2012年11月11日日曜日

鎌倉の谷(やと)と窟(やぐら)

吉田秋生の「海街diary蝉時雨のやむ頃」で、主人公の三姉妹が住んでいる鎌倉の古い家について、次女の佳乃(よしの)が、谷(やつ)の奥で湿気がこもると恋人になげくシーンがある。

この谷(やつ)という場所、谷(やと)とも呼ばれているらしく、司馬遼太郎と小説家でもあり劇作家でもあった井上ひさし(2010年4月没)の対談集「国家・宗教・日本人」を読んでいたら、偶然目に飛び込んできた。

司馬遼太郎が澁澤龍彦(サドの『悪徳の栄え』の翻訳者として有名)の鎌倉の自宅を訪れたとき、

「澁澤さんのお宅はその谷(やと)のいちばんきわまったところにあるんです。たまたま雨が降っていたものですから、鬱然として草木が水になって家に襲い掛かっているような感じでした」

と述べている。

これを受けて、同じく鎌倉の谷(やと)に住んでいる井上ひさしが湿気のすごさについて述べている。

「ぼくがいま住んでいるのも谷(やと)のきわまったところで、その湿気にはすごいものがあります。山の湿気と海の湿気とがぶつかって谷(やと)にたゆたっているらしんですね。
とくに梅雨から九月半ばまでは大変です。
押入れの下には水滴がたまってる、革製品には黴が生える、本はシワシワになる。二階はまだいいんですが、下に降りてくると三十秒ぐらいでズボンが湿気を吸ってなんとなく重くなって、脛にまとわりつくようになる。(中略)
ただ、十月から六月までがとてもいいんです。先生がおっしゃったように、木々の枝が家になだれ込んでくるような感じで、深呼吸をすると花や松の木やいろんな草木の匂いが一度に体に入ってきます。…」

うーん。住んでみたいようなみたくないような。でも、三ヶ月間、我慢すれば…
しかし、読み進めるうちに、これは住めないと思うような記述があった。
それは谷(やと)の奥にある窟(やぐら)という鎌倉時代独特の侍たちの墓に関する井上ひさしの話だった。

「うちの谷(やと)にも窟(やぐら)が二つあります。…窟(やぐら)というのは位の高い武士や坊さんを葬るところですが、まだ生きているうちに運ばれて、窟(やぐら)の中で息を引き取るんだそうですね。ぼくの家は、ダム工事で壊されることになった加賀の農家を譲ってもらって移したんですが、解体した加賀の大工さんが鎌倉に来て組み立てるとき、その窟(やぐら)の中に寝泊りしていたそうです。なんでもおそろしい夢を毎晩のように見たそうです。
ぼくも引っ越して二、三日のあいだ、夜中に仕事をしているときに、
『やあやあやあ、遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にもみよ。我こそはやあやあやあ……』なんて合戦の声が聞こえたりして(笑)。いまは慣れましたが、谷(やと)というのは、なにか独特ですね。」

うわっ、笑い事ではないでしょう。ノミの心臓の私には絶対に住めそうにない。
笑って今は慣れましたという井上ひさしもすごいが、それを特に面白がらず、「独特です」とさらっと受け流す司馬遼太郎もすごい。

この「国家・宗教・日本人」という本、他にも興味深い話が多く載っているので、また、取り上げてみようと思う。

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