2014年11月23日日曜日

キャンディを撮った日/片岡義男

僕の感じ方によれば、キャンディはけっしておいしいものではない。
基本的にはどれもみなひどく甘く、香りが少しずつ違っているだけだ。
味覚として好きなキャンディはほとんどない
こんな感想をキャンディに対して持った作家が書いたキャンディの本。
きれいな写真に写るキャンディはおもちゃのように現実感がない。

それらは、きれいだけれども、装飾品のように時に毒々しい色をし、時に気持ち悪い。
少なくとも口に入れるものではないのではないか、そんな思いがよぎる。
僕にとって、キャンディとは観察の対象であり、指先でさまざまに触れてみるものだった。…キャンディは見て楽しむ道具だ。キャンディで僕はどれほど遊んだろう。どれだけのキャンディの包装をはがし、そのままにしたことか。…僕にとって観察の対象たり得るとは、たいていのキャンディはそれぞれに奇妙である、ということだ。 
片岡義男という作家の本は、上記の文章におけるキャンディという言葉を、アメリカという言葉に置き換えてみると、すべて理解できてしまうのではないか。

この無機質な、まるでキャンディの匂いがするような本を、片岡の著作のかたまりに投げて、ふと、そう思う。


2014年11月3日月曜日

Coming soon / Original Love

Original Love 田島貴男の歌を週に一度は聴く。

駅に向かうとき、ジムで体を動かすとき、もっぱら体を動かしている時に聴いているのだが、死んでいない、同時代の同年代の人の曲を楽しめるというのは、やはり素直にうれしい。

自分が好きな音楽や小説を集めると、圧倒的に80年代以下になってしまうので、一時期は、何故、もっと早く生まれなかったのだろうと真剣に自分の生年月日を悔やんだ時期もあった。

そんなわたしが、田島貴男や一十三十一、ポール・ウェラーの音楽をリアルに聴くことができたのは、やはりうれしい。

自分でも圧倒的に活字で物を考えるタイプだと思っているが、音楽は、気持ちをふわっともちあげてくれるところが素敵だ。

それは、目の前に素敵な女の子がふっと現れる瞬間に似ている。妙に世界がきらきら輝くのだ。
活字でもそんな事はたまにあるが、音楽の即効性には敵わない。

田島貴男の音楽は、常に変化を求めている。
前作の曲作りを無視して、あるいは壊して、新しい音楽を探す姿勢を感じる。

田島自身、あまり、ファンが何を期待しているのか、考えていないのだと思う。

実際、彼の音楽を聴いて、何度か裏切られた気持ちになったことがあった。
でも、自分のすきなアーティストの作品は、そうそう嫌いになれないというのが実感だ。
聴いているうちに、いずれ好きになってしまう。
実際、何年か後にそれを好きになり、過去の自分の感覚を疑ったことが何回かある。

新しいシーズンが来る♪

2011年に聴いたその気持ちをふわっと持ち上げる曲を、今も飽きずに聴いている。



2014年11月2日日曜日

ザ・チョイス/エリヤフ・ゴールドラット

本書は、エリヤフ・ゴールドラットが、娘との対話の中で、人はいかに充実した人生を送ることができるかを考察したプロセスを物語にした本である。

娘の視点で物語は進むのだが、実際にこれを書いたのは、父親であるエリヤフであることを思うと、ちょっと不思議な印象を受ける。

その教訓を以下に記載してみる。

  ・人はもともと善良である。

  ・すべての対立は解消できる。

  ・ものごとは、そもそもシンプルである。

  ・どんな状況でも著しく改善できる。

  ・どんな人でも充実した人生を達成することができる。

  ・常にwin-winのソリューションがある。

どうでしょう。なるほどと思う人はどれぐらいいるだろうか?
少なくとも私は、すぐに腑に落ちませんでした。

しかし、メモ帳に、これらの教訓を書き写して、本書で気になったセンテンスを書き加えて、しばし考察してみると、なるほどと思うところがあった。

上記の箴言を裏返してみると、どうだろう。

  ・人(取引相手と考えてみる)は、こちらの立場を考えず、利己的で、邪悪なものだ。

  ・対立は当たり前で仕方がないものだ。これを解決することはできず、妥協点を見出すしかない。

  ・現実は複雑である。

  ・人は変化を好まない。だから、自分がいくら頑張ってもその改善には限界がある。

  ・取引はwin-loseが基本で、どちらかが妥協するしかない。

この裏・箴言は、ほとんど、「大人の常識」といってもいいものではないだろうか。

ゴールドラットは、このような常識が、人が真実(原因と結果の関係)を明晰に考えることの障害になっているという。

現状の課題をブレイクスルー(打破)するためには、常識を一旦捨てる柔軟性が必要なのは間違いない。そう考えると、まさに常識を逆にゆく、一見、性善説と楽天主義の極みのような上記の箴言に、真実味を感じとることができる。