本の帯に「遺作」とあるので、遺作なのだろう。
眉村卓は、2019年11月3日、誤嚥性肺炎のため、八十五歳で亡くなっている。
大阪大学経済学部を卒業後、旧大阪窯業耐火煉瓦株式会社に入社し、サラリーマン生活の傍ら、早川書房主催のSF小説コンテストに応募したり、SFマガジンに寄稿したりして、作家生活をスタートさせた。1970年から80年代の頃は、数多くのSFのジュブナイル小説を書き、ドラマ化や映画化された。
2000年代は、がんを患った妻のために1778話のショートショートを書き続け、話題になった。
2012年には自身も食道がんを患い、以降、入退院を繰り返していたらしい。
この小説は、そうした背景を分かっていると自伝的な内容を強く感じる。
げっそり痩せて、足が「うどん」のように軟らかくなってしまい、起き上がるのも大変になってしまった老SF作家 浦上映生は、眉村卓自身のことなのだろう。
また、同じく名称は変えられているが、日本におけるSF創生時期の早川書房やSFマガジン、日本SF作家クラブや、山の上ホテルの思い出なども書かれており、星新一、筒井康隆、小正左京など、いわゆるSF第一世代の大物作家とのエピソードも出てくる。
一方でこの小説の面白いところは、薬や病気、高齢から生じる幻覚がSFチックな不思議さに転換されて描かれているところであり、ショートショートの要素も感じられるところだ。
癌の転移をもじった言葉なのだろうか、「テイニー」と呼ばれる瞬間移動の能力を身に着けた娘、旧知の編集者との、別の時間流、別の宇宙での別の生命体への転生に関するやり取り。
老いて死も間近な自分という存在を感じながらも、その重さをSF的な世界に遊ばせ、解き放つ。
物語の最後、浦上映生が空を飛び、「地球も、地球が属していた宇宙も、何も知らない」何かに転生したかのような終わり方が印象に残った。
自分が少年時代好きだったSF作家がこういう素敵な終わり方を書いてくれたことが、妙にうれしい。