西尾維新の連作小説「物語シリーズ」は、怪異(この世のものではないもの、化物)に悩まされる少女と出会い、これを助けようとする主人公 阿良々木暦の物語だ。
この阿良々木 暦自身、吸血鬼の眷属として、半分吸血鬼と化しており、完全ではないが一定の不死身性を持っている。物語では、かなり血なまぐさい戦闘シーンが出てくるが、そもそも不死身性がないと化物と渡り合うことができないのだ。
この物語の最初のシリーズでは、忍野メメというアロハシャツ姿の中年の男、ただし怪異の専門家が登場する。
彼の立ち位置が面白い。 彼は物語上、阿良々木暦や少女たちを助ける立場に回ることが多いのだが、完全に味方にはならない。彼が重んじるのは、常にバランスなのだ。
(人は勝手に助かるだけ というのが彼の口癖)
被害者的立場にいるなど、まっとうな理由がある場合や、敵が強すぎる場合は手を貸すが、少女たち自身に怪異化する原因がある場合には、非情なまでに手を貸さない(反対に、 阿良々木暦は常に情に動かされ、助ける)。
そんな忍野メメの行動は、作者 西尾維新の視点と言ってもいいのかもしれない。
「物語シリーズ」では、随所で、阿良々木 暦とその少女たちを他愛もない冗談や疑似恋愛行為で、さんざんにふさけちらすが、根幹の部分では常にクールというか、常識的な視点を失っていないような気がする。
例えば、戦場ヶ原 ひたぎは、忘れたくなるような嫌な過去を、「重し蟹」という怪異に預けたせいで、自らの体重を失う。
羽川 翼も自分の嫌な部分、ストレスをブラック羽川という怪異に切り離し、さらに嫉妬心を「苛虎」という虎の怪異に切り離す。しかし、その怪異が暴走したせいで彼女はその怪異と対決せざるを得なくなり、最後には自分に受け入れ、同化したせいで、髪が白髪まじりとなる。
八九寺 真宵も、迷い牛(蝸牛)の怪異として、阿良々木 暦と出会うが、成仏したにもかかわらず、暦と一緒にいたいがために、この世に居続けてしまったせいで、「くらやみ」というブラックホール的なものの標的となってしまう。
神原 駿河も、悪魔に願い事をしたばかりに左手が猿の手に化してしまう。
千石 撫子にいたっては、恋人を作った阿良々木 暦に嫉妬したことから、自分の妄想で、蛇神を作り、自ら神様になり、阿良々木 暦と忍野忍を何度も半死状態になるまで痛めつける存在になってしまう。(囮物語が一番怖いというか、救いようのない物語のような気がする)
原因はすべて彼女たち自身にある。因果応報。
そして、この「憑物語」では、そういった少女たちの怪異と戦うため、吸血鬼の怪異性を利用してきた阿良々木暦が、鏡に姿が映らなくなってしまうという奇病をかかえてしまう。
つまり、今まであまりにも吸血鬼化した際の不死身性(忍野忍の存在を含む)を利用したため、本当に吸血鬼化し始めてしまうという物語だ。
彼は、影縫 余弦というS気味の武闘派 女性陰陽師にその助けを求めるが、むしろ、吸血鬼性を自制なく利用し続ける暦自身が彼女が殺すべき相手であると告げられる。
「自然に逆らって、奇異な状態(生きた肉体のように振る舞う霊的存在)にいつまでも留まることは、周囲のすべてを腐敗させるものになる」
は、エリアーデが、吸血鬼の幻想小説「令嬢クリスティナ」の中で、若干9才の美しい少女 シミナが性的に堕落してしまった原因を説明している言葉だが、この「物語シリーズ」における怪異にも当てはまる言葉のような気がする。
2014年4月12日土曜日
2014年4月8日火曜日
民法改正の今 中間試案ガイド/内田 貴
民法改正について、法制審議会に諮問(有識者に意見を求めること)がなされたのは、2009年10月のこと。それから、中間的な論点整理が2011年4月に公表され、パブリックコメント(広く公に、意見・情報・改善案などのコメントを求める手続)に付された。
その後も、法制審議会のもと、各分科会で審議され、2013年2月に中間試案がまとめられ、パブリックコメントに付された。
現状としては、改正要綱案の取りまとめに向けての審議を行う第3ステージまで進んでいるが、今回の改正対象が広範囲に及ぶことから、慎重な審議を行うということで、現時点でも、いつ民法改正法案が国会に提出されるかの時期は未定ということらしい。
(今、さんざん騒いでいる憲法問題も、これくらい丁寧にやってほしい)
本書では、東京大学法学部教授を経て、現在、法務省参与として、民法改正の作業に携わっている内田 貴さんが、民法改正 中間試案を比較的わかりやすく解説している。
民法は、大きく、5つのブロックで構成されている。
今回の改正は、債権法の改正とも言われるが、以下の改正部分をみると、総則の一部にも手を入れる一方で、債権編でも手を入れない部分もある。
それと不法行為の20年は除斥期間(当事者の援用がなくても裁判所が職権で判断できる)という解釈を止めて時効という解釈に変えるらしい。
債権譲渡に関しては、債務者をインフォメーション・センター(債務者に債権譲渡の情報を集約)とする現在の第三者対抗要件は、債務者に過大な負担を強いているとして、金銭債権は債権譲渡登記制度に一元化する案や、債務者の承諾を第三者対抗要件から削除する案が提示されている。
法律行為でいうと、錯誤に関しては、判例で一定の場合に認めてきた「動機の錯誤」を、表現を改め、「目的物の性質、状態その他の意思表示の前提となる事項の錯誤」という考えに変えるらしい。
その他、危険負担を解除に一本化して条項を削除するとか、売買の瑕疵担保責任に、代金減額請求権を規定するだとか、消費貸借契約や寄託契約を、要物契約から諾成契約に変えるなど、使い勝手がよくなるかどうかはともかく、確かに結構変わるなという印象を受けた。
中間試案では、まだ具体的な条文案が提示されていないが、普通の人が条文を読んで意味が分かるようになると確かにいいですね。(それって当たり前?)
繰り返しになるけれど、国民の生活に影響を与えるルールを変更するときには、相当の時間をかけて徹底的に議論すべきなのだ。
何故、そういう法改正をしたのか、その趣旨は、効果は、メリット・デメリットは、代案はなかったのか、イレギュラーなケースにも対応できるのか等を徹底的に議論して、なおかつ、パブコメまで行っておけば、後日、なぜこんな改正を行ったのか、国民に対して説明しやすいのは言うまでもないだろう。
最上位の憲法を改正する際に、このような手続きを踏まないことの方が、よほどおかしい。
その後も、法制審議会のもと、各分科会で審議され、2013年2月に中間試案がまとめられ、パブリックコメントに付された。
現状としては、改正要綱案の取りまとめに向けての審議を行う第3ステージまで進んでいるが、今回の改正対象が広範囲に及ぶことから、慎重な審議を行うということで、現時点でも、いつ民法改正法案が国会に提出されるかの時期は未定ということらしい。
(今、さんざん騒いでいる憲法問題も、これくらい丁寧にやってほしい)
本書では、東京大学法学部教授を経て、現在、法務省参与として、民法改正の作業に携わっている内田 貴さんが、民法改正 中間試案を比較的わかりやすく解説している。
民法は、大きく、5つのブロックで構成されている。
今回の改正は、債権法の改正とも言われるが、以下の改正部分をみると、総則の一部にも手を入れる一方で、債権編でも手を入れない部分もある。
第1編 総則(人、物、民法全体の基本事項)
第5章 法律行為
第7章 時効
第2編 物権(所有権や抵当権など)
第3編 債権(契約など)
第1章 総則
第2章 契約
第3章 事務管理
第4章 不当利得
第5章 不法行為
第4編 親族(婚姻、離婚、親子など)
第5編 相続(遺産分割、遺言など)時効でいうと、短期消滅時効(飲み屋のツケ1年とか、学習塾の授業料2年とか、医者の診療報酬債権3年)を、のきなみ廃止するつもりらしい。ただ、現在の一般債権10年の時効も長いので、さらに3年~5年という時効期間を設けることも検討しているらしい。
それと不法行為の20年は除斥期間(当事者の援用がなくても裁判所が職権で判断できる)という解釈を止めて時効という解釈に変えるらしい。
債権譲渡に関しては、債務者をインフォメーション・センター(債務者に債権譲渡の情報を集約)とする現在の第三者対抗要件は、債務者に過大な負担を強いているとして、金銭債権は債権譲渡登記制度に一元化する案や、債務者の承諾を第三者対抗要件から削除する案が提示されている。
法律行為でいうと、錯誤に関しては、判例で一定の場合に認めてきた「動機の錯誤」を、表現を改め、「目的物の性質、状態その他の意思表示の前提となる事項の錯誤」という考えに変えるらしい。
その他、危険負担を解除に一本化して条項を削除するとか、売買の瑕疵担保責任に、代金減額請求権を規定するだとか、消費貸借契約や寄託契約を、要物契約から諾成契約に変えるなど、使い勝手がよくなるかどうかはともかく、確かに結構変わるなという印象を受けた。
中間試案では、まだ具体的な条文案が提示されていないが、普通の人が条文を読んで意味が分かるようになると確かにいいですね。(それって当たり前?)
繰り返しになるけれど、国民の生活に影響を与えるルールを変更するときには、相当の時間をかけて徹底的に議論すべきなのだ。
何故、そういう法改正をしたのか、その趣旨は、効果は、メリット・デメリットは、代案はなかったのか、イレギュラーなケースにも対応できるのか等を徹底的に議論して、なおかつ、パブコメまで行っておけば、後日、なぜこんな改正を行ったのか、国民に対して説明しやすいのは言うまでもないだろう。
最上位の憲法を改正する際に、このような手続きを踏まないことの方が、よほどおかしい。
2014年4月7日月曜日
カフカの時計/レイモンド・カーヴァー 村上春樹 訳
レイモンド・カーヴァーの詩集「ウルトラマリン」に、カフカの手紙をそのままのかたちで詩に再現した作品がある。
手紙なのに、詩になっているという不思議さとともに、カフカの一日の時間の感覚が感じられて、とても面白い。
(原文)
Kafka’s Watch
from a letter
I have a job with a tiny salary of 80 crowns, and
an infinite eight to nine hours of work.
I devour the time outside of the office like a wild beast.
Someday I hope to sit in a chair in another
country, looking out the window at fields of sugarcane
or Mohammedan cemeteries.
I don’t complain about the work so much as about
the sluggishness of swampy time. The office hours
cannot be divided up! I feel the pressure
of the full eight or nine hours even in the last
half hour of the day. It’s like a train ride
lasting night and day. In the end you’re totally
crushed. You no longer thing about the straining
of the engine, or about the hills or
flat countryside, but ascribe all that’s happening
to your watch alone. The watch which you continually hold
in the palm of your hand. Then shake. And bring slowly
to your ear in disbelief.
(村上春樹 訳)
カフカの時計
書簡から
私の得た職はサラリーがわずかに八〇コロナというもので、
永遠とも思える八時間から九時間、働きます。
私は会社の外では、野獣のように時間をむさぼり食います。
いつか外国で、椅子に座って、窓の外に見える
さとうきび畑や、イスラムの墓地なんかを
眺めることができたらなあと思います。
私は仕事に文句があるというよりは、ぐずぐずと流れる
時間がいやなのです。仕事時間というのは、分割することが
できません! いちにちの最後の半時間にだって、
私はまるまる八時間か九時間ぶんの重みを、
ひしひしと肩に感じるのです。それはまるで夜も昼も
列車に乗っているような感じです。そのうちにあなたはとことん
うんざりしてしまうでしょう。あなたはエンジンの奮闘ぶりや、あるいは
窓の外の丘陵や平野に思いをめぐらすことも
やめてしまうでしょう。起こることすべてが時計のせいに
思えてきます。あなたはいつも時計を
手のひらに握りしめます。それを振ってみます。そして信じられないという
顔つきで、ゆっくりと耳に持っていくのです。
カフカの一日を思うと、彼にとって仕事とは本当に「ぐずぐずと流れる時間」であり、「夜も昼も列車に乗っているような感じ」だったに違いない。そして、その疲れを感じながら、夜明けまで熱心に小説を書き続けた姿が思い浮かぶ。
カフカにとっての一日は、思わず時計を振って耳にあててしまうほど、あっという間に終わってしまうものだったのだろう。
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