2014年7月29日火曜日
街場のアメリカ論/内田樹
いわゆるアメリカ論については、藤原新也の「アメリカ」、司馬遼太郎の「アメリカ素描」しか、読んだことがない。
司馬遼太郎の本には、今読んでもうなずけるところがあるし、藤原新也の本は、著者が著者だけに個性的な視点で観察されたアメリカ像が面白かったが、この内田樹の「街場のアメリカ論」も負けていない。
例えば、「原因は何か?」という問いを人間が立てるのは、「原因がわからない」場合だけである。
歴史の場合も同じで、ある出来事が起きる。そのあと別の出来事が起こる。それが原因と結果に見えるとしたら、それはそのままでは原因と結果の関係で結ばれているようには見えないからである。だから、歴史の教科書で、「原因」ということばが使ってあるときは注意が必要である。
「原因」ということばを人が使うのは、「原因」がよくわからないときだけだから。
なんていう話から、他人の意見をそのまま鵜呑みにするのは知性の活動を放棄することに等しいと断じ、自分の頭を使って、歴史を推論することが必要で、だから、年号を覚えることはとても有用だと述べている。
また、ある歴史的な出来事の意味を理解するためには、「なぜ、この出来事は起きたのか?」を問うだけでは足りず、「なぜ、この出来事は起きたのに、他の出来事は起きなかったのか?」という問いも同時に必要だと述べ、その例として、何故、幕末、いち早く日本に開国を迫ったアメリカが日本を支配できなかったのか? それは同時期にアメリカで南北戦争が起きていたからという例を挙げている。
ここまでは、アメリカ論に入る前の導入部分なのだが、
アメリカン・コミックのヒーローが象徴するものは何なのか?
上が変でも大丈夫なアメリカの統治システム
戦死者が実は少ないアメリカ
アメリカ没落のシナリオ
実は子供嫌いのアメリカ
キリスト教の福音主義
訴訟社会
などで繰り広げられるアメリカ論は、どれも納得感が高い。
今は日本に限らず、何処に行っても、アメリカの文化は目につく環境にあるが、知性を働かせ、一歩、深く踏み込むと、アメリカの意外な正体が浮かび上がってくる。
これだけ、自分は分かっていなかった(考えていなかった)んだということを気づかせてくれる本でした。
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