2022年10月30日日曜日

犬神明①/平井和正

まさか、この作品を読むとは思っていなかったが、Amazon kindleと、平井和正の文章力のおかげなのかもしれない。

私は、かなりこの作品を読まずして、たぶん読めば幻滅すると強い偏見を抱いていたが、一読して面白いと思った。
旧作 狼のレクイエム の流れを受け継ぎ、きっちり物語としてつながっているし、何より旧作の登場人物のその後が興味深い。

CIA極東支局長 サミュエル・ハンターの娘で、色情狂だったエリノア・ハンターは本来の姿に目覚め、アリゾナ砂漠の近くの片田舎の町で、ジョッシュ・パーミターという病弱な東洋人の少年を世話している。

そのパーミターが犬神明なのだが、狼人間の力はまったく非力化していて、砂漠に力を吸い取られ、ゆっくりと死のうとしている。

東洋系の少女キム・アラーヤは、軟禁された山荘から脱走し、ゆく先々で出会う人々の支援を得ながら、アキラを探して、アメリカのどこかをさまよっている。

それを追跡する殺し屋アルとサイキックのトラウトマン。

そして、中国の特殊工作機関 虎部隊の虎4はバイオ兵器BEEとして登場するが、かつての面影はなくロボットのような印象を受けるが、なぜか虎4の記憶がキム・アラーヤに残っている。

そして、あのタフで魅力的な殺し屋 西城恵の姿も怪しい人物のボディガードとして健在。

砂漠で岩に力を吸い取られるパーミターとそれを助ける謎のインディアン ポペイとのやり取り(水と鹿の干し肉を口に入れて力を取り戻すシーン)が少し独特な印象を受けた。

2022年10月23日日曜日

O侯爵夫人/クライスト

これは、彼の作品の中では、喜劇の部類に属する小説かもしれない。

イタリア北部の要衝M市に、未亡人であるが盛名をうたわれる貴婦人 O侯爵夫人がいたが、戦争が起きて、ロシア軍に攻め込まれる。

その際、O侯爵夫人は、ロシア軍の狙撃兵たちに暴行されそうになるが、一人のロシアの将校 F伯爵が彼女を救う。

F伯爵は、彼女を助けた後、瀕死の重傷を負うが、命を取り留めると、忙しい軍務のさなか、O侯爵夫人の家を再訪し、彼女にプロポーズを申し込む。

突然のF伯爵の申し出に夫人とその父母も違和感を覚えるが、F伯爵の思いをひとまず了承し、彼は再び戦場に戻る。

しかし、O侯爵夫人の身体には異変が起き、妊娠していることが分かる。それを知った父親からは激怒され、夫人は家を追い出されてしまう。彼女は、新聞に、生まれてくるこの父親に対して名乗り出てきてほしいという広告を出す。そして、その新聞広告を見て現れた男は…という物語だ。

読んでいる途中から、だいたい分かってしまったせいもあるし、パロディのような小説なので、クライストにしては、切迫感のない冗長な展開だと感じる作品であった。

しかし、O侯爵夫人と彼女の父親が和解する場面での異様なキスシーンや、現れた男に対するO侯爵夫人の激情など、クライストらしい要素は垣間見える。
 

2022年10月22日土曜日

決闘/クライスト

本書も短編ながらクライストらしい劇的な運命の変化が人々を揺れ動かす。

十四世紀末頃のドイツ、大公の暗殺事件が起き、大公を殺した弓矢の細工から、容疑者として、異母弟のヤーコプ伯が疑われる。

ヤーコプ伯は告発されるが、法廷の場で、事件のあった夜、実は美しい未亡人リッテガルデ夫人と共に過ごしていたと自らの潔白を証言する。

リッテガルデ夫人は全く身に覚えがなかったが、その証言のせいでリッテガルの父はショックのあまり命を落とし、彼女の主張を信じない兄たちには勘当されてしまう。行き場のなくなったリッテガルデは、彼女を恋い慕っていたフリードリヒ侍従を頼る。

フリードリヒ侍従は、リッテガルデの潔白を証明するために、ヤーコプ伯と決闘するが、重傷を負わされて敗北する。

フリードリヒは命を取り留めるが、絶望したリッテガルデは牢獄の中で無言を貫き、会いに行ったフリードリヒを激しい言葉で拒絶する。しかし、改めてリッテガルデが身の潔白を告白すると、フリードリヒは、彼の母の制止も聞かず、気持ちは再び高揚する。

フリードリヒとリッテガルデは偽証罪で火刑に処せられることになるが、奇妙なことにフリードリヒの傷は全快する一方で、決闘の際、ヤーコプ伯はフリードリヒがわずかに傷つけた軽傷が悪化して膿み、腕まで切り落とすこととなり、瀕死の状態になる。 

さらにヤーコプ伯に追い打ちをかけるように、彼が密通していたのが実はリッテガルデの小間使であるロザリーであったことが明らかになる。(ヤーコプ伯はロザリーだとは知らず)

皇帝の面前での処刑の日、ヤーコプ伯は、にフリードリヒの傷が軽傷で自分の傷が命を危うくしていること自体が神の託宣であること、自分の不義の相手はロザリーであったことを告白する。

皇帝は火刑台に自ら近寄り、フリードリヒとリッテガルデを解き放ち、真実を告白したヤーコプ伯を助けようとするが、ヤーコプ伯は、大公の暗殺は自分が雇った刺客によるものであったことまで告白する。

この言葉に皇帝は憤怒し、フリードリヒとリッテガルデが処刑されるはずだった火刑台でヤーコプ伯を処刑する。

皇帝はフリードリヒとリッテガルデの名誉を回復し、二人は結婚する。皇帝は決闘を記念する彫像に 「神の御心のままに」と彫り込ませて物語は終わる。

この物語も登場人物たちの運命が劇的に変化する要素がいくつもある。「暗殺」「密通」「決闘」「傷」「告白」「処刑」。

読んでいて面白かったのは、「決闘」で敗北したフリードリヒが全く気落ちせず、命を保った自らの幸運をポジティブに捉え、リッテガルデの告白を無心で信じきった精神的な強さである。

クライストが書いたのでなければ、一時は敗北と思っても長い目で見ると実は勝利であるというポジティブ思考の人生観が描かれていると言ってしまいそうだ。

一方で悪人役であるヤーコプ伯も、リッテガルデと密通していたと勘違いしていた愚かさや、最後に自らの罪を認め、皇帝の中途半端な同情を拒絶し、自ら火刑による死を望んだ潔さにも魅力がある。

クライストが最後に残したこの短編小説も、全く隙のない緻密な文章で描かれていて、なぜこの小説を書けた人が自殺しなければならなかったのかと不思議な気持ちになる。

2022年10月16日日曜日

聖ツェツィーリェあるいは音楽の魔力/クライスト

聖像破壊運動が猖獗した十六世紀末頃のネーデルランド(現在のオランダ・ベルギー・フランス北東部を含む地域)の話である。

聖像破壊運動とは、キリスト教を扱った絵画や彫刻といった聖像を否定し、破壊する運動のことで、マルティン・ルターによるカトリック教会批判をきっかけとして、カトリック教会からプロテスタントを分離させた宗教改革の一連の流れの中で発生した

物語は、アーヘン市の聖ツェツィーリェ修道院で行われる聖体奉祝日の式典に、聖像破壊騒動を起こすことを首謀したプロテスタントと思われる4人の兄弟とそれに同調した多くの人々が参加するが、尼僧たちが演奏する音楽「栄光の賛歌」の中、騒動は何一つ起こらず式典は無事終了する。

それから六年後、行方を絶った4人の兄弟の母親が、彼らの居所を探しにアーヘン市を訪れるが、変わり果てた4人の兄弟を精神病院で見つける。

彼らは黒いガウンを着こみ、一体のキリスト磔刑像を取り囲み黙然と祈りをささげており、管理人によると真夜中に一度だけ起き出し、大声で「栄光の賛歌」を歌い出すという。

母親は4人の兄弟と聖像破壊騒動を共謀していた今は商人の男に話を聞くと、聖体奉祝日の式典の際、修道院の尼僧たちが演奏する音楽を聴き始めてから、4人の兄弟に異変が起きたということがわかる。

そして、当日式典を取り仕切っていた尼僧院長の話によると、当日オルガンの前で「栄光の賛歌」の指揮を執ったのはアントニア修道尼であったが、彼女は、その日、病気で意識不明のまま一日臥せっていたことを看護していた者が確認していたという。では、指揮を執った人は誰だったのか。

その話を聞いた大司教の話によると聖ツェツィーリェおんみずから奇跡を成就したのだという。

これらの話を聞き終わった母親は息子たちのためにお金を供託し、故郷に戻った後、カトリックに改宗したこと、4人の息子たちは円満な死を全うしたことに触れられている。

この作品も劇的な出来事によって運命を変えられた人々を描いているが、今回は「奇跡」だ。

題名が面白い。

聖ツェツィーリェ」は聖女の名前で、「天の百合」「盲目性を欠いた女」という意味があるという。大司教は、その聖女が起こした奇跡であると言明しているが、「あるいは音楽の魔力」ということも踏まえれば、4人は音楽によって劇的な改心をしたとも読み取れる。

教会のミサで音楽を聴くとき、クライストは、劇的なまでに至らなくても、そういった恍惚感を密かに感じていたのかもしれない。

ある種の宗教的高揚は多幸感に支配された一種の痴呆状態ともいえるが、悩み多きクライストがそういった状態に支配された人々に実は憧れを抱いていたのではないかと思わせる物語だ。

下記の絵は、聖像破壊の様子を描いている。
ヨーロッパの教会の歴史もいろいろあったんですね。


2022年10月3日月曜日

拾い子/クライスト

 クライストの小説では、登場人物たちが少なからず自分たちの運命を左右される事件が起きるのだが、この小説は、その事件がかなり多い。

1.疫病

ローマの豪商ピアキ氏が自分の息子を連れてラグーサに行ったが、そこではペストに似た疫病が蔓延しており、一人の感染した少年ニコロを助けたばかりに、ピアキ氏は自分の息子を失う。そしてピアキ氏は、病から回復したニコロを自分の養子にする。

2.火事

ピアキ氏の妻 エルヴィーレは十三歳の時、家が火事になり命を落としそうになるが、名門貴族のジェノヴァ人の若者が彼女を救い、彼はその代償に命を落とす。
エルヴィーレは自分の部屋に彼の肖像画を飾り、神のように密かに崇めていた。

3.瓜二つという偶然

ニコロは大人になり、仕事はできたが、少年の頃から早熟で女性に対する関心が異常に高く、妻をめとった後も、僧院長の愛人との関係を持っていた。
そのニコロが、ある日、その愛人と逢瀬する際に身に着けたジェノヴァの騎士の格好を、 エルヴィーレが偶然に見て気絶する。

ニコロは、 エルヴィーレの憧れていたジェノヴァ人の若者と瓜二つだったという偶然があった。

4.強姦未遂

エルヴィーレが実はひそかに自分を愛しているのではないかと誤解したニコロはエルヴィーレに対する関心を強めるが、ニコロの不徳を知っているエルヴィーレは一向に彼に対する関心を示さない。それどころか、ニコロは、その不徳を知ったピアキ氏からも冷たくされる。

ニコロはピアキ氏による冷遇もエルヴィーレのせいであると思い怨みを募らせる。そして、エルヴィーレの部屋に飾っていた騎士が実は自分ではないという真実を知った時、恥辱と情欲と復讐心から、再びジェノヴァの騎士の格好をして、エルヴィーレを我が物にしようと策略する。

5.殺人

ニコロが気絶したエルヴィーレを犯そうとしていたところに、ピアキ氏が戻ってくる。彼は、ニコロに無一文で家から出ていくことを求めるが、家の所有権はすでにニコロに移転しており、ニコロは僧院長が別れたがっていた愛人と結婚することと引き換えに、僧院長のとりなしにより、家の所有権がニコロに帰属している政府の判決書を得る。

一方、ニコロに仕掛けられた罠が原因で高熱を出したエルヴィーレは死亡し、これに憤怒したピアキ氏は、判決書を、ニコロの口にねじ込んで悶絶死させる。

6.死刑

ピアキ氏は、絞首刑による死罪の判決を下されたが、教会側が説得する自身の犯罪の有罪性の承認、免罪、神による救済の一切を拒否する。

彼は、地獄の底の底に降りて、ニコロに対する復讐をもう一度やり直すことを誓う。

これを知った教皇の命により、教会はついに彼を一切の免罪なしで、絞首刑に処す。

というかなり特異な事件に彩られている。

ピアキ氏の憤怒は、ニコロを助けたばかりに、本当の息子を失い、人生の晩年において、妻を失い、自宅の所有権を失し、すべてを失ったという結果からすれば当然ともいえるが、地獄において養子をさらに殺すと宣言するあたりは、鬼気迫るものがある。

一方でこの事件が起きてしまった原因の一つとして、エルヴィーレによる隠れた形でのジェノヴァ騎士に対する恋愛とも思える崇拝が挙げられるだろう。

エルヴィーレはピアキ氏と結婚しながらも、実はピアキ氏を愛してはおらず、十三歳の時に自分を救ってくれたジェノヴァ騎士を愛していたという事実も重い。

彼女は、ジェノヴァ騎士の姿をしたニコロを見て二度失神するが、ニコロが情欲を感じた通り、それは恐怖によるものではなく、愛する者とリアルに接触するという歓喜のために起こったものだろう。

という具合に、この短編小説は、クライスト特有の事件に翻弄される人々を描きながらも、実に技巧的で精緻な構成になっている。

この小説も、クライストがピストル自殺をした年に出版されたものだ。



2022年10月2日日曜日

ロカルノの女乞食/クライスト

クライストの小説は、登場人物たちの時代背景として、社会的に起きた大きな事件がベースとして描かれていることが多いようだ。

地震、人種間戦争、感染症、聖像破壊騒動など。

この「ロカルノの女乞食」では、物語最後に起きる火災と考えることもできるけれど、侯爵が古城を売る気になった原因である「戦乱と凶作」が当たるのではないかと思った。

私がそう思ったのは、侯爵が建物に火をつけた理由として、「おのが生に倦んじ果てて」と書かれている一節があったからだ。

いくら恐怖におののくような幽霊の存在があったとしても「生きることに疲れ果てる」とまではいかないだろう。

「戦乱と凶作」で財政状態が悪化し、美しいたたずまいの城まで売らなければならないところまで、侯爵はすでに追い詰められていたのだ。

そこに「女乞食」の幽霊が出現し、かつての自分の冷酷な仕打ちを思い出させるとともに、自分の経済状況を持ち直すことまで阻もうとすることに堪えきれなかったのではないだろうか。

そして、それに加えて、この物語では明示的に書かれてはいないが、侯爵夫人の侯爵に対する愛情がどうだったのかという点も気になる。

理由は、自らも焼けて白骨化した侯爵の骨を、侯爵が「女乞食に立てと命じた部屋のあの一隅に安置されている」点だ。

そもそも、女乞食に憐れみをかけ、城の客間を貸したのは侯爵夫人である。その「女乞食」に無慈悲に暖炉のそばをどけと命令し死に至らしめた夫に対して何もネガティブな感情を抱いていなかったはずはない。

ひょっとすると、侯爵は、侯爵夫人の愛情も得られない立場に置かれていたのかもしれない。

しかし、死後も「女乞食」の喘ぎ声と足音に悩まされそうなところに、自分の遺骨が安置されるというのは、最大の罰といえるかもしれない。
 

2022年10月1日土曜日

聖ドミンゴ島の婚約/クライスト

フランスの植民地 聖ドミンゴ島で、黒人たちが白人を大虐殺した時代…と、いきなり物騒な時代設定から始まるこの小説。

しかし、この人種間戦争は、終わりまで読むと背骨のようにこの小説の骨格を形作っている。

コンゴ・ホアンゴという白人の主人に可愛がられながら、その主人の頭に銃弾をぶち込み、白人への復讐に燃える老人に使われている混血のバベカンという母と娘のトーニ。

彼女たちは、ホアンゴが居ない間、彼の屋敷で、食事や一宿を求めてくる白人たちを売春婦のように篭絡し、ホアンゴに引き渡して死刑に処すという非情な役割を担っていた。

そこに現れたフランス軍将校でスイス人の青年グスタフが、叔父のシュトレームリ氏の一家と共に島から脱出するために逃げていた最中、この屋敷に立ち寄り、バベカンは彼も餌食にしようとし、トーニを彼の部屋に行かせるのだが、トーニがグスタフを好きになってしまい、関係を持ってしまう。

グスタフ(白人)側に立ったトーニは、母親のバベカンの意思に反して、彼と叔父の一家を救うように立ち回る。ホアンゴが予想より早く屋敷に戻ってしまったことで危機を迎えたときも、寝ていたグスタフの身体をロープで縛り、自分が黒人側にいるかのように立ち振る舞い、難を逃れる。

トーニの働きで、シュトレームリ氏を屋敷まで連れてきて、ホアンゴと戦い、無事グスタフを救い出したところで悲劇が起きる…という物語だ。

突然の悲劇は「チリの地震」同様の展開だ。「地震」では尼僧教会内で逢瀬をした男女が暴徒と化した民衆に殺され、この「婚約」では、人種間の争いを乗り越えようとした男女の恋愛が男の女に対する不信で無残に壊れる。

クライストが自殺した年に書かれた小説で、彼の人生の時期としては最悪の時だったと思われるが、作品の質は高い。