池澤夏樹の物語は、異なる時代を、異なる国を、たやすく飛び越えて話が進む。
この物語で、その仕掛けとなるのが、銅鏡と剣。
奈良県の神社で発見された鏡の文様が、中国新疆ウイグル自治区トルファン出土の禽獣葡萄鏡によく似ていることに日本の大学の考古学の男性准教授が気づき、ウイグル出身の女性考古学者 可敦(カトゥ)に連絡を取る。
やがて、可敦が、鏡と一緒に見つかった剣の刀身の文様に描かれていた星が、キトラ古墳の天文図と似ていることに気づく。
そして、二人は、鏡と剣が見つかった時の神社の伝承をもとに、銅鏡と剣がキトラ古墳から盗掘されたという仮説を立てる。では、その銅鏡と剣は、一体、誰のものだったのか。
キトラ古墳の墓主人と推理されている高市皇子なのか、忍壁皇子なのか、阿倍御主人なのか。
そして、その人物が、何故 ウイグルで作られた鏡を持っていたのか。
読者にだけ、その当時(飛鳥時代)の謎が明かされるが、遣唐使、壬申の乱という史実を巧みに生かした設定が面白い。
これが物語の一つの軸。
もう一つの軸は、可敦が中国政府にその身を狙われる立場にいるということ。
可敦が二人の男に拉致されそうになるところを、男性准教授が意外な特技で救い出し、親しい友人に助けを頼む。
その友人の名は、宮本美汐(みしお)。
なんと、前作「アトミック・ボックス」で、国家権力から逃げ切り、国産原爆製造の事実を暴露してしまった主人公ではないか。
そして、前作で彼女の逃亡を支えた友人たちと、敵対していた元公安の郵便局員が、可敦をかくまうことに協力することになる。
しかし、可敦には、秘密がある。
読者にだけ語られる彼女の胸のうちの言葉がヒントだ。
一級のミステリ小説のようでありながら、今の中国におけるウイグル自治区の人々の厳しい現状が反映されている。
最後のほうで美汐が言った
「国家を裏切るか友を裏切るかと迫られたときに、私は国家を裏切る勇気を持ちたいと思う。」
という言葉が胸に響く。
物語の前半はテンポが速く、あっという間に引き込まれた。
しかし、 池澤夏樹(71歳)は精神年齢が相当に若い。
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