2014年9月28日日曜日

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 私たちの町が生まれた ~集団移転・3年半の記録~

東日本大震災で、津波によって壊滅的な被害を蒙った宮城県岩沼市の、新しい街づくりの試行錯誤が紹介されていて、とても興味深い内容でした。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0927/

被害にあった多くのひとたちは、仮設住宅での生活を余儀なくされたが、市が用意した海から離れた内陸の田んぼ約20ヘクタールを約2メートルかさ上げして造成した土地に、ようやく、自分の家を持つことができるようになった。

震災から3年半、人口1,000人を超える被災者の集団移転としては、異例の速さらしい。

番組では、その秘密を探っていたが、岩沼市では、震災発生直後に避難者を同じ集落ごとに同じ避難所に集まるよう指示していたらしい。

この恐ろしいほど、先見的な指示を出した前市長は、阪神淡路大震災のサポートを経験した際に、気心が分かった人々の助けがあることが、いかに困難を乗り越えることに大きな役割を果たすかということに気づいていた。

これにより、多くの住民は、震災直後も、仮設住宅に移ってからも、同じコミュニティ、結びつきを壊さず、生活することができた。

その後の岩沼市の対応もすばらしく、街のデザインを住民に押しつけることなく、街づくりの専門家を招き、グループに分かれ、住民ひとりひとりの意見や希望を出し合い、模造紙に付箋で貼りつけ、共通するキーワードを探し出し、それをもとに街のデザインを白地図に描き、模型を作り、自分たちがどのような街づくりを望んでいるのか、少しずつ明らかにしていく作業を行っていた。

街を囲むように防風林のイグネを植える
住宅を通る道は不自然な直線道路ではなく緩やかなカーブを道路にする
人々が集まる公園は、子どもたちが遊びやすい環境にするために芝生を植える
多くの老人が住む公営災害住宅は人々とのコミュニケーションが分断されないように置く

さまざまな意見や配慮がなされた理想的な街のかたちが見えてきた。

この作業を行う検討委員会は20回を超える回数をかけて行ったという。
しかし、この一見遠回りにみえる方法が、多くの住民の合意形成を速やかにまとめることに繋がったらしい。

ここまでの岩沼市の対応は、ほぼ満点だが、現実はそうもいかないらしく、残念ながら、市が最終的に住民たちに提示した街づくりの案では、イグネは街路樹に、芝生の公園は、土の公園に変わってしまった。ほかの地区とのバランスや予算が取れないというのが大きな理由らしい。

しかし、この後の住民の対応が素晴らしい。

彼らは、妥協せず、市に頼らずに、自分たちの負担で、イグネと芝生を植えることを決断し、実行したのだ。
番組の最後は、150人近くの老若男女が公園に芝生を植える場面が映っていたが、自分たちの住む街に、これほどの思いと力を結集し注ぐことができるなんて、何かドラマをみているような気持ちになった。

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