ビリヤードというゲームは、男の楽しむゲームという印象が強い。
学生の頃、暇な土曜日の夜は、よく、ビリヤード場に行って玉を突いていたが、女の子連れはあまりなく、たまに見かけても、上手いと感じさせる場面はついぞ見なかったような気がする。
その理由のひとつは、ビリヤードというゲームの性質が、勝とうと思うならば、徹頭徹尾、冷静にプレーし、ミスをしないことが求められることにあるのだと思う。
社会人になってからも、まだ、たまにビリヤード場に行っていた頃、海老沢泰久の短編小説「スヌーク」を読んで以来、ビリヤードというと、この作品のことが頭を過ぎるようになってしまった。
「スヌーク」という作品は、スヌーカーというあまり聞きなれない種類のゲームで戦う中年男のプレーヤーを描いた作品だ。
太っていて、髪の毛もうすくなりかけている主人公の村田伸郎は、四十七歳のビリヤード選手だ。
大会でもシード選手になれず、同じ年の友人といても、話すことがなくなってしまい黙ってぼんやりと過ごしてしまう、意味もなく薄ら笑いの表情が浮かんでしまう、そんなさえない中年男だ。
彼は、一回戦で、昨年チャンピオンになった十九歳の若い魅力的な笑顔の第一シードの選手と戦うことになる。
村田伸郎は、偶然、ビリヤード場で知り合い親しくなった少年に試合のチケットをプレゼントし、圧倒的にチャンピオンに視線が集まる会場で、スヌーカーのゲームを始める。
第三フレーム(ゲーム)まで、チャンピオンが圧勝し、第四フレームは接戦の末、村田伸郎が勝つ。
彼の勝因は、題名でもある「スヌーク」(狙い玉をポケットに落とすのではなく、相手が狙い球に手球を当てづらくする位置に手玉を移動する防御的なプレー)をして無理をせず、相手のミスを誘うことができたからだ。
このスヌーカーという競技は、勝つためには、攻撃より防御に重点が置かれているということが、ビリヤードを知らない読者にも分かるように、海老沢泰久の文章は二人の緊迫したプレーの応酬を描いていく。
十九歳のチャンピオンは「スヌーク」をせずに狙い玉を落とすことにこだわり、ミスを重ね、主人公の老獪なプレーに次第に冷静さを失い、ゲームを落としていく。
主人公は観客の敵意に囲まれながら、意味もなく薄ら笑いの表情を浮かべる自分を、醜い四十七歳の中年男だと感じ、勝った後も招待した少年に会う気分になれず、会場を立ち去ろうとする。
ビリヤードというゲームの残酷さと中年男の悲哀が見事に描かれた海老沢泰久の佳品だと思う。
☆おまけ
http://nicoviewer.net/sm7526738
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