2020年9月19日土曜日

鼠坂/森鴎外

日露戦争後、文京区の鼠坂という「鼠でなくては上がり降りが出来ない」という意味で名づけられた急こう配の坂の上に建てられた邸宅での話。

その邸宅の主人は深淵という日露戦争の際、満州に酒を漁船で運び利を得た成金で、その晩、二人の客と酒を飲んでいる。

一人は平山という支那語の通訳をやっている男で、もう一人は小川という新聞記者。

深淵の話は、深淵と平山の中国での苦労話から、小川の話に移る。
それは、酒と肉では満足しない「今一つの肉」を要求する性質である彼が、中国遼陽と奉天の間の十里河という村で犯した強姦殺人事件だった。

深淵の話に気分を悪くした小川だったが、酒に酔ってしまった彼は深淵の邸宅で用意された部屋で眠ってしまう。

やがて小川が目覚めると窓は真暗なのに部屋には薄明かりが差している。
正面の壁を見ると紅唐紙で「立春大吉」と書かれた書の「吉」の字が半分に裂けている。

そして、その切れ紙のぶらさがっている下には、彼が殺したはずの女が仰向けに寝ていることに気づく。
顔は見えないが下顎が見えて右の口角から血が糸のように一筋流れている...という物語だ。

森鴎外には珍しく合理的に説明がつかない怪奇ものの小説である。
もう一つ興味深いのは、国内ではひどく評判がいい日露戦争における日本人の中国の民間人に対する暴力を描いているということだ。

このような話が実話としてあったのか分からないが、森鴎外自身は日露戦争に従軍している。
ただ、彼がこの犠牲になった中国人女性に同情している感情というものは伝わってこず、むしろ、戦地で勝ち馬に乗っかってこのような暴行を働いた民間人を罰したいという気持ちが、このような怪奇ものを書かせたのかもしれない。

鼠坂って、こんな処らしいです。


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