2022年10月1日土曜日

聖ドミンゴ島の婚約/クライスト

フランスの植民地 聖ドミンゴ島で、黒人たちが白人を大虐殺した時代…と、いきなり物騒な時代設定から始まるこの小説。

しかし、この人種間戦争は、終わりまで読むと背骨のようにこの小説の骨格を形作っている。

コンゴ・ホアンゴという白人の主人に可愛がられながら、その主人の頭に銃弾をぶち込み、白人への復讐に燃える老人に使われている混血のバベカンという母と娘のトーニ。

彼女たちは、ホアンゴが居ない間、彼の屋敷で、食事や一宿を求めてくる白人たちを売春婦のように篭絡し、ホアンゴに引き渡して死刑に処すという非情な役割を担っていた。

そこに現れたフランス軍将校でスイス人の青年グスタフが、叔父のシュトレームリ氏の一家と共に島から脱出するために逃げていた最中、この屋敷に立ち寄り、バベカンは彼も餌食にしようとし、トーニを彼の部屋に行かせるのだが、トーニがグスタフを好きになってしまい、関係を持ってしまう。

グスタフ(白人)側に立ったトーニは、母親のバベカンの意思に反して、彼と叔父の一家を救うように立ち回る。ホアンゴが予想より早く屋敷に戻ってしまったことで危機を迎えたときも、寝ていたグスタフの身体をロープで縛り、自分が黒人側にいるかのように立ち振る舞い、難を逃れる。

トーニの働きで、シュトレームリ氏を屋敷まで連れてきて、ホアンゴと戦い、無事グスタフを救い出したところで悲劇が起きる…という物語だ。

突然の悲劇は「チリの地震」同様の展開だ。「地震」では尼僧教会内で逢瀬をした男女が暴徒と化した民衆に殺され、この「婚約」では、人種間の争いを乗り越えようとした男女の恋愛が男の女に対する不信で無残に壊れる。

クライストが自殺した年に書かれた小説で、彼の人生の時期としては最悪の時だったと思われるが、作品の質は高い。

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