柴田元幸氏は、東大文学部の教授で、英米文学の翻訳家でもある。
その柴田教授が行った2004年当時の翻訳演習の授業内容をまとめたのが、本書である。
学生には事前に課題文(単行本で1~3ページ相当の英文)が配られ、学生全員がそれを翻訳し、訳文を提出する。
その訳文を柴田教授と助手の院生が手分けして添削し、コメントをつけて授業のときに返却する。学生は自分の訳文を見ながら授業を受ける。
授業では、柴田教授が選択した学生の訳文をOHC(書画カメラ)で写し、学生たちと議論しながら、赤を入れていく。
授業終了時に、次回の課題文の訳文を提出する。
これを1年間繰り返す。
ご本人も「まえがき」に書いているが、これは、かなりキツイ講座だという感じがする。
少なくとも、自分が学生という立場だったら、面白そうだけれど大変そうだなと思い、選択するのに躊躇しただろう。
訳文を毎回作るのも大変そうだし、万が一、授業で取り上げられると、みんなに、ここはおかしいんじゃないかと批評されたり、誤訳であると指摘されてしまうのである。
(もっとも、本書で取り上げられた訳文は、いずれも相当なレベルのものだった)
しかし、こうして本で読む分には非常に気楽である。私は楽しみながら読むことができた。
取り上げられている課題文も多種多様。
センチメンタルな印象のスチュアート・ダイベックの「故郷」、どこかユーモアが漂うバリー・ユアグローの「鯉」、レイモンド・カーヴァーのちょっと不気味な雰囲気の「ある日常的力学」、村上春樹の短編「かえるくん、東京を救う」の英語訳「Super-Frog Saves Tokyo」など。
柴田教授のコメントも、私にとっては新鮮なものだった。
たとえば、翻訳において、「語順は、なるべく原文の語順どおりに訳す」とか、
「主語と述語はそんなに離れないほうがよい」とか
「代名詞は原則として抜き、しょうがないと思うときだけ、彼とか彼女を入れる」とか。
原文(作者が伝えたいことも含む)に忠実でありながら、いかに読みやすい自然な日本語にするか。言ってしまえばそれだけなのだが、ワンセンテンスであっても、言葉ひとつ変えただけで、様々なバリエーションが生まれる。そこが翻訳の面白さなのだと思った。
なお、本書には、村上春樹を迎え、学生たちが次々と質問をしている特別講座も収録されている。翻訳に関係ない話も多いが、この文章を読むだけでも、この本を買う価値はあるかもしれない。
ついでに言えば、本書には翻訳に必要となる辞書や辞典の紹介のページもあり、私にとっては非常に参考になった。
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