2011年11月6日日曜日

カフカの「失踪者」

カフカの「失踪者」は、女中に誘惑され、その女中に子どもが出来てしまったことで、両親にドイツからアメリカへと放逐された十七歳のカール・ロスマンの放浪を描いた作品である。

ニューヨーク港に着いて船旅を終えたカールが、船室に傘を忘れてきてしまったことから、彼のアメリカでの第一歩が狂いはじめる。

運良く、アメリカで成功している上院議員の伯父に助けられたものの、ふとしたことから、その伯父を怒らせてしまい、絶縁を宣告され、さらに彼の運命は狂っていく。

カフカの小説を読んでいて、いつも驚くのは、まるで未来を予見していたかのように、現代につながるような情景を描いていることだが、それは、この作品の随所にも出てくる。

伯父が経営する代理業、仲介業務の会社は、何をやっているのかよく分からない所と、情報の伝達という点で、今のIT企業を彷彿とさせるし、無駄な会話もなく挨拶すら廃止された合理化された仕事の進め方は、生産性をとことん追及するメーカー系の工場のようだ。

カールが迷い込んだホテル・オクシデンタルの、求める食べ物が一向に手に入らない騒音と慌しさに満ちたビュッフェは、今のファーストフード店のようでもある。

とりわけ、印象に残っているのは、カールがイカれた三人組みに捕まり、召使いにさせられそうになっている部屋の隣に住んでいる学生だ。
昼間はモントリー・デパートの売り場で働いている学生で、夜はブラック珈琲を飲みながら、ベランダで夜中の二時ごろまで勉強している。
カールに対し、外に職を探しに行くより召使いのほうがいいとアドバイスする。

彼には将来の見込みも見通しもない。勉強も喜びはなく、ただ、しめくくりがつかないから続けているだけだと言っている。(こんな若者は、今の都会にも大勢いそうな気がする)

こんな、どうしようもない状況にカール青年は巻き込まれながら物語は進むのだが、まるで長い不思議な夢の途中で、ふっと目覚めてしまったように物語は突然終わる。

怪しげなオクラホマ劇場の技術労働者に採用され、アメリカの見知らぬ山岳地帯を通過する列車に乗ったまま、十七歳のカールは読者の前から突然失踪してしまう。

※ちなみに、日本の法律では、不在者が7年間生死不明の場合、利害関係人が家庭裁判所に請求することにより失踪宣告が出され不在者は死亡したものとみなされます。

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