2015年6月22日月曜日

鬼の面/谷崎 潤一郎

谷崎の自伝的小説3部作の中で、中間に位置する本作は、彼の第一高等学校(今でいう大学)時代の作品だ。

彼(本作では壺井耕作)が進学のために家庭教師として住み込んでいる設定と、その住み込み先の津村家の家族の構成は、前作に当たる「神童」とほぼ近い。

物語は、 壺井が、津村家の女主人の命令で、鎌倉の別荘に滞在している子供たちの監視のために、性格の悪い女中のお玉と汽車で向かうところから始まる。

壺井と歳の近い兄の荘之助と妹の藍子は、荘之助は前作のいじめられていた玄一とはイメージが変わり、女中のお玉や壺井にも嫌がらせができる存在になっており、藍子は前作の鈴子が美しく成長した存在になっているが、両者とも性格は悪い。

壺井は、親に隠れて恋愛をしている兄妹の行動を影から監視し、女中のお玉に告げ口するという、どうしようもない役割を担っている。

女性の美しい肉体への憧れと、勉学にいそしみ過ぎて醜くなってしまった自己の容姿への幻滅が、壺井の心を波立たせ、 勉学にはほとんど身が入らない。

この鎌倉生活の中で、兄妹が、自分たちの手紙を検閲する女中のお玉への意趣返しに、夜中、彼女が寝ている時に、その寝顔にいたずら書きをするという事件を、壺井が目撃し、その行状に激しい情欲を覚えるエピソードは、いかにも谷崎らしい。

そして、藍子の恋愛を見ているうちに、壺井に漠然とした恋愛への憧れが生じ、自分が堕落してしまったのは恋愛をしていないことが原因だと思うようになったのは、ある意味自然な成り行きかもしれない。

壺井は、津村家に奉公に来ていた女中を、自らの恋愛の対象に選び、恋文を出し、そのやり取りが津村家の主人に露見し、家を追い出されてしまう。(学費の補助も打ち切られた)

この事件は谷崎に実際に起きた事件であるから、壺井のその恋愛に対する自己検証が興味深い。

相手の女中は、愛嬌のある善良な性格で、壺井はそこに惹かれたらしいが、貧書生の自分に相応の相手として選んだという側面が強く感じられる。彼の女性の好みから言えば、性格が悪くても美しい藍子のほうだったのかもしれない。

いわば、恋愛に憧れ、無理に恋愛を演じている男という雰囲気が強く感じられる。相手の女中も、結婚の約束を口にしながらも、現実味のない壺井を、ついには拒絶してしまう。

失恋し、学費の支払いにも窮し、新たな職も見つけられない壺井は、さらに堕落してゆく。

偶然出会った金持ちの息子の友人から学費と称してお金を騙し取り、遊興にふけっているらしい壺井を、両親が半ば諦め、かつての恩師や旧友がその堕落を気の毒がる場面で、この物語は終わるが、この状況は、そのまま次の「異端者の悲しみ」に引き継がれていく。

この作品は、「神童」、「異端者の悲しみ」と比べると若干、質は落ちるかのしれないが、谷崎が作家として身を固める前章にあった堕落と彷徨を描いている点で、谷崎作品の中で貴重な位置を占めていると言って間違いないと思う。

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