2012年3月4日日曜日

二十世紀を読む/丸谷才一・山崎正和

小説家/批評家 丸谷才一と、劇作家 /批評家  山崎正和の対談集ですが、二十世紀とは、どんな世紀だったのかを、また二十一世紀という今を考えるうえでも、とても有益な本です。

選んだ本をテーマに、二人とも話したいことを自由に喋っているだけのような感じなのだが、扱うテーマは多種多様で、内容も一級の文明論・歴史論の域に達している。
①カメラとアメリカ…雑誌ライフの表紙を多く飾ったマーガレット・バーク - ホワイトというアメリカの女性写真家を題材に、二十世紀アメリカの特質について 
②ハプスブルグ家の姫君…ハプスブルグ家最後の皇女エリザベートを題材に、二十世紀に崩壊した帝国・王政とそれを潰した時代背景について
③匪賊と華僑…中国の盗賊と華僑を題材に、二十世紀のアジアの社会原理(匪賊原理、華僑原理、キントラクト、西欧的個人主義)について 
④近代日本と日蓮主義…日本陸軍、宮沢賢治と日蓮宗の関係、そして、日本人の精神のマジョリティ、マイノリティの分類について 
⑤サッカーは英国の血を荒らす…イギリスのサッカーチームの過激なサポーター「フーリガン」をテーマに、サッカーというスポーツの特質、スポーツと産業・階級・政治との関係について 
⑥辺境生まれの大知識人…宗教学者エリアーデをテーマに、二十世紀の宗教観・歴史観について
①については、アメリカには「だれもが皆、何者かである」という暗黙のテーゼがあり、カメラというのは、皆撮ることで何者かになれるという道具なんだという指摘が鋭い。
(コダック社が破産法の適用を申請したのは、カメラもアナログからデジタルに移り、表現のための道具も更に進化していることの証左なのかも)

②については、「アノミー(無規準)」理論が興味深い。工業化によりヨーロッパでは小さな共同体、村、職人組合が壊れていき、自分が何者であるというアイデンティティが一挙に崩壊してしまった。その場合、人は不安になると、自殺するか、攻撃的になるとテロリストになる傾向があるそうです。

③については、中国が二十一世紀に覇権をとっていく中で、どういった社会原理をチョイスしていくのか、今起きている様々な事象を思い浮かべて考えると、とても面白い。

④については、山崎正和氏作成の日本人の精神史のチャート図が面白い。自分がどこに位置しているのか考えてみるのも面白いです。

⑤については、サッカーの試合で何故、あんな風(国対国の戦争のような雰囲気)になるのか、よく分かったような気がします。でも、イギリスのフーリガンに比べると日本のサポーターは礼儀正しくて感心する一方、ガス抜きとしてはまだ機能していないのではないかなど、余計な事を考えてしまいました。

⑥については、大きな大戦が終わり、冷戦が終わり、緊張感・規範がなくなった後の世界について、「素晴らしいことかもしれないし、恐ろしいことかもしれない」と山崎氏が言ったことに対し、丸谷氏がしばらく考えた後、「素晴らしいことだと思うんですが」と返し、さらに、山崎氏が「素晴らしいことにしていかなくてはなりませんね」と答えているところが印象的でした。
(この対談は1995年に行われたものですから、当然、9.11についてもお二人は知る由もなし)

実際、山崎氏の言葉どおりの事象が、この10年ほどの間に色々と起きているんだなと実感できます。
そういう意味で、二人の対談内容は、二十世紀だけでなく、二十一世紀に起きた事象も考えるうえで、とても貴重なヒントを与えてくれていると思います。

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