2018年10月26日金曜日

家族八景/筒井康隆

火田七瀬が主人公の最初の作品。

この物語は、タイトルの通り、七瀬が「お手伝いさん」として八つの異なる家族の家に住み込み、そのテレパスの能力から、各家族の裏事情(それはどちらかというとネガティブな感情の集積といってもいいかもしれない)を読み取り、ある時はその家族に敬遠され、ある時はわが身に迫る危機を脱するためにその家を立ち去るまでの物語だ。

この小説を読むと、確かに“家”というのは、ある意味、閉ざされた密室のようなものだと思う。
第二話「澱の呪縛」の家の中に籠る異臭などは、まさにその好例だ。
自分たちでは全く気づかないが、ある日、他者である七瀬が家に侵入することで、この家の人々は、それまでの自分たちの不潔さに気づいてしまう。

あるいは第八話「亡母渇仰」で母の死に泣き叫ぶ幼児と化した二十七歳の男は、告別式で会葬者に目撃されることにより、その異常性があらわになる。

それと意外なのは、火田七瀬が最初のほうでは十八歳の痩せているだけの目立たない観察者として配置されているということ。
二作目の「七瀬ふたたび」で、地味な格好をしていても目立ってしまう美貌の女性として描かれていた七瀬とは、別人のように描かれている。

第四話の「水蜜桃」では、定年退職して暇を持て余している中年男に犯されそうになるが、この時の七瀬は、十九歳の肌は瑞々しくても痩せすぎの女性でしかない。

それが、第七話の「日曜画家」で、突然、七瀬の印象が変わる。
少し以前から七瀬は、最近急に女らしくなってきた自分のからだつきに、いくらかの危険を感じはじめていた。男たちの眼をひきつけるに充分な美貌を自分が備えはじめていることも、ぼんやりと自覚していた。
この変化はなぜ起きたのだろうと、興味深いものがある。
物語の積み重ねとともに、作者自身の中で七瀬の存在が大きくなり、もっと書いてみたいと思うキャラクターに育ったからかもしれない。

その転機は、第五話の「紅蓮菩薩」で住み込んだ家の心理学の教授が彼女の超能力を探り出そうとした際に、巧みに切り抜けた彼女の意外な強さによって訪れたのかもしれない。

あるいは、第六話「芝生は緑」の二組の中年夫婦の浮気心と激しい情欲に当てられっぱなしだった七瀬を、もっと魅力的な女性にしたいという作者の願いだったのかもしれない。

1972年の作品だが、今読んでも面白い作品だと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿