2017年6月29日木曜日

「幻魔大戦deepトルテック」を「e文庫」 で買ってみた。

幻魔大戦deepを読み終わり、案の定、続きが読みたくなってしまい、「幻魔大戦deepトルテック」を買ってしまった。

なぜか、この本は電子書籍が販売されておらず、紙の本らしい。
しかも、通常の本屋では取り扱いがなく、 Amazonでも売っているが21,600円という高額本。

ところが、この本の販売元らしい「e文庫」 では、9800円で売っていた。(送料込みで50%超値引き)

有限会社ルナテックというサイケな名前と、振り込み前払で、若干不安ではあったが、早速申し込み、お金を振り込んでみた。

1週間経っても納品されないので、ひょっとしてという不安が募り、メールでいつ頃商品を発送できるのか聞いてみると、それ程時間を置かずに、発送が遅れたことのお詫びと、明日ゆうパックで送るとの回答。

翌日商品が届いたが、段ボールが思ったより小さい。

包装を開けてみると、ケースは、縦横12cm、高さが19cmと意外とコンパクト。 
泉谷 あゆみさんのイラストが印象的だ。



うーん、テンションが上がる!

何か高いプラモデルを買ったような気分だ。

2017年6月28日水曜日

幻魔大戦Deep 8 appendix/平井和正

幻魔大戦Deep 8は、本編の終了後に、appendixが14章もついているが、基本的には、本編の物語の流れを引き継ぐ内容になっている。

冒頭の“握り潰し”が、面白い。
下痢になった美恵が、少女を犯すレイプ犯たちの睾丸を握力70kgの力で握りつぶしてゆくという活劇が展開されている。久々に、作者の下品なアクションシーンを読んだような気がしたが、やはり、こういう場面になると、俄然、文章が活き活きしているのが感じられる。

もう一つ面白いのは、東丈を愛人として求める欧州の王女の存在だ。
彼女は、欧州王族結社のような団体のメンバーで、イスラムの無力化を目指し、イスラム原理主義のテロリスト、過激派を養成し、彼らに事件を起こさせ、イスラムを世界全体の敵に仕立て上げ、イスラム全体の衰退を狙っている。

この作品が2001年のニューヨーク同時多発テロの後に書かれた小説ということもあるが、その後のテロ事件の継続を考えると、この作品の目の付け所は鋭い。

強力な催眠能力を有する彼女に死んだ姉妹がいるというあたり、彼女がルナ姫の妹で、リア姫の姉のような気がするのは、私だけではないだろう。

このappendixの最後のほうでは、東美叡を夜な夜な苦しめていた“斉天大聖”が、サンシャインボーイと共に現れ、東丈のパソコンから、1995年12月8日に作成された“GENKENに関する考察”というファイルを見つけ出す。

そのファイルには、1960年代、渋谷に“GENKEN”という宗教団体があり、そのカリスマとして東丈が存在していた事実が書かれていたが、東丈には、そのような文書を作成した記憶はない。

そして、“斉天大聖”に鍛えられるべく、ついに東丈は幻魔と相対することになる。

読み終わった感想としては、東丈という存在意義が少しだけ分かったような気がした。
何故、彼が二度も失踪しなければならなかったのか、それはつまり彼が自分の存在意義をうすうす覚知したからということなのだろう。

この作品の最大の収穫は、続編が書けるような余裕がある世界観、物語構成にtransformできたことだと私は思う。

2017年6月26日月曜日

幻魔大戦Deep 8 本編/平井和正

幻魔大戦Deepも、この8巻が最終巻である。

東美恵は、東丈のサイキック能力も使わない不思議な交渉力のおかげで、敵方の仲間割れに乗じ、地下牢を抜け出すことに成功するが、謎の王女に拉致されてしまい、サイキック能力のある彼女から、再び東丈を彼女の下に連れてくるようにという命令を与えられてしまう。

一方、東丈が進めていたテロリスト判別ソフトがついに完成する。
これに関する東丈のコメントが、共謀罪を彷彿とさせて面白い。 下記の“監獄社会”が“監視社会”だったら、完璧だったろう。
このソフトの恐ろしさは、犯罪者を全部弾き出すことと、犯罪予備軍まで全部洗い出すことだ。

「やめておけばよかった、とみんな後悔するだろうな。だが、テロリストが存在する限り、みんな認めるしかない。テロリストが全員拘置されたとしても、この先の監獄社会の到来を引き寄せることになるかもしれない。おれはとんでもないことをしたような気がするんだ」 
世界ががらっと変貌しますね、と青鹿秘書が感想を述べた。個人の秘密がなくなる時代の到来だとしたら、これほど息苦しい社会はないでしょうし。
善いことをしようと欲して悪事をなす、だと丈先生は淡々といった。
この8巻の本編は、東丈が雛崎ファミリーにクリスマスプレゼントを買いに街に行き、そこで50代の木村市枝に再会する場面で終わる。

東丈はここで初めて、(無印)幻魔大戦の“GENKEN”時代の記憶を取り戻すのだが、「何故、あの時失踪したのか」という彼女の切実な質問には答えられない。

ただ、今は子持ちの未亡人と結婚し、自分は仕合せだと語り、さらには、彼女に子供の有無をたずね、まだ結婚していないことを知ると、彼女に「もったいないことをしたな」と告げる。

この無神経とも思える東丈の一言を木村市枝がどう思ったかは分からない。
ただ、タクシーで去りゆく東丈が見た木村市枝は、明るくほほえんでいたというが、実際はどうなのだろう。

この章の最後は、ende? (ドイツ語)で締められている。
作者としては、幻魔大戦Deepの執筆を始めるにあたり、物語全体とあまり関連性のない、この章を、とりあえずのエンディングとして、あらかじめ用意していたのかもしれない。

しかし、作者も、このお茶を濁した終わり方ではさすがに終われないと思ったらしく、?マークのとおり、この後に、appendixとして、14篇の章が追加されている。


2017年6月25日日曜日

幻魔大戦Deep 6-7 /平井和正

第6巻は、2年前に亡くなった姪の東美恵の墓参りを済ませた東丈が、彼の事務所の前で秘書を襲おうとしていた江田四郎を見つけ、公園に連れ出し、自らを斉天大聖と名乗り、江田四郎がかける呪詛はすべて自分にはね来る念返しをかけたと、こっぴどく脅しつける。

一方、東丈を親分とあがめる雛崎みちるは、別世界に移る能力に目覚め、2年前に死んだはずの東美恵を自分の世界に引き連れてしまう。

東美叡と異なり、サイキック能力もない美恵は、三十年前に失踪した伯父が十七歳に若返ったこの別世界をなかなか受け入れられないが、東丈の説得により、雛崎家に居候することになる。

そして、台風の影響により頓挫するはずだったサンシャイン・ボーイとの面会は何故か実現し、東丈の口添えにより、サンシャイン・ボーイは、小学生の雛崎みちるが十七歳になるという不可能な夢をかなえることを約束する。

また、この面会に同席していた東美恵もサイキック能力に目覚め、別世界を行き来することができるようになり、もう一人の自分である東美叡との邂逅を果たし、振り子の能力も身につけることになる。


第7巻は、東美叡が追う“顔焼き男”の捜査を東美恵が振り子の力で支援するという話から始まる。そして、雛崎みちるは夢の中で、彼女が願った十七歳になる。

その彼女が十七歳として存在した世界は、1967年の(無印)幻魔大戦の世界だ。
1967年、秋。恐ろしいほどの粘着力をもって居すわった夏がようやく腰を上げて立ち去った秋だった。
この文章は、ニューヨークでの戦闘後、一人東京に戻った東丈が“GENKEN”という宗教団体を作ってゆく幻魔大戦の新たな展開のはじまりを示すような印象を与える。

ここでの驚きは、元気いっぱいだった雛崎みちるが珪肺症を患う病弱な女子高生として、違和感もなく、(無印)幻魔大戦の世界に同居しているという事実だ。この役柄を思いついた作者はすごい。

まだ悪魔化していない文芸部の久保陽子や、丈に嫉妬し攻撃をはじめる江田四郎。東三千子も登場する。

雛崎みちるは、その世界で井沢郁江と友人になり、 彼女の紹介で十七歳の東丈と会う。彼女は夢の話として、自分が元いた世界にいる十七歳だけれど五十四歳の精神を宿した東丈の姿と振り子の力を語る。

そして、雛崎みちるの出現により、(無印)幻魔大戦とよく似たその世界は、大きな変化を起こす。
まるで、(無印)幻魔大戦にも、こういう未来があり得たのだ、と作者は言いたかったのかもしれない。

しかし、この世界、最初は(無印)幻魔と相似した世界なのではと思っていたが、江田四郎が雛崎みちるに対して丈に超能力で弄ばれた事実を認めているということは、やはり、同じ世界なのだろう。つまり、東丈がルナ姫とサイボーグのベガに無理やり超能力者として覚醒させられ、1967年の夏、彼らとともに、ニューヨークで怪獣タイプの幻魔と戦った世界なのだ。

この第7巻では、“顔焼き男”の捜査を支援していた東美恵が敵方の罠にかかり、それを助けに行った東丈も一緒に地下牢に拉致されてしまう。そして、その地下で謎の外国人の王女らしき人物が登場することになる。


2017年6月22日木曜日

幻魔大戦Deep 5 /平井和正

5巻では、東丈の秘書 青鹿晶子の歓迎会を行うこととなり、訪れたシティ・ホテルのカクテル・ラウンジで、前の世界で東三千子にプロポーズしたサンシャイン・ボーイと出会うこととなる。

そこで、 東丈と連れの女性たちは、サンシャイン・ボーイのマジックにより、満月の幻想を見ることになるのだが、東丈だけ、何故か、髑髏のような満月の姿を見ることになる。
そして、その幻影と重なるように、井沢郁江の姿も。

しかし、この髑髏のような月のイメージが出てくる作品と言えば、漫画版の幻魔大戦ではないだろうか。そして、そこに出てくる女性のイメージと言えば、まず、ルナ王女のはずなのだが。

東丈は、この幻影の意味をサンシャイン・ボーイに尋ね、その会話のやりとりの中で、サンシャイン・ボーイから、幻魔大王というキーワードが出てくる。しかし、丈にはその言葉が思い出せない。

ただ、丈の記憶がわずかに呼び起こされ、十七歳と三十歳の頃、それぞれ別の世界で何かがあった事、しかし、その時の記憶が失われていることを自覚する。

一方、東丈事務所には、東丈の子分となった婦人警官が訪れており、容疑者リストを見せ、丈の振り子の力で白黒を判断するという仕事を行っていることが分かる。

それを、雛崎みちる(みゆきの娘)が見て、振り子の機能をソフトウェアに組み込めば、迅速に、テロリストやテロリスト予備群まであぶりだすことができるかもしれないというアイデアを出す。

このソフトウェアの話は、まるで、最近成立した“共謀罪”のような話ではないか。
2005年の12年後の未来を予知していたかのように、奇妙にその目的は似ている。
しかも、(無印)幻魔では救世主のはずだった東丈が、このアイデアを実現することになるとは、今読むと実に意味ありげな気がしてしまう。

また、この物語では、(無印)幻魔で東丈と敵対した江田四郎が現れ、井沢郁江に対して行ったのと同様、暗黒ボールを青鹿晶子の体に送りつける。

そして、 (無印)幻魔で東丈が見せた超能力の一つ 生体エネルギーの注入を青鹿晶子に行い、暗黒ボールを消し去る。

一方で、別の世界にいた羊子と出会い、姪の美叡が三年前に殉職していたことを知り、丈はショックを受け、雛崎みゆきとともに彼女の墓参りを行うことになる。

ここで興味深いのは、 彼女の墓石を見ながら、東丈が自分がいかに冷たい男だったかを自己分析するところで、姉の東三千子に対してすら、

「自分の意のままになる便利な家政婦として、おれは接していたのではなかったろうか 」

と述懐しているところだ。

作者としては、 (無印)幻魔で全く揺らぐところがなかったように見えた姉弟の絆まで容赦なく見つめ直している真摯さをアピールしたかったのかもしれない。

しかし、彼がそう述懐している、すぐ傍にいる雛崎みゆきも「便利な家政婦」の一人ではないのか。
その可能性まで考えが及んでいれば、こんな言葉は軽々しくは出てこないのではないだろうか。
 (無印)幻魔の東丈であれば、そのような考えが頭を過っても、深沈として口を閉ざしていたに違いない。

この幻魔大戦Deepの東丈は、精神年齢が54歳にもかかわらず、べらんめえ口調もそうだが、軽い上っ面な人格が見え隠れしていて、変に興味深い。

2017年6月19日月曜日

幻魔大戦Deep 3-4 /平井和正

3巻では、東三千子の希望により、東家に、“理想のお母さん”である雛崎みゆきが派遣され、東丈は彼女に魅了されると同時に、ダウジング(振り子)を教わる。

一方、東美叡は、伯父・姪の関係を捨て、東丈と事実婚の関係になるが、 古巣の警視庁から呼び出しを受け、上司から戻ってきてほしいと懇願されたことや、三千子を襲ったと思われる“顔焼き男”の手掛かりが得られそうになったため、警察官の仕事に復帰することになる。

東丈は、振り子の導きに従い、夢の中で、別の世界(パラレルワールド)にいる自分を体験する。
そこでは、 東丈は、夫を亡くした雛崎みゆきとその二人の子供の父親として充実した人生を送っていた。

4巻で、東丈は、心の離れてしまった東美叡、家に戻らない東三千子のいない世界から、雛崎みゆきとの家庭がある別の世界に旅立つ。

そこで、東丈は、(無印)幻魔大戦同様、十七歳の体に戻るが、精神年齢は54歳のままで、時代は1990年代の日本。

そして、婦人警官二人を子分につけ、べらんめえ調の親分的な存在となる(笑)。

雛崎みゆきとも再会し、前の世界でも友人だった猿坊の紹介で、政界にも顔が利く矢田氏の信頼も得、東丈事務所も持ち、 秘書はなんと青鹿晶子(ウルフガイのあの人)。

物語は、正直深みはない。だが、筆がのっているというか、物語がドライブしている感じは受ける。
その勢いのせいで、ついつい読みきってしまった。

(無印)幻魔でも、真幻魔でも、東丈は物語途中で失踪してしまうことになるが、このDeepでも、やはり、彼は一つの世界でじっとしていられず、周りにいる人々を置き去りにして、自分は失踪する。
(ただし、このDeepでは、失踪した東丈と一緒に読者も別世界に移動するというところが違う)

それは、はっきり言えば、その世界が続けば、物語が袋小路に入り込んでしまう気配が濃厚に感じられるからだろう。

ひょっとすると、この物語の煮詰まりかたそのものが、ある意味、この「幻魔大戦」シリーズを一貫して頓挫させてきた「幻魔大王」の正体なのかもしれない。

作者は、そんな取扱注意の主人公 東丈をなんとかして物語の中で生かそうと必死になっている。

辛くなったら甘えられる雛崎みゆきという母性的な意味合いが強い女性をそばに置き、女性たちに、べらんめえ口調で親分を気取らせるなんて。

史上最もひ弱な主人公なのかもしれない。

2017年6月18日日曜日

神の島 沖ノ島/藤原新也・安部龍太郎

沖ノ島は、福岡県宗像(むなかた)市に属し、九州と大陸の間に横たわる玄界灘のほぼ中央に位置する孤島である。

宗像大社の神領として、島には沖津宮(おきつぐう)が祀られており、女人禁制で、男子であっても入島の際には海で禊をしなければならない。

池澤夏樹が訳した「古事記」でも、沖ノ島の神様は登場する。
アマテラスが弟スサノオが腰に帯びていた剣を三つにおり、水で清めた上で、嚙み砕いて噴き出した吐息から生まれたのが、

奥津島比売命(オキツシマヒメのミコト)…沖津宮に祀られている田心姫神(タキリビメ)の別名

多岐都比売命 (タキツヒメのミコト)…中津宮(なかつぐう)に祀られている湍津姫神(タギツヒメ)の別名

市寸島比売命(イツキシマヒメのミコト)…辺津宮(へつみや)に祀られている市杵島姫神(イチキシマヒメ)の別名

の三女神である。(女神を祀る神領が、女人禁制というのも面白い)

沖ノ島では、4世紀の昔から大陸と九州間の航海の安全を祈る祭祀が行われ、8万点にも及ぶ様々な神宝が埋却されたので、海の正倉院とも言われている。

本書は、この沖ノ島について、藤原新也の写真と文章、安部龍太郎の文章がまとめられているが、共作という訳ではなく、二人の作品は完全に独立している。

藤原新也の作品は、文章で沖ノ島の歴史などを振り返ってはいるが、この人の凄いところは、写真では、そういった先入観に囚われず、全くのプレーンな眼でこの島の姿を切り取っているところである。

人間の弱さや妥協を排除しているような海や岩や木の峻厳な力強さに圧倒される。

宝物の写真も、素朴ではあるが、ずっしりとした重みが感じられる品々だ。
勾玉が胎児の形に似ているとコメントしているが、そう言われると、妙に納得してしまう。

安部龍太郎の作品は、宗像氏四代とその関連する歴史の物語を綴っている。

宗像君速船(はやふね)、三韓征伐
宗像君荒人(あらひと)、磐井の反乱
宗像君徳善(とくぜん)、白村江の戦い
宗像君清麿(きよまろ)、壬申の乱

池澤夏樹の小説「キトラ・ボックス」でも、壬申の乱のエピソードが出てくるが、高市皇子の母親 尼子娘が、宗像君徳善の娘であったということは意外だった。

これだけ、日本の史実に絡んでいたということは、宗像氏の権勢が当時、相当に強かったということなのだろう。
 https://www.shogakukan.co.jp/books/09682081

2017年6月6日火曜日

幻魔大戦Deep 1~2 /平井和正

「その日の午後、砲台山で」が予想外に面白かったせいもあるが、ついに、平井和正が電子書籍という媒体で続編を書いた「幻魔大戦Deep」に足を踏み入れてしまった。

電子書籍で小説を読むのは、あまり経験がない私だが、この「幻魔大戦Deep」という作品には、この媒体がぴったりと合っている気がした。

ひと言で言うと、この作品が明るくて軽い、つまりはライトノベルのタッチそのものだからだろう。

これは 「幻魔大戦」、「真幻魔大戦」を読んできた読者にとっては、信じられないような変化だ。

上記の過去作品に見られた、幻魔という魔族に攻撃され、滅亡の危機にさらされる恐怖、危機感、悲壮感のようなものが感じられないばかりか、お決まりの悪魔めいた陰惨な印象をもたらす悪役すら、ほとんど現れない。

超能力研究者兼作家の五十代の東丈と、翻訳者で六十を超えた東三千子。

何も起こらなかった世界で、ひっそりと暮らす初老の二人の姉弟に変化が現れるのは、彼らの姪 美叡の存在だ。

ニューヨークで失踪した弟の卓(これは真幻魔大戦と同じ)と、その妻である羊子(真幻魔では洋子)との間で生まれた娘が美叡(真幻魔では恵子)だ。

二人の名前が異なるということは、この世界がやはり別世界であることを暗示している。

美叡にはサイキック能力があり、若くして警視庁の巡査部長まで務めたが、あまりの有能ぶりに、危険を感じた上層部の意向により仕事を辞めざるを得なくなる。

そんな美叡には、夜中の3時に決まって、彼女を意のままに従わせようとする霊体が現れるという悩みがある。その悩みを解決するために、丈は知り合いの猿坊という霊能力者に会いに、美叡と一緒に京都に行くことになる。
そこから、様々な変化が東丈と東三千子に訪れる...というのが、大体のストーリーだろうか。

これも意外な印象だが、この物語に出てくる 東丈と東三千子は、肩の力が抜けて、実に伸び伸びとしている。彼らは、無視できない危機に遭遇しながらも、人生を楽しむ余裕がある。

二人ともお酒を飲むし、三千子はハリウッドの超天才スターからプロポーズを受け、彼の不思議な能力により三十代に若返り、女性としてのお洒落を楽しむし、丈も女性からプロポーズされ、彼女とのセックスも楽しむ。

平井和正は、明らかな意図をもって、幻魔大戦をリライト(rewrite)したとしか、いいようがない。
あの幻魔で袋小路に迷い込み、救いようがないくらい硬直した先のない世界を影に隠し(すべて放り投げてはいない)、新しい世界を構築しようとしたのだ。

その試みが成功したのかどうかは分からないが、特に苦も無く、1,2巻を読んでしまったのは事実だ。

2017年6月5日月曜日

孔雀 三島由紀夫 近現代作家集 II/日本文学全集27

三島由紀夫のような死に方をした作家は、損だと思う。
彼の作品を読んでいていも、どうしても、その影を探してしまうような気がして、落ち着かないからだ。

実際、この「孔雀」も、三島由紀夫の人生というものを感じざるを得ない。

富岡という四十半ばの昔は美少年だったのに、今はその美をほとんど失ってしまった男が、自分が行きつけの遊園地に飼われている孔雀が殺されたことを、刑事から犯人として疑われる。

その孔雀の死をきっかけに、富岡はこう思うのだ。
...富岡はさまざまに考えたが、そうして得た結論は、 孔雀は殺されることによってしか完成されぬということだった。その豪奢はその殺戮の一点にむかって、弓のようにひきしぼられて、孔雀の生涯を支えている。そこで孔雀殺しは、人生の企てるあらゆる犯罪のうち、もっとも自然の意図を扶けるものになるだろう。それは引き裂くことではなくて、むしろ美と滅びとを肉感的に結び合わせることになるだろう。そう思うとき、富岡はすでに、自分が夢の中で犯したかもしれぬ犯罪を是認していた。
この強烈な美意識は、この物語において、孔雀の死が人知れず野犬に襲われて殺されたという結末ではなく、誰か人の目によって目撃され、その殺戮の美が堪能されるところまで求めていたことにもうかがえる。

まるで、三島自身が孔雀であったかのような気がしてならない。

2017年6月4日日曜日

鮠の子・室生犀星 片腕・川端康成 近現代作家集 II/日本文学全集27

室生犀星の「鮠の子」、川端康成の「片腕」は続けて読むと面白い。

前者は、魚に託しているが、若い女性が男たちに付きまとわれ、望まないセックスを経験し、子を宿し、それでも、生むことに懸命になる女性のリアルな半生を描いているのに対し、後者は、女性の右腕を借り受けた男が、その右腕に話しかけたり、口づけたり、一緒に寝たりするフェティシズムの物語だからだ。

どちらも、男の勝手な欲望にさらされる女性の話だが、後者のほうは、女性の顔も、半身すらも求めず、「片腕」だけを完全に愛玩物として取り扱っているところに凄みがあるかもしれない。

谷崎も、女性の美しい足の指の描写など、 フェティシズム的な作品を書いたが、その足の持ち主である女性の顔や性格も具体的なものとして書き、それだけを切り離すという“荒業”は行わなかった。

この辺りが、川端康成の特質すべき点なのかもしれないが、単に個人の性的嗜好だけの問題のような気もする。

2017年6月3日土曜日

その日の午後、砲台山で/平井和正

平井和正が2005年に電子書籍として発表した幻魔大戦の後日談的な作品。

ただし、この作品を皮切りに、「幻魔大戦deep」と「幻魔大戦deepトルテック」という続編が書かれることになった。

この物語は、どこかエッセイ的な感じで、平井和正が自分の半生を振り返っているところから始まる。

紙の本には見切りをつけ、電子書籍にたくさんの作品を書き続けたこと。
その間、日本の出版業界は色褪せ、周囲の人々は老い、星新一も死んだが、自分は常に作品世界の中で若く生き続けていたこと、などなど。

平井和正は、まるで世捨て人のように、現実世界は無意味で小説世界こそ本物の人生であると述懐する。

そして、夢の話になる。

夢の中に、「地球樹の女神」のヒロイン 後藤由紀子が現れ、平井和正自身が、「地球樹の女神」の主人公である四騎忍であることを告げられる。

5歳の四騎忍に変身した平井和正は、後藤由紀子とともに、自身の故郷である横須賀の砲台山を訪れる。そこは、平井和正が十三歳の時に、「地球樹の女神」の原形である「消えたX」という作品の着想を得た場所だった。

そして、四騎忍は、「幻魔大戦」の東三千子と出会い、十五歳の四騎忍となり、木村市枝とも出会い、彼女たちから、失踪した東丈の捜索を依頼されることになる。

面白いのは、四騎忍には平井和正の意識が宿っており、彼の思いが所々に露出するところだ。

四騎忍が語る、東丈失踪後の“幻魔大戦”のその後のエピソードも興味深い。
「ハルマゲドンの少女」でも語られなかった、丈が渡米していた事実や、丈が創設した団体「GENKEN」が会員の減少により自然消滅した事実。

カルト宗教、偽メシア...

ここで語られる 四騎忍のGENKENに対する冷徹な視線は、“幻魔大戦”断筆後、20年近い時間が変えた平井和正の内省的な思いが反映されているような気がする。

そして、東丈の秘書だった杉村由紀とも出会う。

四騎忍は、東丈失踪後、彼女が高鳥に性的に誘惑され、ヤクザの矢頭に襲われるはずだった事件を未然に防ぎ、さらには、東丈のいう事を忠実に守ろうとし、無理をする杉村由紀の生き方自体まで否定する。
これも、時の経過がもたらした作者自身の率直な思いだったのかもしれない。

四騎忍は、アメリカに渡航しようとしていた杉村由紀を連れて、平井和正のもう一つの作品「ボヘミアン・ガラスストリート」の世界に移動してしまうのだった。
 私は、「ボヘミアン・ガラスストリート」は読んだことがなかったが、この作品に出てくる「ホタル」という女性は、なかなか魅力的に描かれているなと感じた。

最後まで読み切っての感想。

四騎忍は結局、東丈を探し出す。
しかし、この物語の重要なところは、そこにあるのではなく、四騎忍に語らせた平井和正の東丈への思いが短く記載された以下のところにあるのだと個人的には思う。 
東丈よりもその周辺の人間たちのほうが興味深い。だいたいおれは救世主など信じないし、東丈がその救世主ではありえないと思っている。もし、救世主なるものが存在するなら、人類を救済するよりは破滅へと導くのではないか。