クライストの小説は、登場人物たちの時代背景として、社会的に起きた大きな事件がベースとして描かれていることが多いようだ。
地震、人種間戦争、感染症、聖像破壊騒動など。
この「ロカルノの女乞食」では、物語最後に起きる火災と考えることもできるけれど、侯爵が古城を売る気になった原因である「戦乱と凶作」が当たるのではないかと思った。
私がそう思ったのは、侯爵が建物に火をつけた理由として、「おのが生に倦んじ果てて」と書かれている一節があったからだ。
いくら恐怖におののくような幽霊の存在があったとしても「生きることに疲れ果てる」とまではいかないだろう。
「戦乱と凶作」で財政状態が悪化し、美しいたたずまいの城まで売らなければならないところまで、侯爵はすでに追い詰められていたのだ。
そこに「女乞食」の幽霊が出現し、かつての自分の冷酷な仕打ちを思い出させるとともに、自分の経済状況を持ち直すことまで阻もうとすることに堪えきれなかったのではないだろうか。
そして、それに加えて、この物語では明示的に書かれてはいないが、侯爵夫人の侯爵に対する愛情がどうだったのかという点も気になる。
理由は、自らも焼けて白骨化した侯爵の骨を、侯爵が「女乞食に立てと命じた部屋のあの一隅に安置されている」点だ。
そもそも、女乞食に憐れみをかけ、城の客間を貸したのは侯爵夫人である。その「女乞食」に無慈悲に暖炉のそばをどけと命令し死に至らしめた夫に対して何もネガティブな感情を抱いていなかったはずはない。
ひょっとすると、侯爵は、侯爵夫人の愛情も得られない立場に置かれていたのかもしれない。
しかし、死後も「女乞食」の喘ぎ声と足音に悩まされそうなところに、自分の遺骨が安置されるというのは、最大の罰といえるかもしれない。
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