2011年10月10日月曜日

大岡昇平の「俘虜記」

「俘虜記」は、昭和20年フィリピンのミンドロ島で米軍の俘虜(捕虜)となった作者の体験を基にした小説である。

この作品は、大きく3つで構成されていて、第一部が米軍に捉われるまで、第二部が俘虜になってからの病院、収容所での生活、第三部が日本の敗戦を知ってからの俘虜の堕落の様子を描いている。

第一部は、病気のせいで隊から見捨てられ、フィリピンの山林をさまよう作者の詳細な自己分析の記録である。

目の前に無防備に現れた若い米兵をなぜ撃たなかったのか、なぜ生きるを諦めたのに自殺できなかったのかを克明に分析をしているようすは、有能な外科医が臓器を手際よく摘出し、色々な角度から観察しているかのようだ。

第二部は、米軍が提供する清潔な居住と被服と2700カロリーの食事と労務に対する賃金が支払われ、密造酒もお目こぼしがあるという、およそ日本軍とは異なる寛容な待遇のなかで、無為にすごすしかない俘虜という中途半端な立場が、様々な日本兵の姿を通して、作者の乾いた目で描かれている。

第三部は、日本の敗戦を知り、同胞への後ろめたさがなくなった俘虜が急速に堕落していく様子が描かれている。各中隊ごとに出し物を作り、月に2回演芸大会を催し、女性っぽい男を女装させ、歌を歌わせ、擬似恋愛まで発生している。作者は、その堕落を呪うわけでもなく(作者自身、劇のシナリオを書いたり、春本まで書いている)、その人間喜劇をどこか楽しげに描いている。

第一部から第三部を通して読むと、結局のところ、作者は、米国に負けたことで変わっていく日本の国民の精神・生活・雰囲気を、このフィリピンを舞台にした俘虜収容所を小さな雛形として諷刺しているのかもしれないと思いました。

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