2017年5月22日月曜日

白毛 井伏鱒二 近現代作家集 II/日本文学全集27

池澤夏樹が個人編集している日本文学全集は、今までの日本文学全集とは全く趣を異にしたものになっているが、この近現代作家の短編集に至っては、さらにその色合いがさらに強くなっている。

この井伏鱒二の「白毛」も実に珍妙な話で、およそ既存の全集では見かけないような作品である。

作者(おそらく井伏鱒二、本人)は、仕事にとりかかるときに、つい所在なさげに、白毛(白髪)を抜き、それを釣り糸のようにつなぎ合わせる癖がある。

釣りが趣味だから、漁師結びやテグス結び、藤結びなど、骨が折れるような凝った結び方までしてしまう。

作者は結びながら、渓流釣りの場面を思い浮かべるのだが、どうしても消せない不快な思い出があるという。

それは、 偶然知り合った二人の青年と一緒に釣りをしていた時に起きる。

一人の青年がテグスを忘れてしまい、もう一人の青年と言い合いになる。
二人は酒を飲み、酔っぱらっていて険悪な雰囲気。
作者は、雰囲気を和らげるために、馬の毛を抜いてテグスの代わりにすることを提案するが、青年たちは思いがけない行動に出る...という話だ(読んでみてのお楽しみ)。

また、人の毛の強さが禁欲の有無、節制の度合いによって弾力性に開きが出てくるという話や、
娘の生毛(うぶげ)が、男を知っているかどうかで違ってくる説など、作者の“毛”に対する興味は止むところがない。

なんとも変わった話だが、井伏鱒二の写真を見ながら、これが実話だったらと思うと、つい笑ってしまう。

堅いイメージのある作家だが、実は、かなり面白いおじさんだったのかもしれない。

2017年5月21日日曜日

父と暮らせば 井上ひさし 近現代作家集 II/日本文学全集27

原爆投下の3年後の広島の物語。

登場人物は、原爆で生き残った娘の美津江と、亡くなった父の竹造の二人だけ。

竹造は幽霊ということなのだろうが、どこか剽軽で明るい。そして、いつも美津江の将来を気にしている。

美津江は、原爆で過酷な死を強いられた人々を忘れられず、自分だけ幸せになることを恐れ、訪れた婚機を拒否しようとする。

竹造は、そんな美津江を必死になって説得する。
そして、二人の話は、原爆投下の日、瀕死の竹造を置いて行かざるを得なかった美津江の状況にさかのぼってゆく。

あの日、こんなつらい決断をした人々は、どれだけいたのだろう。
そして、それを背負いながら生き続けた人々も。

亡くなったしても、願えば、死者は生き残った者の心に生き続ける。
父娘の最後のやり取りが悲しいけれど、暖かい。

2017年5月14日日曜日

質屋の女房 安岡章太郎 近現代作家集 II/日本文学全集27

戦時中、学校にも行かず、友人の下宿でものを書いたり吉原で遊んで金がない学生と、彼の行きつけの質屋の女房との関係を描いた掌編。

この主人公の学生が語る質屋についての説明が面白い。
...店を出るとき、「ありがとうございます。」と、番頭とうしろに控えた小僧とに頭を下げられ、変な気がした。金をもらったうえに、礼を云われる理由が、咄嗟にはどういうことか合点が行かなかったのである。
また、質屋の女房について恋愛の気持ちがあった訳ではないと説明するくだり。
...しかし、こういうことは云えるだろう。金を借りる側にとっては、いかなる場合でも相手に信用を博そうとか、そのためには相手に好かれたいとかという気持ちが絶えず働いており、それは恋愛によく似た心のうごきを示すことになる、と。

学生は、良心的に質屋の女房に接し、彼女も好意を持って接するが、学生との関係に未来はないことは気づいている。

最後、主人公の学生は、召集令状を受け取り、彼女と最後の対面をすることになるのだが、その結末にも、どこかほほえましさが残る。