2017年8月18日金曜日

スタンス・ドット 堀江敏幸 近現代作家集 III/日本文学全集28


妻を亡くし補聴器を着けないと耳も聞こえない難聴のオーナーが経営する古いボウリング場の最後の営業日。

客が誰も来ぬまま閉店になるはずだったが、トイレを借りに若いカップルに無料で1ゲーム楽しんでもらうことにする。

しずかなボウリング場に、ボールが転がりピンが倒れる音がよみがえる。
骨董品のような古い機械。ストライクの時、すばらしい和音をたてるこだわりのピン。
そして、オーナーに全盛期のボウリング場の記憶がよみがえる。

10フレーム、カップルはオーナーに最後の一投を譲る。
彼は、補聴器を外し、自分のスタンス・ドットに立つ。
ストライクを取るよりも、あの音が聞きたかった彼の聞こえないはずの耳に、あのピンが一斉に倒れる音が響きわたる。

しずかな終わり方だが、読んでいて、心に染み入る。
ボウリングで、こんなに美しい小説が書けるとは。

2017年8月17日木曜日

半所有者 河野多惠子 近現代作家集 III/日本文学全集28

夫婦の関係を、相手の肉体の所有という観点から描いているこの作品も独特の雰囲気がある。

夫が亡くなった妻の身体に激しく所有欲を感じ、葬儀前、二人きりになったところで、死姦する。

己(おれ)のものだぞと、冷たくなった妻の死体を抱きしめ、性交を試みる行為を、愛情の表れと見るか、異常性欲と見るか。

もし、ひそかに妻が夫を嫌っていたとすれば、レイプに近い行為とさえいえるかもしれない。

最後、息子が寝ずの番を代わろうと自宅に来るのを必死に拒む夫の強い口調に滑稽感がにじむ。

夫は、妻が生きている時には、その身体を完全には独占できない。
しかし、妻が死んで「物」になった時でさえ、さまざまな制約や妨害があって、その「物」を自由に扱うことができない。

夫のもどかしさが、タイトルの「半所有者」にうまく表現されている。

2017年8月15日火曜日

魚籃観音記 筒井康隆 近現代作家集 III/日本文学全集28

永井荷風の『四畳半襖の下張』が最高裁でわいせつ文書と判決されたのが、1980年11月28日。

その時の判決の要旨がこれ。
一、文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうったえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」といえるか否かを決すべきである。
二、男女の性的交渉の情景を扇情的筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められる本件「四畳半襖の下張」は、刑法一七五条にいう「猥褻ノ文書」にあたる。
荷風の「四畳半」を雑誌に載せた野坂昭如の特別弁護人に立った丸谷才一は、この判決は、後世、物笑いの種になるという言葉を残した。

今、筒井康隆のこの作品を読み終わった時、思わず笑ってしまうものがある。
第一、作者は、冒頭、「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ」ることを目的にしていることを宣言し、自らこの作品を『ポルノ西遊記』と称しているのだから。
さらに「男女の性的交渉の情景を扇情的筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めて」いる点も申し分ない。

西遊記を題材に、色っぽい観音菩薩が孫悟空を誘惑し、衆人の目を憚ることなく、セックスをする。その二人を見て自慰するしかない猪八戒。そして、猪八戒の再現話しに、何回も射精してしまう沙悟浄と三蔵の姿がさらに猥雑感を増している。

気が動転した三蔵が語る小唄の中に、作者のさらに挑発的な言葉も見られる。
これだけ殴り書いたなら、発禁回収たちどころ、アンドマジンバラ桜田門の恐ろしや。
こんな作品が日本文学全集に収まるなんて。
本当に、日本はいい国になったと実感する。