2017年11月13日月曜日

花散里・須磨/源氏物語 上 角田光代 訳/日本文学全集 4

この花散里は、非常に短い編であるが、亡き桐壺院の妃の一人であった麗景殿女御の妹で、光君とかつて逢瀬を交わしたという三の君が突然物語に登場する。

桐壺院亡き後、光君が庇護する二人の姉妹は、光君も含め、めったに訪れる人もない荒れた屋敷に静かに住んでいるが、光君に対して恨みの言葉を口にすることなく、やさしい人柄で接する。

それは、光君が、いまだに生活を支えるパトロンだということも大きな理由だろうが、一度結ばれた男女の関係においては、たとえ、長く待たされたとしても自分から仲違いを仕掛けないという、この当時の男女のつきあいの鉄則が述べられているような気がする。

須磨は、弘徽殿大后が権勢をふるう情勢になり、いたたまれない思いをするようになった光君が京を離れ、かつて都落ちした在原行平も住んだことのある須磨に移るという話だ。

死んだ妻の葵が住んでいた左大臣宅にいる若君(夕霧)にも、麗景殿女御にも、三の君にも、出家した藤壺の宮にも会って別れを告げ、弘徽殿大后の怒りの原因を買った尚侍(朧月夜)と藤壺の宮との子 東宮、六条御息所には手紙を送り、紫の女君と最後に別れを惜しみ、わずかな供とともに須磨に旅立つ。

須磨の光君を慕って、都から訪れる人もいるが、皆、都で噂になることを怖れ、早々に立ち去ってしまうことから、余計に光君はさみしくなる。
おまけに、海辺でお祓いをしようとしたら、海の中の龍王に目を付けられ、呼び寄せられるような悪夢を見てしまう。

単なる王宮での色恋沙汰だけで話が終わらず、主人公 光源氏の不遇の時を描いているところは、源氏物語がまぎれもなく小説であることを証明していると思う。



2017年11月12日日曜日

NHKスペシャル 追跡 パラダイスペーパー 疑惑の資産隠しを暴け

バミューダ諸島の法律事務所などから流出した膨大な内部資料(パラダイス文書)をもとに、政治家や富裕者が税逃れしている実態を取り上げていて、とても興味深かった。

バミューダやケイマン諸島だけでなく、英国に近いマン島も、法人税などが極端に低いタックスヘイブンになっている。

タックスヘイブンの特徴は、税率が低いだけでなく、知られたくない経済活動が秘密裏に行えるという特徴があるという。

今回、流出した文書には、英国のエリザベス女王の名前もあり、アップルやナイキの社名も。日本の政治家、個人、企業では1000超の名前が明らかになり、鳩山由紀夫元総理大臣も名前もあがっていた(これはニュースで見た記憶がある)
他にも、内藤正光 参議院議員 元総務副大臣もいた。
二人とも、そのような事実は把握していなかったとの弁明だが、どうなのだろう。

アメリカでは、トランプ政権のロス商務長官(元々80近くの会社を経営していた)が、いくつものペーパーカンパニーと投資会社を通し、プーチン大統領の側近と義理の息子が経営しているシブール社に投資し、利益を得ていたことが分かる(やり取りした金額78億円)。
ロシア疑惑(米大統領選でトランプ陣営に有利な働きかけをロシア政府が行ったという疑惑)の一つとして騒がれている。

また、イギリス王室の属領 マン島での税逃れでは、自家用としてジェット機を購入しても(税率20%)、ジェット機のリース事業を行っている形にすれば、税率0%にできる「制度があるという。
日本では詐欺事件で逮捕された元社長 西田信義氏が、ドイツで荒稼ぎしている違法カジノ事業の経営者が、F1ドライバーのルイス・ハミルトンも同じような手口で、税逃れをしている。

権力者や富裕者が、これほど税逃れしているとは。

パナマ文書報道に参加していた記者が自動車に爆弾を仕掛けられ暗殺される事件があったが、こういう骨のある番組は取材調査を続け、適宜報道を行ってほしい。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20171112

2017年11月11日土曜日

文芸翻訳入門 言葉を紡ぎ直す人たち、世界を紡ぎ直す言葉たち/藤井光 編

イントロダクションで、藤井光さんが、「日本の語学教育は、文法と読解ばかりでコミュニケーション力が育たないという批判はあるが、翻訳という最大の使い道がある」と述べていたが、なるほどと深くうなずいてしまった。

基本文法が理解できて、知っている語彙が単語教材くらいになれば、たいていの文章を読めるようになり、背伸びをすれば小説も読めるようになる。
しかし、ただ読むだけでなく、(小説の)翻訳ができるようになるには、確かに長い道のりが必要な気がする。

原文をしっかり理解できていること(意味だけでなく、文章の性質も理解する)、対応する日本語の表現もなるべく多く頭に浮かび最適なものを選ぶ能力も必要となる。
加えて、背景や歴史的出来事を辞書やインターネットでしっかり調べるという地道な作業も必要になる。

慣れると、右脳で英語を考え、左脳で日本語を考え、これがつながる「回路」のようなものができるというが、どんな感じなのだろう。

本書で面白かったのは、以下のパートだった。

Basic Work 1 「下線部を翻訳しなさい」に正解はありません それでも綴る傾向と対策
(150年分)

藤井光さん(アメリカ文学)が、明治から現代にいたるまでの様々な文学作品(タイトル含む)の訳を例示し、その時代背景と翻訳者(森鴎外、谷崎精一、村上春樹、柴田元幸ら)の特徴を解説している。

同じポオの作品で、明治の森鴎外が意訳的で、昭和の谷崎が直訳的というのは意外だった。さらに時代が進んで、村上春樹になると、文章を短いセンテンスで切って、日本語の文章のリズム感をよくしたり、意訳と直訳を相互に共存させるなどの工夫がみられるという。

Basic Work 2 なぜ古典新訳は次々に生まれるか

沼野充義さんが、外国文学の「古典」の新訳ブームに火をつけたのは、村上春樹と亀山郁夫(ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」など)の功績であると述べている。

村上春樹がカポーティの「ティファニーで朝食を」の翻訳のなかで、「朝食」を「朝ごはん」と訳していることを取り上げ、タイトルも「ティファニーで朝ごはん」に思い切って変えてもよかったのではないかと述べている一方で、若島正が訳したナボコフの「ロリータ」に関する現代口語の思い切った表現には、懸念を示しているのは、沼野さんがロシア文学専門で、ナボコフに対する姿勢が厳しいせいだろうか?

Actual Work 3 翻訳の可能性と不可能性 蒸発する翻訳を目指して

笠間直穂子さん(フランス文学)が、翻訳する上での経験を具体的に述べていて、興味深かった。 

単語一つ調べるのに、すべての語義、用法、用例を読み、原文に適した語義を選び、辞典で解決しないときは、事典やインターネット検索を行うという根気のいる作業。
担当した学生が「ここが分かりません」というとき、「ほとんどの場合は、辞書に正解が載っているのに見逃しているにすぎず、」と言っているあたり、仕事に厳しい方なのかもしれない。

翻訳に興味がある人は、読んで損がない本だと思う。