2017年8月12日土曜日

連夜 池澤夏樹 近現代作家集 III/日本文学全集28

池澤夏樹の作品の特徴の一つは、現代と過去という異なる次元をむすびつけて、重ね絵のように物語に厚みを持たせる手法を用いるところだ。

それは、谷崎潤一郎や丸谷才一も好んで用いた手法でもあるが、池澤夏樹の場合は、彼らと違って雰囲気が軽い。

そう感じるのは、谷崎が母性、丸谷が前近代的な日本という重たい要素を重ねていたのに対し、池澤は、例えば最新作のキトラ・ボックスでは古墳の埋葬物という即物的なものを、そして、この「連夜」という作品では、南国の沖縄の琉歌を重ねているからだろう。

この作品、沖縄の病院で働く女医と運搬仕事をしていた青年が、女医の誘いで、十日間毎晩セックスをし続けたという一風変わった物語だ。

なぜ、突然、女医が青年と寝たくなったのかは分からない。ただ、十日間が過ぎて、熱が冷めたように彼らは別れる。

その後、女医はユタ(沖縄の霊媒師のようなもの)に、その時の話をしたところ、彼女は首里の王族に憑依されていたのではないかという話を聞く。そのきっかけは、彼女の名前の徳という字と、青年が花を作る仕事をしていたこと。

そして、 女医は探していた琉歌のなかに、身分の低い花当(花園係の役人)に恋をしたが、周りに気づかれ別れ離れになってしまった尚徳王女の歌にめぐり合う。
そういうことだったのかと思いました。真夜中に、君と一緒にいろいろ楽しいことをしたベッドに腹這いになって大きな琉歌の本を読んでいってこの歌に行き当たった時、不思議な気持ちになりました。いきなり何百年か前に飛んでいったみたい。君の身体が飛行機だったみたい。そのおかげで、本当にその尚徳王女さんが出てきて、私の横に同じように腹這いになって、昔々の自分の歌を読んで感慨に耽っている。辛かったでしょうねと私が言うと、そう、とても辛かった、でも、こっそりでも、ほんの短い間でも、会えた時の喜びだってよく覚えている、あなただって知っているでしょう、この間ちゃんと味わったでしょう、そう言っているみたい。

自分と同じような経験をした人、それが時空を超えた遠い昔の人であっても、その想いに共感する。
女医の新鮮な驚きは、文学の楽しみ方そのものに通じる。

池澤夏樹が選択した自身の短編は、実にこの日本文学全集に適った作品と言えるものなのかもしれない。


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