2017年1月9日月曜日

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 それでも、生きようとした ~原発事故から5年・福島からの報告~

福島県の自殺率が震災4年後の2014年から急上昇しているという衝撃的な内容だった。

都内で開設されている電話相談窓口にも、福島の人からの「もう死にたい」といった緊急性の高い相談が増加しているという。

番組では、福島の特に原発事故関連死のキーワードとして、「曖昧な喪失」 という原因を取り上げていた。

つまり、原発事故の場合、家が津波に流されて壊されるといったことにはならず、その場所に家はあるのだが、帰れないという曖昧な状況が続く。

家が壊されれば、諦めてすぐに新しい生活に舵を切れるが、昔の場所に帰れるかもしれない(でみも帰れない)という状況が延々と続くことに、疲れて命を絶ってしまう人々が多いということらしい。

もう一つは、コミュニティーの分断。

震災後は、一緒に避難していた家族や親類、連絡を密に取り合っていた近隣の人と、仕事の都合、故郷への帰還の断念などの理由で離れてしまい、孤独になってしまうこと。

南相馬市小高区に住んでいた高齢者(80歳代)が東京に避難し、2014年に命を絶った事例では、その人が2012年に小高に仮帰宅した際、無事に我が家があることから、帰って農業をしたいという希望を持ったが、小高区の除染作業が進まず、帰宅できる見通しが2016年4月になってしまった。そして、自分の田んぼのすぐ近くには、除染作業で出た廃棄物が山のように積み上げられてしまっていて、農業の再開も困難な状況を知る。そのうち、一緒に避難していた家族とも別れ、近隣の人との連絡も疎遠になり、命を絶ってしまった。

さらに、もう一つ原因として挙げられるのは、震災・原発の被害者に対する人々の関心がなくなってしまったのではないかとも。

川内村に住んでいた若い三十代の夫婦の自殺の原因は色々あったのだとは思うが、自分が作った米に対する世の中の関心があまりに低いことに絶望したことも一因だったのではないかという気がしました。

今、南相馬のNPO法人 こころのケアセンターなごみセンターでは、アウトリーチという手法で、社会との接点を持ちづらい一人で暮らしている高齢者の家を訪問し、医療支援から洗濯・家事といった部分まで関わり、自殺を防ぐ懸命の試みが紹介されていた。
老人の拒絶的な言葉をひたすら傾聴する女性スタッフの苦労が思いやられた。(しかし、このセンターの人員は4名だけだという)

改めて、原発・震災問題は何も終わっていないということを感じた番組だった。

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170109

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