2013年3月4日月曜日

双頭の船/池澤夏樹

震災復興のファンタジー作品とでも言うべきか。
でも、一気に読んでしまった。

不思議な話だ。
目的を見失い、物事の決断もできず彼女にも振られそうな主人公トモヒロが、高校の恩師の進めで、フェリー「しまなみ8」に乗船することになる。彼はそこで自転車を修理する仕事を与えられる。

船にはたくさんの放置自転車が運び込まれ、それを整備して、津波に襲われた被災地に届けようというのだ。船には、二百人ものボランティアが集まり、夜は船で寝て朝には被災地に下りて仕事をする。廃材を使って沸かしたお風呂もあり、美味しいうどんを作る食堂もある。

そのうち、様々な人々が船に集まり始める。

熊を北海道から岩手県まで、ベアマンと自称する奇妙な男とワゴン車で運んだ女性。
たくさんの犬や猫たち(実は死んだペットたち)を引き連れてきたヴェット。
金庫の鍵を開けるのが天才的に上手い自称金庫ピアニスト。
船上に仮設住宅を作るべきだと主張してきた押しの強い老人。
夫と子供の一人を亡くし、同じく妻と子供を亡くした二組の家族。
シベリアから北海道にオオカミを運ぶ仕事を依頼する世界動物連合の代表とベアマン。
夏祭りの日に音楽を演奏し、船に残っていたたくさんの死者を連れ去ったペルーのアマチュアミュージシャン。

最初、さえないフェリーだったはずの「しまなみ8」が、人々のたくさんの希望を乗せていき、船の名前が「さくら号」と変わるころには、家が数件建つほどの巨大な船のイメージに変わっていくのが面白い。

また、物語の最後のほうで、人々が死者に近い墓がある陸地に戻るか、さらに遠洋に船を進め、世界を旅しようという二派に分かれるのだが、後者の冒険派を否定的に描かないところも面白いと思った(物語でも被災の現実から逃げるのではないかという非難がでてくる)。
それどころか、冒険派が独立国家を目指し、ひょっこりひょうたん島の歌をもじった国歌斉唱まで描き、どこか楽しんでいる。

あくまで文章は軽く明るい。しかし、物語は童話めいているが、ところどころにあの震災の重さが感じられた。
死者への思いは消えず、そして、まだその再生の途中なのだと。

一つ物足りないと個人的に思ったのは、爆発で空が壊れてしまったところ(原発避難区域)のエピソードも読んでみたかったということだ。

これは、よくばりな発言だろうか。

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