2020年9月22日火曜日

ワカタケル/池澤夏樹

 池澤夏樹が編集して取りまとめた日本文学全集の01番として収められている 池澤夏樹自身が現代語訳した「古事記」。

その「古事記」に出てくる「オホハツセ」、第二十一代雄略天皇こと、ワカタケルを主人公にした小説である。

しかし、読み終わると、このワカタケルは本当に主人公なのだろうかという疑問が湧いてくる。物語前半は、名前の通り、猛々しいワカタケルが、謀略をもって、彼の競争者たちをみな殺しにし、大王の地位に登りつめるまでを描いているが、彼が重要な判断を迫られる場面で影となってコントロールしているのは、夢見る力(予知能力のような力)を持つ女たち、ヰトや大后となるワカクサカなのだ。

物語後半になり、ワカタケルの力が衰え、国家を暗愚な方向にさし向けようとした時、その影の力は遂には表となり、大后となるワカクサカ(さらに言えば、その背後にいるヒミコ)は、ワカタケルに大王の地位からの退場を求め、譲位を迫ることになる。

そして、悲劇が起きた後の始末、ワカタケルとワカクサカに留まらず、心に傷を負った犬の余生まで心を配るのもヰトが行っている。

ワカタケル亡き後の次の大王探しも女たちが担う。葛城氏出身のイヒトヨが女王となり穏やかな治世を行う一方、ヰトはワカタケルが謀殺した従兄のイチノヘノオシハの遺児を探し出し、彼らは大王の後継者となる。

ワカタケルの血統を、十五代ホムタワケから最悪の大王となった二十五代ワカサザキまでを振り返り、葛城氏の女たちの血統が柱となっていたと指摘している点も、結局は女たちが作りあげた物語であるということを暗示しているかのようだ。
(今、女性宮家の存続や女系天皇で騒いでいること自体、こうした過去を振り返ると、ほとんど無意味な議論にすら思えてくる)

池澤夏樹は「古事記」という容れ物をうまく使って、古墳時代の人々を生き生きと描くことに成功している。

天皇と治世の関わり方に数多くの和歌を引用している点も、文字の力に触れている点も、男と女の交わりを明け透けに描いている点も、そして「古事記」から引用された数々のエピソードとその底流にある思想(負けた側への同情の思い)に基づいている点も、ほとんど完璧と言っていい。この小説を読むことで「古事記」の重要な点はほとんど理解できる内容になっている。素晴らしい。

ヤマトタケルの8代後、厩戸皇子(聖徳太子)や推古天皇の10代前。まだ、政権の中枢には大伴氏や物部氏がいて、蘇我氏の勢力が小さかった頃。
今上天皇は126代。日本の歴史は振り返ると本当に長い。

(山岸凉子の「日出処の天子」や「青青の時代」、「ヤマトタケル」を読んだ人には特にお勧めです)

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