2012年8月18日土曜日

ホーニヒベルガー博士の秘密/エリアーデ


エリアーデの幻想小説の一つだが、ちょっと怖い話だ。

インドの宗教・哲学者の主人公が、ある婦人から、夫が集めたインドに関する書籍のコレクションを見に来ないかという誘いの手紙を受けとる。

その夫人の家を訪ねると、亡くなった夫であるゼルレンディ医師が果たせなかった、インドの文化を研究していたと思われるホーニヒベルガー博士の生涯を調べ、伝記を執筆してほしいと依頼を受ける。ただし、執筆は夫人宅でのみ行うという条件付きで。

主人公は、様々な分野の珍しい文献を収めている書庫に興味を引かれたため、依頼を引き受けるが、少しずつ調べていくうちに、ゼルレンディ医師が、ホーニヒベルガー博士の調査をきっかけに、ヨーガに関する研究に熱中していたことを知ることになる。

そんな時、何の前触れもなく、夫人の娘に出会い、ゼルレンディ医師は、実は死んだ訳ではなく、数年前に、パスポートも、お金も、上着も持たずに、突然姿を消したことを知らされる。そして、夫人の真のねらいは、主人公に、夫が失踪した謎を調べさせようとしているのだということも。

主人公は半信半疑に思いながらも、資料をさらに読み込んでいくうちに、ゼルレンディ医師が、サンスクリット文字で書いたルーマニア語の秘密のノートを見つける。

そこには、ゼルレンディ医師が、訓練の末、ヨーガ行にある気息調節を行うことで、睡眠の中で覚醒する術を、また、壁越しに透視する術を身に着けたことが書かれていた。

ゼルレンディ医師のヨーガ行の習熟はさらに進展し、仮死状態になる術、自身の体が他人に見えなくなる術、眉間の間にあるシヴァの眼の獲得、空中浮揚、シャンバラへの道を発見したことを窺わせる記述も発見する。
そして、遂に、ゼルレンディ医師が自身の体を不可視の状態にしたまま、元には戻れなくなってしまったことをうかがわせる記録を読むことになる。

しかし、この物語が恐ろしいのは、この後、主人公が体験する出来事のほうかもしれない。

物語では、エリアーデの本業の分野ともいえるインドのヨーガ行、タントラ、秘術に関する実践・知識が詳しく述べられているが、ゼルレンディ医師が記した以下の文章は、エリアーデも思っていたであろう、安易な興味本位でのオカルティズムへの警鐘が読み取れる。
それほど、きびしい苦行を積まずとも、心を最大限に集中するだけで、同じ成果に到達できるのだ。けれども、私にはよく判っているが、現代人にはそういう精神的努力ができなくなった。現代人は衰弱している、ひたすら消亡の途上にある。苦行をしてもこの緒力はわがものにならず、その緒力の餌食となるのが落ちである。未知の意識状態の探求という誘惑は強力だから、それにかまけて一生を空費することになりかねない。 
そう記したゼルレンディ医師が、オカルティズムの力に魅せられ、自ら制御できず、まさに「緒力の餌食と」なってしまったところが、この小説の恐ろしさかもしれない。

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