2012年9月8日土曜日

ローマの女/モラヴィア

モラヴィア四十歳の時の長編で、後期の作品と比較すると、格段に力がみなぎっているように感じる。

それは、文章の勢いだけではなく、主人公のアドリアーナが母親との二人暮しの貧しい生活から、ヌードモデル、売春婦という仕事を余儀なくされても、決してペシミスティックにならず、自らの生命力と美貌を疑うことなく、恋をすることに貪欲な姿勢からも感じられる。
裕福な家庭に生まれながらもペシミスティックな生き方しかできない彼女の恋人ジャコモとの対比で、さらに鮮明になっている。

例えば、愛していた男に裏切られていたことが分かってても、彼女は生きる気力を失わない。
…もう、生きていくまい、もう明日の朝は目を覚ますまい、と私は思ったのです。だが、眠っている間にも、私の肉体は生き続け、血液は体内を流れ、胃腸は食物を消化しつづけたのです。わき毛は剃っても剃ってもまた生え、爪は伸び、皮膚は汗にぬれ、力がまたよみがえってきました。
そして、朝になれば目がひとりでに開き、またあの大嫌いな現実を眺めたのです…
処女作の「無関心な人びと」と雰囲気は似ているが、主人公の生きる姿勢がまったく違う。
好みの問題かもしれませんが、私は「無関心な人びと」のミケーレよりも、このアドリアーナが好きです。

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