シャクという平凡な男が、遊牧民の侵略を受けた際、弟を殺されたことをきっかけに、譫言(うわごと)をいうようになり、人々は珍しがって彼の話を聞きに来る。
最初は弟の霊が憑りついたと思われたが、そのうち、関係のない動物や人間の言葉を口にするようになる。
しかし、シャクが話す態度は狂気じみた所がなく、その話は条理が立った内容になっており、憑きものがついた人間の話とは思えない。
シャクも自分が憑きもののせいで話している訳ではないことに気づいているが、自分が何故、このような空想話を次から次へと生み出すのか分からない。そのうち、彼の話を聞きに来る聴衆はますます増え、シャクが作り出す物語の構成も巧緻なものになっていく。
後世の私たちは、その生業を作家と呼ぶのだが、文字もないこの時代、シャクのやっていることは、彼自身も含め誰も理解できない。
そのうち、若い人たちが彼の話を聞いてばかりいて仕事をしないことに腹を立てた長老達が、シャクの排斥にとりかかる。
シャクは釣りや馬の世話をせず、実社会では働かず、彼の話の面白さに惹かれる人々から与えられる食べ物で生きていたが、やがて、シャクが作家的スランプに陥ると、今まで彼の話を好んで聞いていた人々も彼に食べ物を分け与え続けてきたことに腹立ちさえ覚えるようになる。
そして、長老たちの計略により、シャクは雷の夜、処刑されてしまう...という物語だ。
中島敦の作品は、不遇な芸術家を描いたものが多いが、決してウェットな感じにはならない。ある意味、その不幸をも笑いに変えてしまっているような知的な印象を受ける。
この物語の最後の文章も、こうだ。
”ホメロスと呼ばれた盲人のマエオニデェスが、あの美しい歌どもを唱ひ出すよりずつと以前に、斯うして一人の詩人が喰はれて了つたことを、誰も知らない。”
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