日月曜日

青が散る

宮本輝の「青が散る」は、私が読んだ数少ない青春小説だ。

でき立ての私立大学のテニス部に入った椎名燎平と、テニス中心の大学生活の中で彼をめぐる様々な男女の友人たちとの関係を描いた作品だ。

熱心に読んだせいか、登場人物の名前をほとんど覚えてしまっている。

どことなく幼い、まだ大人の男になりきっていない真っ直ぐな性格の燎平。

誰が見ても綺麗な勝気な夏子と、地味だけれども清楚な気品があるおっとりした祐子との恋の関係。
(こういう夏子と祐子のタイプの女の子はクラスに何人かいると思います)

燎平の友人であるテニス部の主将で身長190cmの大男の金子、有名なテニス選手であったが精神病を病んでいる安斎、王道ではなく覇道のテニスを目指す貝谷。

シンガーソングライターを目指すガリバー、地下の喫茶店でひたすら司法試験の勉強をしている木田、応援団長の端山。

作者の宮本輝自身、「道頓堀川」が青春の「夜の部分」で、「青が散る」は「昼の部分」と称しているように、全体的に爽やかで明るい雰囲気に包まれている小説だ。

この明るい小説を、私は高校2年生の夏に1ヶ月ほど入院していたときに読んだ。
暇をもてあましてというのもあるけど、高2の夏が入院で気が滅入っていてそうした気分のせいで読んだのだと思う。

ちなみに、私の叔父はこの時、藤原新也の「全東洋街道」を読めと入院中貸してくれたのですが、そのよさが全くわからず、「青が散る」とか、平井和正のウルフガイシリーズ、赤川次郎のかるーい推理小説などを読んでばかりいた。
(「全東洋街道」を再び読んで、その良さが分かったのは大学三年頃だったかと思います)

この小説は、テレビでもドラマ化されて見た記憶があるのですが、松田聖子の歌「蒼いフォトグラフ」と「人のラクダ」という歌以外は、ほとんど記憶にない。
(確か、燎平の役を石黒賢が、夏子の役を二谷友里恵だったと)

私のイメージからいうと、燎平はともかく、夏子は二谷友里恵のイメージではないですね。
でも誰がぴったりかといわれると、これも結構難しいですね。



2011年10月30日日曜日

憲法の話

丸谷才一の著書のなかで、文芸評論家の 小林秀雄と中村光夫を、大日本帝国憲法(明治憲法)と日本国憲法(現在の憲法)にたとえて説明している文章がある。
中村光夫さんの文章は、小林さんの文章にくらべると落ちるような感じがする。
しかし、小林さんの文章よりもいい面もある。それは何であるかというと、小林さんのものより言ってることがよく分かる。小林さんのは、文章はうまくて歯切れがよくて、なんだか凄い!という感じがするけれども、しかし、何を言ってるのか分からない(笑)
つまり、言ってみれば、小林秀雄は明治憲法であって、明治憲法の文体は、なんだかよくわからないでしょう。
「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と、なんかドスーンと肝にこたえて凄いけれども、普通の人間にはよくわからない。したがっていくらでも悪用ができる。
そこへゆくと新憲法は、文章は本当に下手であるけれども、よくわかる。
小林秀雄の文芸評論に対する批評としても面白いし、大日本帝国憲法と日本国憲法の比較としても面白い文章だ。

大日本帝国憲法は、プロイセン(ドイツ)憲法を参考に初代枢密院議長 伊藤博文の主導のもと作成され、明治22年2月11日に発布された。
三権分立や、「法律の留保のもと」とはいえ、言論の自由・結社の自由や信書の秘密など臣民の権利が保障されている点で、近代憲法の要素を備えたものだった。

最大の特徴としては、「第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」の条項で、これは、軍隊を動かす権力が天皇にあり、総理大臣も口出しができない仕組みになっていたということだ。

司馬遼太郎は、大日本帝国憲法を評して、こんな風に述べている。
まことに、この点、明治憲法は、あぶなさをもった憲法でした。
それでも、明治時代いっぱいは、少しも危なげなかったのは、まだ明治国家をつくったひとびとが生きていて、亀裂しそうなこの箇所を肉体と精神でふさいでいたからです。
この憲法をつくった伊藤博文たちも、まさか三代目の昭和前期(1926年以後45年まで)になってから、この箇所に大穴があき、ついには憲法の”不備”によって国がほろびるとは思いもしていなかったでしょう。
この統帥権が、陸軍の参謀本部などに悪用され、張作霖爆殺事件や満州事変を独断で実行され、日本は亡国への道を進むことになってしまう。

池澤夏樹の「憲法なんて知らないよ」は、日本国憲法を新約したもので、これも非常に興味深い本だ。

日本国憲法は、当時、日本を統治していたアメリカが、GHQ草案という日本国憲法の原型を作った経緯もあることから、英語版があり、翻訳が可能なのだ。

あまりにも読みやすいため、法律の条文に慣れ親しんだ人は違和感を覚えるかもしれない。でも、池澤夏樹訳の日本国憲法は、改めてよむと、すごくいい憲法のような気がする。

こころみに、第12条と第13条を引いてみよう。
第12条
この憲法は国民に自由と権利を保障するけれども、国民はこれを毎日の努力によって支えなければならない。自由や権利を悪用してはいけない。この権利は国民ぜんたいの幸福のために、責任を持って使うべきものである。
第13条
国民は一人一人すべて、個人として大事にされなくてはいけない。国民ぜんたいの幸福と衝突しない範囲で、一人一人が生きていく権利、自由である権利、また幸せになろうと努める権利を他のどんなことよりも大事にしなければならない。法を作る時や行政の場でこれをいちばん尊重すること。

2011年10月29日土曜日

観念の中のインド

『夜熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している。
彼らはなにをするのか。夜を現存させているのだ。  モリス・ブランショ』

こんなすてきな言葉からはじまるアントニオ・タブッキの「インド夜想曲」は、私が長いこと小説を読みとおすことができなくなってしまったときに、試しに読んで、ひさびさに最後までたどり着けた小説だった。

主人公がインドで失踪した友人を探すという推理小説のような展開で、ボンベイ、マドラス、ゴアといった都市を舞台に、主人公のどことなく冷めた視線で切りとられるインドのさまざまな事象が十二の夜の物語として描かれる。

それまで、私が知っていたインドは、藤原新也の「東京漂流」「印度放浪」をとおして得られた強烈な太陽光と黒い肌のサドゥー(修行僧)、そして水葬された人を食べる野犬たちがいる「メメント・モリ(死を想え)」的なインドだ。

私にとっては、死生観が変わるくらい影響を受けた本だった。

タブッキの描くインドには、そのような強烈さはない。

この本の主題は、あくまで主人公の内的な自分探しの旅であるから、その流れをこわさないためにも、インドは幻想的な雰囲気につつまれたままであることが必要なのだ。

F1インドGP、ITビジネスの発展、インド式計算、核ミサイル、世界第二位の人口…

ニュースで知るインドは、私にとってどこか遠い国の別のインドである。

2011年10月27日木曜日

I love Bangkok.

大学生のころ、シンガポールから、マレー鉄道で、バンコクまで、2週間、旅をしたことがある。
シンガポール、マレーシア、タイの3国を周ったことになるが、個人的な印象としてはタイのバンコクが一番よかった。

まず、街の中を歩いていて、すれ違う人と目が合うと、必ずといっていいほど、笑顔をみせてくれるところだ。

人懐っこいとでもいうのだろうか。正直、バンコクの街並みは排気ガスの煤でうす汚れていたが、そんなのも気にならなくなるくらい印象がよかった。

夜の食事の際も、ちょっと観光スポットを外れたレストランに、何回か通っていたのだが、店の奥にいた主人が、4日目に訪れたときに、ニコッと笑ってくれたのも記憶に残っている。

シンガポールは、英国式のきれいな公園がある街並みで、人々は英語を話し、スマートな国だったが、どことなく冷たい。タイは、欧米に侵略されたことがない仏教の国だ。そんなことも人々の心根に影響しているのかもしれない。

そんな思い出のバンコクが洪水で水びたしになっているのをみると心が痛む。

明日は大潮で水が増えてしまうようだが、何とかがんばって耐えてほしい。

2011年10月26日水曜日

Blogger: プロフィールの面白さ

ブログ初心者なので、こんなことは当たり前のことなのかもしれないが、自分の「Blogger: プロフィール」の「お気に入りの本」や「お気に入りの映画」に、作者や作品名を入力しておくと、同じ趣味のユーザが表示されるのが面白い。

特に表記を英語で入力しておくと、色々な外国の人の名前が出てくるのが面白くて、ついつい、その人のブログも見てしまう。
(Google Chromeを使っていますが、外国のページだと、翻訳のボタンが自動的に表示されます。かなり怪しい日本語ですが、それでも何を書いてあるページなのかは、だいたいは分かります)

たとえば、私のプロフィールでは、「お気に入りの音楽」に、PIZZICATO FIVEと書いてあるが、クリックしてみると、1600人のユーザが登録している。
1ページ目に表示されてる人たちは、私以外はみんな外国の人だ。外国人に人気があるのかな?

また、「お気に入りの本」の Antonio Tabucchi は、116人のユーザが登録しているが、ヨーロッパ圏の人たちの名前がずらっと出てくる。
ちなみに、外国の方は、わりとストレートに顔写真や家族の写真を掲載されていますね。
これも、「ああ、こんな人がタブッキが好きなんだ~」と勝手にシンパシーを感じています。

Elsa Morante あたりになると、さすがに少数で、35人のユーザしかいない。
(池澤夏樹個人編集 世界文学全集で「アルトゥーロの島」という作品を読むことが出来ます)
こうなると、かなり親近感がわいてくる。

ちなみに、山崎正和氏が、わたし1人だけというのは、さびしい。
ゲゲゲの水木しげる氏(コミック 昭和史が面白いです)だって、15人もいるのに…

頭が整理されていないときとかに、山崎正和氏の文章を読むと、すごくすっきりしますよ。

2011年10月25日火曜日

対立する二人 <光秀と信長、西郷と大久保>

司馬遼太郎の歴史小説のなかでも、二人の対立する主人公が出てくる「国盗り物語」、「翔ぶが如く」は、どちらも好きな作品です。

「国盗り物語」は、一介の学僧から身を起こし、権謀術数のかぎりを尽くして美濃一国の国主となった斎藤道三の二人の愛弟子、 一人は道三の古典的教養を引き継いだ明智光秀と、もう一人は道三の中世的な権威を破壊する革新性を引き継いだ織田信長が、最後に衝突を避けられないまま、本能寺に行き着くという物語。

「翔ぶが如く」は、明治維新の中心的役割を果たした薩摩の西郷隆盛と大久保利通が、明治初年の近代国家の成立時期に、征韓論をめぐって激しく対立し、やがて、政府側の大久保利通と、薩摩士族代表の西郷隆盛(西郷の虚像といってもいいかもしれない)が、西南戦争で戦い、西郷が敗れ、勝った大久保も暗殺されるという物語だ。

読んでいて不思議に感じるのは、戦国時代の「国盗り物語」のほうが現代的だと感じることだ。道三や信長が目指していた合理性は非常に納得がいくし、光秀がその合理主義を危険だと感じる感覚も理解できる。

一方、「翔ぶが如く」においては、この物語の前段にあたる「竜馬がゆく」の明るさの反動のせいか、西郷隆盛が明治維新後、全く生気を失った存在になってしまうことや、彼の説く征韓論が非常に理解しがたい部分がある。
また、大久保利通については、合理主義が見え隠れする一方、立憲君主制という天皇中心国家を作り上げていくところに、後世から見れば太平洋戦争の敗戦につながっていく暗い影を感じ、すなおに共感できないところがある。

そして、一番の違和感(魅力といってもいいかもしれない)を覚えるのは、やはり彼らの人格だろう。

それは江戸時代が生んだサムライの精神というべきなのだろうか。
西郷や大久保は、今の政治家とは比べものにはならないほど、人間として大きいのに加え、明治国家を作り上げていく動機にも私欲が感じられない。
自分が、多少難解なこの物語にひかれるのは、今では絶滅してしまったこのサムライの精神を、西郷や大久保に強く感じるせいかもしれない。

2011年10月24日月曜日

叡智の断片/池澤夏樹

以前、格言集の本を何冊か持っている話を書きましたが、私が持っている本の中では、池澤夏樹さんの「叡智の断片」が、そのなかでも、一番上質で面白いと思っています。

月刊プレイボーイに書かれていたということもあるせいか、男性読者向けの男女(セックス)に関する格言(引用句)には、思わずにやりとしてしまうものがある。

たとえば、

  • 「離婚は結婚よりずっと金がかかる。だけど、たしかに払うだけのことはあるんだ」/マックス・カウフマン
  • 「男が妻のために車のドアを開けてやるとすれば、それは妻が新妻か、あるいは車が新車かのどちらかである」/エジンバラ公 フィリップ殿下
  • 「法廷で会うまで女の本性はわからない」/ノーマン・メイラー
  • 「女はゾウに似ている。見ていて楽しいけれど、自分で飼おうとは思わない」/W・C・フィールズ
  • 「男にとって結婚はセックスのために払う代価であり、女にとってセックスは結婚のために払う代価である」/無名氏

などなど、にやりとしてしまうけど、結構、奥が深い。

他にも欧米の著名人・無名人の色々な名言が載っていて読む者を厭きさせない。

ウィットに富んでいるけれど、何かと何かの合間に軽い感じで読むことができるという意味では、かなり理想的な本だ。

2011年10月22日土曜日

大沢誉志幸の歌

大沢誉志幸の歌には、そこはかとない色気とやさしさがある。

自堕落な男と女、行き場のない感情。

そういう憂鬱を思い浮かべる秋に聞くにはぴったりの曲です。

2011年10月20日木曜日

世界を消すスイッチがあったら…

たまにだが、辛いことや嫌なことがあって眠れないときに、世界を一瞬にして消すスイッチがあったら、自分は押してしまうだろうか、と考えることがある。

そのスイッチを押すと、自分も含めて世界の全部が消えてしまうのだ。

でも、自分はこの瞬間つらいかもしれないが、きっと、幸せな時間をすごしている人もいるはずだと思う。そんな幸せな人たちの生・時間・思いを、自分ひとりの独断で消し去るなど、とうてい許されることではない。

そう思うのだが、それでも二度三度こんなことを考えてしまうのは、なぜなのだろう。

そのスイッチを押せば、一瞬にして世界の全ては無になり、世の中の辛いことや嫌なこと、面倒なこと、悲しいことが一瞬にしてなくなるのだ。

世界が悲しみに満ちているのであれば、それを一瞬にして消し去ることも悪いことではないのではないか?

可能性としては五分五分。押してしまう気もするし、最後は自分の愛する人を思って押さないかもしれない。

自分はどうかしていると思う。

でも、こんなことを考えるだけで、それだけで気分がちょっと楽になることも確かなのだ。

2011年10月19日水曜日

時は今…

司馬遼太郎の「国盗り物語」。明智光秀が、連歌師たちを呼んで愛宕山の西坊で催した連歌の発句で、こう読み上げる。

「時は今 天(あめ)が下(した)しる五月哉(かな)」

織田信長に対する謀反を決意した歌であるが、
「時は今」は、明智の筋目である土岐源氏の「土岐(とき)は今」の意味が含まれており、
「天が下しる」は、文字どおり、「天下を治(し)る」という寓意が含まれている。

この発句を受けて、光秀の風流の友であった連歌師は、
次の句の「水上まさる庭の夏山」を受けて、

「花落ちる流れの末をせきとめて」

と、光秀の謀反の決意を阻みたいという意味を込めた。
光秀には、その意味が通じたが、彼は決意を変えなかった…

戦国期とは思えぬほど、文化的なやりとりである。
(ちなみに、信長は連歌という文芸よりも茶という美術趣味を好んだ)

このように、五七五の長句と七七の短句を互い違いに組みあわて、最終的には三十六句を仕立て、歌仙となる。

岩波新書「歌仙の愉しみ」で、丸谷才一は、その面白さとして、第一に何人でも作る合作性と、第二に即興的に続けていく遊戯性をあげている。

一読して思ったのは、確かに面白そうだけど、これを一緒に行うメンバーの選択が難しそうですね。まず、誰かしら師匠が必要だし、ある程度、歌に対する心得がないと、自分の番になって詰まってしまいそうで怖い。

でも、頭も使った相当に贅沢な遊びですね。

2011年10月14日金曜日

80's カセットレーベルB面

昨日の続き。80's カセットレーベルB面です。


1. Wake me up before you go-go /wham

ワムの音楽は、80'sの代表的なポップソングといっていいかもしれない。
覚えやすいメロディ。底抜けに明るいライトな感覚。いいですね。



2. The Glamorous Life /Sheila E.

プリンス・ファミリーのシーラ.E。
パーカッションを叩きながら歌うシーンが新鮮です。


3. Footloose / Kenny Loggins

中学校の文化祭で、クラスで、この曲をかけて大盛り上がりした思い出があります。




5.  Hold Me Now /Thompson Twins

ユル~い感じの曲調が、なごみます。



6. Like a virgin / Madonna

やはり、マドンナは、セクシー系の最右翼でしたね。
家族と、TVでこのPVを見ていて、なぜか恥ずかしくなったことを覚えています。


7. Take On Me / A-Ha

これも大したことがない曲だと思いますが、すごくヒットしていましたね。
やはり、洋楽は音がいいと感じた印象があります。



8.  Blue Jean /David Bowie

B面最後の曲は、デビッド・ボウイ。
はじめて買ったLP盤が、この曲が収録されている「Tonight」でした。
当時は、戦メリも話題で、カッコよかったですね。

2011年10月12日水曜日

80's カセットレーベルA面

80年代にはやったアメリカ発のポップソングは、私にとっては、ちょうど十代の真ん中あたりで聞いていたということもあり、曲を聞いていると、その当時の出来事もなんとなく思い出します。

でも、当時のポップソングは、今の曲に比べると圧倒的に分かりやすいメロディでしたね。
まことに勝手ながら、当時のカセットテープから、ランダムに曲を選曲してみます。
(カセットテープも、ノーマル、ハイポジション、メタルで、曲によって使い分けていた気がします)

1.  Beat It / Michael Jackson

洋楽1発目は、やはり、マイケルですね。
私の記憶では、この曲からでした。




2. The Reflex / Duran Duran

さびの部分しか印象にない曲ですが、
なぜか、すごくヒットしていましたね。


3. MYSTERY BOY / Culture Club

カルチャークラブも、不思議とよく聞いていた覚えがあります。
まだ、ボーイ・ジョージも痩せていました。




4. Breakout/Swing Out Sister

当時はそれほど印象がありませんでしたが、今聞くと、まんざらでもない気がします。



5. Heavens Above / The Style Council

ポール・ウェラーの若かりし時代。
のどかな風車での撮影が、いいですね。



6.  It's Not The Way / Donna Summer

これも、FMを聞いていて、一生懸命、カセットにダビングしていた思い出があります。


7. Let's go crazy / Prince

84年頃のプリンスは、無敵でしたね。
パープル・レインといい、耳に残っている曲ばかりです。



8. I Just Called To Say I Love You /Stevie Wonder

A面最後の曲は、スティービーワンダー。
夏の暑い日に、ひたすら、この曲が延々と流れていたような記憶があります。



2011年10月10日月曜日

大岡昇平の「俘虜記」

「俘虜記」は、昭和20年フィリピンのミンドロ島で米軍の俘虜(捕虜)となった作者の体験を基にした小説である。

この作品は、大きく3つで構成されていて、第一部が米軍に捉われるまで、第二部が俘虜になってからの病院、収容所での生活、第三部が日本の敗戦を知ってからの俘虜の堕落の様子を描いている。

第一部は、病気のせいで隊から見捨てられ、フィリピンの山林をさまよう作者の詳細な自己分析の記録である。

目の前に無防備に現れた若い米兵をなぜ撃たなかったのか、なぜ生きるを諦めたのに自殺できなかったのかを克明に分析をしているようすは、有能な外科医が臓器を手際よく摘出し、色々な角度から観察しているかのようだ。

第二部は、米軍が提供する清潔な居住と被服と2700カロリーの食事と労務に対する賃金が支払われ、密造酒もお目こぼしがあるという、およそ日本軍とは異なる寛容な待遇のなかで、無為にすごすしかない俘虜という中途半端な立場が、様々な日本兵の姿を通して、作者の乾いた目で描かれている。

第三部は、日本の敗戦を知り、同胞への後ろめたさがなくなった俘虜が急速に堕落していく様子が描かれている。各中隊ごとに出し物を作り、月に2回演芸大会を催し、女性っぽい男を女装させ、歌を歌わせ、擬似恋愛まで発生している。作者は、その堕落を呪うわけでもなく(作者自身、劇のシナリオを書いたり、春本まで書いている)、その人間喜劇をどこか楽しげに描いている。

第一部から第三部を通して読むと、結局のところ、作者は、米国に負けたことで変わっていく日本の国民の精神・生活・雰囲気を、このフィリピンを舞台にした俘虜収容所を小さな雛形として諷刺しているのかもしれないと思いました。

2011年10月9日日曜日

子どもたちの喉、ガラスバッジ、ペットボトル

今日のNHKのニュース

福島県の18歳以下のすべての子どもたち36万人を対象に、甲状腺に異常がないか継続的に調べる検査が始まりました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111009/t10013147731000.html

チェルノブイリ原発事故では、4~5年後に子どもの甲状腺がんが多発したそうで、原発事故で放出された放射性ヨウ素は、特に子どもの甲状腺に蓄積しやすく、がんを引き起こすおそれがあるとのことです。

この検査は生涯にわたって続くとのことです。

こういう事実を前に原発の再稼動を容認するなど、ありえないことだと個人的には思います。

福島県の子どもたちは、すでに線量計(ガラスバッジ)を胸に着け、外出時間を記録する等の負担を強いられていますが、何となく釈然としないのは、これらをやっても被爆を防くという効果がないからだと思う。

やはり、放射性物質の除染作業は、一番優先してやらなければならないことですね。

学校では、水を入れたペットボトルを壁のように並べて教室に侵入する放射線を防ぐ実験までしていて、一定の効果が上がっているところもあるようです。

とにかく、国をあてにせず、自分たちで出来るだけのことをして子供たちを守る。
今は、これしかないですね。

2011年10月7日金曜日

アタマガカルクナルシ



今日は頭が重いので、アタマをかるくする詩をひとつ。


青ぞらのはてのはて

水素さえあまりに稀薄な気圏の上に 

「わたくしは世界一切である
世界は移らう青い夢の影である」

などこのやうなことすらも

あまりに重くて考へられぬ

永久で透明な生物の群が棲む

/ 宮沢賢治

リンゴと爆弾

Macintosh Classic, Macintosh LC475, Macintosh Powerbook…とても、懐かしい。



当時は、EXCELで凝った表を作り、あと、ちょっとで完成という絶妙なタイミングで、よく爆弾マークが出てフリーズしてしまい、頭をかかえながら、一から作り直しということがありました。
そのころから、Microsoftとの相性は最悪だったような気がします。


それでも、Windows OSにはない使いやすさと親しみやすさが、Macintoshにはあった気がします。

会社勤めをはじめたころに、はじめて使ったPCということで、以降、すっかりMacユーザーになってしまいました。

当時は、インターネットが、少しずつ、ふつうのユーザに広まり始めたときで、メールソフトは、Quick Mail、インターネットブラウザは、Netscapeの時代でしたね…

スティーブ・ジョブス氏が復帰してからのアップルは、すごかった。
デザインで話題になったiMacにはじまり、携帯音楽プレーヤーiPod、スマートフォンの流れを作ったiPhone、タブレット型PCのiPad、そして、音楽や映像コンテンツを配信するクラウドサービスiCloud。

これらアップルが主導してきたIT機器・ITサービスの勢いが増すなか、スティーブ・ジョブス氏が死去したことは、ひとつの時代が終わったことを象徴しているかのようです。

ジョブスの死が、アップルひいてはIT業界全体にとって爆弾マークにならないことを切に願っております。

2011年10月5日水曜日

The Crystal Ship / The Doors

小林秀雄がアルチュール・ランボーの「酩酊船」に衝撃を受けたことに喩えたら、私にとっては、The Doorsの1stアルバムの「水晶の船」がそれに近いだろうか。

The Doorsの1stアルバムをはじめて聞いたとき、ジム・モリソンの強烈なボーカルで歌う悪魔的な詩とオルガンを使った独特の音色に、時間が逆戻りしていくようなざらざらとした感覚を覚えた。

アメリカ西海岸の明るい陽光の中で、どうしてこれだけ暗いディープな音楽が作れたのか。
本当に不思議なバンドだ。

「衝撃」という意味で、このアルバムは、ロックというジャンルでは、空前絶後、二度と出てこないようなアルバムだと思う。

2011年10月4日火曜日

リラックスする音楽-Sade

Sadeは、今の私にとっては、リラックスしたい時に聴くという、わりとはっきりとした目的で聴いている音楽だ。

疲れたときや精神が高ぶったときなど、彼女の声を聞いているとかなり、リラックスする自分がわかる。

こういう傾向は、ここ最近になってからで、二十代のころは、彼女のスタイリッシュな音楽に惹かれつつも、どこか物足りなく感じて、それほど熱心には聴いていなかった。

Sade(シャーデ)が彼女の名前ではなくて、バンド名であることを知ったのも、ここ最近の話。

彼女の歌であることは、その声をちょっと耳にしただけでわかるのだが、力のあるボーカリストにありがちな耳障りな自己顕示欲の感じがない。

あくまで曲との調和を大事にしていて、その殻のなかで気持ちよく歌い上げている。

その独特のスタイルは、ここ数十年の目まぐるしく移り変わるポップソングの流れの中で、変わらない孤高の美を保っている。

こういうアーティストは、大事にしたい。

2011年10月3日月曜日

小栗康平の「泥の河」

暗い映画は個人的に好きではない。
しかし、それが分かっていても、ついつい目を離せなくなってしまう映画もある。

「泥の河」は、昭和31年の大阪、阿治川の河口を舞台に、廓船に住む母親・姉・弟と、船が係留した川岸に建つうどん屋の男の子の出会いと別れの話だ。

個人的には、弟がうどん屋に招待されたときに披露した愛唱歌が軍歌「戦友」というのにも胸をゆさぶられたが、この作品の中で一番胸を打たれたのは、やはり、姉 銀子の存在だ。

初めて船に遊びに来た男の子の足を、公園から汲んできた自分たちの飲み水でやさしく洗ってあげる女の子。貧乏だけれど、白い清潔そうなシャツを着ていて、家事をほとんどしない母親に代わって何でもするが、ほとんど笑うことがなく、米びつに手を入れているのが温いと感じる女の子。

こういう女の子に出会ったはずはないのだが、どこか懐かしさを覚える。

小栗康平の作品は「死の棘」も相当に暗かったが、やはり最後までみてしまった。

それは、観る者がどこかで経験した(あるいは夢想していた)過去や記憶が映像のところどころに埋もれていて、それがどうしようもなく人を引きつけるからだと思う。

2011年10月2日日曜日

ルイス・ブニュエルの「銀河」

題名にひかれて観た映画ですが、宇宙ものとは何も関係がありません。

キリスト教の3大聖地のひとつ、スペインのサンチャゴへパリから行く巡礼が、長い道のりをたどるため、「銀河」と例えられたものだ。

この巡礼の道を、若い男と老人の二人組み(浮浪者に近い)が旅をしていくなかで、キリスト教の正教と異端をそれぞれ具現化したような怪しい人たちに次から次へと出会っていくロード・ムービーである。

そして途中、人のよさそうな聖母マリアと妙に人間くさいキリスト本人も現れるなど、時代が交錯していく。

テーマからして宗教色の強い難しそうな印象を受けるが、感想としては至って軽い感じでみることができる映画だ。

ただ、ブニュエル自身がねらったとおり、その軽さゆえに、みようによっては相当いかがわしい感じを受ける映画でもある。

野外学芸会に出演するあどけない少女たちが、(おそらくは学校や親に言わされている)異端者を呪う言葉を発表するシーンと、女性革命家が法王を射殺するシーンをかぶせるあたりなどは、かなり過激な印象を受けた。

1968年のブニュエル後期の作品ですが、今みても古くさい感じがしない映画です。

カフカの「断食芸人」

カフカの「断食芸人」を読んでまっさきに思ったのだが断食芸人とは本当に存在していたのだろうか。

鉄格子の中で黒いジャージを着た男が藁の上でただひたすら断食する。
そして、断食何日目と表示される数字版。

観客は、痩せた体をさわったり、番人になって断食芸人がこっそり食べ物を食べないか監視をすることもできるらしいが、断食芸人はほとんど瞑想している状態。

フィナーレは、断食40日目に興行師が断食芸人を檻から出して食べ物を食べさせ、楽団がファンファーレをとどろかせる。

想像すればするほど、馬鹿馬鹿しい話。

しかし、よく考えてみるとこんな企画はよくテレビで見ているのに気づいた。

芸人が1万円で1ヶ月暮らす節約生活、デブの芸人がひたすらダイエットして痩せる番組なんかも、考えてみればこの部類の話だ。

ということは、断食芸人は実在していたのではないだろうか?

もし存在していなかったとしたら…どこまでカフカは現代を見据えていたのかと怖くなるような話だ。

もう一つ思い浮かんだのは、このブログやホームページの類。
「断食芸人」ならぬブロガーが、自分の好みで写真を掲載したり、文章をかきつらねる。

訪れる閲覧者が、たまにコメントを入力し、ブロガーとのやりとりが発生する。
そして、訪問者数のカウンター。

これもある意味、「断食芸人」ですね。

くれぐれもカフカの「断食芸人」のように、人気が凋落しませんように…

2011年10月1日土曜日

夏目漱石の「夢十夜」

夏目漱石の「夢十夜」は、いつ読んでも、古さを感じさせない面白さがある。
高校生のときに初めて読んで以来、夏目漱石の作品の中では一番好きな小説だ。

第一夜…死にぎわの女と百年後に逢う約束をして待つ男の話

第二夜…悟りを得ようと座禅を組むが一向に悟りを得られず死を決意する男の話

第三夜…闇の中、盲目の子どもを背負って森の中にいき自分の前世を知る男の話

第四夜…蛇をみせるといって河の中に沈んでいく爺さんの話

第五夜…捕らえられた自分を助けに来ようとした恋人を天探女に殺された男の話

第六夜…鎌倉時代の仏師 運慶が仁王を彫っている姿を見た男が自ら仁王を彫る話

第七夜…大きな汽船に乗っていた男が死を決意して船から飛び降りて後悔する話

第八夜…床屋の鏡にちらっと映る奇妙な出来事を確かめられない男の話

第九夜…父が不在のときに無事を祈る母だったが実は父が浪士に殺されていた話

第十夜…女にさらわれた庄太郎が豚になめられて命を落としそうになる話

どれも奇妙な話だが、やはり、印象が強いのは、第一夜、第三夜、第十夜である。

特に第三夜は、自分の前世、原罪を思ってもみない状況で知ってしまう怖い話だ。
丸谷才一の「樹影譚」は、この系譜にある作品のような気がする。

第十夜は絶壁を飛び降りるか豚に舐められるか二者択一を迫られるという奇妙さでこの中でもずば抜けている。
パナマの帽子が悪いのか、好色な暇人の男への罰なのか、原因は定かでないが、ちょっと喜劇的な感じがする。

第一夜は、十の話の中でも一番ロマンチックな話だ。しかし男は百年待ったのに女は現れず、白百合との再会という結末は、恋の残酷さや夢のはかなさがそれとなく伝わってくる話だ。

なお、個人的には第二夜と第六夜・第七夜も結構好きです。
第二夜は悟りを得ようとしたり、座禅を組んだことがある人ならば、この男の辛さはなんとなく共感できるのではないだろうか。

また、第六夜と第七夜は「明治の申し子」である夏目漱石ですら富国強兵に突き進んでいく明治という時代に対して嫌悪や不安を感じていたのではないかと思わせる点でとても興味深い。

2011年9月27日火曜日

坂の上の雲-ドラマにはなかった部分

司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKのスペシャルドラマとして2009年から毎年年末に放映されている。

司馬遼太郎本人としては、戦争賛美と誤解される恐れがあるということで、この作品を映像化することについては、かなり反対だったらしい。

私自身は、とりたてて好戦的な印象を受けなかった。
司馬遼太郎が書きたかった主題は、明治時代の雰囲気が持つ独特の楽観主義や明るさ、そして、昭和初期には失われてしまった政治家や軍人の判断から感じる客観性、合理主義が、明治時代にはまだあったということだと思うからだ。

そういう視点でみると、ドラマのなかで原作のある部分に全く触れていないことが気になった。

それは、日清戦争直前期に、海軍省大佐 山本権兵衛が行った、海軍省の無能幹部の大量首切りである。

「大整理をして有能者をそれぞれの重職につける以外にいくさに勝つ道はありません」
その思想のもと、維新の功績だけで軍艦の構造すら知らない無能な薩摩人を、同じ薩摩人である山本権兵衛が容赦なく首を切っていった。

山本権兵衛は懐中に短刀を忍ばせて、首切りを宣告していったというから、やる方も命がけである。

その結果、日露戦争当時、ロシアには風帆船の操作しか知らない老朽士官が多かったにもかかわらず、日本海軍では、そのような老朽士官が日清戦争直前期にすでに一掃されてしまっていたという。

「大量首切り」=リストラという発想になったのかもしれないが、こういった厳しい合理主義が必要なときもあるということは、ある意味、真実だろう。

そのことについてドラマで全く触れなかったというのは個人的には残念です。

2011年9月26日月曜日

本棚の神隠し

今、読みたい本にかぎって、本棚のどこにも見当たらないのは、何故だろう。

だらしない片づけ方が一番の原因とは知っているが、読みたい本にかぎって8割から9割の確率ですぐに見つからない。

そうやって、本棚をバタバタ探していると、二番目に読みたかった本が、ちょっと前まで、本棚の前のほうにあったはずなのに、どこかに隠れてしまう。

そんな非効率的なことが私の本棚ではよく起きています。

2011年9月25日日曜日

インド風噛みタバコ、バター茶、パパ

藤原新也が若いころに書いた「印度放浪」「西蔵放浪」「全東洋街道」を読むと、どうみても美味しくはなさそうなのだが、不思議と食してみたいというものがでてくる。
こういうのは、私の嗜好が変というより、作者の筆力のせいといっていいのかもしれない。

まず、「印度放浪」でいうと、旅をしている作者がパロディという街に着いたときに質問してきた役人が噛んでいる「パン」というインド風噛みタバコが、すごく気になる。

「石炭や銀紙にくるんだ苦甘い香料、ドングリのような渋い味の木の種、その他数種の得たいの知れぬものを、ニッケとドクダミを混ぜたような味のする青い葉っぱにくるんで、口の中に抛り込む。…
それは文字どおり怪奇な味であり、まさに無謀な味であり、それは味というにはあまりに秩序を欠いている。音にしてみれば、楽団が何かを演奏する前の音合せのように、カネやタイコやラッパが、それぞれかってにやっているような感じで、とどのつまり、何を食っているのかさっぱりわからない。…
たとえば、インド世界的混沌を、そのまま口に抛りこんだようなものである。
…唾が大量にやたら出てくる。ペッと吐くと喀血したように唾が赤くなっている。そしてまた口の中でモグモグやってパッと出す。これを何べんもくり返すのである。」

たぶん間違いなく不味いのだと思いますが、一度、試してみたい気持ちが抑えられない。

次に、「西蔵放浪」に出てくる僧侶(親しみをこめてか、ゴロツキ寺の坊さんと酷評されている)が飲んでいるバター茶である。

「…またある者は、バターのたっぷり入った塩茶と砂糖茶を入れ替えとっかえ、一日に二十杯も、三十杯戯(あじゃら)飲みして、戯(あじゃら)話に耽っている」
「読経がやや進んだところで、小僧が台所の方から登ってきて大きな真鍮の薬罐に入ったバター入りの塩茶を、次々に僧たちの木椀に注いでゆく。僧たちは経を唱えながら、経の中継ぎの所で休んでは、その湯気の立つバター茶をすする。…」

この場合、チベットの乾燥した空気、坊さん、バター茶という3点セットが魅力的なのかもしれない。おそらく、日本の茶の間で同じ味を再現しても美味しくないだろう。

さいごは「全東洋街道」に出てくるヒマラヤ山中の山寺の朝食で「パパ」という食べものだ。

「遠くから見るとそれは焼きたてのフランスパンのように見え、近くにくるとそれは黄粉をまぶした大きな餅のように見えた。目の前に置かれるとどう見ても土のかたまりとしか見えないものに成り果てていた。…土のかたまりの横に小さな器の青汁が置かれた。匂いがした。ちょうどそれは小鳥に与える《すりえ》そっくりの匂いと色をしている。」
「あの土のかたまりのようなもの…それは木材をノコギリで切った折に地面にたまる木くずを三日ほど髪油-椿油など-に浸しきわめて少量の味の素を振りかけてねり固め、それを一時間ほど蒸したような味と思えばいい。」

作者は、これを初めて食べたとき、「メシを食って自殺を考えた」というが、山寺滞在の六日目には味を感じ、おいしいと感じたそうだ。

これを食べたいのは、やはり、作者が六日目に感じた舌の革命を体験したいからだと思う。
そう考えると、これも俗世を断ったヒマラヤの山深い寺でないと本当の味は分からないのかもしれない。

2011年9月24日土曜日

チェレンコフ光

池澤夏樹の小説「スティル・ライフ」の冒頭、主人公がバーで一緒に飲んでいる謎の男 佐々井がグラスの中の水を見つめながら、こんな風に話し出す。

「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。それが見えないかと思って」

「水の量が千トンとか百万トンといった単位で、しかも周囲が真の暗闇だと、時々はチラッと光るのが見えるはずなんだが、ここではやっぱり無理かな」

この科学と詩的なイメージが融合した世界観に引き込まれた人は多いのではないだろうか。

小説「スティル・ライフ」が書かれたのは1988年頃。
その5年前に、素粒子「ニュートリノ」を観測するための3千トンの水を蓄えたタンクを持つ装置「カミオカンデ」が岐阜県の鉱山地下に作られた。

現在では、5万トンの水を蓄えたタンクを持つパワーアップされた「スーパーカミオカンデ」が、チェレンコフ光を観測することにより、ニュートリノを検出する装置として稼動している。
(ちなみに25mプールの水量は約540トン)

そのニュートリノについて、名古屋大学など11か国の研究機関による国際研究グループが、「ニュートリノは光よりも速い」ことを示す実験結果を発表したということで、話題になっている。

アインシュタインの「特殊相対性理論」を覆す可能性があるということで、もし、これが事実だとすると、タイムマシンや異次元の存在も可能になるというのだがら、大事件である。

今後、他の研究者による検証が行われるということだが、これからの進展が非常に楽しみだ。

2011年9月23日金曜日

フランツ・カフカの小説

フランツ・カフカの「変身」を最初に読んだのは、高校生のときの「読書感想文」の課題図書としてだった。

「読書感想文」という気の乗らない作業だったせいもあるが、そのときは、ずいぶんと奇妙な話だなという程度の印象しかなく、肝心の「感想文」も盛りあがらないものになってしまった記憶がある。

その後、自分が社会人の年代になると、営業マンの男がある朝起きたら虫になっていたというストーリーにリアリティを感じはじめ、ひさびさに「変身」を読み返してみると今度は面白かった。
変な話だがグレゴール青年にある種のシンパシーのようなものさえ感じた。

池澤夏樹の「世界文学リミックス」では、カフカの「変身」について、『「虫」の代わりに「鬱病」という言葉を入れたら、今やそんな話はどこにでもある。…カフカが恐ろしいのは、結局のところ彼の書く不条理の世界が現実だったからだ』と解説している。

倉橋由美子の短文「カフカの悪夢」も、カフカの作品について面白い解釈をしている。

『「審判」は絶対に自分の罪を理解することができず、従って責任を取ることも知らない人間が、その無知の故に罰せられる物語ではないかと解釈するのです。そうすればこの悪夢の塊のような小説はにわかに倫理的な色彩を帯びてきます。』

倉橋は、そう解釈する理由を、カフカの奇妙な実生活(女性との婚約、解消を何度となく繰り返し、結局、結婚せず)をあげている。
そして、「何一つ責任も取らない奇怪な男」が「自分を罰するためにあんな小説を書いたのかもしれません…」と述べている。

うーん。確かに。
ひょっとすると、読者も自分自身を罰するために、この不条理な悪夢のような小説を読んでいるのかもしれませんね。そうすると、その読者というのは…

2011年9月22日木曜日

科学者が訳した「般若心経」

里帰りしたときには、亡くなった祖父母に仏壇でお線香をあげる。
誰かのお葬式にいくときには、お焼香をして合掌する。

しかし、皆さんも同じだろうが、あなたは仏教徒か?と聞かれたら、「いや特に…」と答えてしまいそうだ。

そんな仏教には無縁の人でも、生命科学者 柳澤桂子が「般若心経」を現代語訳した「生きて死ぬ智慧」は、一読の価値があると思う。

まず、文章が非常に美しい。

そして、人と宇宙は「粒子」で出来ていて、人も宇宙も一つにつながっており、ゆえに、人も宇宙も実体がない「空」であると「般若心経」を科学的に解釈しているところが、少しも違和感を感じさせない。

たった256文字の「般若心経」を、こんな風に科学的に解釈して現代語に移しかえることができたのは、筆者が優れた科学者であったことも影響しているが、頭の中で、何度も何度も「般若心経」を反芻し、色々な解釈をこころみた成果であるような気がする。
(256文字の行間を埋める文章が、大胆かつ清新な解釈になっています)

落ち込んでいるときや、苦しいときに読むと、気分が楽になる本かもしれません。

2011年9月21日水曜日

もろい

ホームには、人があふれていて、電車に何とかして乗ると、汗だくのサラリーマン3人に囲まれてしまった。サウナのような暑さのなか、電車はなかなか動かない。ドアから押されて、降りられなくなったおばさんが「乗るんじゃなかった」「乗るんじゃなかった」と繰り返しつぶやいていた。
(しかし、この電車を最後に運行中止となったので、おばさんは乗ってよかったのだった)

ひさびさに、震災直後の通勤電車を思い出した。

駅から家のみちのりも、傘をさすほうが危険なぐらい風が強い。仕方ないから、傘をささないで濡れて歩いた。

ようやく、家について、べったりと濡れたズボンを脱ぎ、ニュース番組を見ていたら、突然、停電。

携帯電話のバックライトを頼りに、これもひさびさに、防災袋を取り出して、懐中電灯をつけた。
ブレーカーを見ても落ちていないから、やはり停電なのだろう。

窓には、たたきつけるような激しい雨がふきつけている。

私の家はマンションだから、停電になると水も出ないし、トイレもできない。
そして、つくりかけの炊飯ジャーは、まだ炊けていない。

やっぱり、もろいな。この生活。
数日前にテレビで見た「北の国から」の吹雪で停電になった富良野のようだ。

30分後、電気は戻った。
また、停電になるかもしれないと思って、バケツに水を汲んでおいたが、結局なにもなかった。
ご飯は、とりあえず食べることができた。

空からは、コインランドリーのように大気がかき回される音が数時間続き、やがて台風は去っていった。

あの震災を経験して活かされたことと活かされなかったこと。
皆さんはどうでしたか?

2011年9月20日火曜日

海老沢泰久の小説

海老沢泰久氏が2009年8月13日に死んだのを知ったのは、うかつにも今年に入ってからだ。

寡作な作家のため、まだ、作品が出ないのだなと、のん気に構えていたら、久々に買った時代小説「無用庵隠居修行」のあとがきを読んで亡くなられたのを知ったのだった。

思えば、海老沢泰久氏の小説とは、長いつきあいで、「監督」からはじまり、「F1地上の夢」「F1走る魂」「美味礼賛」といった準ノンフィクションものや、「二重唱〈デュエット〉」「帰郷」「夏の休暇」といった恋愛小説が中心の短編、最近の歴史小説「青い空」など、ハードカバーから単行本まで、本棚にちらばっている。

「監督」からは、勝利に徹するプロ意識を学び、「F1地上の夢」では、好きなことをとことん追求することが世界に通用する技術力を持つ会社の原動力であったことを学び、「美味礼賛」では、辻 静雄という料理をまったく知らなかった男が、日本のフランス料理の歴史ひいては本場のフランス料理の流れや日本の和食の流れを変えたことを学んだ。

私が社会人になってから読んだもっとも優れたビジネス書といってもいいくらい、色々な具体的なことを教えられたような気がする。
それは、丸谷才一氏に「冷静沈着な斥候将校の書く報告文」と称されるくらい、ややこしい事柄を明晰に簡潔に表現し、読んですっきりと理解できる文章を書いたということも含めての話だ。

六十歳にも満たない年で亡くなられたことを本当に残念に思う。

唯一のなぐさめは、彼が取材して書いたF1の時代が、アイルトン・セナ、アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルといった、今では考えられないくらい豪華なドライバーがいた時代で、かつ、ターボエンジン全盛のF1が一番輝いていた時代だったことだろうか。

また、海老沢氏の長所を最もよく理解している丸谷才一氏がいて、同氏の提案で、辻 静雄(1993年死去)という日本の西洋料理の第一人者からの取材を通して、稀有といっていいくらい素晴らしい料理小説を書くことができたことかもしれない。

2011年9月19日月曜日

おいしいお酒の条件

「お酒は何が好きですか?」は、初めての顔合わせで飲みにいくと、必ずといっていいほど、聞かれる事柄だ。

ビール、サワー、ウイスキー、焼酎、日本酒、ワイン、発泡酒、ブランデー、グラッパ、カクテルなど、答えは色々とあるが、私の場合、よっぽどの安酒は別にして、その日の気候や、体調とか、一緒に出てくる料理、飲んでる相手、状況とかで、ころころ変わる。

だから、その時の気分、気分で、「やっぱりビールですかね」とか、「日本酒がいいですね」とか、適当に答えている。

しかし、それに対して、嫌いなお酒(まずいお酒)というのは、固定的ではっきりしている。
それは、自分が飲みたくないときに、酒を飲まなければならない状況だ。
具体的にいうと、人の悪口や仕事のグチを延々と聞かせる相手との酒の席だ。

当人としては、何かの気晴らしになっているのかもしれないが、聞いている方も不愉快になるし、そんなに思っているのなら、お酒を飲まない状態で思う存分言えばいいのにと思う。

そんなことを考えると、お酒を飲むということは、食事と比較しても、精神的な部分に左右される要素が強いと思う。

だから、そういうお酒の場で、気持ちよく過ごせる相手というのは、ある意味、おいしいお酒になるすごく重要な条件の一つだ。
不思議なことに、そういう人といくお店は、後で思い出してみると、よくあるチェーン店の居酒屋というよりは、きちんとしたバーやレストランということが多い。

お酒で、その人との相性が分かるというのは言い過ぎかもしれないが、気持ちよく飲むことができる人は、飲まないときでも、自分にとって信頼できる人であることが多い。

2011年9月18日日曜日

「伊達」が気になる…

宮城県に住んでいる人ならば、「伊達」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、「伊達政宗」だろう。

私も、そのイメージが強かったので、福島県伊達市を通ったときも、伊達氏にゆかりのある土地なのだろうなと思っていたら、果たしてそうであった。

(この伊達市の霊山こどもの村のコテージに、2010年夏に泊まったことがあります。霊山という小さいけれど峻厳さが伝わってくる山から吹きおりてくるひんやりとした風がここちよい緑にあふれたところでした。現在の放射能の状況を思うと胸が痛みます)

伊予宇和島の伊達家も、伊達政宗の長男 秀宗が秀吉の猶子(養子)となった過去があることから、政宗が徳川幕府に遠慮して廃嫡したのを、幕府側でも配慮し、伊予宇和島十万石に秀宗を封じ、伊達家とは独立の家をたてさせたことが始まりらしい。

また、北海道の伊達市も、明治維新以後、仙台藩一門亘理伊達家の領主とその家臣・領民が集団移住をして開拓したことが由来らしい。

さらに、坂本竜馬の子分的な存在で、明治維新後、ヨーロッパ各国との不平等条約の改正に尽力しカミソリと評された外務大臣 陸奥宗光も、陸奥伊達家の子孫という話を聞くと、「伊達家」は、日本の歴史に少なからぬ影響を与えていたのだなと感じる。

司馬遼太郎の「馬上少年過ぐ」は、その伊達家の中興の祖 伊達政宗をとりあげた作品だ。

政宗の父 輝宗が、当時、政宗の弟が跡継ぎと有力視されていた状況の中、伊達家にとって神格化されていた「政宗」という名前を、さりげなく継がせたことについて、

「…あずまえびすの土俗を濃厚にのこしていたこのあたりの風土のなかですでにこういう微妙な政治表現があったということをおもうことは、後世のわれわれにとって、くさむらのなかで白い花をみいだしたようなあざやかさをおぼえる。
伊達政宗という、あずまえびすの土くさい執拗さと反面いかにも近世人らしいみごとな政略能力をもった人物は、こういう人間環境のなかからうまれあがってゆく。」

と政宗の資質について、とても分かりやすい分析をしている。
非常に興味深い本でした。

ちなみに、「伊達男」という言葉も、伊達政宗が、秀吉に濡れ衣をかけられたときに着ていった「白装束」を見ておどろいた上方の人が「伊達男」と呼んだのが、語源らしいですよ。

2011年9月17日土曜日

熱を出したら…

昔、春先のころ、一人旅をしていて、旅の途中で熱をだしたことがある。

まだ雪が残っている黒部のあたりで、旅の疲れと寒さで風邪をひいてしまったものと思われる。

若かったからなのか、一人旅の引け目か、旅館のフロントに、風邪薬をくださいとも言えず、一人布団にくるまって、寒さに震えながら、ひたすら不安な夜をすごしたことがある。

朝になって、医者にも行かず、ほとんど、ふらふらになりながら、何とか、電車を乗り継いで、千葉の家にたどり着き、布団に倒れるように寝込んで、一晩中、汗をかいて、熱をさました覚えがある。

今は、医者に行くと、簡単に解熱剤をくれるけど、やはり、熱を出して、汗をかいて、体温を下げるという、昔ながらの熱のさまし方が、まっとうな風邪の直し方と個人的には思っている。

藤原新也の「ノア-動物千夜一夜物語」にも、旅の疲れが蓄積して、熱にさいなまれた作者が、数日間、ホテルの庭に面した椅子にただ座り続け、ひたすら熱が過ぎ去るのを待つ話が出てくる。

そして、熱が引いたとき、あたかも厳しい修行で自我を焼却して解脱したような状態になった作者は、ある動物と、平常時であれば、交感できなかったような不思議な出会いをする。
至福に満ちた話だ。

一方、自分はというと、やはり、自我や業を焼却しきっていないということなのだろうか。
今まで何度も熱を出し冷ましてはきたけれど、残念ながら、病みあがりでまず考えることは、美味いものを食べることと、女性のことです。

ロスト・ジェネレーション

映画「モダーンズ」に出てくる小男-娼婦にも馬鹿にされ、いつも酔っ払っているチョビ髭の青年。

その男の名は、アーネスト・ヘミングウェイなのだが、「老人の海」や、「武器よさらば」、「誰がために鐘は鳴る」などから受ける男らしい作家、各地の戦争に従軍したマッチョなイメージはない。

映画では、ヘミングウェイが、ガートルード・スタイン女史のサロンに出入りしているシーンも描かれているが、その舞台となるパリで発表された最初の長編が「日はまた昇る」だ。

短かく乾いた文体、バーやバーテンダー、酒の描写、内省的な主人公…ハードボイルド小説の源流を感じるような作品だ。

1926年の作品だが、登場人物の会話のやりとりを読んでも、違和感をあまり感じないのはなぜだろうか。

スタイン女史は、ヘミングウェイやフィッツジェラルドの世代を「ロスト・ジェネレーション」と呼んだ。

日本でも就職難の若者たちを「ロスト・ジェネレーション」と呼んだりするが、先が見えない閉塞的な時代感覚という意味では、第一次世界大戦後の世界と今は、意外と共通点が多いのかもしれない。

2011年9月15日木曜日

死にクジラ

クジラたちは、漁師が《死にクジラ》と呼ぶ恰好をすることがあるが、それは他の個体から離れて孤立している成獣の場合に限られる。

《死》んだクジラは、まるで深い眠りに陥ちたもののように、表面的にはなんの努力もせずただ浮いて、海面を漂流しているようにみえる。

漁師たちによると、クジラがこういう恰好をするのは、重い凪のときとか、太陽が容赦なく照りつける日にかぎるというけれど、じつのところ、クジラ目をおそうこういった仮死状態の真の原因は、現在まだ解明されていない。

「島とクジラと女をめぐる断片」/アントニオ・タブッキ より

2011年9月14日水曜日

初めてのデート

初めてのデートの時、相手がどんな服装で、どんな風に現れるのかは、やはり気になることだと思う。
だから、相手が現れる前に待ち合わせ場所に行って、ドキドキしながら考えているほうが、絶対に楽しいと思う。

映画「DIVA」のなかで、郵便配達員のジュールが、憧れているオペラ歌手のシンシア・ホーキンスと初めてデートをする時のシーンがとてもいい。

シンシアは、パーティーが別にあって、ジュールとの待ち合わせには来ないかもしれないというシチュエーション。ジュールがカフェバーで待っていると、彼女は笑いながら、夜店のアクセサリー売りの男を伴って現れる。
彼女が連れてきたというより、売り子が彼女の魅力に惹かれてついて来てしまったという感じだ。
シンシアが「お店ごと、買っちゃった」と笑いながらいうと、売り子は彼女を「アフリカの女王だ」と評す(シンシアは黒人です)。それに対して、彼女に恋しているジュールは「夜の女王だ」と訂正する。

私が、このシーンにとても惹かれるのは、シンシアの登場のしかたが意表をついていて、かつ、贅沢な印象を受けるからだと思う。

初めてのデートの時に、こんな風に彼女が現れたなら、まず間違いなく恋に落ちてしまうような気がする。

その後の、夜明けのパリの街を二人で歩くデートのシーンも、音楽・映像ともに、すごくいい。
映画「DIVA」のなかで、一番好きなシーンです。

2011年9月13日火曜日

観たい映画!


よく、HMVなど行って、DVDコーナーを探してみるのだが、観たい映画のDVDが、なかなか見つからない。

私の今、観たい映画は、

フランソワ・トリュフォー  「隣の女」
ケン・ラッセル        「恋人たちの曲・悲愴」
レオス・カラックス     「ボーイ・ミーツ・ガール」
鈴木清順          「カポネ大いに泣く」
アンジェイ・ズラウスキー 「ポゼッション」

です。

トリュフォーの 「隣の女」は、お互いにどうしようもなく惹かれあってしまう男女というのは、本当にどうしようもないなと感じさせる映画だ。それでも観たいと思うのは、やはり、トリュフォーが真剣に作っていることが伝わってくるからだろうと思う。

ケン・ラッセルの映画は、B級映画すれすれのところをいっているが、今の映画には望むべくもない、とてつもないパワーをありありと感じさせる。この映画も、相当昔に見たのだが、映像の部分部分が頭から消えていない。

カラックスの「ボーイ・ミーツ・ガール」も、昔みて、すごく印象に残っている映画だ。
私は、この映画を観た後、しばらく、スノードームの収集マニアになった。

鈴木清順は、日本では珍しく、映像美を追求した映画を作る監督だ。
この「カポネ大いに泣く」は、いつかじっくり見てみたいと思っている映画なのだが、なかなか機会が訪れない。

アンジェイ・ズラウスキーの「ポゼッション」は、とにかく、イザベル・アジャーニが可愛い。
まだ、壁が崩壊していない東西冷戦時のベルリンを舞台にした映画で、何とも言えず、静かな緊張感が漂っている映画です。

たぶん、ネットでなら手に入る作品もあるんでしょうね…

2011年9月12日月曜日

空港の空き時間

海外へ行くときの空港のチェックインの待ち時間。
やることもなくて、ついつい空港の中の書店で立ち読みをして、普段なら、まず手に取らないだろう本を買ってしまう。

それも、根がまじめなせいか、推理小説や恋愛小説ではなく、英語併記の格言集(ひゃーはずかしい)などを、よく買ってしまう。

そして、飛行機の中で、その本を読むかというと、そんなこともなく、音楽を聴き、食事を食べて、ワインを飲んで寝てしまう。
(もちろん、旅行中も読まない)

帰ってきて、荷物の整理をしていたら、こんな本、何で買ったのだろうと怪訝に思いながら、本棚の奥のほうに、本をしまう。

そんな訳で、私の本棚の奥には、格言集が5冊ほどある。

久々に手にとってみて、ぱらぱらとめくると、なかなか含蓄の深い格言が載っているので、引いてみよう。

Don't except life to be fair.   人生を公平だと思うな。  -ケネディ家の家訓
(確か、村上春樹の「風の歌を聞け」でも引用されていたと思います)

If you resolve to give up smoking, drinking and loving, you don't actually live longer; it just seems longer. 
タバコ、酒、そして愛することをやめる決意をしたところで、実際に長生きするわけではない。ただ、長く感じるだけのことだ。   -クレメント・フロイド

I'm sort of a pessimist about tomorrow and an optimist about the day after tomorrow.
明日についてはいくらか悲観主義者で、明後日については楽観主義者   -エリック・セバライド

It isn't that they can't see the solution. It is that they can't see the problem.
解決策が分からないのではない。問題が分かってないのだ。  -G・K・チェスタートン

It is not enough to be busy; so are the ants. The question is: What are we busy about?
忙しいだけでは十分ではない。蟻だって忙しい。問題は、何をしていて忙しいかということである。
-ヘンリー・デビッド・ソロー

Courage is grace under pressure.
勇気とは、窮しても品位を失わないことだ  -アーネスト・ヘミングウェイ

2011年9月11日日曜日

池澤夏樹の「春を恨んだりはしない」

有名な小説家が書いたものという点で、今回の震災について、もっともはやく出版された本ではないだろうか?

薄い本だが、著者自身、震災の全体像を描きたかったと述べているとおり、内容が多面的で、読んでいて色々な思いがよぎる本だ。

著者自身が被災地に行って感じたこと、被災者の言葉、死者に対する思い、自然と人間との関係、ボランティアの意味、エネルギー政策に関する提言、政治への期待、日本という国の局面が変わることに対する期待…

それらは、3.11以降、私たちが、日々、直接的・間接的に体験し、考えてきたことと元になるベースは変わらないはずなのだが、私自身は、あの時に感じた思いが随分と薄くなってしまっていて、かつ、日々感じていたことを忘れ、整理できていない自分に気づかされた。

土地や家を失い、故郷にも帰れず、家族や親類、友人、動物と離れ離れになった人たち、未だに仮設住宅に入れず避難所や津波の脅威にさらされる家に住む人たち、食糧配給を受けている人たちは半年経った今でもいるのだ。
その人たち一人一人の人生を想像すること、感じ取ること、そこが、まず第一歩。

特に放射能の問題については終わったわけではなく、これからも、その脅威は継続する話なのだと、再認識させられた。
(今日の東電の記者会見では、原発事故は半年経った今なお、収束に至っていない旨の見解が発表されている)

そして、取り返しがつかない状況になってしまったと感じるは、これから、私たち自身、そして私たちの子どもや孫に癌が発生する可能性に脅え、暮らしていかなければならないという重い事実だ。

それらすべてを決して忘れないこと。そして、そこから日本のこれからを考えてみようというのが、この本のテーマなのだろう。

非常に重いテーマだが、個人的にはこういう本を早く読みたかった。

2011年9月10日土曜日

そんなに大事な情報って何ですか?

少し、大人気ないことを書く。

いつからだろうか?

以前は、電車の車両で携帯端末をピコピコやっている人が目に付いたが、今は、電車を降りて、駅の階段を上り降りするときも、画面から目を離さず、とろとろ歩いている人を、かなり多く目にする。(携帯だけでなく、マンガやゲーム機も)

歩きながらは、なにより周りの迷惑だし、いい年した大人だと、よけいみっともない。
私の個人的な感覚からすると、そういう人は時間を有効に使っていない感じがする。

どうしても、字を打つなり、メールや映像を見たければ、ベンチに座って思う存分やってから歩き始めればいいのだ。

そんなに大事な情報って何だろう?

今朝、新聞に載っていたようなエア・フォースワンの飛行計画なんかがブログで見られるなら話は別だが、インターネットの情報は、大概知らなくてもいいような情報が多く、底が浅い。
(自分がブログをやっておいてなんだが)

それと、電車の優先席に堂々と座って、じーっとスマートフォンをいじっている若い人も、結構多い。目の前に年配の人が立っていても、平然と画面を見つめている。
恥ずかしくないのかな。

震災直後、こういう、なんというかみっともない光景は、一度吹き飛んだような気がしたのだが、最近また、よく目にするようになった。

あれから、まだ半年ですよ。

2011年9月9日金曜日

池澤さんちの娘さん

今回の震災に関して、日頃、よく読んでいる作家のコメントを、ホームページで見た。

① 村上春樹さんのスペインのカタルーニャ国際賞授賞式でスピーチ
② その村上さんに対する藤原新也さんの批判
③ 山崎正和さんの「震災克服の展望」
④ ドナルド・キーンさんの日本への帰化宣言
⑤ 丸谷才一さんの「そのときは皇居を開放せよ」
⑥ 池澤夏樹さんの3.11

インパクトを受けた順番でいうと、③、⑤、②、④、⑥、①かな。

あれだけの大きな出来事だったので、皆さん、色々考えて本をまとめられているところなのだろうが、やはり、インターネットのよさは、即時性だろう。その良さがでているのは②だと思う。

③の山崎正和さんのコメントを最初に新聞で読んだ時、この人は本気でこんなことを考えているのだろうかと思ったが、今の状況では、原発稼働の問題が根本的に解決しない限り、日本から海外への工場移転が進むのだろう。
(今日の新聞では、韓国が、かなり日本に比べて好条件らしい。電気料・人件費は日本の3分の1、法人課税税率は2分の1のほか、FTA(自由貿易協定)をヨーロッパと締結していて関税面でも有利らしい)

④のキーンさんのコメントは、日本の歴史を見通してきた識者の重みと温かさがある。

⑤の丸谷さんの主張は、言われてみて、あっと思うような考えだ。
目に見えないタブーに風穴をあけるところが、いかにも丸谷さんらしい

①は、ある意味、そうですねと多くの人が支持しそうな意見だが、インパクトという点では、ちょっと弱い気がする。

個人的に一番、被災者目線で、共感できたのは、⑥の池澤さんのコメントだろうか。
著書の「楽しい終末」の原発の文章も久々に読んだ。そうです。みんな、気づいていたんだよね。

ただ、正直にいうと、これらの名だたる方々のコメントより、インパクトを受けたのは、池澤夏樹さんの娘さん 池澤春菜さんのブログだった。(何だ、そりゃ)

ケロロ軍曹などのアニメの声優をやっているのも驚いたが、神奈川県川崎市育ちということで、2度ビックリ。(親父さんとは別々に暮らしてた?)

また、震災後のブログをパラパラと読んでいたら、なかなか、知恵があって生活力のある女性であることが分かった。池澤夏樹の作品「マリコ/マリキータ」に出てくる女性に近いイメージを感じた。
(親父さんに対するコメントは出てこないが、なんとなく、飼っている犬が親父さんぽい)

しかし、結論からいうと、こんな娘さんを育てていながら、読者に対しては、あくまで自分のスタイルを維持する池澤夏樹さんの人間としての器が大きいということに帰結しそうである。

2011年9月8日木曜日

幸と不幸の量は皆ひとしく同じ

山岸涼子の「白眼子」は、読んでいて、色々と考えさせられる作品だ。

運命観想を生業にする盲目の男、白眼子と、戦後の混乱で迷子になって、
その白眼子に拾われる少女、光子との不思議な縁を描いた作品。

その白眼子が、死に近い間際、光子にこういう。

『…試練は人を強くさせる
わたしの所へ色々な人が災難をさけてくれとやって来た。
だけど、本当は災難はさけよう、さけようとしてはいけないんだ。

災難は来るときには来るんだよ。

その災難をどう受け止めるかが大事なんだ
必要以上に幸福を望めば、すみに追いやられた小さな災難は
大きな形で戻ってくる…』

何だか、今の日本を示唆しているような言葉だ。

物語には、白眼子の不思議な力にあやかろうとすり寄ってくる俗物もいて、
やり手の実業家が、どんどん事業を拡大し成功する話が出てくる。

しかし、「どうやら、人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ」という
白眼子の言葉どおり、その実業家は、突然死んでしまう。

何かを必要以上に望めば、何かを失う。
だが、それを分かっていても、人は必要以上に何かを望むのが常だ。

白眼子の言葉は、かつてはあったが、今や誰も口にしなくなった
「節度をもった生き方」ということなのだろう。

しかし、私たちはすでに、こういう生き方を見直すことが迫られている
分岐点に来ているのかもしれない。

2011年9月7日水曜日

タルコフスキーの「アンドレイ・ルブリョフ」

「アンドレイ・ルブリョフ」は、ロシア最高のイコン(聖像画)画家といわれるアンドレイ・ルブリョフを描いたアンドレイ・タルコフスキーの3作目の作品です。

この映画の最大の魅力は、物語の最後のほうで出てくる「鐘」の話だろう。

タタール人の襲撃から白痴の女性を救うため、殺人を犯してしまったルブリョフは、10年間の無言の行を自ら課し、助けた女性の裏切りもあり、絵を描くのも止めてしまう。

その後、ルブリョフは、鐘づくりの名匠である父親から鋳造の秘密を教わったという少年が、教会の巨大な鐘の鋳造に懸命に取り組む姿とそれを支える人たちを見守る。

そして、鐘の鋳造が進むうちに次第に少年は自信を喪失していくが、多くの人々が見守るなか、鐘は見事に鳴る。

歓喜に沸く人々から離れて、「本当は父親は秘密を教えてくれなかった」と告白し、一人泣き崩れる少年を抱きしめ、「もう泣くな。わたしと一緒に行こう。わたしもまた絵を描く。 おまえは鐘を作れ。」と、やさしく語るルブリョフの復活のシーンが心を打つ。

「僕の村は戦場だった」同様、タルコフスキーの映画のなかでも、ストレートなメッセージが伝わってくる例外的な作品のような気がする。


2011年9月6日火曜日

もう秋だ…で始まるのは、有名なフランスの詩人ランボーの「地獄の季節」にある「別れ」の一節だが、夕方、影が長くなっているのを見ると、もう秋だ…と思う。

東京では、影の長さを感じることは少ない。

影が映えるのは、大きな壁や柔らかい稲穂が実った田圃のような広い平面が必要だ。

昔、田舎に住んでいたころは、ガソリンスタンドの店舗のひかりが作りだす、自転車で移動する自分の影が、黄金色の稲穂のうえで、二重三重にほのかにぶれて、次第に重なって一つの濃い影に変わっていくさまをみるのが好きだった。その間、5秒程度だが、いつも、ペダルを踏むのをやめ、車輪がカラカラ音を立てるのを聞きながら、よそみをして影にみとれていた。

私にとっての秋は9月中旬から下旬ごろ。記念日も何もないのに、おかしな話だが心の中で「黄金週間」と名づけている。

9月は、いつも、秋っぽい何かがしたいと思う。
しかし、その何かが何なのか見つけられないまま、あっというまに10月になってしまうことが多い。

2011年9月5日月曜日

司馬遼太郎の「木曜島の夜会」

歴史上の有名人物を主人公にした歴史小説を多く書いた司馬遼太郎ですが、
「木曜島の夜会」は、ちょっと毛色が異なるが、「日本人」を考えるうえで、面白い本です。

明治初年から太平洋戦争まで、オーストラリア北端の木曜島(Thursday Island)海域で、
白蝶貝(真珠貝)の採取に従事した多くの日本人ダイバーを描いた作品です。

死亡率10%という危険な仕事であったが、ほとんどの日本人が、ダイバーの仕事に、
一生をささげ、安全が担保されている親方にはなろうとしなかったといいます。

魏志倭人伝にも、「面を鯨し、…倭の水人、好く沈没して魚蛤を捕ふる…」とある日本人の
性質は、大昔から続いていて、たとえば、木曜島のダイバーには中国人は一人もいなかった
そうです。

(面を鯨しとは、顔や体にいれずみをすることをいい、大魚をおどかすためといわれています)

最初は金儲けのつもりで潜っていたのが、だんだんと面白くなり、人より1トンでも多く
の貝をとることに熱中してしまう傾向が、日本人にだけ、あったといいます。

このような日本人の性質を、山崎正和が、司馬遼太郎との対談集「日本人の内と外」で、
こう述べています。

「日本人にとっては、ある一つの技術を身につけることが特別な意味をもっているんですね。
なにか具体的な仕事ができることが大好きで、それを尊敬する風潮が鎌倉ごろからあって、
やがて『その道一筋』という倫理さえ生まれてきてますね。」

この傾向、自分にもあると感じませんか?。

口では偉そうなことを言っても、具体的な実務ができない人は、ダメと思ってしまうことは
ありませんか?

(人の悪口でも、こういう話はよく聞きます。そして、うん、そうそう!と私もよく思います)

技術至上主義、職人気質とでもいうのでしょうか。
でも、これって日本人の美質ではないか、とも思っています。

2011年9月4日日曜日

通り雨

関東は、この週末、ずっと変な天気でした。
急に、空が暗くなったと思ったら、ザーッと雨が。


3、4分、風まじりの激しい雨が続いた後、空が急に明るくなりました。



台風の被害が、これ以上、拡大しないことを切に願っております。

アントニオ・タブッキの「島とクジラと女をめぐる断片」

前回、南洋の話を書いたので、その続き。

アントニオ・タブッキの「島とクジラと女をめぐる断片」は、不思議な本だ。

大西洋のまっただなかにあるアソーレス諸島を舞台にしたクジラと難破船
にまつわる話だのだが、クジラと難破船は、あくまで隠喩であり、作者が
言いたいのはそれに仮託した別の何かなのだ。

神話、失望、破滅、希望、孤独、死、女、クジラが陥る深い眠り…

これらを詩的なイメージで書いた文章の断片から思い浮かぶ何かは、
まるで水中に何回も潜った後、陸に上がると、耳元にかすかに残っている
波の音の感覚に似ていている。

翻訳者の須賀敦子がつけた美しい表題「島とクジラと女をめぐる断片」に、
まず惹かれてしまって読んだ本だ。(原題は、「ポルト・ピムの女」)

そして、読後も、この表題の期待を裏切らない本だと思う。



2011年9月3日土曜日

蚊取り線香

夜、蚊にさされて、痛かゆくなって目を覚ますことぐらい、腹立たしいことはない。
昔、5,6箇所さされて、ショックのあまり、泣いてしまったことがある。

O型って、さされやすいみたいです。

最近も、それに近いことがあり、夜中にコンビニに行って、アースノーマットを
買おうと思ったのだが、品切れで、仕方がないから、蚊取り線香を買った。

あの特有の煙が鼻についたが、使い始めていくうちに、何となく、いい匂いに
感じるようになってしまった。

そんな訳で、今夜は蚊もいないのだが、蚊取り線香をたいている。
緑のぐるぐるしたうずまきの線香から立ち上るけむりをみていると、不思議に
心が落ち着く。

なんか、癒されています。アロマテラピーのように。
でも、燃え尽きた後の灰は、恐竜の骨のようでもある。




カンフーパンダ2から、中島敦の南洋へ

映画館で「カンフーパンダ2」を観る。

パンダの仲間のカマキリが、敵に捕らわれたときに、
「どうせなら、メスに食べられて死にたい」と言ったのに、ちょっと
笑ったが、虎・猿・鶴といった仲間たちと戦うパンダを見ていて、
私の頭は、ふと「西遊記」を思い浮かべていた。

「悟浄歎異」
中島敦のこの作品を読んだのは、ある大学の赤本の国語の問題文だった。

天才的な悟空、欲深い八戒、慈愛に満ちた三蔵法師のなかで、なんとなく
影が薄い悟浄が、三人を分析するこの短編を読むと、心が落ち着く。
(思い出してみると、悟浄も不眠症にかかっていた)

晩年(といっても、中島敦は三十三歳で早逝した)、南洋に関する作品
「環礁」を書いている。

南方の気だるさとはかなさを秘めた人々、病気に侵された作者、突然のスコール…
中島敦の文章は、宝石のように美しい漢語がちりばめられていて、読んでいて、
気持ちがいい。

中でも、「夾竹桃の家の女」という短編は、彼の作品の中では、めずらしく、
エロチックなシーンがあって興味深かった。

だいぶ、意識がパンダから離れてしまった…
(悪い作品ではないと思います)

星が見えない夜

天気予報では、台風が来るはずなのだが、雨は降らない。
湿った空気だけが部屋に吹き込んで、気づくと額にじっとりと
汗をかいている。

昔、よく夜になると、うちの庭を散歩していた。
田舎の夜は、街灯もなく真暗で、星がとてもきれいに見えた。
星座には詳しくなかったが、北斗七星や、Wのカシオペアは、
分かった。
星がよく見えると宇宙が近くに感じるものだ。

ハッブル望遠鏡がない子供のころ、岩崎賀都彰が描いた
超リアルな天体画が、好きだった。
「太陽系45億年の旅」だったと思う。
(ちなみに、太陽系が生まれたのは45億年前だそうだ)

その本の中に、宇宙の果てを書いた想像画が載っていて
いたのが印象に残っている。

絶対にたどり着かない空間。
死んで精神だけの存在になったら、念じただけで移動
できるのだろうか?

でも、精神だけの状態が永遠に続くとしたら、たぶん気が
狂いそうだ。
終わってすべて無になる方がやっぱりいいと思う。

もしくは、ハードディスクを初期化するように、記憶を全部
消し去って、新品の何かになる。

何になるのだろう。

そんなことを何回となく考えるが、やはり眠りは訪れない。

2011年9月1日木曜日

Norwegian Wood

ビートルズの「ノルウェイの森」は、アルバム「ラバーソウル」の中でも好きな曲の
一つだ。

そして、この曲が好きになったきっかけは、多くの日本人がそうであるように、
村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだのがきっかけだった。

すっぽりと穴に落ちたように、その小説の世界に浸って読むことは、今となっては
ない経験だが、村上春樹の「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」は、その
数少ない例外だ。
(どちらも1980年代の作品で、私の好きだった時代。)

その村上春樹の最近の本「雑文集」で、「ノルウェイの森」についてとりあげた文章
があるのだが、読んで長年の疑問が氷解したような気がした。
(興味がある方は、読んでみたらいかがでしょう)

皆さんも、好きな外国のアーティストのCDの歌詞カードは読むと思うのだが、
この「ノルウェイの森」の歌詞の意味は、何度読んでも、Norwegian Woodの意味が、
理解できなかった。女の子の家に泊まり、朝起きると彼女はいなくなっていた話と、
どう関係するのか、納得がいかないのだ。

女の子の家が、ノルウェイ材の部屋とか家具とか色々諸説があるようです。
しかし、一曲の短い詩で、これだけ諸説があること自体、この歌の魅力〔不可解さ〕が、
よく分かる。
ただ、個人的には、「雑文集」の説は、かなり納得感があるという感じだ。

なお、村上春樹の作品にも、この曲にインスパイアされたようなシーンがある
小説がある(「羊をめぐる冒険」)。

個人的には、朝起きると、何故か、彼女がいなくなっているような状況は、
避けたいと思っている。
カフカの「変身」のように、虫になるよりは、マシだと思うけど。

2011年8月31日水曜日

ファーストガンダムの意外性


「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、アニメ版機動戦士ガンダムのキャラクターデザインを
担当していた安彦良和氏の漫画作品だ。

小学生のころに、大ヒットした作品のせいか、懐かしさに駆られ、ついつい読んでいる。
原作は、富野喜幸氏なのかもしれないが、私にとっては、安彦氏の絵のガンダムが、「本当の
ガンダム」という思いが消えない。

ガンダムの魅力は、物語のリアルさと、登場人物のキャラクターがはっきりしていること、メカの
デザインのカッコよさが強く影響していると思う、。

物語のリアルさという点では、人類が増えすぎた人口を、スペースコロニーという人工の宇宙
都市に移民させている(地球以外の惑星に移住するよりリアル)ことや、その宇宙都市の
一つが、地球連邦に対して独立戦争を挑む背景も、そういうことが起こるかもしれないと思わせる
ものがある。

登場人物のキャラクターと言う点でも、簡単に説明できるほど、ビビットに印象に残るし、
バラエティに富んでいて、誰かしら感情移入できるようになっている。

アムロ…ちょっとオタク系。でもガンダムの操縦だけは上手い
シャア…ジオン前国王の息子、アムロのライバル
ララー…ジオンの不思議系キャラの女の子、シャアとアムロの間で
三角関係的な存在に
セイラ…シャーの妹で、気は強いがブラコン気味の女の子
ミライ…芯の強い頼りがいのあるお母さん的存在
ブライト…典型的な中間管理職のおじさん
フラウ…アムロを好きな普通の女の子
カ イ…ちょっと拗ねた感じのクセはあるが根はいい奴
ハヤト…アムロにライバル心を燃やすが敵わない普通の男の子
マチルダ…アムロの憧れの人。よくある年上のきれいなお姉さん
ガルマ…ジオン国王の末っ子。典型的なお坊ちゃん
ギレン・キシリア…ジオンの実質的な支配者、非情な政治家 などなど

キャラクターデザインと言う点では、やはり「ガンプラ」世代である。
ガンダムのお腹のコアファイターをたたむところが好きだったし、
今見ると、ザク(特に旧ザク)のデザインがいい。
モビルスーツ(機械を着る)という用語も、未だに新しさを感じる。

しかし、作品を読んでいて思ったのは、やはり主人公の意外性だろう。
THE ORIGINでは、シャア・セイラ編が追加され、シャアの生い立ちが
明らかにされているのだが、ジオン前国王の息子で、ザビ家に父親を
殺され、母親とは生き別れになってしまい、ザビ家に復讐していく過程が
描かれている。
キシリアに恐るべしと言われる胆力があり、頭もよくスポーツもできる
美男子だ。

一方のアムロは、ハロというおもちゃロボットの友達と遊ぶ程度で、
ほとんど部屋に閉じこもってPCをカチャカチャさせている、勉強もいまいちの
どちらかというと引きこもり気味の男の子だ。
父親や母親との関係性も薄い。極端にいうと、空っぽな人間だ。
(父親が設計したガンダムという点についても、アムロが感慨を持つシーンは
ひとつもない)

どうみても、主人公となるべき ドラマチックな要素を持っているのは、シャアで
あり、アムロではない。
しかし、その空っぽなアムロが、ガンダムというハイテクメカを使って、本来、
主人公であるシャアを凌ぐような能力を発揮してしまう というところが、
ファーストガンダムの持つ意外性であり、最大の特徴ではないかと思っている。

歴史がどう評価するかは後世に委ねる?

ようやく新しい総理になった。

震災への対応があったとはいえ、辞任を表明した総理が、
これ程長々と居座ったケースは、かつてなかったことだ。

「歴史がどう評価するかは後世に委ねる」

菅総理が、辞任に当たって述べた言葉ですが、
まるで他人事ですね。

この人は、目の前にいる現在の国民の評価を気にせず、
後世の評価、歴史の評価を気にしながら、政治を行って
きたのだろうか?

私たちに今、必要なリーダーは、「現在」をしっかりと見つめて、
合理的、実際的に物事に対応できる人なのだろうと思う。

そういう意味で、このような総理を生んだ政党を選挙で支持
してしまった我々国民にも責任はあると思う。

ゲーテの箴言
「汝自身を知るにはどうしたらいいか。言葉ではなく、行動に
よって知るほかはない。しかしどんな行動をおこなうべきか。
それは日々の務めを果たすほかない」

2011年8月29日月曜日

あやまんJAPAN

プロフィールにも書きましたが、私は、フェリーニの「女の都」が好きです。

中年男のどうしようもないスケベさと、女が集団になったときの不気味な
こわい感じが、とてもリアルに表現されているからだと思います。

なかでも、主人公のスナポラツ氏が、パンク系の少女たちの車に
便乗するハメになり、ひき殺されそうになるシーンが好きです。

この間、TVで、「あやまんJAPAN」を見ていたら、そのパンク少女と同じ
ような感覚が、頭をよぎりました。

一言でいうと、「バカっぽくて、エロくて不気味」ということでしょうか。

そういうものに、ある意味、ひかれる自分がいると思うと、なんとなく、
人にも寛容になります(笑)

2011年8月28日日曜日

アブサン

アブサンと言えば、アルチュール・ランボーやロートレックが愛した
「緑の妖精」とも言われる幻のお酒だ。

コッポラの映画「ドラキュラ」でも、ドラキュラが、生まれ変わりの元恋人に、
過去の記憶を甦らせようとする場面で、アブサンが幻想的なイメージで
描かれている。

学生のころ、どうしても飲んでみたくて、色んな酒屋に足を運び、
たずねまわったが、当時は生産中止ということで、手に入らなかったのだ。

代用品のぺルノーで、こんなに甘いのかなと、首をかしげなから、
想像してみるしかなかったというのが、当時の話。

なので、先日、品川のオーバカナルで、メニューに「アブサン」があって、
びっくりしたという訳。

独特の甘苦い緑色のお酒に、舌がちょっと麻痺するのを感じながら、
19世紀の世紀末を、ぼんやり妄想していた。

ターミネーター

ダイソンの掃除機を見ていると、何故か、ターミネーターを彷彿とさせる。
http://www.dyson.co.jp/vacuums/

無駄のないデザインと、会社名やマシン名が似ているからだろうか。

でも、この会社が、本気でロボット兵器を作り始めたら、T-100なんかは、
映画のモノより、カッコよいデザインで作ってしまいそうな気がする。


蜘蛛

夜、眠れずに本を読んでいたら、蜘蛛が押入れから出てきた。

体長5cm程度の、ちょっと大きめの蜘蛛だ。

蜘蛛は、天井辺りの高さの壁を慎重に歩いていたが、僕が、
殺虫剤のスプレーをかけると、戸惑ったように逃げ回り、
何度か、スプレーを吹き付けていたら徐々に動きが鈍くなった。

僕は、新聞紙を丸めて、ひっぱたき、蜘蛛は体を丸めて、
床の上に落ちた。

体を丸めた蜘蛛は小さかった。
白い壁には、墨のような跡が残った。

僕は、蜘蛛の死骸をティッシュでくるみながら、今まで殺生してきた
生き物・虫たちのことを考えた。

そして、放射能を浴びても虫は何ともないのか、何故か気になった。

ガイガーカウンタに表示された0.4マイクロシーベルトの数字。

今年8月、陽ざしは強いが南から吹いてくる微風に青く染まった
僕の故郷は、きらきらしていた。