大岡昇平の小説は、俘虜記、野火、レイテ戦記を読めば分かるとおり、戦争がその主要なテーマになったものが多いが、この武蔵野夫人は、姦通(今で言う「不倫」だと思うが、「姦通」の方が罪が重そうな響きがある)をテーマにした恋愛小説である。
ただ、戦争の影はやはりあって、人妻 道子の従弟の勉が、ビルマの復員兵士として登場する。
物語は、武蔵野(国分寺と武蔵小金井近く)の「はけ」(湧き水の溜まるところ)と呼ばれる土地に住む、道子とその夫でフランス文学者の秋山、そして、道子と親類関係にあり、闇物資を扱うビジネスをしている大野と、その浮気性の妻 道子が主な登場人物である。
古風で堅い性的不感症な道子と、一見純粋な勉が精神的に愛し合うが、それを、夫である秋山が自分は富子に言い寄る一方で勉が道子に接近するのを邪魔し、富子も勉に関心を持ち、性的な誘いをかける一方、自分に関心を持つ秋山をけしかけ、道子と勉の距離を遠ざけようと邪魔をするという物語だ。
ドロドロした男女関係、そして、純粋な二人の恋愛が悲劇になってしまう物語を、大岡の乾いた筆は、感情過多になることなく、客観的に描き出している。
それは、一見、脇役のような秋山や大野が実は物語の重要な鍵を握っていたという描き方をしていることからも明らかだ。
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