2021年3月14日日曜日

クララとお日さま/カズオ・イシグロ 土屋政雄 訳

読み終えて、心の奥深くにある懐かしい感情がくすぐられたような気分になった。

それは昔、子供時代に一人遊びで使っていた人形や、ぬいぐるみ、プラモデルへの懐かしい感情に近い。

彼らは、ある時期、濃密な関係と言っていいほど、確かに私の傍にいたのだけれど、いつの間にか、私は彼らから離れてしまい、彼らを動かしたり、語りかけることはなくなった。

おそらく、彼らは何かのついでに物置きに移動して、何かのついでに捨てられたのだろう。

クララという子供のAIロボットの物語を読んで、そういった子供の頃の彼らへの思い出がふと呼び起こされ、くすぐられたような気分になった。

彼らは、自分の主人をどう感じていたのか、彼らは幸せだったのだろうかと。

それにしても、クララの備えている美質が、観察することを主とした控え目な知性であったり、謙虚さであったり、主人に対する忠実さというところが面白い。

カズオ・イシグロの物語には、そういう、今では、あまりもてはやされない、昔気質な美徳をもった登場人物が現れるが、それは、かつて、日本人の美徳でもあったはずだ。

その日本人が失った美徳を、イギリスの作家であるイシグロが再現していて、しかも、この物語では、AIロボットの少女がそれを備えているというところが逆説的で面白い。

物はいつか使い捨てられてしまう。そんな過酷で悲しい運命を想いながらも、この物語が、終始明るさを失わないのは、彼女が自分が下した決断に何の後悔の念を持たず、一貫した肯定感を維持しているからだろう。

彼女が信じたお日さまの光の力のように。

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