エリアーデの幻想小説のひとつ。
若返りの血清を開発した医療生物学のタタール博士が死に至った謎を、ルーマニアの秘密警察と彼の友人だった植物研究者 ザロミト教授が調べていく過程で、その秘密が少しずつ明かされていく。
物語には推理小説的な要素もあるが、宗教学者としてのエリアーデのベースが濃く現れている。
タタール博士は、アダムとイブが「原罪」のため楽園を追放された際、人間の体が本来持っていた細胞の自動的再生という最重要機能を忘れてしまった<記憶喪失>と推測し、旧約聖書の「外典」にその秘密を探す。
そして、博士は、ヘブライ語とギリシャ語と神学に堪能な神父と植物研究者の協力を得て、ついに若返りの血清を開発し、その血清を三人の女性に投与する。
タイトルにある「三美神」は、その投与された被験者の女性のことを指す。
実験は、上層部の判断により中断されたが、ザロミト教授は、被験者の一人である七十歳の女性に出会い、驚くべき話を聞く。
血清の投与後、一年の四分の一だけ、彼女の肉体が、四十歳、三十五歳を超えさらに若返っていく。若さを得た彼女は、精神もその若さを取り戻し、複数の男との付き合いを頻繁に行うようになり、仕舞いには偶然、彼女が山の中で裸で歩いていたところを見たタタール博士を誘惑しようとし、恐れをなした博士が崖から足を踏み外し死んだという告白をする。
そして、ザロミト教授と彼女との話を盗聴していた秘密警察が、その血清の開発を再び進めるため、ザロミト教授に協力を要請し、彼が自殺を試みようとして失敗するところで物語は終わる。
読んでいて意外と思ったのは、物語中で述べられている癌の性質が、現代医学の捉え方と遜色がないところだ。
癌は、ある組織ないし器官の細胞の過剰でアナーキーな増殖によって起こる。…めまぐるしいほどの細胞増加現象が示すのはポジティブな欲動、つまりその組織ないし器官の再生である。…細胞の大量増殖は、組織の全面的再生をもたらし、結局はからだ全体の再生つまり若返りに至るはずだ。エリアーデの他の小説にも、突然、若く見えたり老いて見える女性が登場するが、そういったものがコントロールできる時代が来たら、ちょっと怖いですね。
しかしこの有機体のポジティブな欲動は、細胞増殖の常軌を逸したリズムによって、またミクロとマクロの細胞構築のアナーキーなカオス的な性質によって無効になる。
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