エリアーデ(1986年没)は、ルーマニアの世界的な宗教学者であるが、小説もいくつか残している。
「エリアーデの日記」でも、小説的な表現が多く見られるので、どんな小説をかいているのか、確かめたくなり、「ムントゥリャサ通りで」(1967年作)を読んでみた。
これは、相当に奇妙な小説である。
ファルマという小学校の校長だった男が、かつて自分の教え子だったというルーマニアの内務省(警察組織のような性格)のボルサ少佐に会いにいくが、ボルサ少佐は、ファルマをまったく覚えていないどころか、何か目的があって自分を探りに来た怪しい人物だと疑う。
ファルマは、秘密警察に拘留され、そこで取調べを受けるのだが、彼が話す内容、供述書の内容が、相当に奇妙なものとなっている。
人の住んでいない家の地下室の水の溜まりに飛び込んで戻ってこない少年の話、
少年たちが遊びで真上の空に放った弓矢が落ちてこない話、
彫像のような体を持つ身長2メートル40センチの精力絶倫の女と牧童と獣姦の話、
水族館を一瞬にして作り上げてしまう魔術師の話、
年齢が六十歳なのか、童女なのか、見た目がころころと変わる女の話…
しかも、話の細部が不必要なまでに詳細に語られていて、また、Aという話はBという話が前提として必要であり、Bという話はCという話が前提で、Cという話が…と、どんどん重なり、200年以上もの時間と登場人物が錯綜し、結局のところ、Aという話がよく分からないという、終わりのない迷宮に陥ったような感覚に陥る。
一方で、ファルマの話す、その現実とは思えない不思議な話を、何故、ルーマニアの秘密警察が根気よく調べるかという部分では、裏の事情もあることが示されており、推理小説のような側面も有している。
エリアーデは、この他にも幻想的な小説をいくつか残しているが、案の定、ほとんどが絶版に近い状況のよう。いくつか、作品を紹介しておきます。
・令嬢クリスティナ…ドナウ川沿いの地主邸に招かれた画家が、農民一揆の際に殺された令嬢クリスティナの幽霊に襲われ、吸血鬼退治の儀式を行う話
・蛇…主人公が湖のほとりで大蛇を呼び寄せる。その大蛇の姿に性的な意味を読み取る女と主人公が湖の中にある島へ渡り、アダムとイヴの姿になって愛し合う。
・ホニグベルガー博士の秘密…ヨーガに関する研究に熱中していた医師が数年前に消息を絶つ。調べていくうちに、彼が「この世」から彼岸の世界に脱出したものの、秘法の修練が足りなかったため、再び「この世」に戻ってこれなくなったことが分かる。
・セランポレの夜…三人のヨーロッパ人が、ある夜、百年以上前のインドの世界にタイムスリップし、ある殺人事件の目撃者になるという話
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