読み終わった後に、ざらっとした感触が残る物語だ。
そのざらっとした感触は、池澤夏樹が、この日本文学全集に多く取り上げている作品に共通している日本の前近代の匂いだ。
この物語では、「山の人」がその象徴だ。
ある日、突然、中流家庭が住む住宅街に、「山の人」の家族が現れる。
「山の人」たちは、四国の山奥で狩りをして暮らしていたが、戦時中、 脱走兵が森林地帯に逃げ込んだ際、国家意識が希薄な彼等が脱走兵を匿うことを予防するために、二十世帯の全家族が強制的に国民学校の校庭でのテント生活を強制される。
しかし、事件が解決した後、山林地主が結束して彼らの追い出しを図り、「山の人」たちは、森に戻れなくなり、日本中を流浪することになる。
主人公には、かつて校庭でテント生活をしていた「山の人」を嘲弄した記憶が残っており、精神病を患っている彼は、最初、自分に会いに彼らがこの街に来たのではないかと怯えるが、幼女を犬に噛まれたことを口実に所有者の土地に住みだした「山の人」たちと徐々に接触を交わしてゆく。
犬を食べたり、当たり屋のような事故を起こして指を失った暴力的な若者がいたり、もぐりの酒屋と売春宿を営んだり、深い竪穴を掘ったり。
そんな奇行を繰り返す 「山の人」たちに、主人公は惹かれ、やがては、トラブルを起こした街の人々から彼らを守るような立場まで引き受けるが、その関係も断絶するような事件が起きる…
真夜中、主人公が、「山の人」の長と焚火にあたりながら、ウイスキーを飲み、遠い昔に行われていた狩りの話をしながら、精神的な安定感を得る場面が印象に残った。
主人公が「山の人」に対して感じる憧れと安定感は、私には理解できる。
それは、「山の人」に象徴される前近代がかつてあったのに、そこから遠く離れ、決して戻ることはないことを私が感じているからだと思う。
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