2017年10月8日日曜日

日の名残り/カズオ・イシグロ

ノーベル文学賞の受賞のインタビューで、カズオ・イシグロが、彼よりも先に受賞すべき作家として、村上春樹の名前を何のけれんもなく挙げていたのを見て、やっぱり、この人はいい人だなと思った。

「日の名残り」しか、読んだことのない読者であるが、私の中では、あの忠実なおそろしいくらい不器用でまじめな執事のスティーブンスのイメージが、カズオ・イシグロに重なってしまう。

久々にページをめくって読むと、やはり、いい作品だなと思う。
ダーリントン卿に仕えていた執事のスティーブンスは、ダーリントン卿の屋敷を召使ごと買い取ったアメリカ人の主人から、自分が帰国している間に、イギリスを旅したらどうかと、休暇とフォード車とガソリン代を与えられる。

とまどいながらも6日間の旅に出かけるのだが、美しいイギリスの田舎の風景をみながら、彼によぎってくるのは、かつて、国際政治の舞台となったダーリントン・ホールでの充実した日々と、彼とともに屋敷を切り盛りした女中頭のミス・ケントンへの思い。

私的な感情も、冗談一つ言うことも脇に置き、執事の品格について真面目に考え、あくまで職務に忠実を貫こうとする彼は、ナチス・ドイツに協力してしまった主人に対しては無条件な信頼を寄せることで、彼に秘かな好意を寄せていたミス・ケントンに対しては、職務を優先し、自分の感情を押し殺すことで、ともにやり直しのきかない結果を招いてしまう。

私が好きなのは、一日とんだ六日目の夜の記述で、スティーブンスが、執事をやっていたという六十代の男に、自分の過去を話し、涙ぐんでしまうのだが、桟橋のあかりの点灯を見ながら、新しいアメリカ人の主人に対して、上手くジョークを言えるよう練習することを思い立つところだ。

一人の執事の追憶が、イギリスの貴族社会の終焉、世界の中心がアメリカに移っていく流れを実に鮮やかに描き出しているところも、この作品の凄いところだと思う。

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