石川淳の文章は、たとえて言うなら、居合術で鋭く空を切る日本刀と似ている。
気合いがみなぎっているというのだろうか、下卑な事柄を取り上げているときでさえ、その文章にはたるみがなく、品がある。
そのくせ、文章はしなやかで、リズムよく前へ前へと引っ張ってゆく力に満ちていて、読んでいて心地よい。
明治以降の小説家のなかで間違いなく、五本の指に入る名文家の一人である。
この紫苑物語は、その物語も躍動感に満ちている。
歌詠みの父を持ち、勅撰集の撰者にもなれるほどの詩才を有していながら、その道を捨て、父と断絶し、遠い国に左遷されながらも弓矢をもって狩の道に突き進む宗頼。
信長あるいは詩人のランボーのような強い個性の持ち主だ。
その宗頼に絡んでくる周りの人々も負けずと個性が強い。
みにくい顔立ちと赤黒い体を持ちながら、手あたり次第、男と関係を持ち、性の快楽を追い求め続ける正妻のうつろ姫。
宗頼の伯父で弓矢の師匠でありながら、狼に憑かれた心根の持ち主である弓麻呂。
宗頼に弓を射られ、その仕返しに色をもって精を吸い取り、陰謀をもって宗頼の治政を壊そうとたくらむ狐の千草。
宗頼と弓麻呂を争わせ、国を乗っ取ろうと企む家臣の藤内。
宗頼と相似する精神力を持った仏彫師の平太。
宗頼は、殺生の是非を問わず、これら強敵に弓矢をもって対峙する。
宗頼が放った弓矢が平太の彫った仏を貫き、そのエネルギーが尽きることなく、最後には鬼の歌へと変化してゆく物語は、一定の速度を保ちながら、まるで一筆書きのように流れてゆく。
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