狼のレクイエム 第三部「黄金の少女」、「キンケイド署長」、「パットン将軍」、「タイガーウーマン」を読んでみた。
平井和正のヤング・ウルフガイ・シリーズは、間違いなく、この前作である狼のレクイエム 第二部まででピークを迎えてしまっており、たぶん、それ以上の質の作品ではないだろうという思いが強く残っていたせいか、まともに第三部の作品を読んでいなかったのだ。
その予感は、やはり外れてはいなかったが、内容的には、まずまず読めるレベルには達していると思う。
物語は、人並み外れた身体能力を持つ謎の東洋系の少女キム・アラーヤが、何らかの理由で、山荘で軟禁され、厳重に監視されている場面からはじまる。そして、彼女が胸に着けているロケットには、犬神明の写真が収められている。
さらに場面は変わり、前作で、ブーステッドマン部隊の襲撃を受けた虎の里から生き残ったと思われる神明が、北米アリゾナ州南部の小さな田舎町のチャンバーズのレストランで、トラブルに巻き込まれる。
その際、彼を最初に詰問するのが、心臓病を患っている白人の中年男キンケイド警察署長なのだが、内心では神明を逮捕することでトラブルから回避させようとした良心的な人物だった。
その後、神明とこの町に一緒に来ていた女性 虎2がキンケイドに好意を持ち、心臓病の原因となっていた椎骨のずれを直し、神明と虎2を追ってきた暴走族の襲撃から彼の命を救う。
それがきっかけで、チャンバーズの町は、二百騎にも及ぶ暴走族と事を構えることになるのだが、以降、物語の中心は、キンケイド署長になる。
数十年前に読んだときは、なぜ平井和正は、このキンケイドを物語の中心に据えたのだろうと、よく分からなかったが、今回読んでみて、その事情が物語の中に明確に示されているのが分かった。
物語中、 神明と虎2が話すシーンが出てくるのだが、そこで、前作の結末ではっきりしていなかった青鹿の死、犬神明と殺し屋西城がまだ生きている事実、そして不死鳥作戦がまだ続いている事実が明かされる。
そして、神明は虎2に、「人類は地球にとって癌細胞であり、 その自浄作用ともいうべき滅亡への道を辿ろうとしている不死鳥作戦こそ、是としなければならないのではないか」と、この物語の善悪の前提を根底から覆すような発言をするのだ。
巨視的にみると、神明の発言はまぎれもなく真実なのだが、これをいうと、不死鳥作戦を推し進める人間との闘いを描くこの物語自体が無意味なものになり兼ねない。
まさにパンドラの箱を開けてしまったようなものであり、 この物語の中で、まるで脇役のように神明と虎2を配置させざるを得なかった事情がよく分かってしまった。
そういう意味で、本丸が沈んでしまったこの物語が、前作を超えるモメンタムを作り出すのはとてもかなわなかったのだろう。
しかし、その苦境を、平井和正は、自身が影響を受けたレイモンド・チャンドラーの小説の枠組みを使って、物語を必死に紡いでいる。
チャンバーズというアメリカの片田舎の人々の様子は、フィリップ・マーロウが訪れる街の一癖ある人々の様子と重なるし、キンケイド署長は、フィリップ・マーロウのような、あるいは、数少ない善良な警察官のような印象があるし、モーガン巡査は、マーロウに敵対する悪人めいた警察官の姿と重なる。また、パットン将軍は、「長いお別れ」に出てくるカーン会長を彷彿とさせる。
結局、物語の最後になっても、冒頭に出てきた謎の少女キム・アラーヤは何者なのか、犬神明はどうしているのかが描かれることはなかったが、それは次作の「犬神明」で語られるのだろう。
この作品が書かれた1980年代後半までが、ひょっとすると、平井和正の賞味期限なのかもしれない。
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