村上春樹は、ジャズに関する本を多く書いているので、「ポートレイト・イン・ジャズ」でも、チャーリー・パーカーを取り上げているだろうと思って読んだら、案の定、彼の章があった。
しかし、その章を読むと、驚いたことに、チャーリー・パーカーについては、ほとんど述べられておらず、ドラムのバディ・リッチについて多くのことが書かれていて、拍子が抜けてしまった。
おそらくだけれど、この「ポートレイト・イン・ジャズ」を書いた段階では、チャーリー・パーカーの音楽への思いを正面から言い表すことができなかったのだろう。
しかし、今回、小説という枠組みによって、ようやく村上春樹は、チャーリー・パーカーへの思いをうまく表現できたのだと思う。
物語も短編ながら三部構成になっていて面白い。
第一部で、村上春樹が学生の頃に戯れで書いた、チャーリー・パーカーがボサノヴァを演奏した架空のレコードをテーマにした音楽評論の文章を載せ、
第二部で、その架空のレコード(選曲も同じもの)を、ニューヨークのレコード店で偶然見つけてしまったというエピソードを述べ、
第三部で、村上春樹の夢の中、チャーリー・パーカーが、ほこりと錆びだらけで壊れかけのアルトサックスで、村上のために、架空のレコードの選曲にあった「コルコヴァド」を演奏する、
という物語だ。
第一部で、チャーリー・パーカーが演奏した「コルコヴァド」を、とても饒舌に解説していたのに対し、第三部では、「その音楽が存在していたことを僕はありありと思い出せる。しかしその音楽の内容を再現することはできない」と述べているのが面白い。
そして、演奏中、香ばしいブラック・コーヒーが強く匂ったというところが強く印象に残る。
三十四歳という若さで死んだチャーリー・パーカーに、彼が出会うことがなかったボサノヴァという新しい音楽を演奏した喜びを与える。
読んでいて、不思議に心が温まる小説だ。
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