司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKのスペシャルドラマとして2009年から毎年年末に放映されている。
司馬遼太郎本人としては、戦争賛美と誤解される恐れがあるということで、この作品を映像化することについては、かなり反対だったらしい。
私自身は、とりたてて好戦的な印象を受けなかった。
司馬遼太郎が書きたかった主題は、明治時代の雰囲気が持つ独特の楽観主義や明るさ、そして、昭和初期には失われてしまった政治家や軍人の判断から感じる客観性、合理主義が、明治時代にはまだあったということだと思うからだ。
そういう視点でみると、ドラマのなかで原作のある部分に全く触れていないことが気になった。
それは、日清戦争直前期に、海軍省大佐 山本権兵衛が行った、海軍省の無能幹部の大量首切りである。
「大整理をして有能者をそれぞれの重職につける以外にいくさに勝つ道はありません」
その思想のもと、維新の功績だけで軍艦の構造すら知らない無能な薩摩人を、同じ薩摩人である山本権兵衛が容赦なく首を切っていった。
山本権兵衛は懐中に短刀を忍ばせて、首切りを宣告していったというから、やる方も命がけである。
その結果、日露戦争当時、ロシアには風帆船の操作しか知らない老朽士官が多かったにもかかわらず、日本海軍では、そのような老朽士官が日清戦争直前期にすでに一掃されてしまっていたという。
「大量首切り」=リストラという発想になったのかもしれないが、こういった厳しい合理主義が必要なときもあるということは、ある意味、真実だろう。
そのことについてドラマで全く触れなかったというのは個人的には残念です。
0 件のコメント:
コメントを投稿