2018年5月17日木曜日

私家版・ユダヤ文化論/内田 樹

内田 樹は、この本を、こんな風に表現する。
私がこの論考を「私家版」と題したのは、ユダヤ人問題について、できるだけ「わけのわからないこと」を書きたいと思ったからである。
...「話のつじつまが合いすぎる」というのは、あまりよいことではない。「つじつまの合いすぎた話」は読者にとっての印象が薄いからである。
...逆に、どこかに「論理の不整合面」や「ノイズ」や「バグ」があるテクストは、かなり時間が経った後でも、その細部まではっきりと思い出すことがある。それは、その「不整合」を呑み込むときに刺さった「棘」がおそらくまだ身体のどこかで疼いているからである。...私たちの記憶に残るのは「納得のゆく言葉」ではなく、むしろ「片づかない言葉」である。
作者のこの意図通りになったせいかもしれないが、私には消化しきれない「片づかない言葉」が、たくさん残った。
普通、こういう印象を覚えると、途中で読むのを止めてしまうのだが、不可解な気持ちのまま、読み切ってしまった。こういう読書体験も珍しい。

第一章、第二章、第三章、終章とあるが、私にとって最も印象深かったのは、終章である。特に、6 殺意と自責 と 7 結語がすごい。

6 殺意と自責は、自分でも、身近な人をそういう風に考える時があり、なんて自分は残酷な人間なんだろうと思う時があったが、この文章を読んでそういうことだったのかと腑に落ちた。

7 結語で述べられている哲学者レヴィナスが考えるユダヤ人にとっての神の在り方は、あまりにも成熟された考え方で、これってレヴィナス個人ではなく、本当にユダヤ人はそう考えているの?と思ってしまった。
日本人の神とも全く違うし、キリスト教の神とも全く違う。
遠藤周作の作品「沈黙」が一蹴されてしまうような神と人間との関係。

難しいけど、読む価値はあると思います。

2018年4月30日月曜日

わたしを離さないで/カズオ・イシグロ

読んでいると、静かにだけれど、心が少しずつ揺さぶられるのを感じる。
この小説は、まっさらな状態で読むべき本だと思う。

あとがきも、文庫本の裏表紙に書いてある紹介文も読まず、いきなり、テキストを読む。
何の予備知識もなく、読み進めていくうちに気づいてしまったときの思いというか、痛みがこの本を体験するうえで一番重要なことなのだと思う。

そういう意味で、これは怖い物語だ。

私は、この物語の奇妙な背景と提供者の痛みをリアルに感じすぎてしまったのか、体調のせいもあると思うが、貧血を起こしてしまい、冷や汗をかきながら、電車を途中下車してしまった。

読み進めたくないけれど、物語の力で読み進めざるをえない。
そういうアンビバレンツな複雑な感情を生起させる。

こういう読書体験ははじめてだ。

2018年4月24日火曜日

七つの夜/J・L・ボルヘス

この本を読んでみようと思ったのは、文藝別冊の「須賀敦子の本棚」で、須賀敦子が書評で取り上げていた文章を読んだからだ。

その中で、「彼にはめずらしい、素顔のような率直さで語られている」という感想が述べられているが、私も似たような印象を抱いた。

この本は、ボルヘスが一九七七年に七夜に渡ってブエノスアイレスで行った講演が収められているが、そのストレートで明るいトーンの語り口は、「幻獣辞典」の作者は、こんな人だったのだろうかと思わせるものがある。

ただし、取り上げている七つのテーマは、「神曲」「悪夢」「千一夜物語」「仏教」「詩について」「カバラ」「盲目について」と、ボルヘスらしいものを感じる。

私が印象に残ったのは、以下の内容。

一つは、ボルヘスが見る「悪夢」の内容。
見知らぬ友人の手が鳥の足に変化していた夢や、彼の寝ている傍に、遠い昔のノルウェーの王がたたずんでいる夢に彼が恐怖を覚えたこと。
ボルヘスは、夢をもっとも古い芸術活動と呼んでいる。

そして、「千一夜物語」では、ボルヘスが考える東洋(オリエンテ)は、イスラム圏であり、その代表が「千一夜物語」であるということが明かされている。
(日本にとってみれば、イスラムが東洋という印象は薄い)

「カバラ」という聞きなれないことば。
これは、聖書が絶対的テクストであり、絶対的テクストにおいては偶然の仕業は何ひとつありえない、という考えに基づいているというもの。
通常は音から文字が生まれたという考え方だが、「カバラ」では文字が先であり、神が道具にしたのは、文字であって、文字によって意味を成す言葉ではないという奇妙な考え方だ。
このような聖書の教義があるとは知らなかった。

「盲目について」では、自身の盲目から生じる世界の色について述べられていて、興味深い。彼によると、盲人に欠けている色は「赤と黒」だという。そして、ボルヘスの場合は、黄色と青(もしくは緑)が現れる「居心地の悪い世界」に暮らしているという感想を述べている。
しかし、ボルヘスは「芸術家の仕事にとって、盲目はまったくの不幸というわけではない。それは道具にもなりうるのです。」と語っており、試練を前向きに捉えることができた人だったようだ。

難しいことを言ってるのだがそう思わせない口調の柔らかさが伝わってくる文章に誘われ、ついつい読み切ってしまった。