2014年3月2日日曜日

ATOMIC BOX アトミック・ボックス/池澤夏樹

池澤夏樹の最近の小説は、読んでいて、とても刺激的だ。
日本の今を、タブーを捉えようとしている。
(おそらく、読売新聞の書評欄では、まず取り上げない一冊だと思う)

題名は、一瞬、原子爆弾(ATOMIC BOMB)のようにも見えたが、原子力の箱。

それは、主人公の美汐(みしお)が、癌で死にゆく父から託された国家秘密。
かつて、美汐の父は、国産の原爆を作るプロジェクトに関与していて、国家から自分の生命を保障するため原爆製造の事実を裏付ける開発データを密かに保有していたのだ。

そして、父の死後、彼をずっと監視していた公安警察は、直ちにそのデータを回収するが、コピーが作られていた事実を知り、美汐と母に対する追求を強めようとする。

一方、そのコピーが収められたCD-ROMを持つ美汐は、父が自分に託したものが何なのかを知るため、警察から逃げることを決断する。

美汐は、自分の体力と知恵と友人たちの力を借りて、優秀な警察組織の追跡をぎりぎりのところで逃れていく。

最初の逃亡は、自力の遠泳で、辿り着いた瀬戸内海の島々から本島へは、女友達、村上水軍(海賊)の子孫たち、元カレ、父の友人だった新聞記者とその家族の力を借りて。
みんな、警察より、自分と付き合いのある美汐を信用しているところが良い。

美汐とその友人対警察との頭脳戦。その妥協のない逃げ切り方がすごい。

美汐は逃亡の途中で、父が託したものを知り、真相を知るため、かつて、原爆開発プロジェクトの中枢にいた、今は保守系の黒幕と言われる人物に会うため、東京へ向かう。
そして、衝撃の事実が判明する。

以上が、大体のあらすじだ。

まず、物語の設定にリアリティがある。

日本が国際社会に対して、「核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず」という非核三原則を国際社会に表明していた裏で、核兵器を積んだ米艦船の日本寄港を認めていたアメリカとの密約があった(2009年の民主党政権下で時の岡田外務大臣が明らかにした)ぐらいだから、原子爆弾を国産で作る計画というのも、ひょっとしたら、と思わせるものがある。

また、日本があれだけコストとリスクが高い原子力発電を国策として維持し続ける理由も、いざというときに、発電用のプルトニウム燃料を使って、原爆を作ることができる体制を持っておきたいという理由があるからだという憶測を考えれば、本当にこのような計画は実在していたのかもしれない。
(関連図書:「原子力 その隠蔽された真実/ステファニー・クック」

そして、この小説はそれ以上に今の日本が直面している問題、3.11の福島原発事故と放射能の恐怖、日米同盟、核の抑止力、安全保障、国益、隣国への侮蔑(最近の週刊誌の見出しは異常)、特定秘密の保護まで触れられている。

私が特に考えさせられたのは、国家秘密の問題だ。
国のため、国益といいつつ、国家の最高権力者と官僚が、国にとって都合が悪いと判断した事実は秘匿し、漏れそうになると、警察組織を使い、普通では気づかれない方法で、関係する事実、証拠、人々を抹消しようとする。

そんな事は戦時中の話ではないかと思うかもしれないが、今の日本の状況下で、この物語を読んでいると、そんな悪夢が、もっと無様な形で無慈悲に起こりうるような気がしてならない。

この物語の場合、美汐が最後に対決した保守系の大物政治家には、美汐の命がけの主張を受け入れ、倫理的な負けを認める人間的な度量があった。

だから、この物語には救いがある。

果たして、同じ状況下で、今の日本の総理大臣だとしたら、美汐の主張を受け入れることはできただろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿