2022年10月16日日曜日

聖ツェツィーリェあるいは音楽の魔力/クライスト

聖像破壊運動が猖獗した十六世紀末頃のネーデルランド(現在のオランダ・ベルギー・フランス北東部を含む地域)の話である。

聖像破壊運動とは、キリスト教を扱った絵画や彫刻といった聖像を否定し、破壊する運動のことで、マルティン・ルターによるカトリック教会批判をきっかけとして、カトリック教会からプロテスタントを分離させた宗教改革の一連の流れの中で発生した

物語は、アーヘン市の聖ツェツィーリェ修道院で行われる聖体奉祝日の式典に、聖像破壊騒動を起こすことを首謀したプロテスタントと思われる4人の兄弟とそれに同調した多くの人々が参加するが、尼僧たちが演奏する音楽「栄光の賛歌」の中、騒動は何一つ起こらず式典は無事終了する。

それから六年後、行方を絶った4人の兄弟の母親が、彼らの居所を探しにアーヘン市を訪れるが、変わり果てた4人の兄弟を精神病院で見つける。

彼らは黒いガウンを着こみ、一体のキリスト磔刑像を取り囲み黙然と祈りをささげており、管理人によると真夜中に一度だけ起き出し、大声で「栄光の賛歌」を歌い出すという。

母親は4人の兄弟と聖像破壊騒動を共謀していた今は商人の男に話を聞くと、聖体奉祝日の式典の際、修道院の尼僧たちが演奏する音楽を聴き始めてから、4人の兄弟に異変が起きたということがわかる。

そして、当日式典を取り仕切っていた尼僧院長の話によると、当日オルガンの前で「栄光の賛歌」の指揮を執ったのはアントニア修道尼であったが、彼女は、その日、病気で意識不明のまま一日臥せっていたことを看護していた者が確認していたという。では、指揮を執った人は誰だったのか。

その話を聞いた大司教の話によると聖ツェツィーリェおんみずから奇跡を成就したのだという。

これらの話を聞き終わった母親は息子たちのためにお金を供託し、故郷に戻った後、カトリックに改宗したこと、4人の息子たちは円満な死を全うしたことに触れられている。

この作品も劇的な出来事によって運命を変えられた人々を描いているが、今回は「奇跡」だ。

題名が面白い。

聖ツェツィーリェ」は聖女の名前で、「天の百合」「盲目性を欠いた女」という意味があるという。大司教は、その聖女が起こした奇跡であると言明しているが、「あるいは音楽の魔力」ということも踏まえれば、4人は音楽によって劇的な改心をしたとも読み取れる。

教会のミサで音楽を聴くとき、クライストは、劇的なまでに至らなくても、そういった恍惚感を密かに感じていたのかもしれない。

ある種の宗教的高揚は多幸感に支配された一種の痴呆状態ともいえるが、悩み多きクライストがそういった状態に支配された人々に実は憧れを抱いていたのではないかと思わせる物語だ。

下記の絵は、聖像破壊の様子を描いている。
ヨーロッパの教会の歴史もいろいろあったんですね。


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