2017年9月10日日曜日

スクープドキュメント 沖縄と核/NHKスペシャル

一昨年、米国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除したらしい。
番組では当時の機密資料と元米兵へのインタビューをもとに、沖縄への核配備がどのようなものであったかを明らかにしている。

元軍人のアイゼンハワー大統領の積極的な核利用の姿勢を受け、当時、共産主義国であるソ連、中国との対立から、沖縄への核配備が進められ、極東の核戦略の拠点と位置付けられた。嘉手納の核弾薬庫に核爆弾が保管されていたらしい。

1959年6月19日 現那覇空港の訓練地で20キロトンの広島級の核弾頭を積んだナイキというミサイルが海に誤発射されるという信じられない事故が発生した。
幸い爆発は起こらなかったが、もし、爆発していたら那覇市は壊滅的な被害を被るところだった。米側は、国際世論の批判を怖れ、この事実を極秘扱いにした。

また、米海兵隊がレーダをかいくぐって核爆弾を投下するLABS(低高度爆撃法)という訓練を伊江島で繰り返し実施していたところ、1960年に訓練中、模擬爆弾の爆発で子供と妻がいた28歳の男性が死亡した(番組ではその娘に当たる方がインタビューに答えていた)。

1960年日米安全保障条約が締結され、核を持ち込む際の日本側との事前協議制度が設けられたが、核の抑止力が必要と判断した岸信介総理大臣は、この事前協議制度には沖縄を含まないことを了承。沖縄に核を持ち込むことを暗黙のうちに了承した。

メースBという新型ミサイルの配備が進み、これが核ミサイルではないかと沖縄の住民・新聞が騒然となった。
しかし、当時の日本政府の小坂外務大臣の対応は、ミサイル配備の情報公開を原則とする米軍に対し、事前にメースBを導入することを公表しないでほしいと頼みこんだという。事後の事であれば沖縄の人々も騒がず、日本政府も責められずに済むからという誠意のかけらもない理由からだった。

結局、メースBは沖縄4カ所に設置され、元米兵のインタビューによると、キューバ危機の際、中国をターゲットにしていたらしい。

その後も沖縄への核の配備は進み、1967年には最大で1300発もの核爆弾が配備されていた。もし、ソ連が沖縄に攻撃をしかけていたら、沖縄は無くなっていたかもしれない。

1972年、日本への沖縄返還で表向きには核撤去が約束されたが、佐藤栄作とニクソンの間では、緊急時に備え、那覇、嘉手納、辺野古の核弾薬庫はいつでも使用可能にできるよう維持する核密約があった。

現在、米国防総省は、沖縄に核を配備しているかについてはノーコメントで、日本の外務省は、核密約は無効になっており、非核三原則に基づき、そのような事実はないとコメントしている。(果たして本当なのだろうか?)

核の抑止力を必要と判断し、核爆弾を日本本島に置くことは避け、沖縄を選択するという日本政府の姿勢は、沖縄の基地問題と全く同じ構図だ。

本当に核の抑止力などというものが必要なのか。
必要だとしたら、日本は、核武装を進める北朝鮮と基本的には変わらないのではないか。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170910

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