2015年7月31日金曜日

出征/大岡昇平

読書の快楽は、小説であれば、第一に物語の面白さに負うところが大きいのだろうが、私の場合は、何といっても、美しい読みやすい文章で書かれていることが前提として必要になってくる。

そのような高い基準を満たす作家の一人に大岡昇平も入る。

彼は、太平洋戦争の時に、徴兵され、フィリピン レイテ島に送りこまれ、戦争に参加し、過酷な戦場で死ぬ一歩手前、米軍の捕虜になり、生き残ることができた。

彼の戦争体験記は、野火、俘虜記、レイテ戦記といった主要な作品の大きなテーマになっている。
決して明るい話ではないが、それでも、不謹慎ながら、私は、大岡の文章を読んでいて、その美しい無駄のない文章に気持ちが晴れる思いがする。

この出征も、そんな作品の一つだ。

東京の予備兵として徴集された大岡が、除隊の予定の日、何故か、自分の名前が呼ばれない。
呆然とする一部の兵隊たちとともに残され、南洋の前線に出征することを告げられる。

戦争に行くにも、色々な段取りを踏む。
遺書を書き、家族と別れの挨拶をし、千人針を受け取り、電車に乗り、門司まで行き、そこでしばらく待たされ、南洋行きの輸送船に乗る。

限られた時間のなかで、妻と子供に会いたいが、上京の負担をかけることと会っても無駄だという思いが交差する、その葛藤。

外洋へと向かう船から、あの島を通過すれば、二度と日本を見ないだろうという思いが去来する。 
私に何か感慨があったかどうか、わからなかった。
しかし、その時の私の中の感情は、私が出征によって、祖国の外へ、死へ向かって積み出されて行くという事実を蔽うに足りない、と私は感じた。
 大岡の文章は、常に正確に自分の心情を捉えようとする。

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