2017年10月16日月曜日

遠い山なみの光/カズオ・イシグロ

読んでいて、とても不思議な気持ちになる小説だ。
まるで、小津安二郎の映画のような世界が再現されているからだ。

今は英国の片田舎に住む主人公の悦子は、夫を亡くし、二人の娘のうち、長女の景子が自殺で亡くなり、次女のニキはロンドンで暮らしていて、一人の生活を送っている。

次女のニキは、長女の景子が自殺したことは、母の悦子の責任ではないという事を励ましてくれるのだが、悦子はそれと関係するかのように、日本で最初の夫と結婚し、景子が、まだお腹の中にいた頃に知り合った、佐知子という女と彼女の娘 万里子のことを思い出す。

アメリカ兵との叶う可能性もないアメリカでの生活を夢見る佐知子と、彼女にほったらかしにされる万里子。

悦子は、この不思議な母娘と交流を持つのだが、戦後間もない長崎の街の様子、最初の夫 二郎と、義父の緒方との関係、これらの人々との会話を読んでいると、自然と、小津安二郎の映画「東京物語」のシーンが脳裏に浮かんでくる。

悦子は原節子、義父の緒方は笠智衆、父を冷たくあしらう夫の二郎は、山村聡のようだ。

佐知子は、原節子が二役やることでもいいかもしれない。
というのは、この物語では、悦子がなぜ、イギリスに旅立ったのか、景子との日本での思い出はどうだったのかが語られていない反面、まるで写し絵のように、アメリカに旅立とうとする佐知子と、彼女に振り回される万里子が描かれているからだ。

その構成は、英国に行った後の景子の運命と重なり、見事としかいいようがない効果をあげている。

カズオ・イシグロは、テレビのインタビューで、現実の世界にはない、記憶の中にある「日本」を留めておきたくて小説に書き留めたという話をしていたが、この小説を読むと、とても納得する。

ある意味、日本の小説家が書く小説よりも、はるかに日本らしい小説だと思う。

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