2020年8月10日月曜日

幸福/中島敦

中島敦は、第一次世界大戦後、日本がミクロネシア諸島を委任統治していた時代、南洋庁の編修書記という職務で、約9か月間、パラオに滞在していた時期がある。

その時の経験を基に、南洋を舞台にした幾つかの短編を書き残している。
「幸福」もその一つで、南洋の島に伝わる昔話だ。

身分が卑しい下僕は、彼の主人である長老に、過重な労働を強いられ、いつもひどい仕打ちを受けている。彼は忍耐強い男であったが、そのうち、空咳が出る疲れ病いにかかってしまう。下僕が、神に、病いの苦しみか、労働の苦しみのいずれかを減じてほしいと祈ったところ、夢を見るようになる。

その夢の中では、下僕は長老に成り代わっており、食卓には御馳走が並び、女は妻だけでない範囲で自由にすることができ、誰もが彼の指示に従う。特に長老に似た召使いに対しては過酷な仕事をいいつける。夢から覚めれば、また卑しい下僕に戻ってしまうが、夜の楽しさを思い、彼は昼間の辛苦にも耐えられるようになる。そのうち、夢の中での美食のせいか、病気までもが回復し、めっきりと肥り始める。

一方、長老も同じ時期から夢を見始めるが、その夢は、自分が卑しい召使いとして、自分に成り代わった下僕に無理難題の仕事を強いられるという夢だった。そのうち、長老は、空咳をしはじめ、痩せ衰えていく。

怒った長老は、ついに下僕を呼びつけ、手酷く罰しようとするが...という物語だ。
ガルシア・マルケスのマジック・リアリズム的な作品だが、やはり、空咳をし、痩せ衰えていく下僕に、喘息に侵されていた中島敦自身の影を感じてしまう。

彼がこの下僕のように幸せな夢を見続けることで健康を取り戻し、もっと多くの作品を書き残すことが出来ていたら、どんなによかったろうと思う。

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