この事件を起こしてしまった加害者の女子高生と、この小説の二人に相似性を感じてしまうのだ。
まず、一つ言えるのは、加害者の女子高生はネグレクト(育児放棄)の状態にあったのではないかということだ。
この事件の加害者は、高校1年生。成長期とはいえ、まだまだ、親が面倒をみて、かまってあげることが必要だったと思う。
私も一人暮らしを大学1年から始めた口だが、部屋に閉じこもってばかりいると、誰とも口を利かないし、社会との接触もなくなる。
そんな何で、人よりも強い知的好奇心と行動力が犯罪の方向に傾いてしまっても、自分を抑止してくれるものがない。
まして、この子には、実母を亡くし、直後に父親が別の女性と再婚するいう急激な家庭環境の変化があり、それが原因だと思うが不登校の事実もあった。
父親が、もし、「お前はもう大人なのだから、自分の問題は自分自身で解決すべきだ。私はお前の自主性をできるだけ尊重するつもりだ」というような事を言っていたとしたら、悲劇である。
勉強もスポーツも人並み以上にできる能力を持った子供であればあるほど、また、父親を好きであればあるほど、その期待に応えようとするのではないか。
警察の取り調べに対して、「父親の再婚について初めから賛成している。父親を尊敬している。母が亡くなって寂しかったので新しい母が来てうれしかった」などと述べているコメントにも、その期待に応えようとしている彼女の意思が感じられる。
父親をバットでなぐった彼女の行動にこそ、父親は真剣に向き合うべきだった。
(報道によると、父親はバットでなぐられた際、精神科医に娘の入院を勧められたがこれを拒否し、自分の命を守るために娘に一人暮らしをさせたというが、これが本当だとしたら、親としての監護義務を放棄したのに等しい)
村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」に出てくる十三歳の少女ユキも、離婚した両親からネグレクトされていて、一人で都心の高級マンションに住んでいる。彼女には芸術的なセンスがある。
両親には、彼女を親として責任をもって育てようという意思はない。
父親は金銭的に援助はするが、娘に感覚が合わないと拒絶されることを理由に育児には参加せず、感受性が似通った母親からは「親子としてではなく友達になりたい」と求められ、少女は困惑する。
(その少女の危機を、この物語では「僕」が助けようとする)
今回の事件では、加害者の女子高生は、父親とともにスピードスケート競技に参加するなどしていて、一見、仲が良かったらしいが、もし、父親が娘に、親子ではなく友達の関係を求めていたとしたら、これも悲劇である。
「猫物語(白)」の羽川 翼も、両親の病死・離婚が重なり、血の繋がっていない義理の父母からネグレクトされている(彼女は自宅に「自分の部屋」がなく、廊下で寝ていた)。
しかし、羽川 翼は、そんな自分の境遇について、義理の父母に不平不満を言う訳でもなく、常に品行方正に明るく振る舞おうとする。勉強も学年1番の成績を維持しており、行動力もある。
だが、彼女の心に溜まったストレスは、彼女をブラック羽川(猫の怪異)に化身させ、街の人々を襲い、精気を吸い取る事件を引き起こす。
そして、それに留まらず心に溜まった嫉妬心が、苛虎という強力な虎の怪異を生み出し、彼女が嫉妬心を抱いた義理の父母、自分を助けようとしてくれた友人の家まで焼き尽くそうとする。
しかし、苛虎が友人の戦場ヶ原ひたぎの家を燃やそうとしている危機を察知したとき、羽川 翼は、自分が育児放棄の虐待を受けている事実を認め、自分の闇の心に立ち向かおうと決心する。
何故、羽川翼は、友人を傷つける前に立ち止ることが出来たのか。
一つには、月並みだが、羽川翼には、本当に彼女の身を案じてくれる人が傍にいたからということなのだと思う。
人は、誰かに大事にされている自分を実感できなければ、誰かを大事にしようという思いには至らない。
羽川翼が自宅の火事で、泊まるところもなく、廃墟で一人寝ていたところを、真夜中まで探し続けてきた友人の戦場ヶ原ひたぎは泣きながら彼女を叱りつける。「何故、自分自身を大事にしないのか」と。
そして、彼女が苛虎に負けそうになった時(彼女が凶暴な自我である虎を抑えられなくなった時)、それを退治することができる力(妖刀)を持った友人の阿良々木もいた。
羽川翼と対等、もしくはそれ以上の能力をもった人が彼女の精神的な危機を見逃さず、助けようとしたという条件も必要だったのかもしれない。
現実社会で、戦場ヶ原や阿良々木のような友人を持つことはやはり難しい。
今回の事件で、それが出来たのは、女子高生とたまにご飯を一緒に食べる機会を持っていた学校の先生と、危機を察知していた精神科医だったのかもしれない。
その「妖刀」が具体的に何だったのかは分からない。
でも、それはおそらく、彼女が傷ついている自分自身を認め、自分に向き合うきっかけをくれるものだったのに違いない。
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