2012年12月16日日曜日

大いなる眠り/レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)

「大いなる眠り」は、レイモンド・チャンドラーが、ロサンジェルスの私立探偵フィリップ・マーロウを登場させた最初の長編だ。

しかし、私はこの本を今までまともに読んでいなかった。

昔、創元推理文庫で、双葉十三郎訳の「大いなる眠り」を読んでみたのだが、清水俊二訳に慣れ親しんだ者からすると、文章や言葉づかいに違和感を感じてしまい、読むのを途中で止めてしまったのだ。

チャンドラーのミステリーはあらすじも込み入ったものが多いが、それを根気よく理解しようとする読者を引っ張っていく力は、やはり、チャンドラーの独特の文章と、フィリップ・マーロウら登場人物の気の利いた台詞の魅力だろう。

「大いなる眠り」を村上春樹訳で読むのは、清水俊二の死後、チャンドラーファンの私にとっては、ひとつの夢だった。
文体といい、チャンドラーへの訳者としての理解という点からも、村上春樹が現時点で望める最良の訳者であることは間違いないと思う。

彼が、「ロング・グッドバイ」からはじまり、「さよなら、愛しい人」「リトル・シスター」と次々と新訳を発表しているのをみて、いつか出すだろうと思っていたので、表紙を見たときには、とても嬉しかった。

最初の長編ということで、マーロウ自体もまだ若いなという印象があるが、それでも、独特の皮肉っぽいマーロウ(チャンドラー)の観察眼や、洒落た台詞、感傷的な文章を読んで、久々に、フィリップ・マーロウに再会したなという実感を覚えた。

何より、こんな作品だったんだなと改めて思った。
旧訳と比較すると、物語の意味合いが大きく変わるほど、異なっている部分があったが、新訳のほうが、明らかに物語の深みが増していると思う。
マーロウが出てくる他の長編作品と比較しても、十分遜色がないものだ。

しかし、最初の長編で、いきなり、こんな完成度の高い作品を書くことができたのは、やはり、チャンドラーが優れた作家であったことを証明していると思う。

2012年12月15日土曜日

海街diary5 群青/吉田秋生

吉田秋生の最新刊「海街diary5 群青」を読んだ。

良い本というのは表紙を見て持った瞬間に分かってしまうものだが、期待を裏切らない内容だった。

あらすじは、これから読む人のために書かないが、読んでいると心の根っこの部分がずいぶんと暖められるのを感じた。

この物語の中では、大震災は起こっていないけれど、一連の出来事に対する作者の思いが「群青」のなかに込められているのでは、と勝手に思ったりもしました。

しかし、人の死という重たい出来事を生きる希望に転換させていく主人公たちを、普段の日常の風景のなかで肩ひじはらずにさりげなく描いているところがすごいですね。

2012年12月10日月曜日

NHKスペシャル救えなかった命 ~双葉病院 50人の死~

原発事故が起きた際、福島の人たちが、政府の混乱した避難指示のもと、避難場所を次々と変えなければならなかったことは記憶にある方が多いと思うが、福島第一原発から4.5キロの場所にあった双葉病院からの避難で、実に50人ものお年寄りが亡くなったことは、それ程、知られてはいないのではないだろうか。

http://togetter.com/li/419761
番組では、原発事故から3日間に起きたことを紹介していた。
政府の原発から10キロ圏内の避難指示により、寝たきりの高齢者の患者さんたちを避難させなければならなかったが、行政が用意できたのは5台の観光バス。当然、医療機器も付いていない。

日ごろ、点滴をして寝たきりの患者さんたちを、座席に座らせ、200キロもの距離を13時間かけて避難場所まで搬送したという過酷きわまりない避難の実態にも驚いたが、そのバスに手違いで医療スタッフが誰一人付き添わなかったということにもショックを受けた。

寝たきりの患者の受け入れ先の病院が見つからず、着いた避難場所は学校の体育館。
避難場所に着いたとき、バスの中ですでに3人の方が亡くなっていたというが、その後もひどい。

医療機器もない体育館の冷たい床にマットを引き、2日間寝かされ、さらに11人が亡くなった。
その後も、移動先で亡くなった人をあわせると50人。

結果的にお年寄りの多くを救えなかった医療現場の人々がいまだ罪悪感にさいなまれているインタビューが映っていたが、この人たちも、ある意味犠牲者なのかもしれない。

番組の後半では、この悲惨な出来事を受け、災害時、いかに自力では避難できない高齢者・障害者(災害弱者)を救うかを、各地方の医療機関の方が訓練し、検討している状況が紹介されていた。

選挙戦で、防災・減災を訴える政党もあるが、その対策を行うにあたっては、何より現場の声を聞いて、地方に権限を委譲してほしい。

こういった取り組みは医療機関だけの話ではなく、在宅看護の家庭も含め、地域ごとに真剣に議論されるべきテーマだと思う。

2012年12月9日日曜日

トラウマ

先週金曜日の5時、長い時間揺れ続ける地震に、去年の3.11の事を思い出した人は少なくないと思う。
私もあの時の恐怖が心に蘇ってくるのを抑えきれなかった。

そんな時、藤原新也の Shinya talk を読んで、まだ自分もトラウマ(心的外傷)から抜けきれていないことをあらためて感じるとともに、最近起きた笹子トンネルの事故についても深く同感。
「…福島原発も笹子トンネルも日本の公共物のいたるところで安全維持管理を怠っていることから起きた事故という意味で地続きということです。」
日本は高度成長期(1970年代)に一斉に道路や建物を作ったので、今後も余震のように、こうした事故が続いて起こるリスクは高いと思う。

今までどおりだから大丈夫だとか、専門家が安全と言っているから問題ないとか、そんな思い込みは捨て、初心に帰り、自分の頭と理性で考え、想像力を働かせながら安全を確認する、そういことがこれから必要なのだと思う。

2012年12月7日金曜日

英語のEmail

最近、仕事の都合で、英語のEmailを書くことが多くなった。

あまり、英語は得意としていないのだが、苦手ですといってもおられず、必要に迫られて読み書きしている。

自分で作ったメールを見ながら思ったのだが、不思議と無駄な言葉がなく簡潔にまとめられていて、日本語で書いたメールより読みやすいということだった。

たぶん、苦手な英語だけに、相手に自分の言いたいことが十分に伝わるように、言葉を絞り、難解な単語は避け、文章も極力シンプルなものにと心がけたからかもしれない。

相手に尋ねる質問も、何度か自分の頭の中で反芻し、これは本当に相手に聞く価値があるものなのか、チェックする。
そうすると、質問の数が減ったり、減らずとも質問の内容がより本質に迫ったものになる。

このような作業は、英文メールに限らず、人が読む文章や手紙を書く上で、本来なすべきことなのだ。

ということで、それなりに面白さを覚え、最近はちょっと楽しみながら英語のEmailを書いている。

ちなみに、私がよく使っている英文メールのお助けサイトを紹介しておく。

http://www.alc.co.jp/ 英辞郎 On the WEB  単語を検索すると豊富な例文が出てくる。

http://www.alc.co.jp/eng/newsbiz/expression/  ビジネス英語表現集 発音も聞ける。

http://translate.google.co.jp/  Google翻訳 最後の手段。長文メールで時間がないときに、はりつけて文意をざっとつかむ

2012年11月26日月曜日

「脱原発」は大衆迎合か?

11月25日の読売新聞の朝刊の社説は、読んだ後、なかなか心から離れなかった。
内容が感銘的なものだったからという訳ではなく、自分の考えと正反対の考えが述べられていたからだと思う。

社説では、「懸念されるのは脱原発を掲げる政党が目立つことだ。国民の不安に乗じて支持拡大を狙う大衆迎合ではないか」と述べられていて、民主党が政権公約(マニフェスト)に、2030年代の「原発ゼロ」を盛り込んだことについて、「経済への打撃を軽視した、欠陥だらけの「戦略」をそのまま公約するのは問題だ」と切り捨てている。

その一方で、自民党の安倍総裁が民主党の「原発ゼロ」方針を「極めて無責任だ」と批判したことを妥当な姿勢と称揚しつつ、民主党政権の「脱原発路線」の影響で、火力発電所の稼動に必要な液化天然ガス(LNG)など燃料の輸入が急増し、年3兆円が支出され続けており、工場が海外移転する産業空洞化も加速し、国内雇用は危機に直面している」ことを憂えている。

そのほか、太陽光や風力など再生可能エネルギーが、すぐに原発に代わる主要電源に育つと見るのは甘すぎるといった考えも述べられていたが、ちょっと驚いたのは、以下の一文である。
日米原子力協定で認められているプルトニウム保有という特別な権利も、アジアにおける米核政策のパートナーの地位も、日本は同時に失う恐れがある。外交・安全保障の観点からも、安易な「脱原発」は避けるべきである。
これは明らかに、原子力の持つ核抑止力を手放さないほうがよいという考え方で、最近も、維新の会の石原代表が、日本は「核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいい」と発言したことにも共通している。

ここまで読むと読売新聞の社説は、ある意味わかりやすい。
原発事故を受けて、不安に思っても「原発ゼロ」なんかを主張するのは現実的ではない。それより、経済と軍事的な面を重視すべきである、という考え方だ。

しかし、あの原発事故があってからまだ一年と八ヶ月を過ぎた時点で、脱原発の政策を大衆迎合だと切り捨てる感覚には正直、違和感を覚えた。

福島の原発の廃炉工程もまだ安全な状態とは言い切れず、除染で出る汚染土などを保管する中間貯蔵施設の設置場所もめどが立っていない。
原子力規制庁もできたが、放射性物質の拡散予測ではミスが続出し、稼動中の大飯原発の活断層問題もクリアにできていない。

そんな状態で、原発を再稼動すべきだという考え方のほうがどうかしているのではないだろうか。

明治時代の富国強兵を思わせる力強い国家論で、嘘をオブラートで包み隠そうという卑しさがないところは評価する。

しかし、一方で、この社説を書いた人に、

「あなたとその家族が福島に住んでいたとして、あの事故を経験し、未だ被災地で暮らしていたとしても、この社説を起草することはできますか?」

と聞いてみたいという意地悪な気持ちがどうしても抑えきれなかった。

2012年11月25日日曜日

運転免許証の更新

最近、平日が忙しいので、運転免許証の更新手続をするため、十年ぶりに、運転免許試験場まで行った。
住んでいるところからちょっと距離があるのだが、見慣れない電車で見慣れない駅に降りて見慣れない町並みを十五分程歩く。

試験場に着くとすでに窓口には、多くの行列ができており、更新手続きの人は、①の窓口にならばなければならない。

①の窓口では、お巡りさん?らしき格好をした男の人に、住所変更の有無を確認され、無いと言うと、申請用紙、臓器提供のパンフレットと手続きの流れが書かれた地図をもらい、申請書の赤枠部分を記入してくださいと言われる。

②の手続きとして、申請書を記入。
手続きの地図をみると、全部で7つの手続きを済ませなければならない。やれやれ。

③で適性検査(視力検査)を受ける(視力がだいぶ悪くなっていてギリギリ裸眼でセーフ)。

④で暗証番号を設定する。
5年前ぐらいに、偽造防止のためにICチップを埋め込んだハイテク免許証に切り替えたようなのだが、ICチップを読み取り装置を持っている人が至近距離まで近づくと、そのICチップのデータに記録された個人情報を読み取られてしまうらしい。
それを防止するため、暗証番号が必要ということなのだが、何だか面倒。
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/menkyo/menkyo/ic/ic.htm

偽造防止のためだったら、そんな個人情報を抜き取られる恐れがあるICチップを埋め込まなくても、もっとやりようがあるのではと思ったりする。

⑤の窓口で収入印紙(優良だと3100円)を買い、スポンジで濡らして申請書に貼り付け、それを今度は⑥の窓口で受付してもらう。

それをもって、⑦の手続き、写真撮影があるのだが、ここで二十分ほど並ぶ。
たぶん、スカイツリーに入るより並んだような気がする。
待ちながら、こんな手続き、民間に委託すれば、土曜日や祝日も、複数の場所で受けられるようになるのではと考えて、そういえば、前に来たときも同じことを考えたということを思い出した。

申請書、暗証番号の紙、古い免許証を差し出して、ようやく写真撮影。5秒もかからないうちに終了。安全運転BOOKを渡され、「赤い線に沿って歩いて、3号館の301号室に行ってください」と言われる。足元をみると、緑と黄色、赤のラインが引いてある。

赤い線に沿って歩いていくと、建物を一旦出て、別館に行くことになる。教室の前に着くと、また、紙を渡され、免許証の受領書に日付と署名を書けとのこと。
うーん。まだあるのか。

11時10分から講習がはじまりますので、席についてください、と係りの人に言われて、教室に入るとすでに百人以上の人が座っていた。
席に座って講習が始まるのを待っていると、講習の係りの人がSDカードの説明をしていた。
旅館やレンタカーで割引を受けられますよ、という説明をしていたので、なんだそりゃという感じだったが、本当に割引があるらしい(何故、木下大サーカス?)。
安全運転者に対する一種のご褒美的なものなのかな。

ここで20分ビデオ、10分間はお巡りさんらしき格好をした講習員の人の説明を聞く。
前に更新手続きをした警察署では、ビデオを流している部屋で、時間があったら見ていってくださいというような、かなりいい加減なものだったが、周りの様子を見ても皆さんまじめに視聴されていた。
ビデオの内容や教本も、前に受講した際のものよりはポイントを絞った簡素なものになっている点は好感がもてた。

講習では、自転車の通行方法の説明もしていて、道路標識がないと、原則歩道は通行禁止ということと、知らなかったのだが、高校生が携帯を見ながら自転車を運転していて事故を起こし、5千万円の賠償を命ぜられた事件についても説明があった。

講習が終わると、一人の担当者が「読み間違えがあったらすみませーん」と前置きして、一人一人の名前を読み上げて免許証を交付していく。「サエキヒロトさん、いや、ヒロヒトさんかな?」
何かすごくアナログだなぁ。
そんなこんなで、七十番目ぐらいにようやく免許証を交付される。(写真が自分で見てもかなり不機嫌なのが分かる)

カフカの長編小説「失踪者」の中で、主人公のカールがオクラホマ劇場の採用試験を受ける際、色々な窓口で煩雑な手続きをするシーンが、ふと頭に浮かんだ。

たぶん次の更新の時も同じことを考えるのだろうなと思いながら、運転免許試験場を後にした。

2012年11月18日日曜日

野合とは

最近、太陽の党と日本維新の会などを取り上げるニュースで、「野合」という言葉が目につく。

あまり耳慣れない言葉だなと思って、広辞苑(第五版)の辞書を引いたら、

 男女が婚儀を経ずに通ずること。密やかに結びつくこと。

とあった。ン? 何かエロチック。


Weblioの隠語大辞典(そんな辞書があるんだ)には、より直接的な意味が載っている。
http://www.weblio.jp/content/%E9%87%8E%E5%90%88


ただ、デジタル大辞泉(小学館)では、「野合」についての説明の2つ目に、この場合に比較的意味が近いと思われる説明が載っている。
http://kotobank.jp/word/%E9%87%8E%E5%90%88

 共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まること

おそらく、与党的な立場から見て、蔑みの意味も込めて「野合」と呼ぶようになったのだと思いますが、今の与党である民主党も上記の「共通するものもないばらばらの集団…」に当てはまってしまっているため、半ば発言の意味を失っているような気がします。

「第三極」っていう言葉も何か大げさですね。
これは、広辞苑(第五版)には言葉そのものがありませんでした。

デジタル大辞泉(小学館)では、

政治、軍事、経済などの二大勢力に割って入り、あわよくば主導権を取ろうとねらう新興勢力

とありました。これも、単純に「新興勢力」でいいのでは?

新聞やテレビを見ると何かドラマチックな雰囲気にしようと努力しているのかもしれませんが、周りは冷めていて言葉だけ上滑りしている、そんな感じがします。

2012年11月17日土曜日

美しき停滞

前回取り上げた司馬遼太郎と井上ひさしの対談集「国家・宗教・日本人」は、1995年当時の対談だけれど、司馬遼太郎が、以下のようなことばで日本の発展は終わったという認識を述べている。

「もう、だいたいこれで終わりなんでしょう。日本のいわゆる発展は終わりで、あとはよき停滞、美しき停滞をできるかどうか。これを民族の能力をかけてやらなければいけないんです」

それから十七年経った今、客観的に見ても「日本の発展は終わった」という認識は間違いないと思う。

GDPでは、中国に抜かれ三位になり、ここ数年の外交でも日本の国力が落ちているのが実感としてわかる。

何より、時代の熱気のようなものがない。
対談集では明治時代、土木工学の最初の日本人教授になった古市公威がフランスに留学していたときに、猛烈な勉強をしていたときのエピソードが紹介されている。

下宿のおばさんに「少し休まないと体をこわしますよ」と言われた古市は「ぼくが一日休むと日本は一日遅れます」と答えたという。

今でもそれだけ勉強している人はひょっとするといるのかもしれないが、日本のためという意識で勉強している人は皆無ではないだろうか。

でも、それが自然なのだと思う。少なくとも今の日本は先進国であり世界第三位の経済大国だ。そんな国に暮らしていて、お国のためなどという観念はまず生じることはないだろう。

われわれにこれから必要なのはエネルギーをたくさん使った大量生産・大量消費に支えられた経済発展を目指す大きな国家ではなく、少ないエネルギーをやりくりして効率性を高める一方、重要な価値があるものだけを取捨選択し、必要性の低いものは切り捨てる小さな国家なのだろう。

当然、GDPなどの経済指標の数字は右肩上がりにはならない。しかし、その停滞を「悪」ととらえず、誇りをもって緩やかな後退の道筋をたどること、それが司馬遼太郎が言った「美しき停滞」の意味なのだと思う。

言わば、伸び盛りの夢見がちな青春時代が終わり、現実を見据えた大人への成熟が求められているということなのだろう。

NHKで衆議院解散のニュースを見ながら、そんなことをふと考えました。

2012年11月11日日曜日

鎌倉の谷(やと)と窟(やぐら)

吉田秋生の「海街diary蝉時雨のやむ頃」で、主人公の三姉妹が住んでいる鎌倉の古い家について、次女の佳乃(よしの)が、谷(やつ)の奥で湿気がこもると恋人になげくシーンがある。

この谷(やつ)という場所、谷(やと)とも呼ばれているらしく、司馬遼太郎と小説家でもあり劇作家でもあった井上ひさし(2010年4月没)の対談集「国家・宗教・日本人」を読んでいたら、偶然目に飛び込んできた。

司馬遼太郎が澁澤龍彦(サドの『悪徳の栄え』の翻訳者として有名)の鎌倉の自宅を訪れたとき、

「澁澤さんのお宅はその谷(やと)のいちばんきわまったところにあるんです。たまたま雨が降っていたものですから、鬱然として草木が水になって家に襲い掛かっているような感じでした」

と述べている。

これを受けて、同じく鎌倉の谷(やと)に住んでいる井上ひさしが湿気のすごさについて述べている。

「ぼくがいま住んでいるのも谷(やと)のきわまったところで、その湿気にはすごいものがあります。山の湿気と海の湿気とがぶつかって谷(やと)にたゆたっているらしんですね。
とくに梅雨から九月半ばまでは大変です。
押入れの下には水滴がたまってる、革製品には黴が生える、本はシワシワになる。二階はまだいいんですが、下に降りてくると三十秒ぐらいでズボンが湿気を吸ってなんとなく重くなって、脛にまとわりつくようになる。(中略)
ただ、十月から六月までがとてもいいんです。先生がおっしゃったように、木々の枝が家になだれ込んでくるような感じで、深呼吸をすると花や松の木やいろんな草木の匂いが一度に体に入ってきます。…」

うーん。住んでみたいようなみたくないような。でも、三ヶ月間、我慢すれば…
しかし、読み進めるうちに、これは住めないと思うような記述があった。
それは谷(やと)の奥にある窟(やぐら)という鎌倉時代独特の侍たちの墓に関する井上ひさしの話だった。

「うちの谷(やと)にも窟(やぐら)が二つあります。…窟(やぐら)というのは位の高い武士や坊さんを葬るところですが、まだ生きているうちに運ばれて、窟(やぐら)の中で息を引き取るんだそうですね。ぼくの家は、ダム工事で壊されることになった加賀の農家を譲ってもらって移したんですが、解体した加賀の大工さんが鎌倉に来て組み立てるとき、その窟(やぐら)の中に寝泊りしていたそうです。なんでもおそろしい夢を毎晩のように見たそうです。
ぼくも引っ越して二、三日のあいだ、夜中に仕事をしているときに、
『やあやあやあ、遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にもみよ。我こそはやあやあやあ……』なんて合戦の声が聞こえたりして(笑)。いまは慣れましたが、谷(やと)というのは、なにか独特ですね。」

うわっ、笑い事ではないでしょう。ノミの心臓の私には絶対に住めそうにない。
笑って今は慣れましたという井上ひさしもすごいが、それを特に面白がらず、「独特です」とさらっと受け流す司馬遼太郎もすごい。

この「国家・宗教・日本人」という本、他にも興味深い話が多く載っているので、また、取り上げてみようと思う。

2012年11月10日土曜日

引き分けという選択

将棋の羽生善治さんがフランスのチェスの女王と言われるアルミラ・スクリプチェンコさん(なかなか美人)とチェスの試合をしているのをスカパーで観た。

羽生さんは趣味でチェスをやっている立場のようだが、日本ではランキング1位の実力らしい。

チェスを本業でやっている人からみると、羽生さんはちょっと迷惑な存在なのかもしれないが、将棋ファンでなくても、将棋の名人がチェスの世界でもその実力者と互角に戦っているのを見るのは、なかなか楽しい。

観ていて面白いと思ったのは、二人とも悩むところでは、かなり持ち時間を費やして長考していたことと、将棋と比べてみると駒の動き方がダイナミックなところだ。

今回は30分という短い持ち時間での試合だったが、二人とも重要な局面にくると、少ない持ち時間を気にせずたっぷり悩み悩んだ末、解説者も予想していなかったような大胆で意外な駒の動かし方をしていた。

また、今回2局の勝負であったが、いずれも結果は引き分けだった。
この引き分けというゲームの終わり方も面白い。

チェスには、何種類か引き分けとなるパターンがあるのだが、相手が引き分けを提案してきて、それを受け入れるという双方合意の引き分けという方法もあり、今回の2局はいずれもこの引き分けの方法だった。

将棋には、引き分けという方法なんかないのだろうと勝手に思っていたが、どうもあるらしい
それでも、チェスと比較すると圧倒的に勝負が決まる確率が高いといって間違いではないだろう。
(将棋では取った相手の持ち駒が使えるので、チェスのように消耗戦にならないのも一因のようだ)

しかし、この引き分けという終わり方、外野から見ると、勝ち負けがはっきりしないので面白くないという見方もあると思うが、当事者同士からみると、お互いのメンツを潰さない実に賢い選択ではないだろうか。

こういう白黒つけない事のおさめ方は、本来、日本人が得意としてきたやり方だと思うのだが、最近、妙に白黒つけないと気がすまない人が増えてきているような気がする。

お互いににっこり笑って握手を交わし戦いをスマートに終わらせた二人のチェスの試合に、引き分けという選択肢の魅力を再発見したような気分でした。

2012年11月3日土曜日

文章日本語の成立と子規/司馬遼太郎

丸谷才一の「文章読本」の第一章に、「明治維新以後の小説家たちの最高の業績は、近代日本に対して口語体を提供したことであった」という一文があるが、小説家たちがそう評価されるほど、明治期の日本語文章の混乱はひどいものだったらしい。

司馬遼太郎の「文章日本語の成立と子規」(単行本「歴史の世界から」収録)にも、その混乱の様子が描かれていて興味深い。

司馬も、「明治期ほどその(共通文章語〔口語体、標準語の意か〕の)成立までの混乱が長かった時期はなく、当初は、各分野の文章家たちが、みな手作りでやっていたように思える。」という感想を述べており、その一例として、泉鏡花をとりあげ、

「江戸期から継承している草双紙、浄瑠璃、謡曲から噺家のはなし言葉まで参考にしてかれ自身の世界を表現する文章日本語をまったくの手作りでつくりあげたが、この文章をもってモノやコトを認識するというにははるかに遠かった。
大正期に入って鏡花は東京日日新聞にたのまれて新興工業地帯のルポルタージュをやったが、ほとんど全文が意味不明にちかい惨憺たる悪文を残すに至っている。」と述べている。

また、正岡子規と同時代に日本にダーウィニズムを輸入した動物学者 丘浅次郎(論旨の明晰さと平明な文章を書いた人だった)の「落第と退校」という一文を紹介している。

「私が二年と二学期、予備門にいた間にすこぶる点の悪かった科目は、歴史のほかに漢文と作文とがあった。…一度は作文に朱で大きく「落第」と書かれたのが返ってきた。(中略)
作文の点の悪かったのは、何も私に作文の力が劣等であったゆえとばかりは思われぬ。私の考えによれば、作文とは自分の言いたいと思うことを、読む人によくわからせるような文章を作る術であるが、私が予備門にいたころの作文はそのようなものではなかった。むしろなるべく多数の人にわからぬような文章を作る術であった。(中略)
はなはだおかしいことは、作文でつねに落第点を付けられていた私が、その後に書いた文章が、今日の中学校や、高等女学校の国文教科書の中に名文の例としていくつも載せられていることである。」

司馬は、文章を物事(自他の精神内容も含めて)の本質、形状、状態などを自他ともに認識するための道具であるということに明快に気づいていた明治の人として、正岡子規を筆頭に挙げているが、その子規が松山中学校に入った明治十三年のころには、文部省の方針ではじめて国語教育がおこなわれたそうだが、教科内容もはっきりせず、教師もいなかったので、松山中学校では、そのあたりの神職をよんできて、祝詞のようなものを教えていたという。

まるで笑い話のような話だが、文章日本語の成立過程は、こんなところからスタートしたというのが実態なのだろう。

そう考えると、今、特に文章家でもない普通の日本人が、学校やビジネスそして私生活で、特に意識もせず、文章を「物事を自他ともに認識するための道具として」使うことができるようになったのは、すごいことなのかもしれないですね。

2012年10月29日月曜日

横しぐれ/丸谷才一

主人公は、年老いた元医師の父が、主人公がまだ少年のころに、四国 松山を旅したときの思い出話を聞く。

それは、父が友人の国語教師と二人で道後の茶店で休んでいたとき、話し上手で酒飲みの乞食坊主と出会い、酒代をたかられてしまったという話だ。

主人公は、その話の中で、乞食坊主が「横しぐれ」という言葉にしきりに感心していたということから、ひょっとすると、その乞食坊主は俳人の種田山頭火ではなかったのかということを思いつく。

国文学者である主人公は、父の死後も数年間、山頭火の句集や研究本を読み続け、知人の文学者と意見を交わしながら、執拗にその推論を追跡していく。

その追跡から浮かび上がってきたのは、
「横しぐれ」ということばに隠れていた別の意味 「死暮れ」 「横死(不慮の災難で死ぬこと)」 と、
山頭火が、その「横死」を好む日本文学の伝統に無意識に従い、死を求めて四国を旅していたのではないかという推測、そして、主人公が偶然出会った元教師から聞き出した父の思いがけない過去だった。

物語では、「横しぐれ」というキーワードから、日本文学史を平安・鎌倉まで遡り、知的な推論を組み立てようとする主人公の目の前に、呪術的な御霊信仰や山頭火と日本浪漫派(右翼的)の関係という前近代的で無気味な影が立ち現れる。
そして、主人公が無意識に記憶から葬り去った少年の頃の記憶を辿っていく行為がそれに重なってくる。

日本文学史をイギリス文学を学んだ批評眼で理解しつつも、その特殊性をどちらかというと嫌悪し、そこから抜け出そうとしてきた丸谷才一が、その嫌悪を逆手にとり、これまた、丸谷氏の文学観に縁のない山頭火というちょっと得体の知れない俳人の影を登場人物として用い、推理小説仕立ての物語にしてしまうという大胆な発想にまず驚かされる。

こんな知的冒険心にあふれた器の大きい小説は丸谷才一にしか書けないだろう。

2012年10月28日日曜日

街男 街女/Original Love


音楽が耳に入ってこない時期と入ってくる時期というのがあるのだろうか。

Original Loveのアルバム「街男 街女」もいい歌がいくつか収められていて、何故、あの時には、この歌が心に響いてこなかったのだろうと、しみじみ思った。



「鍵、イリュージョン」もいい歌ですね。Youtubeにはなかったので、歌詞の一部だけ抜粋
どんなマジックの種が破られても
予感の炎が消えてしまっても
ありもしないものを見ずにはいられない力を 
誰にも渡しちゃいけないものが君の中にあるんじゃないか
気持ちがあるなら 自分で歩いた旅の先に奇跡がある
それはきっと君の中にあるんじゃないか
気持ちがあるなら 自分で歩いた旅の先に奇跡がある
もっと もっと 心の中であの人のことを好きになろう
もっと もっと 涙が止まらない程 あの人を愛そう

2012年10月27日土曜日

夢のなかの夢/アントニオ・タブッキ

タブッキの小説には、こういう手法や見方で小説が書けるのかと思わせるようなユニークな趣向のものが多いが、この本もその一つだ。

本の冒頭、小さな覚え書があり、そこには、
「自分の愛する芸術家たちの夢を知りたいという思いに幾度となく駆られてきた」とある。

そう、この本は、タブッキの好きな芸術家たちが見る夢を夢想して描いた物語だ。

登場する芸術家は、私が知っていた名前だけを挙げても、画家のカラヴァッジョとロートレック、小説家のスティーブンソン(「宝島」が有名)とチェーホフ、詩人のランボーとペソア、音楽家のドビュッシー、心理学者のフロイト博士と、幅広い(全体で二十人)。

巻末には、親切にも「この書物のなかで夢見る人々」と題し、登場する芸術家たちの簡単な説明書きがある。

たとえば、フランソワ・ヴィヨン 生年は一四三一年だが、…無軌道で荒んだ人生を送る。喧嘩がもとで司祭を殺害し、徒党を組んで窃盗や強盗を繰り返し、死刑を言い渡されるが、のちに流刑…かれのバラードでは、慣れ親しんだならず者の世界の隠語がかがやいている…とある。

なぜ、こんな人物を取り上げたのだろうと思ったが、実は、この芸術家の見る夢が一番怖く幻想的だった。(夏目漱石の夢十夜 第三夜のような内容です)

ほかにも、足が長くなり、女と抱き合う夢をみるロートレックの話や、片足を失ったランボーがパリを目指して旅する話、旅のなかで異名のもう一人の自分を見つけ、勝利の日を向かえたペソアの話、患者の女性になりきって男に抱かれてしまったフロイト博士の話など、それぞれの芸術家にちなんだエピソードも盛り込まれており、とても面白い。

2012年10月25日木曜日

弔辞は小さな伝記

俳優の大滝秀治さんのお別れの会で、脚本家の倉本聰氏が読み上げていた弔辞が、とても良かった。

故人の人柄と面影がくっきりと浮かんでくるような微笑ましいエピソードが述べられているところも勿論、若い頃、名優だった宇野重吉から「壊れたハーモニカのようだ」と酷評された声の青年が、常識はずれなまでに役作りに打ち込み、名優に成長していった姿が「あなたはそのハーモニカでいくつもの素敵なブルースを僕らのために奏でてくださった」という言葉に象徴されていて、故人の小さな伝記を読んだような気分になった。

優れた弔辞というのは、そういうものなのかもしれない。

最近亡くなった丸谷才一氏も挨拶の名人で、最近も読売新聞で、作家の辻原登が文学賞を受賞した際の挨拶で、丸谷氏に怒られた思い出話が述べられていたが、丸谷氏の著書「挨拶はたいへんだ」に収められている親友 辻静雄氏(フランス料理研究家)の葬儀での弔辞も、「小さな伝記」の優れた代表例かもしれない。

この弔辞は、辻静雄氏の人生を振り返り、辻氏が行ってきた仕事とその功績を時代背景を交えながらわかりやすく説明しつつ、批評家らしく、戦後日本の知識人の生き方の代表だったと分析しており、葬儀で辻静雄氏を知らない人でも、この人はこういう人だったのだと十分認識できるような内容になっている。

その一方で、抑制はしながらも親しい友人を失った悲しみがひしと伝わってくるところも素晴らしい。
ちょっと、引用してみます。
…しかしまあ、などと自分に言い聞かせたくなる。そう言い聞かせようとして、わたしはあの日以来、努めて来ました。しかし、あの立派な男、優しくて快活で魅力に富む知識人がもういないことの寂しさをどうしよう。 
あるとき、こういうことがありました。わたしが読み終えたばかりのイギリスの新刊書のことを話題にすると、ちょうどあなたもイギリス人の友達から貰ったとかでその本を読んでいた。それであれこれと読後感を語り合い、その本に出て来るホテルのことから一転してロンドンのホテルの朝食について話をした。 
今後わたしは、あんなふうにして閑談を楽しむ友達を持つことはできないでしょう。寂しい。

2012年10月19日金曜日

マイトレイ/エリアーデ


宗教学者が片手間に書いたものとは思えないほど、第一級の恋愛小説に仕上がっている。

インドに派遣された技術士のルーマニアの青年 アランと、 寄宿先である青年のインド人の上司の娘 マイトレイとの許されない恋。

アランがマイトレイと同じ家で生活するうちに、互いに少しずつ惹かれていき、罪だと感じながらも、抑えきれずに接触を深くしていく様子が、「エリアーデの日記」にみられるような緻密で繊細な文章で綴られており、読んでいて息苦しくなりそうなほど、官能的で濃厚な恋愛小説だ。

障害が大きければ大きいほど、タブーであればあるほど、恋は熱くなるという典型を描いているのだが、ぐいぐい引きずり込むような力があり、一気に読みきってしまった。

物語は、半分は実話に基づいており、エリアーデがインドに留学していた際に愛したマイトレイも実在の人物である。

そう思うと、物語の中で日記調に描かれている二人の恋の様子は、当時、エリアーデが書き留めた日記から引き抜かれたものに基づいているかもしれず、よりリアルな感じを受ける。

エリアーデというひどく内省的な男にとって、恋という化学反応により自分がどういう精神状態に陥るのかということは大きな関心事だったに違いない。

マイトレイにとっても、エリアーデとの恋愛は大きな事件だったようで、父親から、エリアーデが彼女を裏切って逃げ出したと説明され諦めて別の男と結婚したが、真実は、父親に追放されて、やむなく去ったことを 四十二年後に知ったことで異常心理に陥り、当時の恋愛の回想記「愛は死なず」を書かずにはいられなかった。

物語に出てくるマイトレイもそうだが、四十年の歳月を経てもなお思いが消えなかった実在のマイトレイにも、恋愛には、こんなにも強い力があるのだなと思うと、ちょっと怖い感じを受けた。


2012年10月17日水曜日

スヌーク/海老沢泰久

ビリヤードというゲームは、男の楽しむゲームという印象が強い。

学生の頃、暇な土曜日の夜は、よく、ビリヤード場に行って玉を突いていたが、女の子連れはあまりなく、たまに見かけても、上手いと感じさせる場面はついぞ見なかったような気がする。

その理由のひとつは、ビリヤードというゲームの性質が、勝とうと思うならば、徹頭徹尾、冷静にプレーし、ミスをしないことが求められることにあるのだと思う。

社会人になってからも、まだ、たまにビリヤード場に行っていた頃、海老沢泰久の短編小説「スヌーク」を読んで以来、ビリヤードというと、この作品のことが頭を過ぎるようになってしまった。

「スヌーク」という作品は、スヌーカーというあまり聞きなれない種類のゲームで戦う中年男のプレーヤーを描いた作品だ。

太っていて、髪の毛もうすくなりかけている主人公の村田伸郎は、四十七歳のビリヤード選手だ。
大会でもシード選手になれず、同じ年の友人といても、話すことがなくなってしまい黙ってぼんやりと過ごしてしまう、意味もなく薄ら笑いの表情が浮かんでしまう、そんなさえない中年男だ。

彼は、一回戦で、昨年チャンピオンになった十九歳の若い魅力的な笑顔の第一シードの選手と戦うことになる。

村田伸郎は、偶然、ビリヤード場で知り合い親しくなった少年に試合のチケットをプレゼントし、圧倒的にチャンピオンに視線が集まる会場で、スヌーカーのゲームを始める。

第三フレーム(ゲーム)まで、チャンピオンが圧勝し、第四フレームは接戦の末、村田伸郎が勝つ。
彼の勝因は、題名でもある「スヌーク」(狙い玉をポケットに落とすのではなく、相手が狙い球に手球を当てづらくする位置に手玉を移動する防御的なプレー)をして無理をせず、相手のミスを誘うことができたからだ。

このスヌーカーという競技は、勝つためには、攻撃より防御に重点が置かれているということが、ビリヤードを知らない読者にも分かるように、海老沢泰久の文章は二人の緊迫したプレーの応酬を描いていく。

十九歳のチャンピオンは「スヌーク」をせずに狙い玉を落とすことにこだわり、ミスを重ね、主人公の老獪なプレーに次第に冷静さを失い、ゲームを落としていく。

主人公は観客の敵意に囲まれながら、意味もなく薄ら笑いの表情を浮かべる自分を、醜い四十七歳の中年男だと感じ、勝った後も招待した少年に会う気分になれず、会場を立ち去ろうとする。

ビリヤードというゲームの残酷さと中年男の悲哀が見事に描かれた海老沢泰久の佳品だと思う。

☆おまけ
http://nicoviewer.net/sm7526738

2012年10月16日火曜日

批評家の仕事

丸谷才一の「遊び時間」という書評集?を読み返していたら、ルイス・ブニュエルの「小間使の日記」に関する批評が載っていた。

実は、この映画、2ヶ月前ほどに、DVDで観たのだが、ブニュエルの映画にしては、あまり面白くないなという印象だった。
題材が暗い(幼女強姦殺人)し、ジャンヌ・モロー 演じる小間使いセレスティーヌが、自白させようと、あるいは殺人の証拠を探すために、殺人犯である右翼の下男ジョゼフと寝て、結婚の約束までしてしまうという物語に、真実味を感じられなかったからだ。

丸谷氏は、この作品が、サルトルの中編小説「一指導者の幼年時代」の影響下に作られたのではないかと推論し、ミルボーの原作におけるブルジョア道徳への憎しみと右翼への批判を、現代人の感覚に合うように清新な趣のものにしたとして、一定の評価をしつつも、
映画最後のシーン(暗い天を刺す唐突な稲妻)について、

「ああいう意味ありげな思わせぶりで末尾をしめくくるしかないところに、この映画全体の脆弱さが、 問題映画的な弱さが よく示されている」と評している。

その一例として、ミルボーの原作では、セレスティーヌが幼女強姦殺人犯であるらしいジョゼフと結婚し、軍人相手の酒場で、セレスティーヌは人気者となるが、水兵長にも機関兵にも目も向けず、ジョゼフに首ったけであるという恐ろしい内容になっている。「その停滞の詩情の恐ろしさ」に対抗するだけのものを、この映画は創造しているのか?という、これまた恐ろしく厳しい批評をしている。

丸谷氏は、この批評の中で、ブニュエルの他の作品「アンダルシアの犬」や、ジャン・ルノワールの「小間使の日記」を見ていないこと(当時はビデオなどなかった)、ミルボーの原作しか読んでいないことを悔い、

批評家の仕事はその作品を芸術の歴史のなかに正しく位置づけることにある。
そのためには、その作品と他の芸術作品との関係を関連づけることが手がかりとなるだろうし、
手がかりの第一は彼のこれまでの作品との関係、
第二は彼の師や敵(師が敵である場合は非常に多いだろう)の作品との関係であるに相違ない、

と述べている。

余技である映画批評にも手を抜こうとしなかった若い頃の丸谷氏の批評家の姿勢を感じることができて、懐かしかった。

2012年10月14日日曜日

丸谷才一さんの死

丸谷 才一氏が亡くなったという記事を読んで、やはり悲しかった。
年齢も高齢で、最近のエッセイのあとがきでも入院の話が書いてあったので、若干心配はしていたのだが。

私にとって、丸谷才一氏は、理想的な国語の先生だった。
この国語の先生を知ったのは、村上春樹の小エッセイの文章だったと思うが、氏の「日本語のために」、「桜もさよならも日本語」、「文章読本」を読んで、初めて、自分の中に、よい日本語の文章とそうでない文章の見分けの基準ができたような気がする。

丸谷氏は、小学校の国語の教科書も、大学受験の現代文の問題も批判した。
名文を読ませよう、読書感想文を書かせるな、小林秀雄の文章は問題に出すな等、それは今までの大人しい文学者の域を超えた発言であり、文学に関心がない人も知らず知らず日本語に興味をもたせてしまうほど、面白い内容だった。

「挨拶はむづかしい」という氏の様々なパーティー、冠婚葬祭でのスピーチ集も、それは同様のことだと思う。

そして、丸谷国語教室を卒業した後も、丸谷氏は、私にとって、あらゆる文学の入口、道先案内人だった。

丸谷才一の書評を読まなければ、永井荷風を、谷崎潤一郎を、佐藤春夫を、石川淳を、林達夫を、大岡昇平を、吉田健一を、山崎正和を、大野晋を、田村隆一を、倉橋由美子を、石牟礼道子を、須賀敦子を、池澤夏樹を、海老沢泰久を、レイモンド・チャンドラーを、アントニー・バージェスを、ジェイムス・ジョイスを、グレアム・グリーンを読もうという気にはならなかっただろう。

自分が読んでる本が、昔の丸谷氏の書評で取り上げられていて、ああ、どうして、この時に読まなかったのだろうと思う作家も多い。モラヴィアもそうだし、今はまっているエリアーデも、「二十世紀を読む」で取り上げられていた。

寡作ではあったが、小説も面白いものが多い。
丸谷氏の作品の特徴は、日本独特の私小説的な、自伝的で、真面目で、じめじめした湿った文章を嫌い、物語がしっかりと構築され、理知的でありながら、ユーモアもあり、エロティックで、社会性に富んでいたということだ。
この氏の文学的趣味は、書評で取り上げていた上記の文学者たちにも濃く現れている。

「笹まくら」「横しぐれ」「樹影譚」「たった一人の反乱」は、たぶん、すべて何らかの文学賞を受賞していると思うが、特に好きな作品です。

書けば書くほど、喪失感が大きなものとなって感じられてしまう。
たとえていうと、日本文学界にぽっかりと穴が開いたような感じだ。

あらためて、今までの感謝の念を述べるとともに、その死を深く悲しみます。
今まで本当にありがとう。
さようなら。丸谷さん。

2012年10月13日土曜日

ダマセーノ・モンテイロの失われた首/アントニオ・タブッキ

「供述によるとペレイラは」の次に発表されたタブッキの作品で、あまり期待はしていなかったのだが、読んでみて予想以上に面白かった。

主人公フェルミーノは、リスボンの二流新聞社に勤める新聞記者で、仕事のかたわら、ポルトガルの戦後文学を研究している。
休暇明け、上司から、首が切断された死体が発見された事件の取材を命ぜられ、事件がおきたポルトの街に向かう。

死体を発見した年老いたジプシー、マノーロ、主人公が宿泊するペンションを経営する上品な婦人で、事件の取材に必要な人的コネクションを持つドナ・ローザ、性格に一癖ある裕福で博識な老弁護士ドン・フェルナンド。

登場人物の輪郭が鮮明で、あらすじもはっきりとしている。この事件は、実際にポルトガルで起きた首なし事件をモチーフとしており、国家警備隊(ポルトガルの警察組織)、拷問、麻薬、ジプシーといった社会問題を取り上げており、タブッキの得意とする幻想的な小説とは一味違っている。

それでも、レストランや食堂車のウェイターとの何気ないやりとりや、ドン・フェルナンドが時刻表で、複雑な鉄道の乗り継ぎを記憶し、想像上のヨーロッパの鉄道旅行を自由自在に話す場面、カメレオンをフェルナンド・ペソアみたいだと話す少女。
こういったタブッキらしいシーンを、所々、感じられるところもおもしろい。

2012年10月9日火曜日

黒い天使/アントニオ・タブッキ

一言で言うと、人は記憶に残った過去からは逃れられない ということだろうか。
短編小説集「黒い天使」は、タブッキにはめずらしく、どこか暗い影が漂う物語が集められている。

・ 何とは言えない何かによって運ばれる声

死んだ友人タデウスの声に導かれて、ピサの斜塔に登る。
主人公とタデウスの間に、イザベルという女性の不幸な出来事があったことが暗示されている。
(三人の関係は「レクイエム」にもちょっと出てくる)

・夜、海あるいは距離

黒いメルセデスに乗った秘密警察に、突然、拳銃を突きつけられ、暴力を振るわれる三人の友人とタデウス。車の窓から突然現れた口をパクパクさせる瀕死の太ったハタ(魚)は何を暗示しているのか。

・「ふるいにかけろ」

ファシズムの講演に来た女性(作家か批評家)が、線路が不通になり足止めを食う。
彼女は講演を棒に振り、食事の後、年配の年金生活者である男やもめをホテルに誘い、一緒に寝る。そして、彼女はベッドの中で少女時代の守護天使を見て、泣いている自分に気づく。

・ニューヨークの蝶の羽のはばたきは、北京に台風を起こすことができるのか?

秘密警察の青い服の紳士に、外国人領事の殺人の件で尋問される灰色の髪の男。
青い服の紳士は、自分の聞きたいことばだけを尋問で引き出していく。
灰色の髪の男が、最後に青い服の紳士に、尋問の理由を質問したときの答えが、この短編のタイトルになっている。
このタイトルは、地名が入れ替わっているが、カオス理論の「バタフライ効果」を指している。

・石のあいだを跳ねる鱒(ます)はあなたの人生をわたしに思い出させる

家政婦と暮らす年老いた詩人の男。彼は思い出の中のかつて恋人だった女性と会話をして暮らしていた。そんな詩人の家に、金髪の美人が訪問してくる。
詩人は、なぜか、その女性にマドリガルを捧げ、二十篇の詩を彼女のために書くと約束する。
(詩人は彼女と寝たかったのだろう。そんな気がする)

・新年

少年と「海底二万マイル」のノーティラス号のネモ艦長との不思議な会話。

ネモ艦長が案内する海底には、珊瑚の十字架があり、中央には父親の写真が飾られており、大きな牡蠣の貝殻の中には裸で身を横たえている母親がいる。

兎の解体、地下室の血を思わせる染み、母親に送りつけられてきた父親が沈んでいる湖のカワカマス(魚)。罠にかかった鼠の残酷な死。そして、その鼠を贈り物の箱に入れ、受取人に母の名前を書く少年。腐った魚に培養する「鼠らい菌」(結核菌)のメモ…
母親をどこかで憎んでいるような少年の感情。

優れた小説の特徴の一つは、人の込み入った感情を、その複雑さそのままに端折らずに正確に表現しているところにある。
これらの物語も、どこか掴みどころがない印象を与えながら、それでいて、こういう複雑な感情が過去のどこかに実在していたことを読者に感じさせる。

2012年10月8日月曜日

NHKスペシャル/除染 そして、イグネは切り倒された

福島県南相馬市の除染(放射性物質の除去)の状況を、かなり詳しく取り上げていた番組。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1007/

事故から1年6ヶ月を過ぎた今年9月、公共施設を除き、ようやく一部の民家で除染作業が開始したという状況らしい。

何故、除染作業が進まないのか。

一つは、除染をすれば、大量の放射性廃棄物が発生するが、その仮置き場が付近の住民の反対で設置できないという問題がある。
しかし、この付近の住民の方の心配は、中間貯蔵施設、最終処分場の当てさえ決まらない現状、一度置いたら、そこが最終処分場になってしまうのではないかという心配に起因するところが大きい。

二つ目は、地元の人たちが、子供や家族の安全を考え、徹底した除染作業を行ってほしいと国に要求しても、国の試算を超えた費用が発生してしまうため、環境省が策定した除染作業のガイドラインを超えた作業については、OKを出さないことだ。

国としては、除染作業の費用は全て東京電力に請求するつもりらしいが、実質的に負担できない部分は税金でまかなうことになるため、今から、その防御腺を張っておこうという考えらしい。

番組で取り上げていたのは、例えば、屋根の除線作業。高圧洗浄機で洗い流す方法では、瓦の材質によっては十分な除染の効果があげられず、むしろ、紙タオルで瓦をふき取る方法が効果的であることが環境省でも分かっている状況らしいが、環境省が定める除染作業のガイドラインは見直すつもりはないらしい。

理由は費用がかかりすぎてしまうこと。
しかし、環境省策定の除染作業ガイドラインには、他にも問題があって、森林の除染の方法として、落ち葉や枝葉の除去が定められているらしいが、すでに放射性物質が雨で落ち葉や枝葉から洗い落とされてしまい、土に放射性物質が移動している現状が報告されていた。
作業をしても十分な除染の効果が得られず、逆に土を覆いかぶせていた遮蔽物がなくなったことで、作業後、線量が高くなってしまったところもあるらしい。

番組では、東大アイソトープ研究所の児玉さんが、情報が古い見直しが利かないガイドラインに準拠することなく、除染作業の判断は現地の判断に任せ、現場の邪魔をしないことが必要とのコメントも紹介されていた。

お子さんがいる一家では、少しでも線量を下げるため、慈しんできた庭木を伐採し、阿武隈山脈から吹き降ろす強風から家を守る「イグネ」と呼ばれる屋敷森をも切り倒していた。
しかし、その伐採にかかる費用を東電に請求しても、環境省のガイドラインには書いてない対応であることを理由に拒否したらしい。

「イグネ」を切り倒した家のご主人が、国や東電の人は、一度、福島に泊まりにくるといい。それも、家族の人たちを連れて泊まりにくるといいという趣旨のことを言っていたが、そう言いたくもなる。

こと、この問題に関しては、関係者・国民一人一人がそういう想像力を働かして自分の身になって考えないと、福島再生などというスローガンは選挙対策の民主党のマニフェスト同様としか受け取られず、地元の人の不信は強まるばかりだろう。

2012年10月7日日曜日

「妖精たちの夜」 ルーマニアとエリアーデ

前回、取り上げた「妖精たちの夜(II)」には、翻訳者の住谷春也氏が「ミルチャ・エリアーデと妖精たちの間」と題して、四十ページを超える充実した内容のあとがきを書いているのだが、これを読んで、あらためてエリアーデの母国であるルーマニアの成り立ちとその特殊性、そして、両世界大戦を通して非ルーマニア的体制が確立されていく母国の運命にエリアーデの人生が大きく左右されていたことを知った。

…われわれには、それほど歴史を愛するいわれはない。どうして愛したりするものか?われわれにとって、十世紀の間、歴史とは蛮族の侵入のことだった。次の五世紀はオスマントルコの恐怖だった。そして今は、これから何世紀になるか知らないが、歴史とはソヴィエト・ロシアのことになるだろう…

物語中、主人公の親友である哲学教師が秘密警察への供述で述べた言葉どおり、ルーマニアの歴史は、ほとんど常に異民族の侵入と列強の領土争いに巻き込まれていたことが分かる。

ルーマニアの歴史

そして、両世界大戦時には、西欧国家の一員であるという意識のもと、イギリス・フランス・アメリカ民主主義陣営による救済を期待していたが、戦後、結果として見捨てられ、1989年のルーマニア革命(チャウチェスクの処刑が印象的)まで、以後四十年もの間、ソヴィエト・ロシアが強要した社会主義の国家となった。

「妖精たちの夜」は、まさに第二次世界大戦が勃発する暗い影の時期である1936年から、共産党一党独裁の社会主義国家が確立される1948年までの時代背景の物語であり、こういった歴史背景を意識しないと、物語の理解が追いつかないところがある。

ルーマニアは日独伊三国同盟の枢軸にも加盟したので、第二次世界大戦の敗戦国という点では、日本と同じ立場であったが、日本がアメリカのGHQによる占領状態はわずか数年だけだったことや、戦後の民主化で経済発展を遂げ繁栄を迎えたことと比較すると、この国の悲劇に、日本人は鈍感になってしまうところがあるのではないか。

また、「妖精たちの夜」の主人公(経済官僚)が物語の中でたどる遍歴が、エリアーデの実体験がそのまま描かれているという点も興味深い。

なかでも、恐ろしいのは、エリアーデが、レジオナール(ルーマニア民族主義運動)に関係があると疑われ、収容所に入ったことをきっかけに大学の職を失い、路頭に迷ったことでロンドンに派遣されることになるが、もし、その時に国外に出るチャンスがなかったとすると、社会主義国家のもと、収容所に移送され刑務所で獄死していたかもしれないという事実だ。
(エリアーデの僚友たちの多くは、その運命を辿った)
そのような運命になっていれば、私たちはエリアーデの著書の多くを読むことはできなかっただろう。

この物語「妖精たちの夜」には、様々な偶然(主人公と作家が瓜二つ、主人公と運命の女性との出会い等)と、運・不運(作家が主人公に間違われ射殺される、親友の哲学教師が警察に拘束・拷問され死を迎える等)が描かれている。

物語中、歴史、時間、運命という単語がゴシックで強調されている文章がいくつか出てくるが、エリアーデが、あるいはルーマニアの人々が体験した過酷な出来事を思い浮かべると、その言葉に対する思いの重さが、わずかながら推測することができる。

上記のような視点であらためて見直すと、この物語は、単なる恋愛小説に留まらず、歴史小説、政治小説、風俗小説、感情小説、神話小説、宗教小説…という幅広い視点から楽しめる複合的な魅力を持つ小説であることが分かる。

それは、著者にとっても同じ思いであったらしい。
エリアーデは、この物語について、こんな言葉を残している。
「『妖精たちの夜』を読み直したところで告白するのだが、多数のエピソードの隠された意味を私は小説を書き終えたあとで発見した。その意味で、この本は私にとって 《読者にとってもそうであることを希望するけれど》 これは一個の知の道具である。 
一九三六年の<妖精たちの夜>に<森で>始まって、一九四八年にスイス国境近くの、これも一つの森で完結する長い円環の旅は、私に人間実存のいくつかの意味を明かしてくれた。それらは小説を書き終えるまで私が知らなかったものだった。ないしは、ただ近似的にしか知らず、その真の価値を理解していなかったものであった」

2012年10月6日土曜日

妖精たちの夜(II)/エリアーデ

森の中で出会った女性と運命的な恋をする。
二人とも完全な両思い。
でも、その時、すでに男には妻と子供がいた。

男はその女性と妻を同時に愛することを望むが上手くいかず、女性と別れ、妻を十分に愛してあげることもできないまま、戦争で妻と子を失う。

それから男は死んだように暮らしていたが、周りの人々に諭され、再び、別れた運命の女性を探す。そして、出会ったときから十二年後、再び、森の中で女性に再会する。

女性は既に別の男性と結婚していたが、男を見て動揺する。初めは拒否するような言葉を言い放つが、男への思いは隠せない。
そして、車の運転中、お互いに同じ思い(あなただけを愛することが運命づけられていた)を告白し、男が寄り添い女性が目を合わせたところで物語は終わる(事故に遭い二人は死んだかのようにも思える)。

妖精たちの夜は、第二次世界大戦をはさんで過酷な運命にさらされるルーマニアのさまざまな知識人たちを描いた物語だが、上記のあらすじでわかるように、その骨格には悲劇的な恋愛がある。

その昔、眉村卓のショート・ショートで、お互いにとって100%の相手と出会った男女が、触れあった瞬間にこの世から消えてしまう物語を読んだのを記憶しているが、あるいは、本当の理想の恋愛とは、それだけで十分なものなのかもしれない。

2012年10月3日水曜日

ぐずぐずの理由/鷲田清一

タイトルからして、鷲田清一らしい。

「ぎりぎり」「ぐずぐず」「ふわふわ」「なよなよ」「ゆらゆら」「ねちゃねちゃ」…

これらの言葉は、一般的にオノマトペ(擬態語)と呼ばれるが、本書は語感が鋭い著者らしいオノマトペの考察論になっている。

こんなテーマは国語学者の大野晋も取り上げなかったし、まして、文学者に至ってはどちらかというと邪道、下品と扱われるジャンルの言葉だから誰も書いたことがないだろう。

しかし、そのオノマトペについて、著者は多田道太郎の文章も引いて、そこには「深い闇」があると指摘する。
視覚中心の文明がすごい勢いですすむと、他の感覚の抑圧が深まり、そして抑圧されっぱなしだったそれらの感覚は、あるとき、歴史の皮肉が働いて、いっせいに視覚への反訳をもとめ、いわば反逆をはじめる。手ざわりを視覚化して素材感を出すというようにして…。感覚的、表層的なものが、かえってこれらの社会では、もっと深いものの表現であるという逆説が成立する。なぜなら、深い闇のなかにあったものが、反訳をもとめて浮かびあがるその場所は、理念の体系ではなく、感覚の表層なのだから。
そして、著者は、オノマトペこそ、わたしたちのなかの「深い闇」が「反訳をもとめて浮かびあがるその場所」ではないのか?
ぴたりとくる表現が見あたらずいらいらしているときのみならず、…肌で感じる「時代の空気」や「現在という時代の不安」にいたるまで、オノマトペというこの言語表現は、つねに身体的に感応し、音としてその感触を編みなおそうとしている、意味を超えた<言葉>の力の源泉、と説明している。

さまざまなオノマトペを取り上げながら、著者は発音するときの口の動かし方から、アクセント、リズム、類似する言葉と語源、心理分析に至るまで幅広く考察をめぐらしていくが、引用する文章も素晴らしい。
たとえば、吃音(どもること)に関する斎藤環の言葉。
吃音は、これは経験のない人にはわかりにくいと思うけど、発したい言葉を、舌が拒否するんです。発音できずに終わってしまった言葉が、言霊のようにいつまでも心の中にあって、それにいつまでも引きずられる。…吃音というのは、言葉を伝えようとして、間違って、言葉じゃなく肉体が伝わってしまった、という状態なんです。肉体と言葉が乖離している。
一粒で二度おいしい、 そんな思いがする本です。

2012年10月1日月曜日

幻魔大戦の幻夢

昨日、BSで「幻魔大戦」のアニメ映画を放映していた。
おそらく、中学生の時に映画館で見て以来だったので懐かしかった。

当時としては最新のアニメ映画だったのかもしれないが、今見るとさすがに古さは否めない。
また、ストーリーとか、人物の描き方も荒いし、かなり欠点が目立っていた。

しかし、それでも物語の結末が明確に提示されている点で、小説版の「幻魔大戦」より、ある意味マシではないかと思ったりした。

私も中学生の時に角川文庫の小説版「幻魔大戦」を読んでしまい、1巻から3巻までを読んで大きく期待を膨らませ、20巻まで読んで幻滅してしまった読者の一人である。

平井和正の小説は、レイモンドチャンドラーのフィリップ・マーロウを思わせるウルフガイシリーズも好きで、私は自分で言うのも何だが、かなり熱心な読者であった。

なぜ、主人公の東丈に、救世主的な、新興宗教の教祖的な役割をおっかぶせてしまったのか、返す返すも悔やまれる。
そうやって、どんどん主人公を神格化してしまったせいで、人間的な魅力が失われてしまい、神隠しのように物語途中で主人公を消失させるしかなかったのかもしれない。

その結果、物語の魅力は大きく失われ、幻魔大戦 → ハルマゲドン → 中途半端に終了。

真幻魔大戦 → 中途半端に終了という、ある意味、残念な結果に終わったのだろう。

*私の場合、ここでこの物語からは手を引きました。

この後、電子図書で続編が書かれているようなのですが、色々なネットの声を聞くと、これは読める物語ではないなという印象でした。

http://www.ebunko.ne.jp/genmasy.htm

でも、少年期に読んだ物語というのは、ある意味、強烈に記憶に残ってしまっていて、解消されないフラストレーションに困っている。

4巻から書き直して、物語を真夏のニューヨークで繰り広げられた幻魔との戦いから軸をずらさなければ、はるかに面白い物語が生まれるはずだったのでは?
そんな思いが消えなくてしょうがないのだ。


2012年9月30日日曜日

KIKUIWANI/ボーイ・ミーツ・ガール

大沢誉志幸のアルバム「Serious Barbarian」の中には好きな曲が多いけど、「海辺のVision」もその一つ。

歌詞がいいなと思って、作詞者を見たら、ボーイ・ミーツ・ガールの尾上文という人だった。

このボーイ・ミーツ・ガールの「KIKUIWANI」という歌がとってもユニーク。
これだけファンタジックな長い歌詞をサンバ風の曲に載せてみようという試みがすごい。

聴いているとクセになりそうなアーティストだ。


2012年9月29日土曜日

得をしたのは…

国連総会で、中国の外相が、尖閣諸島(中国名・釣魚島)を日本が盗んだとして演説を行い、それに対して、日本が答弁権を行使して反論している映像をテレビで見た。

中国側の演説はかなり品がないが、日本の反論もそれに引きずられている感がある。

事の発端は、日本国による尖閣諸島の国有化であるが、野田首相の意図としては、中国に対して、領土問題を突きつけるつもりはなく、むしろ、石原都知事が独自に進めていた東京都による購入により起こりうる中国との摩擦を極力回避したいという思いがあったからに違いない。

しかし、そういう日本国の考えは全く理解されることはなく、むしろ、胡錦濤国家主席との話し合いの翌日に国有化を実行し、「メンツをつぶされた」ことが原因との中国要人のコメントもある。

今更、言ってもしようがないが、日本としては、尖閣諸島の国有化の意図を内々に中国側に丁寧に説明し、相手の反応を見て、その実施の可否、実施時期を慎重に決めるべきだった。
そういうデリケートな問題だったという感覚が、日本の外交官たちに果たしてあったのだろうか?

確かに領土問題は国益に絡む問題ではあるが、この尖閣の国有化で、日本経済がどれだけの損失を出しているかを考えると、国益に適った行動だったのかという疑問も出てきてしまう。

現状では中国との仲直り・早期解決は困難であろう。

そして、このままでいくと、日本企業は中国の巨大市場から得られる利益を大きく失い、レアアースの輸出抑制などの対抗措置も追加実施され、日本経済はマイナスとなるだろう。また、日本企業が中国への投資をリスク大と判断し、撤退する可能性もある。そうなると、中国経済にとってもマイナスになることは間違いない。

両国が損を拡大し続ける中、唯一、得をしたのは、尖閣諸島を国に売って二十億もの大金を手に入れた地権者だけかもしれない。

2012年9月27日木曜日

二人の女/モラヴィア

この作品においても、戦争が暗い影を落とす。

二人の母娘が、戦禍のローマを離れ、田舎に疎開しようとして、山中をさまよい歩くことになる。
空襲、飢え、強欲な人々、兵士による強姦、盗み…
モラヴィアは観念的な表現を一切用いず、戦争という暴力的装置に巻き込まれ荒廃していく人々の生活を淡々と描いていく。

前回紹介したエリアーデの妖精たちの夜(Ⅰ)では、主人公が瞑想することで戦争という現実、歴史の呪縛から逃れようとしていたが、モラヴィアが描く人々は、その悲惨な現実を真っ向から体で受け止め、傷つき、血を流し涙を流す。

強靭な精神力を持つこの二人の作家が、それでも書かずにはいられなかったほど、戦争という不幸は二人を、二人の属する社会を、苦しめたに相違ない。

平和を当たり前のものだと思っていてはいけない。
その尊さは失ってみてはじめて分かるものなのだ。

2012年9月26日水曜日

妖精たちの夜( I )/エリアーデ

エリアーデの小説に、何故、引きつけられるのか、よく分からない。

物語は、お世辞にも分かりやすいものとは言えず、登場人物は索引を作らないと混乱するほど多く、発せられる言葉も謎めいていて、時間も錯綜し、時折、自分が何を読んでいるのか分からなくなる。

読んでいて、さっぱり心に響いてこないパートもあれば、突然、響いてくるパート もあり、そのアンバランスさが極端なのだ。

しかし、そのアンバランスさの中に、エリアーデの魅力があることは明らかである。
こんな読書体験は、エリアーデにしか感じたことはない。

妖精たちの夜( I )は、間違いなくエリアーデ的魅力にあふれた小説である。

主人公のシュテファンは、妻のヨアナと、夏至の夜に出会ったイレアナの二人を愛している。
この三人の関係を中心に、第二次世界大戦の渦中にあるルーマニア、ポルトガル、イギリスを舞台に、主人公とそっくりな流行作家、野心家の隻眼の弁護士、その父、ルーベンスの絵をもって亡命しようとする美術史教授、予知能力をもつその姪、主人公の友人で結核を患う哲学教師、彼を翻弄する女優、その恋人の演出家、主人公を誘惑する言葉遣いがひどい女など、さまざまな人々が絡み合う。

恋愛を描いているのは、私の読んだエリアーデの小説では処女作「マイトレイ」以来のような気がする。また、戦争と歴史、そこからいかに自由に生きるかという視点も幻想小説では直接的に語られなかった部分である。

防空壕の中、たとえ、爆撃され命を落としたとしても、その瞬間に、ある詩人の天才に心を奪われていれば、一個の自由な人間として死ぬのであり、空襲というごく矮小な歴史的事件に立ち会うことを拒絶できる、と主張する主人公の言葉が強く印象に残った。

2012年9月25日火曜日

紅茶と緑茶

紅茶(ストレートティー)を飲みながら、どうして紅茶にはミルクや砂糖を入れるのだろうと、ふと思った。

私自身、紅茶にミルクや砂糖を入れて飲まないので、よく、アイスティーでも、ガムシロやミルクをグラスにたっぷりと入れて、ストローでかき混ぜる人を見ると、ちょっと不思議な気持ちに襲われる。

それは、私が変わっているのかもしれないが、ひとつには、緑茶にはミルクや砂糖は入れないのだから、紅茶も同じでしょうという気持ちが働くのかもしれない。

昔買った中公新書の「茶の世界史」を読んでいたら、紅茶と緑茶の違いが説明されていたので、ごく簡単に紹介。

まず、緑茶文化は、中国や台湾、日本で発展した。
特に日本の茶の湯文化では、わび・さびといった美意識が求められ、それはさらに一期一会といった倫理を含むものとして、精神文化として発展した。

それに対して、紅茶は、特にイギリスにおいて国民的飲料として定着しており、世界の紅茶の約半分はイギリス人が消費している。

緑茶文化が精神文化だとしたら、紅茶文化は、砂糖やミルクを入れる飲み方に象徴されるように物質的奢侈(しゃし)、つまり物質文化である。

イギリスにおいて紅茶が好んで飲まれだした十八世紀末から十九世紀にかけて、紅茶の一人当たり消費量と、砂糖の消費量は見事に比例している。

それは東インド会社に代表される重商主義、植民地政策の時代であった。
中国から輸入される高価なお茶を飲むだけでも贅沢なのに、さらに新大陸ブラジルからの良質で貴重な砂糖を添えることは、この上ない贅沢だった。

そして、そのような飲み方は最初一部の富裕層だけのものだったが、重商主義に支えられ、輸入が拡大し、国民的な飲み方に発展していく。

まさに、紅茶文化は、紅茶帝国主義に発展していったのだ。

しかし、今の日本で、アイスティーに、ガムシロやミルクを入れる際、誰もそれが贅沢だとか、帝国主義とか、考えもしないだろう。
それは、過去の生活習慣の延長だとか、個人の味覚の問題のレベルの話なのかもしれない。

ある意味、いい時代になったと言えるのかもしれないが、文化という香りはどこへやら、何となく味気なさも感じる。

2012年9月24日月曜日

NHKスペシャル 「出稼ぎ少女たちの旅路」を見て

NHKスペシャル 「出稼ぎ少女たちの旅路」を見て、あらためて自分は中国をよく知らないことに気づかされた。

1994年に放映された番組の再放送で、農村から深圳の精密電子部品工場に出稼ぎにいった少女たち(16~22才)の生活の実態が取り上げられていた。

農村と都市の生活レベルに格差があることは知っていたが、驚いたのは、中国の戸籍制度では、「農村戸口」(農村戸籍)を持つ農民が、都市に移転すること(「城市戸口」(都市戸籍)を取得すること)は基本的に禁止されているということだ。

これは、「出稼ぎ」という社会現象と一見矛盾するが、出稼ぎに来た少女たちが与えられるのは、就労のための臨時戸籍だけで、都市では正式な戸籍を持つことができず、二十二歳になると、いやおうなく貧しい農村(出稼ぎの少女の年収は農村にいる両親の稼ぎの2倍)に戻らなければならない。


(戸籍を持たないまま都市に定住することもできるが、医療や子供の教育などの面で、都市住民が享受できる公共サービスを受けられないだけではなく、就職や労働条件面でも差別を受け、弱い立場に立たされるそうだ)


農村戸籍を持つ人が都市戸籍を取るには、競争率500倍の試験(高校卒業の学歴も必要)に合格し、手数料10000元(農村で煉瓦の家が建てられる)が必要となる。

このような政策がとられている理由は、細かい部品の組み立て作業は、二十歳前後の年齢が限界でありるということと、取り替えがきく安価な労働力ということだったのだろう。

中国を世界第二位の経済大国に押し上げた多くの安価な労働力。それを支えてきたのが農民工といわれる出稼ぎ労働者たちだった。

番組では、2012年現在の深圳の様子も取材されていたが、出稼ぎ少女の待遇は著しく改善されていた(工場の女子寮が十二人部屋から五人部屋になっていたり、給料が18年前より7倍になっていることなど)。また、こういった農村戸籍の人たちが待遇改善のためのデモを行うようになった。

下記の記述をみると、少しずつ、都市戸籍取得の要件は緩和されてきているようだ。
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/120528ssqs.htm

番組では、石平さんも出演していたが、彼のホームページの記述が分かりやすかったので紹介しておく。
http://www.seki-hei.com/column/

2012年9月23日日曜日

ジンジャーティー

何だか、急に気温が下がったせいか、寝起きもよくなくて、体がしゃんとしない。
頭痛もちょっとして風邪を引きそうな感じになっている。

ふと、吉田秋生の「海街diary 帰れない二人」に書いてあった、ジンジャーティーが頭に浮かぶ。

漫画では、ジンジャーミルクティだったが、もともと、ミルクティはあまり好きではないので、ストレートティーに、しょうがをすり落としたものを、少し多めにつまんで入れてみる。

飲んでいるうちに、体がポカポカしてきて、頭痛がやわらいでいく。
まさにしょうがパワー。

☆簡単な作り方
http://nanapi.jp/8763/

「海街diary 帰れない二人」には、「しらすトースト」(トーストにバターとのりとしらすを載せたもの)というおいしそうな食べ物もでてくる。

今度、試してみようっと。

2012年9月22日土曜日

危うい

尖閣諸島をめぐる問題で、米国議会において、中国で起きている反日運動を懸念し、日本を支援する旨の発言があったのを聞いて、ほっとした人も多いのではないだろうか。

私もその一人であるが、同時に、今の日本の弱さというか、危うさを感じずにはいられなかった。
自前の軍隊だけでは自国を守れず、アメリカに守ってもらわなければならないという日本の今更の現実。

建前上は、同盟関係という対等な立場なのだろうが、日本がお金や土地を提供して、極東アジアにおけるアメリカの前線基地の役割を担っている感がぬぐえない。

今、沖縄などで、オスプレイの安全性の問題が取り上げられているが、中国とのこんな状況では、なおさら、アメリカに対して、まともな反論はできないだろう。

司馬遼太郎が描いた江戸末期、明治維新の元勲たちは、少なくとも、軍事力という実力を持たない限り、他国とのテーブルの上の交渉も有名無実のものになってしまうという意識を明確に持っていたと思う。
当時は帝国主義の時代ではあったけれど、現在においても、諸外国に対等な立場で物が言える前提は、やはり国力なのだ。

私がもっと危ういと思うのは、アメリカとの関係と庇護を当然のものと思い(沖縄の人はそんな人はいないと思う)、自分の国を守らなければならないという意識さえもなくなってしまった日本人が増えることだ。
自分の国が侵略されそうになっているという危機感さえないとすると、武力ではない平和的な解決方法を考える知恵すら浮かんでこないだろう。

日本の戦国時代、小国の大名は大国の脅威から生き残るため、同盟と外交にひときわ神経を使った。例えば、徳川家康は織田信長と同盟を結び、その同盟関係の維持のため、自分の妻と息子さえ殺した。そして、その織田信長も、武田信玄には様々な贈り物をして同盟を結んだ。そして、織田 信長は、明智光秀や豊臣秀吉という一流の人材を外交官に登用していた。
いわば、小国が生き残るための覚悟と戦略である。

今の日本に、このような覚悟と戦略はあるのだろうか。
アメリカべったりの関係をさらに強化します!というのは、ある種の覚悟なのかもしれないが、とても戦略と呼べないことは言うまでもない。

2012年9月21日金曜日

机の上

よく、机の上が片付いているかどうかは、その机で仕事をしている人の頭の中を映し出していると言われることがあるが、ある程度は真実だと思う。

きちっとした人は、必要最小限の書類しか、机の上に広げず、一つの仕事が終わると、書類はファイリングされるか、捨てられるかして、机の上はきれいなままだ。

今はパソコンや電子文書で、紙の資料を広げることもせずに仕事ができるようになったが、それでも、書籍を見たり、紙の資料を見ながら仕事をするというのも、まだまだ多い。

私はできるだけビジネスではきちっと書類は片付けたいという希望を持っているが、もともとがずぼらな性格なので、ちょっと忙しくなって複数の仕事をしているとあっという間に、机が書籍とバインダーで埋もれてしまうことも多々ある。
(Aという仕事をしていたら、Bの仕事で、あれをやろうという考えがよぎり、同時並行的に仕事をすることが多く、なかなか片付けられない)

これがプライベートの机になると、さらにひどいことになっており、読んだ本・読んでない本が雑然と積み重なっており、合間合間にCDやらメモやら書類やら文房具が散らばっている状態になっている。

ただ、立花隆やエリアーデも、机の上(書斎)は似たような状況だったということは、ある意味、心強い。
ひとつの仕事に行き詰まる。横に積んである本をぱらぱらとめくる。
疲れて横になった頭の上にある本をぱらぱらとめくる。
このような行為は、いきなり、リビングに行ってテレビを見たり、音楽を聴いたりするのとは違う。
言わば、エンジンは切らずにギアをニュートラルの状態にしている感覚に近い。
そういうのは、頭の気分転換に悪くない。

特に何かを産み出そうとする著述業の人たちは、整理整頓されたきれいな机のような頭の中より、さまざまな思想や事柄がカオスのように雑然としている頭の中の方が、思念を捻り出す環境としては好ましいのではないだろうか。

2012年9月20日木曜日

嫌いなこと

私は、最近、自分が反射的に嫌悪や不安を覚える出来事に特に注目するようになった。

何も考えようとせず、心のドアをバタンと閉め切り、逃げ去ろうとする自分の姿がみえる。
そんな時、その逃げ去ろうとする自分に立ち止まってドアをそっと開けてみなさい、と声をかけてみるのだ。

逆説的だが、間違いなく、そこには、自分が求めている何かが隠れている。

2012年9月19日水曜日

男たちの復讐

ニュース番組も終わってしまっていて、チャンネルを回していたら、TBSで、AKB48の『第3回じゃんけん大会』が放映されていた。

個人的には、たかだか、カワイコちゃんのじゃんけん大会を、テレビでまで放映する必要なんてあるの?と思ったが、やはり、それなりに視聴率が見込めるのだろう。

十代・二十代の男ならともかく、最近は、いい年したオジサンたちも、妙にAKB48の肩を持ったり、ちょっとマジ気味に発言しているのが気持ち悪い。

いつから、こんなに、少女の人気が高くなったのだろう。

エリアーデの「日記」を読んでいたら、ナボコフの「ロリータ」が、ケンブリッチ大学の学生たちに高く評価されているのを受けて、エリアーデが、こんな考えを説明している
少女(ニンフェット)の流行を話題に、私は彼らに≪私の理論≫を説明する。 
これは現代社会の≪母権≫に対する男の側の最後の反撃である。 
アメリカ合衆国では女-妻と女-母が支配している。
それで男達は青さを讃えて、自分たちが愛するものはそれであって、成熟し完成された女性ではないということを立証することにより、恨みを晴らしているのである。 
≪ ロリータ ≫と幼い少女の衣服を真似る衣装の流行-は男たちが女性に先行するものに魅せられていることを示している。そして彼らが成熟した女に支配されているなら、彼らは彼女に対する欲望を持てないのである。
この≪流行≫が女のもとに引き起こすかもしれない危機を考えないわけにはいかない。彼女は三十歳で、干からび、≪老いた≫と感ずるようになろう。…そして女たちの若く見せるためにではなく、まだ成熟せず、幼い少女のように思われようとするための努力…
アメリカ合衆国を「日本」に置き換えても通じる内容だと思う。
「ロリータ」のハンバート教授のように、≪本物≫だったら仕方ないが、冒頭のオジサンたちの裏の心理には、こんな思いが意外と隠れているかもしれない。

2012年9月18日火曜日

灰皿

私は煙草を吸わないけれど、煙草という嗜好品が、映画や小説の中で、心情的な風景を描くのに、格好のアイテムであるということを認める。

ジャン・リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」では、ジャン・ポール・ベルモンドが唇をなぞるように、煙草を吸う場面が強く印象に残っているし、

タルコフスキーの「鏡」では、不在の父親を所在なさげに待つ母親が細い木の柵に腰掛けて、風に揺れる草原を見つめながら煙草を吸う場面が風情があっていい。

日本映画でいうと、和田誠の「麻雀放浪記」だろうか。主人公の坊や哲が、クラブのママから、煙草は色々な合図に使えるから吸いなさいと諭され、ルーレットゲームが付いたライターを渡される場面が印象に残っている。

灰皿というのも、見ようによってはとてもよい小道具になりそうだ。
火をつければ、まだ吸えそうな長い吸い殻、フィルターぎりぎりまで吸われた短いもの、クシャクシャに折り曲げられた吸い殻 、真っ直ぐの吸い殻、フィルターに噛んだ後が残っている吸い殻、口紅のついた吸殻。

人それぞれに吸殻にも個性がある。そして、それらが一同に集合すると炭火のようにどこからか煙が立ち、嫌なにおいがする。

モラヴィアの短編小説に「灰皿」という作品がある。
何一つとして最後までやりとげられない主婦が、自分の行為を灰皿にたとえている。
たとえて言うなら、この一日は、神経症のタバコ吸いが長い時間をかけ、長い吸いさし、短い吸いさし、あるいは文字どおり火をつけたばかりの吸いさしでいっぱいにした灰皿に似ているかもしれません。わたしの一日はやりかけの行為、それも半分もすんでいない行為でいっぱいなのです。今思い返してみると、それらの行為は火が消えて冷たくなり、ぷんと臭い吸いさしタバコに似ているのです。
煙草というのは、人間の欲望の形が隠しようもなく露になってしまう鏡のような存在なのかもしれませんね。

2012年9月17日月曜日

中国行きのスロウ・ボート/村上春樹

中公文庫の「中国行きのスロウ・ボート」は、村上春樹のよい短編が揃っている。
学生時代に読んで、何度か本を紛失し、それでも、また読みたくなって買ってしまう。
そういう本です。

中でも、「午後の最後の芝生」は、いいですね。

彼女に振られた大学生が、最後の芝刈りのアルバイトに行くという、それだけの物語ですが、読んでいて、自分も暑い夏のさなか、芝刈りをして、心地よい疲れが体に残る、そんな気分になれる物語だ。

もうひとつ、「土の中の彼女の小さな犬」も個人的に好きです。
六月の雨が降り続けているリゾート・ホテル。客は、文章を書く仕事をしている「僕」と、ピアニストの彼女しかいない。

二人は退屈紛れに、言葉を交わすが、 彼女との会話から微かなひっかかりを感じたことをきっかけに、僕が霊感を使って、彼女の素性について、ゲームのように当てはじめる。

文章も洗練されていて、外国の作家の短編の翻訳と言われても気づかないだろう。
ちょっと、オカルトっぽい内容ですが深入りしない終わり方がとても上手だと思う。

表題の「中国行きのスロウ・ボート」は、「僕」が出会った三人の中国人の話ですが、二人目の女子大生の 「そもそも、ここは私の居るべき場所じゃないのよ」という言葉が、今と当時の変わり映えのしない中国と日本の距離感を表しているように思う。

願わくは、一人目の中国人のテストの監督員が話したような関係が築けるといいですね。

2012年9月16日日曜日

レクイエム/アントニオ・タブッキ

いかにも、タブッキらしい物語と言うべきか。

「インド夜想曲」や「遠い水平線」同様、主人公が街をさまよい、さまざまな人々と出会う物語。

個人的には、バーテンが、ヴー ヴ ・クリコが未亡人の名前だから好きでない(ヴー ヴは未亡人の意)という理由で、ロラン・ペリエのシャンパンを勧める場面や、ジプシーの老婆から、にせもののラコステのポロシャツを買う場面、国立美術館のバーテンダーに作ってもらった「緑の窓の夢」といわれるウォッカベースのカクテルを飲む場面が好きだ。

主人公が七月の猛暑の人気のないリスボンの街を滝のように汗を流しながらさまよい、何人かの亡霊(友人、若き日の父親など)と出会うこの物語は、残暑厳しい今頃の季節に読むには、ちょうどいいかもしれない。

2012年9月15日土曜日

ダヤン/エリアーデ

数学の天才 オロベテ・コンスタンティン(右目をハンガーのフックで傷つけ、黒い眼帯をしているせいで、モシェ・ダヤン将軍に似ているから、ダヤンと呼ばれている)が、ある日、同級生に、眼帯をいつの間にか、左目にしている(つまり、右目は正常な状態になっている)ことを気づかれる。

ダヤンは、学校の学部長にも、追求され、さまよえるユダヤ人アハスヴェルスと称する老人に出会い、本当のモシェ・ダヤン将軍のようにするために、傷ついた右目を左目に交換された事件を話す。

ダヤンは、ふたたび、老人と出会い、静かな落ち着いた場所で話したいからと言われ、古い建物の中に連れて行かれる。
この建物の中での老人との会話とダヤンの思念は、謎に満ちている。プーシキンの小説、数学の定理、老人が待ち望む最後の審判、水素爆弾、アインシュタイン、アステカ文明の予言、ギルガメシュ叙事詩、1987年…

ダヤンは五時間ほど老人と過ごしていたと思っていたが、結局、実世界では、三日三晩、姿を消していた。そして、彼を尾行していた秘密警察が、ダヤンが、その間、彼の記憶とは全く異なる行動を取っていた事実を指摘する。

そして、ダヤンは、「19本の薔薇」にも出てくる秘密警察のアルビニ警部の尋問をうけるうちに、彼が、老人に、最終方程式…すべてが可能となる、物質・エネルギー系を時空という別の連続体に統合する方程式 を発見することができるだろうと予言されていたことを思い出す…

結局、ダヤンは最終方程式を発見できたのか?
物語の最後は謎めいていて、色んな風に解釈できる。

エリアーデの妻がこの物語を読んで、この結末を理解する読者はどれほどいるのでしょうね?と首をかしげると、エリアーデは「全員か、あるいは一人もいないかだね」と答えたそうだ。

この作品も、エリアーデの後期の傑作ではないだろうか。

2012年9月14日金曜日

若さなき若さ Youth Without Youth/エリアーデ

1938年12月20日、復活祭の晩、雷に打たれた七十歳近いイタリア語とラテン語の教師。

皮膚も半分以上燃えてしまったが、男は死ぬことはなく、それどころか、四十歳近い年齢に若返ろうとしていた。

単にフィジカルな面ではなく、言語学を学んでいた男は、昔学んでいて覚えられなかった知識まで記憶にあることに驚く。

雷の莫大な電流が男の体を燃え尽くし、新たな体を組成して記憶力を増大化した。

そんな彼に、マスコミ、医療機関だけでなく、ゲシュタポなどの情報機関までが興味を抱き、彼を確保しようと動く。

男は身分を隠し、スイスに逃亡する。男の若返りは止まらず、三十歳近い年齢になっていた。

それから数年後、男は、雷に打たれ、遭難した二十五歳のドイツ人女性を助ける。彼女は、事故を契機に前世の記憶を取り戻し、助けられたときにインド中部の方言を話していた。
男は彼女とともに生活を共にし、次々と異なる時代と国語を話す彼女の言葉を記録していくが、そのうち、彼女が男とは逆に、急速に老齢化しつつあることが分かる。

前回紹介した「三美神」同様、若返りをテーマにしているが、現実と夢の行き来、輪廻転生、ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」、ヒロシマの原爆、荘子の胡蝶の夢…と取り扱っている要素が多い。

物語の最後が雰囲気のある終わり方で個人的には好きです。
エリアーデの後期の傑作のひとつだと思います。

ちなみに、コッポラは、この物語を原作に、「Youth Without Youth(邦題:コッポラの胡蝶の夢)」という映画を撮っています。


2012年9月13日木曜日

三美神/エリアーデ


エリアーデの幻想小説のひとつ。

若返りの血清を開発した医療生物学のタタール博士が死に至った謎を、ルーマニアの秘密警察と彼の友人だった植物研究者 ザロミト教授が調べていく過程で、その秘密が少しずつ明かされていく。

物語には推理小説的な要素もあるが、宗教学者としてのエリアーデのベースが濃く現れている。

タタール博士は、アダムとイブが「原罪」のため楽園を追放された際、人間の体が本来持っていた細胞の自動的再生という最重要機能を忘れてしまった<記憶喪失>と推測し、旧約聖書の「外典」にその秘密を探す。

そして、博士は、ヘブライ語とギリシャ語と神学に堪能な神父と植物研究者の協力を得て、ついに若返りの血清を開発し、その血清を三人の女性に投与する。
タイトルにある「三美神」は、その投与された被験者の女性のことを指す。

実験は、上層部の判断により中断されたが、ザロミト教授は、被験者の一人である七十歳の女性に出会い、驚くべき話を聞く。
血清の投与後、一年の四分の一だけ、彼女の肉体が、四十歳、三十五歳を超えさらに若返っていく。若さを得た彼女は、精神もその若さを取り戻し、複数の男との付き合いを頻繁に行うようになり、仕舞いには偶然、彼女が山の中で裸で歩いていたところを見たタタール博士を誘惑しようとし、恐れをなした博士が崖から足を踏み外し死んだという告白をする。

そして、ザロミト教授と彼女との話を盗聴していた秘密警察が、その血清の開発を再び進めるため、ザロミト教授に協力を要請し、彼が自殺を試みようとして失敗するところで物語は終わる。

読んでいて意外と思ったのは、物語中で述べられている癌の性質が、現代医学の捉え方と遜色がないところだ。
癌は、ある組織ないし器官の細胞の過剰でアナーキーな増殖によって起こる。…めまぐるしいほどの細胞増加現象が示すのはポジティブな欲動、つまりその組織ないし器官の再生である。…細胞の大量増殖は、組織の全面的再生をもたらし、結局はからだ全体の再生つまり若返りに至るはずだ。
しかしこの有機体のポジティブな欲動は、細胞増殖の常軌を逸したリズムによって、またミクロとマクロの細胞構築のアナーキーなカオス的な性質によって無効になる。
エリアーデの他の小説にも、突然、若く見えたり老いて見える女性が登場するが、そういったものがコントロールできる時代が来たら、ちょっと怖いですね。

2012年9月11日火曜日

俗から聖へ

夜、品川インターシティを歩いていたら、中庭の木々から、鈴虫の音色が聞こえてくる。
しかも、ちょっとの量ではなくて、耳の奥まで響いてくるような、かなり大きな音色だ。

何か不思議な感じを覚えながら、歩いていたら、数日前に読んだエリアーデの小説「イワン」の最後のシーンを思い出した。
主人公が”あの世”へ行くときに現れた光り輝く橋と、巨大な水晶の吊鐘、黄銅のシンバル、フルートとコオロギの声の異様な合奏が鳴り響く。

そしてまた、今日読んだレポートの内容(上司が連絡の取れない部下に関して書いたもの)がふと、頭をよぎる。

「…けれど、いったい、いつ、誰が、どこで?」

このビジネスレポートっぽくないフレーズ。でも、どこかで読んだことがあるような気がしたのだ。

鈴虫の音色で思い出す。それも、「イワン」の最後の一節だった。

「…だがいつ? いつ? どの生で?……」

徐々に人込みの多いJR品川駅の構内へ。鈴虫の音色はだんだんと遠くなっていく。

でも、私のこころは、この普段の生活と、エリアーデの世界との近接を感じて不思議な気持ちのままだった。

2012年9月10日月曜日

東京スカイツリーに行く

東京スカイツリーに昇ってみた。

横浜方面からの行き方:京浜急行の特急で、青砥・高砂行きに乗り、押上(スカイツリー前)駅で降りる。(B3出口)

当日券を買うため、イーストタワーから、エレベータで4階のチケット売り場に行く。

スカイツリーのチケット売り場はAM 8:00に営業開始。
込むと思って早めに出て7時50分頃に着いたが、すでに結構人が並んでいた。
(天気も快晴の日曜日だったが、20分程度で買えた。)

天望デッキ入場券 大人2,000円

貨物エレベータ並みの大きさのエレベータに乗り、あっという間に天望デッキ(フロア350)に到着(耳がキーンとならなかった)。

エレベータを降りて、「わー!高い!」と窓際に食い付いて、外の景色を見ていると、
係員の「天望回廊のチケット売り場、こちらが最後尾となっております」という不吉な声。
見ると、すでに10分待ち。しかも、どんどん下からのエレベータが人を運んでくる。

しょうがない。天望デッキ(フロア350/この数字は地表からの高さです)は後回し。早速、天望回廊のチケット売り場に並ぶ。

天望回廊入場券 大人1,000円

しかし、どうせなら、最初のチケット売り場で天望回廊のチケットも売ってくれたら、また並ばなくてすむのに。
(たぶん。天望デッキの窓に張り付く人を少しでも減らしたいという会社側の作戦なのだろう)

今度は、エレベータの壁と天井が透明なので外の景色がみえる!
(若干こわい。高所恐怖症気味です)
天望回廊のエレベータも超高速なので、あっという間に着く。

天望回廊(フロア445)で、ようやく外の景色を眺める(すでに人はたくさんいましたが、窓際には苦労せず張り付ける程度)。


しかし、東京タワーが小さい。もうちょっと近くに見えるのかと思った。




ソラカラポイント(最高到達地点451.2m)は、さすがに写真撮影のポイントで混んでいた。
(セーラームーンみたいな女の子のフィギアと一緒に撮影している30歳ぐらいの男の人がいました)



景色も見終わって、天望回廊から天望デッキ(フロア345)へ。ここでちょっとお土産屋に寄る(ここでも並ぶ)。
ここでしか買えないグッズもあるようですが、個人的な感想から言えば、低階層のショップのほうが、品物が充実しているので、ここで、あんまりガツガツ買わないほうがよいと思います。
お洒落なレストランもありましたが、さすがにまだ、10時30分頃だったのでパス。

階段を昇って、ふたたび天望デッキ(フロア350)へ。
ここからの眺めのほうが、若干、東京タワーが近くに見えた。
トイレに入ると小が2人分しかない。災害時とか、大丈夫なのかなぁと余計な心配をする。

記念撮影の場所もあり、係員が写真を撮ってくれるスポットがある。係員が撮った写真は買わなくてよいが、自分が持っているカメラでも撮ってくれるので、利用したほうがお得だろう。

階段を下りて、フロア340へ。ここには、床がガラス板の場所が2箇所あり、記念撮影の場所もある。こわごわ下を見て、改めて、よくこんな建物作ったなぁと感心。



フロア340からエレベータで出口フロア5階へ。
5階にもスカイツリーのショップがある(こっちの方が大きい)。

その後、4階とかのショップも見て、東京ソラマチのイーストタワー側に移動(レストランはこっちの方が多いと思う)。
レストランはほぼ満員で、ここでも待ち行列だったが、7階ソラマチダイニングの「江戸味楽茶屋 そらまち亭」は妙に空いており、待たずに入れた。
(お子さんがいる家族だと、うーんという感じの料理です。年配のお客さんが多かったです。味は悪くありませんでした。夜には店内で本当に寄席もやるみたいです)

東京ソラマチのショップも充実していました。(たぶん、東京のお土産はここで事足りてしまうのではないかと思わせるぐらいでした。こういう感じだと、押上とか青砥の商店街に観光客が流れなくなってしまうのでしょうね)



ちなみに、東京スカイツリーの概観って、知的財産で保護されているみたいですよ。
http://www.tokyo-skytree.jp/property/

個人でブログにのっける程度なら問題ないのでしょうが、会社のパンフレットとか商品の包装の写真に、許可なく使うと、クレームを受ける可能性があるらしいです。
(著作権法第46条を見ると、写真は本来OKのはずなのですが、パブリシティ(肖像権)みたいな感じの権利主張ですね)

2012年9月9日日曜日

ヨーロッパ魔術に関する二、三の見解/エリアーデ

エリアーデの「オカルティズム 魔術 文化流行」では、宗教学から見るとサブカルチャーとも言える”魔術”について、様々な事例が紹介されている。

イタリアの異端審問所の1575年3月21日の記録によると、秘密結社の夜会について、その成員は、眠っている間に霊の状態で出かける(「旅」に出る)のだと主張したという。
「旅」に出る前に、彼らは激しい衰弱、昏睡状態に陥り、その間彼らの魂は肉体を離れることができるらしい。

1691年の裁判記録には、86歳のリトアニア人が、狼の姿で魔王と戦う告白があった。
彼とその仲間たちは狼に姿を変えて「海の果て」(地獄)に歩いていき、そこで、魔術師に盗まれた家畜、小麦、大地の産物を地上に取り戻すために、魔王や魔術師と戦うのだという。

1235年の南フランスの異端審問所の記録によると、ある婦人が、女主人に、地下に連れて行かれた。そこには、たいまつを持った多くの人々が集まっており、大きな容器に水を張り、魔王の来臨を乞う儀式が行われていた。すると、一匹の気味の悪い猫が姿を現し、尾を水に浸したという。
そして明かりが消され、人々は手近にいる者を捕らえて相手かまわず抱き合ったという証言がなされている。
(魔女のサバトの特徴としては、地下での集会、サタンの償還と来臨、消灯とそれに続く相手かまわぬ性交が要素になっているらしい)

このような行為については、悪魔的行為とみなされ、厳しい処罰を与えられたが、ユダヤ教でもキリスト教でも、性生活の神聖性を徹底して根絶することは出来なかったという。

そして、儀礼的裸体と儀式上の自由性交は、幸福な人間存在へのノスタルジア-「堕落」以前の楽園状態の至福を奪還しようとする努力であり、人間を救済することに失敗したキリスト教的体制に対する反抗-とりわけ「教会」の堕落や教会的階級組織の腐敗に対する反抗を表していたという考えが述べられている。

エリアーデはこう説明した後、現代では、これに類する事態が現代では主として若者文化に起こりつつあると述べている。
例えば、自然との親交、儀礼的裸体、無制限な性の解放、現在にのみ生きようとする意志、オカルトへの関心、占星術の蘇生、非キリスト教的な救済手段(ヨガ、タントラ、禅など)の発見と習得等。

エリアーデは、この小論を1974年のアメリカ シカゴ大学で書いた。

現代の日本を考えると、既成の体制(政治・社会・会社・学校)への全体的な不満があるのは間違いない。しかし、その反抗はどう表れているのだろうか?

2012年9月8日土曜日

ローマの女/モラヴィア

モラヴィア四十歳の時の長編で、後期の作品と比較すると、格段に力がみなぎっているように感じる。

それは、文章の勢いだけではなく、主人公のアドリアーナが母親との二人暮しの貧しい生活から、ヌードモデル、売春婦という仕事を余儀なくされても、決してペシミスティックにならず、自らの生命力と美貌を疑うことなく、恋をすることに貪欲な姿勢からも感じられる。
裕福な家庭に生まれながらもペシミスティックな生き方しかできない彼女の恋人ジャコモとの対比で、さらに鮮明になっている。

例えば、愛していた男に裏切られていたことが分かってても、彼女は生きる気力を失わない。
…もう、生きていくまい、もう明日の朝は目を覚ますまい、と私は思ったのです。だが、眠っている間にも、私の肉体は生き続け、血液は体内を流れ、胃腸は食物を消化しつづけたのです。わき毛は剃っても剃ってもまた生え、爪は伸び、皮膚は汗にぬれ、力がまたよみがえってきました。
そして、朝になれば目がひとりでに開き、またあの大嫌いな現実を眺めたのです…
処女作の「無関心な人びと」と雰囲気は似ているが、主人公の生きる姿勢がまったく違う。
好みの問題かもしれませんが、私は「無関心な人びと」のミケーレよりも、このアドリアーナが好きです。

2012年9月6日木曜日

ディオニスの宮にて/エリアーデ

エリアーデの小説は、登場人物が多い。だいたい、短編~中編小説で、10~15人程度出てくる。
いい加減に読んでいると、誰が誰だか分からなくなってしまう。

前に、池澤夏樹がそういう登場人物が多い小説を読むコツを教えていた文章を実践している。

例として挙げていたのは「百年の孤独」だったと思うが、よく探偵小説の単行本の表紙裏に、登場人物の名前と簡単な紹介が書かれているが、そういうものを自分でメモを書いて整理するのだ。
綺麗に仕上げる必要はなく、ラフな感じでよいと思うが。

さらに、登場人物間の人間関係も書いておくと混乱しなくてすむ。

私は相当面倒くさがりやなので、普通、こういう作業は絶対やらないのだが、やはり読んで理解したいという気持ちが強いと、やるんですね。

今回の「ディオニスの宮にて」だと、こんな風に書いた。
(もちろん、物語上は書いたような単純な属性ではない)

 レアナ(酒場の歌手)→好き→アドリアン(詩人、記憶欠落)

この物語は、かなり謎めいた書き方になっているので、解釈の仕方が色々あると思うが、私はベースが上記のメモのような恋愛小説だと捉えている。

アドリアンは、午後四時三十分に、レアナとホテルで待ち合わせて会う約束をしていた。しかし、アドリアンの乗ったタクシーは事故を起こし、二人は出会えなかった。アドリアンは死んではいないようなのだが、午後四時三十分に誰かと会う約束をしたこと以外は、記憶を喪失してしまった。
レアナは、「私の罪のせいで、酒場を歌い歩くようになっ」てしまい、二人は出会えない。

最後に、アドリアンは、レアナと出会い、午後四時三十分に、レアナと会う約束をしていたことを思い出すのだが、二人が会っている空間はすでに普通の空間ではないようにも感じた(レアナが死んだのか)。

*レアナは、「ムントゥリャサ通りで」にも出てくるようだ。迷宮の奥の迷宮。また、読み返さないと。


2012年9月5日水曜日

シリアとルーマニア

シリアルーマニアの国名が、最近、色々なところで目に付く。

シリアに関しては、明らかにジャーナリスのト山本美香さんが銃撃されて死亡したことが契機になっている。
今日の報道ステーションでは、シリア政府に雇われた民兵の残虐行為についてのインタビューが報道されていて、見ていて非常に憤りを覚えた。
(シリア政府は、こういった民兵に、麻薬まで与えて人間的良心まで破壊して残虐行為を助長しているらしい)

番組のインタビューでは、外国取材班を狙った部隊の話も出ていたので、山本さんの殺害も計画的なものだった可能性が高いと思った。

上記のような行為を行っている政府は、すでに犯罪組織と言ってもおかしくない。
国連の安保理が中国とロシアの反対で機能不全に陥っている以上、アメリカの軍事的介入に期待するしかないのだろうか。

ルーマニアに関しても、日本人の女子大生が殺害されるという痛ましい事件が起きたが、私にとっては、エリアーデの祖国ということで残念な気持ちでいっぱいだった。

*エリアーデは、論文を書くときにはフランス語などで書いたが、小説だけはルーマニア語で書いていたらしい。亡命に近い形での祖国からの離脱だったが、故郷への思い入れは消せなかったではないだろうか。

ルーマニアの治安が悪いという話から、ルーマニアを最大の居住地としているロマ人(ジプシー)のマイノリティ的な存在についても、色々と話題になっている。
幻想的なイメージだけではない、このようなダークな現実も、この事件がなかったら見えてこなかったかもしれない。

この普段であれば馴染みのない二つの国について、最近、とても気になっている。

2012年9月4日火曜日

鎌倉に行く

日曜日、気分転換に鎌倉に行ってきました。

ルートは、江ノ電で、極楽寺で降りて、
①極楽寺→ ②極楽寺切通し → ③力餅家 → ④御霊神社 → ⑤長谷寺 → ⑥由比ヶ浜 → ⑦鎌倉市農協連即売所
というルートです。

⑥から⑦への移動以外はすべて徒歩。3時間半程度の所要時間でした。

天気は、いわゆる天気雨で、降ったり止んだりの空。あまり暑くなかったので、良かったです。


①極楽寺駅

緑のおもちゃみたいな電車が、とことこ、鎌倉駅を出発し、住宅裏のすぐそばを走りながら十分ほどで着く。
江ノ電の「極楽寺駅」は、とても可愛い。

日曜だというのに、極楽寺の参拝客はほとんどいなかった。

境内の木々からは、蝉しぐれが響いていた。




こちらも、人がまばら。道は、それほど傾斜はきつくない。

御霊神社のちょっと手前、力餅屋に寄る。
力餅(当日しか日持ちしません)と、夏だけ販売しているというみたらしだんご(後で食べたら、ちょっとしょっぱかった)を買う。
店員のおばさんは、すごく気さく。ここは、ちょっと混んでいました。

④御霊神社

社(やしろ)の前を江ノ電が走っているちょっと不思議な空気。
9月18日に、面掛行列という変ったお祭りが行われるのだが、祭り前ということで、こちらも人影がまばら。
写真は、御霊神社前の江ノ電の線路の風景。


⑤長谷寺
ここはさすがに混んでいました。
階段を登りきると、鎌倉の街と海が一望できた
境内の中で、小石に、カードに表示された般若心経の一文字を書くコーナーがあったので、百円を払って字を書いていたら、周りの人に珍しそうな目で見られました。
「厄」という字だったので、物好きな人ですな、という感じですね。
次の人のために、カードをめくったら「舎」(釈迦の弟子 舎利子)だったので、今度は書きやすいだろう。
ご飯を近くの蕎麦屋で食べる。長谷寺の近くのお土産屋で、人の声をリピートする鳥のおもちゃに、「I want an ice cream!」と何度も叫んでいた可愛い女の子の外国人の親子がいました。 
⑥由比ヶ浜 
ここで、石を拾おうと思ったのですが、全然いいのがなくて諦めました。 
夏休み明けで、お盆も過ぎたからだろうか、サーファーと海水浴を楽しむ人もまばらでした。
日が突然差してきて、石を探しながらしばらく歩いていたら、頭が熱くなり、エリアーデの「ジプシー娘の宿」の主人公のように、軽い熱中症のようになってしまい、しばらく「めまい」を感じていました。 



⑦鎌倉市農協連即売所
帰る途中、鎌倉駅を降りて、鎌倉野菜を売っている鎌倉市農協連即売所に寄ってみました。さすがに、午後も2時をまわり、珍しい野菜はすでに売れ切れており、馬鹿でかいゴーヤとかまるまったキュウリとか、ちょっと変わったトウガラシ程度しか売っていませんでした。
値段は殆どが百円で、生産者の顔も見えるので、料理をする人にとっては便利かもしれませんね。  

帰りの電車は、妙に疲れてしまい、ぐっすり眠ってしまったせいで、危うく電車を寝過ごすところでした。今回は、行くところ行くところ、殆ど人がいなかったのが、とても心地よかったです。

また、行ってみようっと。

2012年9月3日月曜日

イワン/エリアーデ

ブルガリアの哲学者 ツヴェタン・トドロフは、

「幻想とは、自然法則しか知らぬ者が、超自然と思える出来事に直面して感じる『ためらい』のことである」という事を言ったそうだが、エリアーデの小説「イワン」を読んでいると、ぴったりの言葉だと感じる。

ウクライナ戦線を撤退しているルーマニア師団の一小隊の話。
上級兵で、哲学者の主人公と、その部下二人が、イワンという名前の瀕死の兵を運んでいる。
彼らがイワンを根気よく運ぶのは、部下たちが、死にかけている者から祝福されると幸せになるという言い伝えを信じ、何とかして、イワンに祝福してもらいたいという一心からなのだが、やがて、イワンは死に、部下たちは、トウモロコシ畑にイワンの死体を葬る穴を掘る。
そして、その時、ドイツとロシアの攻撃を受ける…

ここで、場面が切り替わり、主人公はヤーシの家で、上官である中尉と、婚約者、イワンと似ている医者と食事をしながら、上記の撤退の話をしている。
イワンは彼らを祝福してくれたのか(婚約者は無事帰還できたのだから祝福されたと言い張る)、イワンとは何者だったのか、主人公は、イワンに何を言おうとしていたのか…

ここから、場面が再び切り替わり、上記のヤーシの家での会話は全て夢だと話す戦場に戻り、戦場から再びヤーシの家に戻り、そして、そのうち、戦場に、ヤーシの家で話したイワンと似ている医者が現れ、医者がイワンであったこと、主人公がイワンに言おうとした言葉について二人が話す。

そして、主人公は中尉とも出会い、部下二人のところに戻るが、二人が、また誰か負傷者を担架で運んでいる場面を目撃する。主人公が呆れて近寄ると、担架の上には、顔に血だらけのハンカチを載せた自分が横たわっていた…

最後に主人公は大河を越えるための、太陽が昇ったかのごとく、黄金色の光そのものからうまれたかのような橋を越えようとする。そこでは、巨大な水晶の吊鐘と黄銅のシンバルとフルートと、コオロギの声の異様な合奏が鳴り響いている。

以上が、物語のあらすじだ。

最後の”あの世”へ行くシーンがとても美しいとは思うが、この物語も、やはり、恐ろしさを感じる。
それは、前回紹介した「ジプシー娘の宿」にも共通しているが、いつの間にか、主人公が死の世界に足を踏み入れてしまっていて、かつ、現世(幻)とのやり取りが延々と続くところである。

人は、死ぬとき、こんなにも多くの時間を彷徨わなければならないのだろうか。そう思うと怖い。
しかし、エリアーデの小説は、変なことを書いてはいるのだが、心の憶測で否定しきれない妙なリアリティを感じさせるところがある。

それは、高熱にうなされて、支離滅裂な悪夢にとらわれてしまっている時に、その夢の中で必死に対処している自分を感じる時の感覚と似ている。

2012年9月2日日曜日

ジプシー娘の宿/エリアーデ

エリアーデでの幻想小説の一つ。

ピアノ教師が電車に乗るが、教え子の家に楽譜を入れた鞄を忘れたことに気づく。
逆方向の電車に乗り換えるため、道路を渡るが暑さでぐったりしてしまい、ベンチで休んでいる間に、逆方向の電車に乗り遅れてしまう。

主人公は、胡桃の葉の匂いに誘われ、胡桃の木立にあるジプシー娘の宿に辿り着き、そこで、受付の老婆と話し合い、ジプシー娘、ギリシャ娘、ユダヤ娘を買うことになる。

そして、娘たちと話している間に、二十年前に愛したけれど結婚できなかった恋人のことを思い出す。

主人公は、三人の娘と、誰がジプシー娘かを当てるゲームに興じるが、いつの間にか、娘三人はいなくなっており、主人公は、暑さの中でカーテンに経帷子のように包まれてしまい、気を失う。

目覚めた主人公は、ジプシー娘の宿を後にし、楽譜を入れた鞄を取りに行くため、電車に乗るが、周りの世界がいつの間にか変わっている。

鞄を忘れた教え子の家には、別の家族が住んでおり、教え子の家族は8年前に引っ越したことを聞かされる。
自分の家に戻ろうと再び電車に乗ると、持っていた紙幣が一年前に流通停止になっており、料金も倍になっていることを車掌に指摘され、家に戻ると、妻はおらず別の人が住んでいることを隣の家の人から告げられる。
そして、近くの飲み屋に行くと、店主から、妻は自分が十二年前に失踪してしまったため、ドイツに戻ってしまったことを聞かされる。

主人公は、一頭立ての馬車(霊柩車?)に乗り、再び、ジプシー娘の宿に戻る。
そして、受付の老婆と話し合い、今度はドイツ娘を買うことになるが、そのドイツ娘は、二十年前に別れた恋人だった。
主人公が「今は、もう遅い」とか、家もなく、電車賃も上がったことなど、今の彼の事情を話そうとするが、恋人から「あなたがどうなったか分かっていないの?」と謎めいた言葉を言われる。
そして、恋人に誘われ、一頭立ての馬車に乗り、森の道へと旅立つ。

以上が、物語の粗筋だ。
昔の恋人との邂逅。美しい話のように一見思えるが、よくよく読み直すと、怖い部分がいくつかある。

まず、主人公が怪しい売春宿に行かなければ、二十年前に自分が本当に愛した恋人を思い出さなかった(思い出そうとしなかった)ことだ。
そんな事はあるはずがないと言い切れないところが怖い。人は本当は大事なことだったのに忘れたいと思って、本当に忘れてしまうことに成功してしまうこともあるのではないだろうか。

そして、物語でははっきりと明示していないが、主人公が既に死んでいると思われることだ。彼は電車に乗り遅れ、胡桃の葉の匂いを嗅いだとき、既に死んでいたのかもしれない(熱中症か何かで)。だとすれば、彼は自分の死の十二年後の世界をさまよっていたことになる。
(確かに周りからみると、彼は亡霊のようだ)

死んだら、ただちに全てがゼロになる(全ての因果から開放される)と考える世界観から見ると、これも怖い考えだと思う。

2012年9月1日土曜日

海辺の石

エリアーデの幻想小説「石占い師」を読んでいたら、その昔、祖父が生きていたころ、季節外れの海辺に行って、石を拾っていたことを、ふと思い出した。

浜辺に打ち上げられた様々な石から、自分のお気に入りの石を探すのだ。

そうやって集めた石を、家の壁の脇の棚に飾ったり、床の間に飾ったりするのだが、祖父が集めた石は、ちょっと大きめのまるで小さな山脈のような形の白の斑の模様が入った濃青色の石が多かった。

私と姉は、思い思いのものを探すのだが、祖父が飾っているような綺麗な大きな石をみつけるのは、稀なことだった。我々は、大体、掌に入る程度の大きさの石を集めた。

貝のような石、木のような石、琥珀色の半透明の石、ガラス片が波に洗われ、角がとれて丸くなったような石。黄土色の煉瓦のような石。
私は、そういう、一見してすぐに綺麗だと分かる石を選んでいたが、祖父と姉は、一見、大したこともない、くすんだ色の石なのだが、水をかけると宝石のような複雑な色合いを出す石を見つけるのが得意だった。

そうやって、どのぐらい、海岸を歩いていたのだろうか。
その時は、何とも思わなかったが、そういう時間の楽しみ方を、祖父は何気なく私たち孫に伝えていたのだ。
今、そういう時間がない生活をしていると、ものすごく大事な時間だったんだという気がしてならない。

今度、海辺に行ったら、必ず、石を拾ってこよう。

2012年8月31日金曜日

深層生活/モラヴィア

十二歳の肥満児の女の子が、十八歳の美しい女性テロリストになる過程を描いた物語だ。

しかし、ほとんどポルノに近いほどのセックス描写と冒涜的な行為に溢れている。

お告げと呼んでいるもう一人の自分の声に忠実に従うことで、少女は、アブノーマルな大人たちとのセックスと冒涜的な行為を、これでもかという程に犯していくのだが、今ひとつ、リアリティが感じられなかった。

近い物語としては、谷崎純一郎の「卍」だろうか。

共通点としては、女性の独白で語られるという点と、レズビアンを取り上げているところだ。
ただし、この物語では、モラヴィア自身と思われる作家が、合の手のように女性に質問しながら、物語が進む。

個人的な感覚としては、「卍」の方に軍配をあげる。
モラヴィアは夫婦を描いた作品の方が質が高いのではないだろうか。

*この8月は、モラヴィア漬けで、ちょっと疲れました。

2012年8月30日木曜日

視る男/モラヴィア

性的な部分に関して言えば、谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」の息子側から書いたような小説というのが、一番簡単な説明だろうか?

フランス文学の教授である主人公ドドが、交通事故で寝たきりになった父と、妻と三人で、父のアパートで一緒に暮らしている。
父は物理学の有名な教授で、息子は無名、父は美男子ではないが、いい男で、主人公は美男子だが、いい男ではない。父は財産を持っているが、息子はそれを相続するだけの立場で、アソコ(この物語では、妻が小鳥ちゃんと呼んでいる)の大きさも敵わない。

要するに何から何まで父親に敵わないのに、ドドは、特に父親に反抗する訳でもなく暮らしていたが、妻が家出したことをきっかけに、はじめて、父親に反抗する(夫婦だけで別のアパートで暮らしたいという)。

そして、妻から、家出した本当の理由は、主人公以外の男と浮気をしているからという説明を受けるが、性行為の癖から、実は自分の父親と浮気をしていることに気づく。


題名から分かるように、ドドは、視ることに憑かれた男である。
妻とのセックスも下から見上げる形で行い、ザイール出身の黒人女にも、性器をカメラで撮ることを求め、父の世話をしている看護婦との性的なやりとりも覗いてしまうという、どことなく受け身な行為が多く目に付く。


この物語で、もうひとつ、主人公ドドが変わっているところは、毎朝決まって、世界の終末<核戦争>を考えるところで、女性の性器と核分裂のイメージを重ねてみたり、オッペンハイマーなどの科学者たちが、セックス中のカップルを鍵穴から覗くような好奇心があったからと父親と議論してみたりするところだ。

正直、頓狂な感じも否めないが、この作品の発表当時は、ドドが聖書のヨハネの黙示録を読み上げているシーンで、作品の発表後、翌年起きたチェルノブイリ原発事故を彷彿させるような記述があり、評論家たちは、モラヴィアが世界の終末<未来>まで予見していたのではないかという評価もあったらしい。

私としては、もう一つの巧みな比喩、すなわち、核の恐ろしさをイメージしている主人公<一般市民>があくまで視ることしかできない非力な存在であるのに対し、物理学者の父<核(原子力)推進派>が、事故後も強い力を持ち、主人公を色々な面で圧迫している構図を描くことで、まるで今の日本の現状を現していることを見通していたかのように思わせる眼力の方が、怖いと思った。

2012年8月29日水曜日

夢を見ない

「フェルナンド・ペソア最後の三日間」の訳者あとがきに、ペソアが書いた戯曲「水夫」の一節が、以下のとおり紹介されていた。
もしかしたら人が死ぬのは充分に夢を見ないからかもしれません。
この文章を読んで、ふと、エリアーデの著書『象徴と芸術の宗教学』の中の「四 文学的想像と宗教的構造」の一文が頭をよぎった。

そこには、物語文学の重要性 - 人間は、どんな状況下にあっても、物語やおとぎ話を聞くことが実存的に必要だという事実-に関して考察があり、その証明として以下の事例が述べられていた。
1.シベリア強制収容所についての著書「第七の天」によると、毎週10人から12人が死んでいった過酷な環境の中で、ある棟に住んでいた100人ほどの収容者全員が生き延びることができた。それは、毎晩、ある老女がおとぎ話を話すのを聞いていたからだった。(老女には、一人一人が配給の食糧の一部を分け与えていたので、彼女は物語を尽きることなく話し続ける体力を保つことができた)
2. アメリカの大学で行われた睡眠の実験で、被験者たちは眠ることは許されたが、レム睡眠をとることだけは連続して妨げられた。睡眠には、四つの段階があるが、このレム睡眠だけ、人は睡眠中に夢を見るのだという。実験の結果、レム睡眠を奪われた人たちは、日中、神経質で短気になり、ふさぎ込むようになった。最後に何も妨げず眠れるようになると、被験者たちは奪われていたレム睡眠を取り戻すかのように、「レム睡眠の氾濫」に陥った (つまり、ここでは、人は眠っている夢の中でも、物語を目にしているということですね)。
エリアーデは、上記の証明を踏まえ、人間における物語への希求をこんなふうに分析している。
人間は-いかなる人間であれ-世界について順序立てて記録すること、つまり自分たちの世界に、あるいは自分自身の魂に起こることに絶えず、魅了されている…その一方で、人はこの終わりのない「歴史」(出来事、冒険、出会い、実在の人物や架空の人物との対面など)の中で、自分自身の夢や空想上の体験から知ったり、あるいは他人から学んだりした馴染みのある景色、人物、そして運命を見分けるたびにうれしく感じるのである。
ペソアの「水夫」の一節は、案外、大袈裟なものではなく、事実に即したものなのかもしれませんね。

個人的なことをいうと、ほとんど夢というのを見ない(あるいは覚えていない)。
奈落のように、「ノンレム睡眠」の底に落っこちているのかも。

そして、その代償を埋めるように、エリアーデの幻想小説にはまっているのかもしれませんね。

2012年8月28日火曜日

フェルナンド・ペソア最後の三日間/アントニオ・タブッキ

ポルトガルの詩人 フェルナンド・ペソアの最後の三日間を描いた作品。

一日目の1935年11月28日、ペソアは、十五年間、髭剃りをしてもらった床屋に髭を剃ってもらってから、友人三人とタクシーで思い出の街を走りながら、聖ルイス・ドス・フランセゼス病院に入院する。

そして、真夜中、ペソアは、まず、アルヴァロ・デ・カンポスと会話する。

「フェルナンド・ペソア最後の三日間」の本には、最後に「本書に登場する人物たち」という章があり、このアルヴァロ・デ・カンポスという人物について、

…職に就かないまま、リスボンで暮らし、デカダンス派、未来派、前衛派、ニヒリストであり、今世紀でもっとも美しい詩「煙草屋」を書き、ペソアの生活に入り込み、彼の恋愛を壊してしまい、ペソアの命日1935年11月30日にリスボンで死亡と書かれている。

同じ日に死亡?と思い、よくよく調べてみると、アルヴァロ・デ・カンポスは、ペソアの「異名」(ペンネーム)であることが分かった。
つまり、彼はもうひとりの自分と会話をしていたのだ。(このあたり、とても不思議な印象を受ける)

次に、ペソアは、師と仰いでいたアルベルト・カエイロ(すでに死んでいるので亡霊)と話す。
これが一日目。

二日目の1935年11月29日、ペソアは、リカルド・レイス(医者であり、詩人であったが、君主主義思想のため、ブラジルに身を退いた)と話す。彼もペソアの「異名」の一人。
ペソアは自分が死んだ後も、詩を書き続けることを彼に依頼する。

二人目の面会者は、友人のベルナルド・ソアーレス。とても質素な生活をしていた輸出入会社の「会計助手」。ソアーレスは、ペソアのために、レストランの食事を用意して持ってくる。
カルド・ヴェルデ、オポルト風トリッパ。病気のためペソアが食べ切れなかった分を、ソアーレスが食べる。二食分を支払う贅沢はできなかったので、ペソアの分だけを買ってきたのだ。

ソアーレスが説明する「汗をかいた伊勢エビ」のレシピの部分の説明がとてもいい。
なんだか、読んでるほうも幸せな気分になれる。
用意するのは、バター、タマネギ三つ、トマト、ニンニク少々、オイル、白ワイン、あなたの大好きな古い火酒(ブランデー)少々、杯二杯の辛口ポートワイン、唐辛子少々、胡椒とナツメグ。
伊勢エビは先に少しだけ蒸しておきます。それから今言った材料を加えて、オーブンに入れます。
なぜ「汗をかいた」と言うのか、わたしは知りません。たぶん味の良いスープができるからでしょう。…それからドン・ペドロ氏はおいしいポートワインをわたしにふるまってくれ、それを飲みに出たテラスの下には、カスカイスの湾の明かりがありました。ああ、ペソアさん、あれはとても美しかった…
最後の三日目の1935年11月30日、ペソアは、「異名」の一人である哲学者のアントニオ・モーラに、自分の人生を振り返り、こんな風に話す。
わたしは無限の空間の奥底に、オリオンの偽造者を見ましたし、わたしはこの人間の足で南十字の上を歩きましたし、光る流星のように終わりのない夜を、想像力の間惑星空間を、欲望と不安を横断しました。そして、わたしは男、女、老人、少女でした。西洋のいくつもの首都の大通りの群集であり、わたしたちがその落着きと思慮深さをうらやむ東洋の平静なブッダでした。わたしは自分自身であり、また他人、わたしがなり得たすべての他人でした。…アントニオ・モーラ、わたしの人生を生きるということは、千もの人生を生きることでした…
そして、ペソアは、アントニオ・モーラに、眼鏡をかけてもらい、息をひきとる。

美しい詩のような小さな物語(80ページ程)だ。タブッキがペソアをとても好きだったことが伝わってくる。

2012年8月27日月曜日

蛇/エリアーデ

エリアーデの幻想小説「令嬢クリスティナ」の次に書かれたもので、1937年の作品だ。

75年も前の作品だが、特に違和感なく読むことができたのは、物語のせいだろうか。翻訳のせいだろうか。

あらすじは、大体、下記の図のとおりだが、今まで読んできたエリアーデの作品の中で、一番幻想的な作品だと感じた。

まず、今までの作品で暗い影を落としていた秘密警察や、タントラのオカルティズムといった存在もなく、作為的な筋書きを思わせる推理小説的な展開もない。
また、「蛇」という呪術的な存在は現れるが、どことなく、エロティックな雰囲気はあるものの、恐怖を感じさせない。

「何ら草案なしに、どう筋が展開されるかも知らず、予め結末も知らずに私が書いた唯一の本」とエリアーデが称しているように、この物語の雰囲気は、「俗」から「聖」へと、どんどん変わっていく。

最初は、上流社会の若干退屈なパーティーの場面からはじまるが、謎の青年 アンドロニクが登場し、女性たちが彼に惹かれる中、夜の森の中でのゲームは、人々の隠れた思惑がうずまく妖しい雰囲気になり、真夜中の食事の後での灰色の大きな蛇を追い出す儀式では神秘的な雰囲気になる。
最後に、湖に浮かぶ島で、アンドロニクとドリナが生まれたままの姿になって、美しい朝日を見る場面は神々しい雰囲気までになる。

最も執筆活動に油がのっていた三十歳のエリアーデが、神がかり的な状態になってわずか十四日間で書き上げた傑作かもしれない。


2012年8月26日日曜日

TIME OUT!

夏の暑さを描いている映画の代表作としては、やはり、「Do the right thing」(スパイク・リー監督・主演)を思い浮かべてしまう。
(オバマ大統領が奥さんとの初デートで見た映画でも有名)

真夏のニューヨーク ブルックリンを舞台に、イタリア系の親子が経営するピザ屋で、”バイト”として働く黒人ムーキー(スパイク・リー)を中心に、街で暮らす様々な人々の生活を描いたコミカルな作品だが、終わりの方は、ちょっとしたことをきっかけに人種問題が火を噴くという物語だ。

暑い夏をイメージさせるシーンがとても多いのも特徴で、ビールをおいしそうに飲むシーンや、鉄の容器で氷を削るカキ氷の出店、消火栓を緩めて水浴びをはじめる子供たち、氷を使って体を冷やす恋人たちなど、印象に残るシーンが多い。

しかし、まるで、街に溜まった暑さが、彼らを怒りに駆り立てるかのように、人種問題で人々はいがみ合う、イタリア系、黒人、プエルトリカン、コリアン、ユダヤ系…

暑さのせいではないのだろうが、最近の日本と中国、日本と韓国の関係も、妙にエスカレートしてしまっている。

日本の外務副大臣が、竹島問題で、水泳行事に参加した韓国人の俳優に、「これから日本に来るのは難しくなるだろう」などと発言したらしいが、果たして、政治家が一民間人に対して、ここまで言う必要はあるのだろうか。

「Do the right thing」に出てくる DJ Love Daddyの言葉どおり、タイムアウトにしませんか?


Yo! Hold up! Time out! TIME OUT! Y'all take a chill !
 Ya need to cool that shit out! And that's the double truth, Ruth! 
「そこまで!タイムアウトだ。ののしるのはやめて、みんな少し頭を冷やせ!」

2012年8月25日土曜日

令嬢クリスティナ/エリアーデ その2

エリアーデの幻想小説「令嬢クリスティナ」には、若干9才の美しい少女 シミナが登場する。

シミナは、彼女の叔母であり、屋敷や周辺の村の生き物の血を吸って昔のままの若さを保っている幽霊 クリスティナと幼いうちから接触していたことにより、まるで成熟した女性のような振る舞いをする。

それは、彼女が、クリスティナの代理人の如く、主人公である画家のエゴールを手玉に取るように地下室で性的に誘惑するシーンに象徴されるが、この場面は、エリアーデが書いた小説の中で、もっとも妖しく恐ろしい場面であろう。

シミナが、そうなってしまった理由を、エリアーデは、「早熟」などという問題ではなく、次のとおり説明している。
「自然に逆らって、奇異な状態(生きた肉体のように振る舞う霊的存在)にいつまでも留まることは、周囲のすべてを腐敗させるものになる」
 幽霊との異常な接触に慣れたことがシミナの人間性を根底から腐敗させたというのだ。

人間性が根底から腐敗するというのは恐ろしいことに違いない。
それでも、シミナに一種の魅力を感じるのは、やはり性的な興味のせいなのだろうか?

しかし、私にはどうしてもエリアーデが単なる悪の存在として、あるいはオカルトの犠牲者として、シミナを描いているようには思えない。やはり、魅力的なのだ。

この小説は、発表当時、クリスティナとシミナの性的描写のせいで、ポルノグラフティ糾弾キャンペーンのやり玉に挙げられてしまうことになるが、この善悪定かでない読むものを惑わす感覚も、影響したのではないだろうか。

2012年8月24日金曜日

豹女/モラヴィア

モラヴィアの遺作となった作品。

「軽蔑」と同じく「嫉妬」をテーマにした物語だが、設定が違う。
新聞社の記者として勤める主人公と美しく奔放な妻、その新聞社の株主で主人公より社会的地位が高い男と妻の四人が、アフリカ旅行に行くことになる。

旅行中、度々、妻は、別の男と二人だけで行動をし、主人公は妻が浮気をしているのではないかという猜疑と嫉妬に苦しむ(しかし、一方でそういう状況をわざと招いている主人公もいる)。
今回は、相手の男の妻も猜疑と嫉妬に苦しむ人物として登場し、夫の浮気の意趣返しのように、主人公を誘うが、主人公はその女より、浮気をしているかもしれない妻の魅力にひかれていく。

個人的な感想をいえば、アフリカを舞台にしているところや、設定の違いはあるにせよ、ここで書かれている情景は、すでにモラヴィアのこれまでの小説で語りつくされているのではないかと感じた。
(しかし、モラヴィアにとっては、それでも書き足りなかったのだろう!)

それと、最後の結末は個人的には好きではない。
モラヴィアが過去の思い出に復讐しているかのような印象を持ってしまうからだ。

それでも、嫉妬に耐えて、最後の最後まで妻を愛した主人公の忍耐と、八十近い老作家が、これだけ、性を扱った作品を二年間かけて根気よく書き上げた体力には敬服する。

読者も、主人公同様、様々な不貞、誘惑、嫉妬へと心を揺り動かされる。そして、それに耐えなければならない。

モラヴィアの全著作がローマ教皇庁の禁書リストに掲載されているそうだが、これぐらい心の修行になる反面教師的な書物はないかもしれないと、実は密かに思っている。


2012年8月23日木曜日

海街diary 陽のあたる坂道/吉田秋生

海街diaryは、吉田秋生の連載中のマンガで、鎌倉を舞台に、三姉妹と異母妹の四人の何気ない日常を描いている。少女マンガのジャンルには属しているが、大人の男が読んでも、楽しめる作品だ。

その3巻目である「陽のあたる坂道」で、思わず、はっとさせられるような言葉を見つけた。

看護師として働いている姉妹の長女 幸(さち)は、周りからも 「ダメナース」と思われている同じ職場で働く後輩アライに対し、いつも怒鳴っていてばかりいるのだが、ある時、そのアライが、エンゼル・ケア(亡くなった人の死後のケア)のひとつひとつの処置を、患者がまだ生きているみたいに話しかけながら、とても丁寧に行っていることに気づく。

そして、幸は、同じ病院の同僚と飲んだ席で、こんな告白をする。
…あたしも後輩ナースのマイナス面ばかり見てたのかもしれません。 
妙なカンちがいはするし、作業は遅いし、典型的なダメナースだと思っていたんですが、患者さんの安全にかかわるようなミスは絶対しません。
ひょっとしたら、彼女は「とても大切なこと」とそれ以外のオン・オフがあまりに激しくて不器用なだけかもしれないな…と。
そしてその「とても大切なこと」は案外まちがっていない気がするんです。
そして、 幸は、師長から打診された「緩和ケア病棟」(ガン患者など終末期の患者が多くいる病棟)への異動を引き受けるのとともに、アライもその担当に推薦する。

自分の周りにも、アライさんみたいな人がいたら、そして、
周りの人からは馬鹿にされているけれど、その人の行動をじっくり見たら、
今まで見えなかった短所の裏返しにある長所がくっきりと見えてくるかもしれませんね。

2012年8月22日水曜日

19本の薔薇/エリアーデ

エリアーデが書いた最後の長編小説と言われる本書。

ルーマニアの老作家パンデレと彼のゴーストライター兼秘書的な役割を果たしている主人公が、オフィスで老作家の自伝「回想」の話をしていたある日、息子と称する青年と彼の美しい婚約者(二人とも俳優)が、突然訪ねてくる。

二人は、明日、結婚するので同意してほしいという。そして、青年が老作家の息子であるという証拠は、老作家が若いときに一度だけ書いた戯曲の稽古が行われた1938年12月に関係していることを匂わせるのだが、何故か老作家の記憶は欠落してしまっていた。

その後、老作家は、突然、周りに説明もなく、両足が麻痺した演出家がいる二人が所属する劇団に身を置き、今まで書いたことがなかった「戯曲」を書き下ろすことを宣言する。
そして、老作家が演劇<スペクタクル>をみることを通し、記憶を喪失していた1938年12月の出来事を思い出しつつあることを主人公に告白する。

主人公は、老作家と劇団の関係を探る秘密警察のナンバー3の男から質問を受けながらも、「回想」と「戯曲」の原稿のまとめに追われていたが、ついにそれを完成させ、何故か、老作家の指示により、2ヶ月間のインド旅行に行くことになる。

インド旅行から戻ってきた主人公は、インドに行っている間、老作家のオフィスは、青年と婚約者を含めた劇団員が常駐して稽古をすることになり、その間、奇妙な出来事(婚約者が老婆のように見えたり、青年が少年にみえたりする)がたびたび起きていたことを、オフィスの事務員的な女性から聞く。

そして、イブの日に、老作家から呼び出され、青年と婚約者の三人とともに、トランシルヴァニア南部のシビウの森に行くことになる。
そこには、老作家が記憶をなくしていた1938年12月に、当時若かった老作家が青年の母親だった女優に誘われて泊まった森番の小屋があった。

イブの夜、四人が小屋に辿り着いたとき、ついに、老作家の記憶がすべて蘇ることになるが、何故か、主人公は翌日の朝、ひとり雪の中の切り株に腰掛け、凍傷の状態で発見されることになる。
そして、老作家と青年、婚約者の三人は跡形もなく消え去ってしまっていた。

後日、四人が訪れた森は1941年に伐採され、森番の小屋もなかったことが分かる。
そして、主人公は、劇団の演出家から、三人は”絶対的自由”の世界に消えた可能性を伝えられる。

この物語では、”絶対的自由”を、劇団の演出家のことばで、こう説明している。
…不幸にもかなり近い将来に巨大な収容所の完全にプログラムされた生活と同じことになりそうなその時間と空間から。われわれの子孫は、もし脱出の技法を発見できなければ、そうして、肉体をもちながら自由な存在という、人間の条件の構造そのものの中に与えられてある”絶対的自由”を活用することを知らなければ、…結局、死ぬでしょう。
以上が、物語の大体のあらすじだが、実際、読んでみても謎が多い物語だ(薔薇の本数も謎)。
しかし、エリアーデが亡命した祖国ルーマニアの政治的背景と、世界的な宗教学者としての背景がひときわ濃くあらわれている作品のような気もする。

冷戦時代を髣髴とさせる秘密警察の暗躍、フォークロア的な時間と空間の転移現象、登場人物の行動に込められた宗教的な意味合い(老作家がかかえていた記憶喪失や主人公が度々陥る深い眠りは、様々な文化で根本的堕落を象徴しているという)、演劇という言葉、踊り、音楽という<俗>から<聖>を得るプロセス…

エリアーデ自身が、この作品の特徴を、「日記」でこう述べている。
この小説が文学的に成功していることは疑いない。しかし、これほど巧妙にカムフラージュされたメッセージが解読されるかどうかは疑わしい。
まるで、読者を試しているかのような言葉だが、エリアーデの著書を一通り読んで、改めて再読してみたい小説だった。

2012年8月21日火曜日

金曜日の別荘/モラヴィア

モラヴィア晩年の短編集。
作品中に「不貞の妻との暮らし方」という題名の短編があるが、本書は、まさに、この「不貞の妻との暮らし方」をテーマに、様々な場面を断片として切り取った作品集である。

金曜日になると愛人に会いに行く妻と、そんな妻を許容しながらも精神的に苦しむ夫、
作品を書こうと、十八歳の青年が泊まったホテルで出会った病的に男を求める夫人とその夫、
政治評論家が感じる東西冷戦の危機と、彼の妻と愛人との関係によりもたらされる内面的危機、
愛人に会いに行こうとする妻を撃ち殺す幻想を見る夫、
妻が愛人といる家に、娼婦を連れて行き、意趣返しを試みようとして失敗する夫、
浮気しているかもしれないと疑う妻に、性的ないたずら電話をして、試そうとする夫、
浮気していることを告白した妻を絞め殺しそうになる夫、
浮気な妻の行動の先手をとろうとして失敗する名チェス・プレーヤーを気取る夫、

よくも、これだけと思ってしまうぐらい、モラヴィアは、このテーマにしつこくこだわっている。
しかし、作品で描かれる愛と性から受ける印象は妙に明るくて軽い。
80年代に書かれたせいかもしれないが、90年代、'00年代の重たい空気が感じられない。

読後にふと感じたのは、日本の作家で、こんなふうに男女を描いている作家がいたはずだという漠然とした記憶だった。思い出して、自分でも意外だったが、それは、2009年に亡くなった海老沢泰久の小説であった。

2012年8月20日月曜日

『アベンジャーズ』を観る

何にも考えずに素直に楽しめる映画。

『アベンジャーズ』は、そういう意味で理想的な映画だと思う。

エイリアン+ハリーポッターに出てきそうな悪い魔法使いが結託し、地球を侵略しようとするのに対し、赤レンジャーとロボコップを足して2で割ったようなロボットマンと、ダサダサのアメリカ国旗のユニフォームのスーパーマン、怒ると変身するディズニー映画に出てきそうな緑色の怪物、神さまなのか何なのか、今ひとつキャラがはっきりしないローマ時代の兵士風の斧使い、弓矢使いの殺し屋、ちょっと色っぽい暗殺者の女の子。これら、てんでまちまちのヒーロー達が地球を守るというストーリーだ。

前半は、柳生十兵衛みたいなサミュエル・ジャクソンに召集されたこのヒーロー達がなかなか仲良くなれなくて、ぐじぐじ口喧嘩ばかりするシーンが続き、眠気がさしてしまったが、後半は、このヒーロー達がひたすらニューヨークの街で、建物をばんばん壊しながらエイリアン達をやっつけるシーンは文句なく楽しめた。

私が見たのは、3D吹き替え版だったが、2Dでもあまり変わらなかったと思う。

エンドロールがこれでもかと長々続いたので、見逃した人もいるかもしれないが、最後に、疲れきったヒーロー達が、レストランで黙々とシャワルマを食べる、ちょっと笑えるシーンがある。

このシャワルマという食べ物、何なのかなと思ったら、実はケバブの別称でした。

夏の暑い日、スカッとした気分になれた一本でした。

2012年8月19日日曜日

セランポーレの夜/エリアーデ

エリアーデの幻想小説その三。

インドのカルカッタに住む東洋学者である主人公が、二人の友人(先輩の東洋学者と、アジア協会の図書係兼書記)とともに不思議な体験をする物語。

三人は、図書係の友人が所有している、カルカッタから15キロほど離れたセランポーレの森の中にある別荘に遊びに行く。

その神秘的な静寂に包まれた土地柄に魅せられ、彼らは何度となく、そこを訪れるようになるが、ある日、別荘の持ち主から、主人公が勤める大学の教授であり、オカルト派の一員と噂される男を、セランポーレの森の中で見かけたことを知る。

主人公は、男がタントラの修行に便利な場所を探しにここにやって来たのかもしれないと疑い、大学で偶然会った際に本人に聞いてみるが、人違いだという。

やがて、別の日の夕刻、 再び、大学教授の男がセランポーレの森の中に入るのを目撃する(相手方も三人に気づく)。
そして、その日の夜、三人は別荘からカルカッタに戻ろうと召使の運転手に車を出発させるが、どうした訳か、道に迷ってしまう。見たこともない大きく茂った原生林の下を走る車。
三人が来た道を引き返そうとしたその時、森の奥から、女が刺し殺されたかのような叫び声を耳にする。
自動車から跳び降り、声の主を探そうと森を歩くが、何も見つけられない。それどころか、降りた自動車の姿も見失ってしまう。

やがて、三人は、ニラムヴァラ・ダサという主人の家に辿り着き、その男から、先程の悲鳴は、彼の妻であるリラが匪賊にさらわれ、殺されたということを知る。

服をボロボロにし、極度に疲労しながらも、何とか、別荘に戻った三人は 、別荘の持ち主も加わり、一体何が起きたのか調べようとする。
しかし、分かったことは、三人の記憶に反し、自動車は別荘の前を全く動いていなかったと主張する召使たちの証言と、ニラムヴァラ・ダサという男の妻が殺害された事件は、約百五十年前に本当に起きた出来事であったということのみだった。

主人公は、何故、三人が過去の空間に入り込んでしまったのかという点について、オカルト派の教授の男がやろうとしていたタントラの儀式に三人が偶然近づいてしまったため、男が邪魔だと思い、秘教的な力で、別の時間と空間に三人を放り込んだのではないかと推測をする。

後日、主人公は、ヒマラヤの山中の修道院で、タントラの修行者に、この出来事に関する彼の推論と疑問(三人が過去の出来事を見ただけではなく、ニラムヴァラ・ダサと会話までして過去の時間に修正を加えるような行為までしたことの謎)について話すが、修行者にその推論は全くの誤りであることを以下の言葉と共に告げられる。
…私たちの世界のどんな事件も、実在(リアル)ではないのですよ。この宇宙で生じるいっさいのことは幻影です。リラの死も、彼女の夫の嘆きも、そして君たち生きた人間と、彼らの影との出会いも、そのすべてが幻影です。…
そして、この後、主人公は失神してしまうような恐怖を再び味わうことになる。

以上が物語のあらすじだが、実は、これと似たような話を、山岸涼子のマンガ「タイムスリップ」でも、読んだことがある。

その話は、コリン・ウィルソンの「世界不思議百科」がネタ本であることが明かされているが、中南米ハイチで、博物学者である夫妻が道に迷い、五百年前の十五世紀のパリの建物を目の当たりにするという話だった。
その時は、同行していた助手がタバコの火をつけようとライターを灯したときに、その建物は消えたという。

エリアーデも、どこかでこれに類する話を聞き、物語として仕立てたのかもしれません。

しかし、修行者が言った「この宇宙で生じるいっさいのことは幻影」という言葉は、般若心経にある「空」の概念と呼応する思想ですが、よく考えると、とても怖い認識を述べているような気がする。

2012年8月18日土曜日

ホーニヒベルガー博士の秘密/エリアーデ


エリアーデの幻想小説の一つだが、ちょっと怖い話だ。

インドの宗教・哲学者の主人公が、ある婦人から、夫が集めたインドに関する書籍のコレクションを見に来ないかという誘いの手紙を受けとる。

その夫人の家を訪ねると、亡くなった夫であるゼルレンディ医師が果たせなかった、インドの文化を研究していたと思われるホーニヒベルガー博士の生涯を調べ、伝記を執筆してほしいと依頼を受ける。ただし、執筆は夫人宅でのみ行うという条件付きで。

主人公は、様々な分野の珍しい文献を収めている書庫に興味を引かれたため、依頼を引き受けるが、少しずつ調べていくうちに、ゼルレンディ医師が、ホーニヒベルガー博士の調査をきっかけに、ヨーガに関する研究に熱中していたことを知ることになる。

そんな時、何の前触れもなく、夫人の娘に出会い、ゼルレンディ医師は、実は死んだ訳ではなく、数年前に、パスポートも、お金も、上着も持たずに、突然姿を消したことを知らされる。そして、夫人の真のねらいは、主人公に、夫が失踪した謎を調べさせようとしているのだということも。

主人公は半信半疑に思いながらも、資料をさらに読み込んでいくうちに、ゼルレンディ医師が、サンスクリット文字で書いたルーマニア語の秘密のノートを見つける。

そこには、ゼルレンディ医師が、訓練の末、ヨーガ行にある気息調節を行うことで、睡眠の中で覚醒する術を、また、壁越しに透視する術を身に着けたことが書かれていた。

ゼルレンディ医師のヨーガ行の習熟はさらに進展し、仮死状態になる術、自身の体が他人に見えなくなる術、眉間の間にあるシヴァの眼の獲得、空中浮揚、シャンバラへの道を発見したことを窺わせる記述も発見する。
そして、遂に、ゼルレンディ医師が自身の体を不可視の状態にしたまま、元には戻れなくなってしまったことをうかがわせる記録を読むことになる。

しかし、この物語が恐ろしいのは、この後、主人公が体験する出来事のほうかもしれない。

物語では、エリアーデの本業の分野ともいえるインドのヨーガ行、タントラ、秘術に関する実践・知識が詳しく述べられているが、ゼルレンディ医師が記した以下の文章は、エリアーデも思っていたであろう、安易な興味本位でのオカルティズムへの警鐘が読み取れる。
それほど、きびしい苦行を積まずとも、心を最大限に集中するだけで、同じ成果に到達できるのだ。けれども、私にはよく判っているが、現代人にはそういう精神的努力ができなくなった。現代人は衰弱している、ひたすら消亡の途上にある。苦行をしてもこの緒力はわがものにならず、その緒力の餌食となるのが落ちである。未知の意識状態の探求という誘惑は強力だから、それにかまけて一生を空費することになりかねない。 
そう記したゼルレンディ医師が、オカルティズムの力に魅せられ、自ら制御できず、まさに「緒力の餌食と」なってしまったところが、この小説の恐ろしさかもしれない。

2012年8月17日金曜日

モラヴィア自伝 vita di moravia

本書は、二十世紀を代表するイタリアの作家 アルベルト・モラヴィアの自伝だが、非常に読み応えがある内容だ。

まず一つに、彼の人生が深く二十世紀の歴史的な出来事に関わっている点が挙げられる。

モラヴィアは、1907年イタリア ローマの中産階級の家に生まれ、骨髄カリエスにかかり、闘病生活のため、小学校を退学することになる。

それでも、病床にありながら、ドストエフスキー、ランボー、ジョイス、シェイクスピア、マンゾーニ等の文学作品を読みふけり、二十歳の時に、処女作「無関心な人びと」を書き上げる。
しかし、その作品は、中産階級の退廃を描くものとして、当時のムッソリーニ首相率いるファシズム政権から禁書指定を受けてしまう。

ファシズム政権が台頭し、人種差別による迫害が強まる中、ユダヤ系の血を引くモラヴィアは、偽名を用いながら文筆活動を続け、戦争末期には、ドイツ軍に追われながら、イタリアの山中の山小屋で、9ヶ月間、妻のエルサ・モランテと疎開生活を送る。

戦後は、日本の広島を訪れ、反核運動も行い、晩年は、欧州会議に無党派左翼として立候補し当選もしている。

次に、壮観ともいえる交友関係。

パゾリーニ、ウンベルト・エーコー、サルトル、カミュ、ジャン・コクトー、ノーマン・メイラー、ソール・ベロー、三島由紀夫さらには、ベルナルド・ベルトリッチ、ルキノ・ヴィスコンティ、ゴダール…
モラヴィアは、ロンドン、ニューヨーク、パリ、ベルリン、メキシコ、ロシア、中国、日本、アフリカと、様々な国々を活動的に旅行しているが、至るところで幅広い交友関係を築いている。

三つ目は、数え切れないほどの恋愛の数の多さ。

ちょっと変わった初体験から、一回り年上の既婚者のドイツ女性との恋、十七歳のフランス娘との激しい恋、トスカーナ地方の貴族の娘との恋、旅先で知り合ったドイツ女性の部屋に夜這いするため、雨どいを伝って、テラスから部屋に侵入するも拒まれ、それでも諦めきれず、彼女を追いかけてヒトラー政権が誕生したベルリンにも行く。友人の妻(オランダ女性)にも恋をし(キスまでしたが友情を優先し諦めた)、彼氏がいる画家のスイス女性にも恋をし、彼女を奪ってしまう。メキシコへの旅行の際の電車の車中では知り合ったドイツ女性とセックスをし、アメリカから帰る船中では、イギリス貴族の娘と恋をした。

モラヴィア自身、自分は動物的だと評しているが、こと恋愛に関しては、まさにそのとおりで、彼は何のためらいもなく本能に忠実に行動している。
そして、彼にとっては、生きるうえで、二十世紀の歴史的な出来事以上に、恋愛が大切だったことが分かる。伴侶も、最初のエルサ・モランテと別れた後、二十九歳下の作家ダーチャ・マライーニと、彼女と別れた後、七十歳を超えてからは、四十五歳下のルレーラ・カルメンと結婚している。

こういった色事の記述だけでも、読んでいておもしろいが、何より、モラヴィアの所々に出てくる人生の真実を見透かしたような一言が印象に残る。
私に言わせれば、一つの人生と他の人生に価値の違いはない。
つまり、感性のレベルで、そして健康に恵まれているという条件なら、一般に思われているほどの不公平はないということだ。 
たぶん、特権者は何人かいるだろう。しかしそれは、社会で比較的に高い地位についているとか、財産を持っているとか、権力を持っているとかという連中のことではない。
私の考えでは、特権者とは、創造の分野であれ、学識の分野であれ、芸術と関わりを持っている人々だよ。 
…あらゆる種類の困難なに満ちた長い生涯であるにも関わらず、結局、私は自分を、芸術家であるという事実によって特権者と見做しているからだ。…この観点からすれば、私の生涯の収支は黒字ということになるのかな。…
モラヴィア自伝の最後は、インタビュアーの「その言葉で、モラヴィアの生涯についての話は終ったと思いますか?」の問いに、「そう、そう思う。」という言葉で締めくくられている。
そして、この自伝が印刷された本が完成したその日に、彼は心臓麻痺でこの世を去った。

本当に小説のような、映画のような人生だ。

2012年8月16日木曜日

令嬢クリスティナ/エリアーデ

宗教学者エリアーデが書いた幻想小説のひとつ。

ルーマニアのドナウ川下流域の貴族の屋敷には、未亡人と二人の娘が住んでいた。

その三人を支配するかのように寝室に飾られた生々しく美しい絵姿の令嬢クリスティナ。

令嬢クリスティナは未亡人の姉で、1907年にルーマニアで起きた大農民一揆に巻き込まれ、二十歳前に死んだが、その死体は見つからなかった。

その貴族の屋敷を訪れた画家は、二人の娘のうち、姉と恋仲になりながら、徐々に、三人の女家族の奇妙な雰囲気に気づきはじめる。そんな折、画家は死んだはずの令嬢クリスティナと出会うとともに、屋敷に客人として泊まっていた考古学者から、彼女に関する残虐な噂話を聞く。

ルーマニアのドナウ川流域といえば、ブラム・ストーカーの有名な「吸血鬼ドラキュラ」のモデルにもなったブラド三世がいたトランシルヴァニアのあたりだ。

中世の匂いがまだ残る土地柄、農民の無知と暴力、女貴族の残虐性、夢と現実、オカルティックな現象と秘術そういった様々な要素が融合している作品だが、令嬢クリスティナと彼女が憑依した末の妹が画家を誘惑する官能的な場面などは、驚くほど率直に描かれていている。

エリアーデは、世界各国の宗教とその儀式(オカルト・性的な秘儀を含む)に関する膨大な資料(世界宗教史など)を残しているが、それらをまとめ上げていく中で、やがて頭の中で発酵してしまった妖しい想いを、こうした幻想小説を書くことでガス抜きしていたのではないだろうか。

彼は、この作品をきっかけに、次々と幻想的な小説を書いていくことになる。

2012年8月15日水曜日

磁場

少年のころから実家の庭で遊んでいるのが好きだった。

雨が激しく降ったときなどは、雨どいからいきおいよく側溝に流れ落ちる雨水を飽きもせず、よく眺めていた。自分の耳が水の音でいっぱいになるのを感じながら。

死んだ昆虫の死骸に蟻が群がっている。

むしむした暑い日のどんよりとした雲の下、蝉は鳴きつづける。
緑に淀んだ池に、赤い金魚が姿をみせる。
物置小屋の柱の隙間にある蜘蛛の巣に雷蜘蛛の姿。

それらを何も考えずにボーッと眺める。

そうしていると、こころが金縛りにあったように何も考えない状態になる。
有名な京都や鎌倉のお寺のきれいな庭をみても、そういう状態におちいることはない。

少年期に放出した思念がまだ庭に残っていて磁場のように私を包み込むのだろうか。
完全に私的で行くあてがないどこか憂鬱な思い。

今でも、その場に行くと、何も考えないで庭をしばらく眺めていることが多い。

2012年8月10日金曜日

倦怠/モラヴィア

この小説の主人公を悩ませる「倦怠」は、私も共感するところがある。

自分と事物との間に、何のつながりもないと感じる意識。

学生時代のころ、試験に出る歴史上の人物の名前や遠い世界の山脈や川の名前、数学や物理の方程式、それら、ごたごたした厄介な知識は自分とは何も関係がないと感じ、覚えようという気力がわかない。

列車のコンパートメントで、長い旅の間、いやな相客とともに過ごす気まずい時間。移動したくても、他のコンパートメントとは区切られているため、移動もできず、最後まで鼻を突き合わせていなければならない、そんな感覚。

何かしたいと熱心に望みながら、一方では全然何もしたくない、
誰にも会いたくないが、同時にひとりではいたくない、
家にじっとしたくはないが、外にも出たくない、
旅をしようとは思わないが、家にもじっとしていたくない、
仕事をしたいとも思わないが、やめる気にもならない、
起きていたくはないが、眠りたくもない、
恋愛をしたくはないが、しないことに甘んじることもできない、

こうした相反する気持ちが同時に心に現れ、何時間もじっと身動きができず黙り込み、ぼんやりとする…

この小説の主人公ディーノは、職業にしようとしていた絵描きを、その「倦怠」から辞めてしまった三十半ばの男だが、母親が、かなり金持ちなので、お金には困らない生活をしている。

ある日、彼の住んでいる部屋の近くで住んでいた老画家が死亡する。それも普通の死に方ではなく、彼が付き合っていた十七歳の若い女性のモデル チェチリアとの情事の最中に死んだという。

ふとしたことをきっかけに、彼はチェチリアを自分のアトリエに連れ込み、同じような関係を持つことになる。

やがて、ディーノは、チェチリアとの関係も「倦怠」を感じるようになるのではないか、そうなる前に別れようと思い立ち、実行しようと思った矢先、彼女が他の男とも付き合っていることを知り、自分との時間よりその男との時間を楽しみ、優先させようとしていることを知る。

「軽蔑」でも描かれていた嫉妬心とそこから出てくる欲情が、この作品では、さまざまなパターンのセックスとともに際限なく描かれている。(ローマ法皇庁に禁書の烙印を押された)

それでも、この小説に汚いいやらしさや、暗さを感じないのは、チェチリアの空虚ともいえるほどの無垢な言動から受ける印象と、そんな女性を愛することで絶望し、死の淵まで行った男が「倦怠」を振り切ったかもしれないと感じさせる、ある意味、明るい結末のせいかもしれない。

2012年8月6日月曜日

黒い雨

広島への原爆投下から67年が経った今日、NHKスペシャルで放映された「黒い雨 ~活かされなかった被爆者調査~」は、衝撃の内容だった。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0806/

原爆投下後、黒い雨が降ったことは周知の事実だが、その放射性物質を含む雨を浴びた1万3千人もの被爆者のデータが、昨年末に突然公開されたという。

何が問題かというと、以下の2点だ。
1.1万3千人もの被爆者から聞き取り調査をしたにもかかわらず、黒い雨を浴びた被爆者の健康状況、死因に関する影響について何ら研究されてこなかったこと。 
2.国は平成6年に「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」を制定し、原子爆弾が投下された際、指定の区域で直接被爆した人とその人の胎児を、被爆者と認定し、医療を国の負担で無償で受けられる援護制度を開始したが、この黒い雨を浴びた被爆者に対しては、被爆の影響があったかどうか定かではないことを理由に、いまだに認定していないこと。
上記1.の問題については、アメリカの研究機関ABCCが調査を行い、研究者の一人は、明らかに二次被爆の可能性を認める論文も残していたが、当時、東西冷戦の中で、アメリカを非難される材料に使われることを恐れ、闇に葬った経緯が説明されていた。アメリカは、黒い雨などによる二次被爆の可能性を執拗に否定していったという。

上記2.は、上記1.にも関係するが、そのアメリカの無責任な見解に基づき、日本国が、認定を求める被爆者たち(指定区域外の黒い雨などによる二次被爆の可能性がある被爆者)に、「じゃあ、あなたが被爆したことを証明してみなさい」という対応をとったというのだから、恐ろしい。当時の裁判の記録も読み上げていたが、これほど国家の冷血を思わせる文章はないだろう。
そういった国の対応のおかげで、全体の7%しか、被爆者に認定されていないという。

番組では、独自に、被爆した人が癌にかかるリスクを調査している大学教授の研究が紹介されていたが、それによると、癌にかかるリスクは、常識的には爆心地から同心円状に徐々に小さくなるはずが、むしろ、爆心地から北西の地域においてリスクが高くなっていたという。
それは、今回公開された黒い雨が降った地域と重なるという事実も紹介されていた。

番組最後のほうで、母の背中で自ら黒い雨を浴びた男性が、福島から避難してきた被災者に対して、「自分の子供の命を守るためには、被爆のデータを確実に記録しておくこと」を強く主張されていた。国の信頼できない対応を思うと、確かにそうだと思った。

今更の話ではあるが、この広島の黒い雨の影響を真剣に国で分析していたなら、福島原発の事故における緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の活用に対する意識も、全然違うものになっていたのではないだろうか。

2012年8月5日日曜日

軽蔑/モラヴィア

主人公のシナリオライターの夫とその妻の関係が、小さな事件をきっかけに破綻していく。

映画プロデューサーの男と夫婦が食事をした後、車で移動するときに、映画プロデューサーの二人乗りの車に、妻を進んで乗せようとした夫。

そのちょっとした出来事から、二人の仲はおかしくなっていく。
外出も食事も別、夜も一緒のベッドに寝なくなる。窓を開けて寝るのが嫌だとか、いびきがうるさいと言い出す。体を求めると、拒絶され、さらに求めると、機械的に受け入れようとする。

夫は、そうなった原因について、過去の自分のちょっとした浮気のせいなのか、あるいは、冒頭の事件において、自分が映画のシナリオの仕事を得るために、 妻を利用しようとしていると妻が感じたのではないかと疑心暗鬼する。

そして、なぜ、自分を嫌いになったのか、夫が何度も妻を問い詰めると、最初は否定していたが、ついには「あなたを軽蔑しているから」と告白する。

夫としては、かなり堪える言葉だが、この夫は、軽蔑されればされるほど、だんだんと妻の魅力にひかれていく。
映画プロデューサーの別荘に二人で出掛けて、妻が映画プロデューサーに無理やりキスされている場面を見ても、 夫は映画プロデューサーと本当に決別しようという気がなく、逆に妻に対する欲情の度合いを増していく。そういう意味で、この小説は倒錯的な性欲をテーマとして扱っているといってもいいかもしれない。

この小説も、前に紹介した「マイトレイ(エリアーデ)」同様、半分は、作者のモラヴィアの実体験に拠っているところがあり、モラヴィアの妻であり、小説家のエルサ・モランテ(アルトゥーロの島が有名)が、映画監督のルキノ・ヴィスコンティ(ベニスに死すが有名)と愛人関係になってしまい、夫であるモラヴィアが、夜ごと、夜更けに帰ってきくる妻から、愛人ヴィスコンティとの恋愛を聞かされるという辛い経験から生み出されたものらしい。

私がモラヴィアを人として好ましいと思うのは、そんな愉快ではない体験を、「軽蔑」において、妻や愛人への憎悪に向けることなく、物語最後に、妻を慰めと美のイメージに変換してしまったところだ。ある意味、人生の達人ですね。

2012年8月4日土曜日

やがてヒトに与えられた時が満ちて…/池澤夏樹


池澤夏樹が書いたSF小説。

人類が、子供が生まれなくなってしまうという災厄-グレート・ハザード-と呼ばれる出来事により、地球に住めなくなり、地球と月の間に植民衛星を作り、人類の一部が移り住んで二百年経った世界が、この小説の舞台だ。

その世界は、CPUネットワークと呼ばれる巨大なコンピュータシステムによって管理されており、人々は、ほとんどの知的活動(深い思索・文明の進化・発展につながるもの)をCPUに委ねている。そして、もう一つの統治機構である憲法ファイルでは、人々は過去を追憶することが禁止されている。

そんな世界の中で、人々は、欲望を抑えて穏やかに暮らす姿勢を身につけていた。
最小限の性欲、最小限の出生率、最小限の自己表現欲、既存のシステムの内部で完結する精神。

そんな世界に模範的に順応してきた主人公が、奇妙な事件に巻き込まれ、少しずつ、CPU、グレート・ハザード、植民衛星の成り立ちに疑問を抱き、地球での暮らしに関心を抱くようになる。
そんな彼が、ある日、CPUから、遠い天体からの光の情報に含まれた曲線の意味を解いてほしいという委託を受ける。

池澤夏樹らしく、理科的な表現を曖昧にしていないところが、読んでいて心地よい。

たとえば、地球の天候を知らない植民衛星に住む人々が、”曇り”をイメージするときの説明。
曇りというのは、大気内に微小な水滴がたくさん生じて、その不透明性ゆえに太陽の光を遮ること、むしろ乱反射・乱屈折によって太陽の像が地球に届かない状態のことだ。
雲はさまざまな条件で生じ、厚みも密度もいろいろある。厚い雲が空を覆う日には、地上はだいぶ暗くなったようだ。
それと、宇宙食を思わせるような植民都市での、主人公たちが食べる美食の表現が秀逸だ。
たとえば、主人公がガールフレンドと食事を楽しむときの料理の表現。
ミートBにたっぷりのスパイスPをすり込んでステーキにして、ウェッジPのマッシュを添える。
グリーンA を茹でて、グリーンLやフルートGと和え、VSOのドレッシングを作って混ぜる。
カーボハイドはBではなく、Sを注意深く茹でて、ディアリーBとC、それにスパイスBで味つけする。
…飲み物はビヴァWの赤。
この記号だらけの食べ物の組み合わせが、植民都市の生活の単一性、有限性を雄弁に物語っている。

この小説は、1996年に刊行されたものであるが、久々に読んでみて、池澤夏樹の文明観は一貫して変わっていないことを感じる。

2012年8月2日木曜日

対睡眠戦争


エリアーデのインタビュー本「迷宮の試煉」で、彼の少年時代の話が出てくる。

エリアーデ少年は、読みたい本がたくさんあるのに、七時間も寝ていると、たいしたことはできないと感じていた。

そこで、彼が時間を作り出すために始めた習慣は、毎朝、目覚まし時計を2分ずつ早めるということだった。

毎日続けていると、何もしない時と比較して、一週間で一時間ほど稼いだことになる。

そして、一日六時間半まで睡眠時間を削ると、3ヶ月はそのままにして、その時間に慣れるようにしたという。

その後も2分の短縮を進めて、最終的には、四時間半に到達したそうだが、さすがに目眩が襲ってきて、ストップしたそうだ。

エリアーデは、この少年期の取り組みを、自ら「対睡眠戦争」と称した。

少年期にしてすでに、こんな地道な取り組みまでして、自分の時間をひねり出していたのだから、すごい。
ここらへんの意識と実践が、凡人との違いなのだろうか。

日本でも、森鴎外が、「人生は短い。それに対応する手はただひとつ、睡眠時間を減らすことだけだ」と、人には諭していたらしい。

自分のことを言うのも何だが、六時間半ぐらいが限度だろうか。
それでも今どきの時期は、冷房の利いている快適な部屋で、睡魔と闘い、ついついこっくりすることもまれではない。

これもひとつの「対睡眠戦争」 と言っていいのだろうか。とってもレベルは低いけど。


2012年8月1日水曜日

ブルジョワジーの秘かな愉しみ/ブニュエル


題名からして、挑発的で不純なものを感じる。
そして、その印象そのままの映画だと思う。

主人公は、裕福な生活をしている二組の夫婦と、そのうちの一組の妻の妹、ミランダ共和国の大使の男三人、女三人だ。

あらすじらしきものはないが、六人は、度々、晩餐会や昼食を食べようと約束する。しかし、必ず何か事件が起きて、彼らは食事を最後まで食べきることができない。

友人の家を訪ねるが、食事会の日にちを勘違いしてしまい、食べれず。代わりに訪ねたレストランでは、なじみのシェフが急死し、裏方では弔われて、食欲をなくす。

再び、今度は約束の日時どおり、友人の夫婦宅を訪ねるが、夫婦はセックスの途中で、庭先で行為を続け、訪ねてきた友人を待たせる。終わった後に客間に行くとその友人たちは帰ってしまっていた。彼らは、夫婦がすぐに現れないことに警察の影を感じ、怯えて早々に帰ってしまったのだ。(何をしているのかよく分からない六人だが麻薬取引を行っているシーンがある)。

今度こそはと、集まった友人宅の晩餐会では、何故か、軍隊がその友人宅に駐留することになっていて、日にちを間違えて訪ねてくる。それでも食事を続けていると、兵士が見たよい夢(死んだ恋人や友人の幽霊の夢)が披露され、軍隊が立ち去った後も銃撃戦の音で、おちおち食べられない。

それ以外にも、女三人が入ったカフェでは、お茶もコーヒーも飲めず、ここでも、兵隊の亡霊の話。
ミランダ共和国の大使が、一組の夫婦の妻と浮気をしようとするが、そのときに夫が訪ねてきてしまい、成功せず。自分の命をねらうゲリラの女性を捕まえて、いやらしい事をしようとするが、これも女性の抵抗にあって事が果たせず。

こんなシーンがひたすら繰り返される。

また、映画の中で、何故か一組の夫婦宅の庭師の仕事を希望する司教も出てくるが、これも相当にうさんくさい。
ピラミッドがどこの国ににあるかも分からないほど無教養で、偶然、自分の親を殺害した男の懺悔を聞き、迷いもなく猟銃で撃ち殺してしまうような男だ。

神を信じないブニュエルの描く世界観の登場人物だが、このような世界では、人は常に渇きしか感じられないのかもしれない。
それは、映画の中で何度か映る六人が連れ立って、のどかな田園の道をふらふらと歩いているシーンが象徴している。
彼らは連れ立ちながらも、てんで別の何かを考え、孤独にさすらっているように見えるのだ。

2012年7月31日火曜日

ケン・ラッセルの映画


つくづく、情報に疎い男だと思うが、この間、ケン・ラッセルの映画の文章を書いた後、2011年11月27日に、彼が脳卒中で亡くなっていたことを知った。

ケン・ラッセルの映画にはまったのは、大学生のころで、レンタルビデオで出ていたものは、ほとんど見ていたような気がする。

ケン・ラッセルの映画
http://www002.upp.so-net.ne.jp/garu/ken/ken.html

彼の映画は、B級映画、カルト映画に分類されそうな毒々しい映像が特徴のひとつであることは間違いないが、何より見るものを圧倒する力強さに溢れていた。

活き活きとエネルギッシュに動き回る主人公…狂えるメサイア

人が人になる前にDNAに記憶していた映像が呼び起こされてしまったかのようなタブーを感じてしまう映像…アルタード・ステーツ、白蛇伝説

独特の美意識で貫かれた幻想的な映像…ゴシック、サロメ

こんな力強い映像を撮る映画監督は、もはや望むことはできないだろう。

ありがとう。ケン・ラッセル。

2012年7月30日月曜日

欲望のあいまいな対象/ブニュエル


金持ちの初老の男マチューが、自分の家にメイドとして働きに来た若く美しいコンチータを見初め、何とか、彼女を物にしようと四苦八苦するが、彼女に翻弄されし続けるというストーリー。

さんざん貢ぎ、何とかコンチータを自分の別荘に連れ込み、事に及ぼうとしたら、強力な貞操帯をつけており、必死に糸を解こうと苦戦して何も致せず、呆然とするマチューには、思わず笑ってしまった。
そんな出来事を、パリ行きの列車のコパートメントの六人掛けの席(子供も聞いている)で、あけすけに話しているのが、また可笑しい。

コンチータは、二人一役で、上品な一面を、キャロル・ブーケが、奔放で下品な一面を、アンヘラ・モリーナが演じていて、何も知らないで見ていると、あれっという感じになる。(女性にはそういう二面性があるということの演出なのでしょうね)

ブニュエル最後の作品で、所々、ブニュエル特有の皮肉めいたセリフや、意味深で不可解なシーンが出てくるが、そういう小手先よりも、まず、この作品のもつ喜劇性が印象に残った。

フェリーニが晩年に作った「女の都」と、ちょっと似ているなと思いました。

谷崎も晩年、瘋癲老人日記を書きましたが、私の好きな老大家の晩年の作品は、結局、人間(特に男)という存在は愚かである(愚かであることが楽しい)ことを描いているところが共通しているようです。

2012年7月29日日曜日

MAHLER/Ken Russell


久々に、ケン・ラッセルの映画を見た。
この「マーラー」も、二十年ぶりぐらいに見たような気がする。

オーストリアの有名な作曲家 グスタフ・マーラーの半生を描いたもので、ニューヨークでの仕事を終えて、ウィーン行きの列車の中で、妻 アルマとの仲がよいとはいえないやり取りの中、マーラーの過去が随所でフィードバックされていく。

マーラーをピアニストにして金儲けをすることに情熱を注ぐ家族、ユダヤ人としての差別、ブラスバンドが嫌いになった理由、不遇のうちに精神病を発症した作曲家の友達、カトリックに改宗した訳、同じ作曲家を目指していた弟の自殺、若い魅力的な妻に言い寄る男たちに悩まされる妄想…

ケン・ラッセル独特の毒々しい映像も見ていて懐かしかった。
中でも、マーラーがウィーン歌劇場の監督になるために、ナチスの格好をしたコジマ・ワーグナー(ワーグナーの妻、ワーグナーの死後も音楽界に影響力を持っていた)に取り入ろうとするシーンには、思わず笑ってしまった。

作品中でも軍人から言い寄られる妻 アルマは、魅力的な女性だったようで、マーラーとの結婚前には、画家のクリムトとも恋仲だった。
マーラーとの結婚後も、自分の肖像画を描きに来た画家のオスカー・ココシュカと激しい恋に落ち、マーラーの死後、ココシュカが第一次世界大戦で出征すると、建築家のグロピウスと再婚し、グロピウスも出征してしまうと、今度はユダヤ人の若い詩人と恋をするという忙しさだった。

ケン・ラッセルの映画の中でも、それ程、印象に残る作品という感じはしないが、作品中、マーラーの交響曲がたくさん聞けるところは、お勧めかも。

2012年7月21日土曜日

夏の午前

窓の外は明るくなっていたが、空は曇っていて、それほど気温が上がらないと

身体がまだ眠りを欲している感じ

しばらく、横になってぼんやりしていたら、中原中也の詩が頭に浮かんだ

そうして、また、しばらく眠った

夏の午前よ、いちじくの葉よ、
葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして  
風が吹くと揺れてゐる、 
よわい枝をもつてゐる…… 

僕は睡らうか…… 
電線は空を走る  
その電線からのやうに遠く蝉は鳴いてゐる  
葉は乾いてゐる、  
風が吹いてくると揺れてゐる  
葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる

僕は睡らうか……