この小説で描かれている “私”は、やはり、一高時代の谷崎潤一郎の姿が浮かんでくる。
裕福な環境にある友人 中村や樋口と比較して、貧書生の身分にいる谷崎。
ある日、その友人たちとのおしゃべりの中で、最近、寮の中で盗難が頻発している事実が話題が上がる。
目撃談によると、犯人は「下り藤」の家紋が入った紋付を着ているらしいのだが、同じ家紋が入った紋付を着ている “私”は、その話を聞いて嫌な顔をしてしまう。
“私”を敵視している平田という頑強な体の友人が、ちらりと “私”に目を走らせたからだ。
平田は、 “私”を「ぬすッと」と疑っており、依然として止まない盗難事件に、平田以外の学生たちも、“私”に対する嫌疑を深めてゆく。
善良な友人の中村は “私”を庇うが、 “私”は、感激したように涙を流し、「僕は平田を尊敬している。僕よりも、よっぽどあの男の方が偉いんだ。僕は誰よりもあの男の価値を認めているんだ」と、逆に中村を諭す。
そんなある日、“私”は誰もいない自習室に行き、平田の机の傍に立つ。
そして、“ぬすッと”が誰かが明らかになる…
以上が、この短い推理小説?のあらすじだが、読者は、あくまで“私”の目線で、この物語の展開をみていくことになる。
“私”が語る「ぬすッと」の心情が奇妙なユーモアに包まれているのは、不義理を重ねた若い谷崎自身の面影が濃く映っているからだろう。
しかし、こういう友人は持ちたくないというのが本音である。
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