鷲田清一の著書を読んでからというもの、自分とは、決して自分だけの存在では成立し得ないものなんだな、ということが、いまさらに痛切に分かってきた今日この頃である。
最近、読んでいるエッセイ集「おとなの背中」にある、利他主義(altruism)に関して述べた、こんな文章があった。国家間の関係も同じことが言えると思う。
他者として厚く迎えることもあれば、ついにそれを受けつけ得ないこともある。
ひとはこの二つのふるまいの一方をhospitality(もてなし)、他方をhostility(敵意)と呼んできた。
ともに「客」を意味するラテン語のhospesから派生したことばである。
他者というものには、こうした両義的な関係がつねにつきまとう。
ひとの生存が社会的なもの、つまりは相互依存的なものであるかぎり、利己と利他はいずれも貫きとおすことの不可能な主義である。
いずれも自身の死へとつながるからである。この本では、これ以外のテーマでも、鷲田さんは、驚くほど、あたり前のことしか言っていない。
でも、あたり前のことなんだけど、いざ実践するとなると難しいですね。
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