2017年8月21日月曜日

暗号手/大岡昇平

大岡昇平が、フィリピンの旧日本軍 サンホセ警備隊の暗号手を務めていた時のはなし。

大岡が説明する旧日本軍の暗号の説明が面白い。

「部隊換字表」という暗号の単語表。

発信する際に加えられる3数字の「乱数」。

その数字を加工するために用いる「非算術加法」と解読するために用いる「非算術減法」。

電文を暗号に変える「組立」。

受信した暗号文を普通の文章に直すことを「翻訳」。

これら総称の「作業」。

大岡は、部隊唯一の暗号手として、暗号文の発信・受信・解読に勤めたが、一般の兵役よりは楽で、軍の秘密を真っ先に知りうる立場だったため、上官や同僚から妬まれ、色々と嫌がらせを受ける。

大岡は自分が死んでしまった時のことを考え、自分の代理を育てることを思い立つが、その時の彼の内心を率直に明かしている。
...同時にそれが私の独占的位置を危うくすることに気づいた。こういうことをすぐ考えるのも私が会社員として得た習慣である。
自分にしか出来ない仕事を作るのは出世しようとする会社員の心得の一つである。
大岡は、この「会社員のマキャベリスム」というべき懸念を無視して、中山という東大出の高級社員だった男を推薦し、彼を育てはじめるが、やがて、その懸念が顕在化し始める。

中山は自身が勤めていた会社のマニラ支店に軍曹を連れていき、金銭を渡し、更には、内地へ帰った時の就職の世話まで約束して取り入った。

これにより、 中山は昇進し、大岡は出世から取り残され、かつ、代理ができたせいで、通常の兵士同様、一般勤務にも就くことになってしまう。

大岡が、自身が封じ込めようとした「会社員のマキャベリスム」を積極的に活用する中山に対して言った言葉が面白い。
「おい、君はそうやってうまく立ち廻る気らしいが、実はつまんないんだぜ。
レイテはどうやら負け戦だし、どうせ俺達は助からないんだ。株を上げると却って身体を使わなきゃならねえのは、会社も軍隊も同じことさ。いい加減に投げ出して呑気にやるもんだよ」
その後、中山は、大岡の予言通り、軍隊の様々な役務に徴用され、次第に疲労を深めていき、やがて、過労からマラリヤで倒れ、死期を早めてしまう。

以下の文章は、大岡の嫌悪が日本陸軍に向けられているだけではなく、自身の中にもある会社員気質に向かっているところが興味深い。
中山の会社員気質を私は幾分意地悪く書いたような気がする。それは多分今なお私の内にある会社員気質と、文学という悪い根性のなせる業である。 彼が愚劣に戦った日本陸軍の犠牲者であることはいうまでもないが、仮に生還していたとして、彼がやはりあの陰惨な会社員の政治学を推し進める他はないと、彼はやはり不幸である。彼は依然として何かの犠牲者であることはかわりない。

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