科学問題を扱いながらも暗い考えに陥らず、3.11以降の世界観に耐えられて、前向きな意思と明るい知性を感じることができて、肩ひじ張らずに楽しめる物語。
そんな欲張りな願いをかるがるとクリアしてしまったような小説だ。
時は2016年。主人公はアイヌ民族の血をひく北海道出身の十八歳の少年ジン。
彼は、南極海に浮かぶ巨大な氷山をカーボン・ナノチューブで包み、オーストラリアまで曳航し、砂漠の灌漑用水に役立てることを目的とする船「シンディバード号」に密航する。
見つかって、船長たちに問い詰められる主人公は、単に氷山を見たかったからとは言わずに、ゲームやファンタジーに熱を上げる同世代の空気に袋小路を感じてしまい、その閉塞感を打ち破るきっかけにしたかったのだと演説する。
順応性と賢さ、このへんで単なる行動力だけの少年ではないことに気づき、船の責任者たちは、彼に船に残れる条件を提示する。
それは、船内で彼に仕事を与えるという者がいれば、船に残そうというものだっだ。
そのために主人公が作った職業募集のポスターの自己アピールの言葉がいい。
「積極的な性格。
充分な英語の能力。
身体健全にして頑強。
雪山ガイド、スキーならびにスノーボードのインストラクターの経験あり。…
現在の身分は密航者。」
このポジティブさ。
実際、アボリジニの少年の絵はがきをきっかけに密航を決意し、そのアボリジニの少年からの「会いに来い」のよびかけに、ためらいもなく、南極海からオーストラリアに移動してしまう行動力。
こんな少年に魅力を感じない人はいないだろう。
主人公は、願いかなって、厨房でパンを作る仕事と船内の新聞作成の仕事に着く。
船の中は、国際社会の縮図。さまざまな人種・宗教・職業の大人たちがいる。
彼は、新聞記者として、さまざまな仕事に携わる大人たち(殆どが専門家)にインタビューをしていき、それが読者にとっても、今回のプロジェクトの全貌がわかる仕組みになっている。
そして、それとともに、このプロジェクトに敵対する謎の団体「アイシスト」の存在が明らかになってくる。
シーシェパードのような暴力的な粗雑な反対行動ではなく、無人飛行機を飛ばし、上空から、シンディバード号に、南極の氷片を降らせ、秘密のはずの船の位置情報が漏洩していることを気づかせ、裏切り者がいるのではないかと疑心暗鬼にさせるという洗練された組織。
氷を見つめながら、人間の過熱する欲望(経済)を冷やし、投機を控え、静かに暮らすことを提言する「アイシスト」の反資本主義的な理念は、人類の最大幸福を追求するため、氷山を曳航し、砂漠に畑を作るという経済活動を目標とするプロジェクト(シンディバード号)に向けられた言葉にとどまらず、まさに今、原発の再稼動の判断を迫られている日本社会への警告のようにも思える。
シンディバード号のプロジェクトに魅力を感じながらも、「アイシスト」の考えにも正当性を感じてしまう主人公。でも、そんな混乱さえ、主人公は、「アイシスト」の代表者に宛てた手紙のなかで、こんな素敵な言葉に変えてしまう。
「…そしてそのことをぼくは嬉しく思っています。未来というのはいつだって混乱の向こう側にあるものでしょうから。」
軽い気持ちでページをめくっていたら、最後の最後まではらはらさせられて、終わりまで読みきってしまった。そのくせ、読後感も深い。
読んだ後に、心がそわそわして、日常がちょっと異なる風景に見えてしまうような、みずみずしい力に満ちた小説だ。
0 件のコメント:
コメントを投稿